赤き覇を超えて   作:h995

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お待たせしました。修正版の第三十七話です。

追記 2018.12.30 修正


第十二話 怒れる者達

Side:姫島朱乃

 

 アザゼルとヴァーリが新たに現れた旧魔王の末裔であるアルベオ・レヴィアタンと対峙している頃、クローズ君は必死に母親であるカテレアに呼びかけていた。

 

「お母さん! お母さん、しっかりして!」

 

 一方、イッセー君は得意としている精霊魔法の準備を即座に終えると、カテレアに縋り付くクローズ君にそこから離れる様に強く言い付ける。

 

「クローズ、離れるんだ! 今、クローズのお母さんを治す! ……トータルヒーリング!」

 

 クローズ君がイッセー君の声を聞いて離れてから使用したトータルヒーリングは、ドス黒い魔力の刃によってつけられたカテレアの傷を速やかに治していった。しかも、この時にイッセー君が癒したのは何も傷だけではない。

 

「彼女の傷と彼女を蝕んでいた強烈な毒はこれで癒した。問題は、魔力の刃による魂の損傷か。流石にこれは僕では間に合わない。それなら、時の隧道!」

 

 イッセー君はそう言うと、直ちに時の隧道という名の魔法を発動させた。私も初めて聞く魔法だけど、この状況から判断して、おそらくは対象を呼び寄せるタイプの転移魔法なのだろう。そして、以前あのリヒトという名の男が部室に現れた時に使われたのと同じ三角形の魔方陣が現れると、イッセー君はその三角形の魔方陣に向かってアーシアちゃんにこちらへ来る様に呼びかける。

 

「アーシア! すぐにその魔方陣を通り抜けて、こちらに来てくれ! 魂の損傷は、君じゃないと対処できない!」

 

 そう呼び掛けてからわずか数秒で、魔方陣からアーシアちゃんが現れた。

 

「お待たせしました、イッセーさん! ……この人は?」

 

 イッセー君の呼び掛けに即座に応じたアーシアちゃんだったけど、事情が今一つ理解できていない様で、治療対象であるカテレアについて尋ねていた。そこでイッセー君は簡潔に答えた後、カテレアの現状について説明しようとする。

 

「クローズの母親だ。急いでくれ。傷と毒は既に治した。後は……」

 

 でも、その前にアーシアちゃんがイッセー君に謝ってきた。

 

「イッセーさん。……すみません」

 

「アーシア?」

 

 アーシアちゃんから突然謝罪されて、イッセー君は訳が解らなかった様だ。そこでアーシアちゃんは聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)の欠点について説明し始める。

 

「私の神器(セイクリッド・ギア)、聖母の微笑の力では、既に失われている物を再生できないんです。だから……」

 

 アーシアちゃんがここまで言うと、イッセー君もまた己の目で確認したカテレアの現状を口にし始めた。

 

「解っていた。解ってはいたんだ。魂の中枢が魔力の刃の直撃によって失われていて、既に手遅れである事は。それでも、ニコラスの直弟子で今や僕以上の心霊医術を身につけているアーシアならあるいは、と思ったんだけど……」

 

 イッセー君が苦衷の表情でそう言っているのを聞いて、私はやり切れない思いで一杯になった。あの日、私を庇って死んでしまった母様とカテレア・レヴィアタンが完全に重なってしまったからだ。それに、カテレアの過去の話を聞いた事で、私は皮肉にもあの時の父の想いにも思い至ってしまった。

 母様を失って一番悲しんでいたのは、側にいなかった事を一番悔やんでいたのは、他の誰でもなく父である事に。そして、あの時の私の言葉が父を酷く傷つけてしまった事も。

 ……いいえ。本当は、本当はずっと前から解っていた。あの時、どうしてもという事でやむを得ず仕事に出かけた父が何も悪くない事は。でも、父を悪者としなければ、私の心が保てなかった。私が、弱いから。寂しくて、父に一緒にいて欲しくて、三人で仲良く一緒に暮らしたくて、でもそれが永遠に失われた事に私の心が耐えられなかったから。

 ……だから、もし父に、父様に会う機会があれば、その時はまずしっかりと謝ろう。酷い事を言ってゴメンなさいと。それから、父様といっぱい話をしよう。そうしなければ、今まさに今生の別れとなるであろうこの母子に申し訳ないから。

 

「いいのです。自分の事ですから、もう助からないのは解っていました。それに、もしこのまま私が投降しても、先程私自身やシモン・トンヌラが挙げた様な末路が待っていた事でしょう。それを踏まえると、ここで私の命が潰えてしまった方がかえってお互いにとって良いのかもしれません」

 

 カテレアは死に際とはとても思えない程に穏やかな表情で、己の死を受け入れていた。確かに、彼女の言う通りかもしれない。お互いの尊厳を保つには、ここで彼女に死んでもらうのがきっと最善なのだろう。

 ……でも、母親を慕う幼い子供にとって、そんな事は全く関係なかった。

 

「そ、それじゃ、アーシアお姉ちゃん。お母さんはもう助からないの? ……嫌だ、嫌だよ。そんなの、ボクは絶対に嫌だ!」

 

 現に、歴代赤龍帝の一人でカテレアの子供であるクローズ君は、涙を流しながらカテレアに縋り付いている。……あの時、私を庇って凶刃に斃れた母様に縋り付いていた私の様に。

 

「クローズ……。これを受け取って」

 

 カテレアは死に絶えようとする体に鞭を打ちながら懐に手をやると、中からチェスで使われる(キング)女王(クィーン)の駒を取り出した。クローズ君はそれを見て、それが何なのかをカテレアに確認する。

 

「これって、イッセー兄ちゃんにも使われている悪魔の駒(イーヴィル・ピース)?」

 

 クローズ君から尋ねられたカテレアは、そこで懐から取り出した物についての説明を始める。

 

「そう。これは私の悪魔の駒。私は以前、アジュカ・ベルゼブブに頼んで悪魔への転生機能とお互いの安否を感じ取れる特殊な契約機能しかない特別な王と女王の駒を作ってもらったの。そして、本当ならあの人に王の駒を、自分に女王の駒を使うつもりだった。私はただ、私の全てを受け入れてくれたあの人と夫婦として同じ時間を生きていく事だけを望んでいたから。でも、完成したこれを受け取りに冥界に出向いて、そして帰って来た時に待っていたのは、時間が経ち過ぎていて転生による蘇生も不可能になっていたあの人と貴方の遺体だった。だから、最初はこれを捨ててしまおうとしたの。こんな物を受け取りに行ったから、あの人と貴方を失ってしまったと思ったから。でも、どうしても捨てられなかった。これは、あの人との愛を改めて誓う為の物でもあったから。……捨てなくて、良かった」

 

 カテレアは悪魔の駒についての説明を終えると、クローズ君の胸に王の駒を押し当てた。その次の瞬間、王の駒が光を放ち、クローズ君の体の中へと入り込んでいく。……それが意味する所は、たった一つだ。

 

「クローズ。これで、貴方は王の転生悪魔としてこの世界で生きていく事ができる。残った女王の駒は、貴女が将来出逢うはずの可愛いお嫁さんに使ってあげなさい。これは元々そういう使い方をする為の物なのだから」

 

 カテレアはそう言うと、残っていた女王の駒をクローズ君の手に握らせる。すると、クローズ君は思いがけない事を言い出した。

 

「お母さん! だったら、だったらこの女王の駒を自分で使ってよ! そうしたら、まだ助かるよ!」

 

 その手があったと、私は思った。でも、それをカテレアが否定してきた。……私も知らなかった、悪魔の駒の制限について説明する事で。

 

「クローズ、勘違いしてしまっているのね。確かに悪魔の駒を使うと見た目は瀕死の重傷を負った者を癒したり、死んだ者を蘇生させたりしているけれど、それは大きな間違いよ。あれは唯、悪魔でない種族の魂と肉体を悪魔の物に作り変えてから眷属契約を交わして、その上で駒に対応した特性を与えているだけ。だから、肉体や魂を作り変える必要がない純粋な悪魔に対しては、悪魔の駒で体を直したり蘇生させたりする事はできないのよ」

 

「そ、そんな……!」

 

 お母さんであるカテレアの説明を聞いて、クローズ君は完全に言葉を失ってしまった。一方、説明を終えた所でカテレアが一声呻くとその体が細かく震え、呼吸が乱れ始める。そして、彼女の体が少しずつ消え始めた。

 

「お、お母さん! 待って! 待ってよ、お母さん!」

 

 でも、それでもカテレアは最後の力を振り絞って乱れる呼吸をねじ伏せ、しっかりとした言葉使いで自分に泣いて縋り付くクローズ君に語りかける。

 

「クローズ。私とあの人の間に生まれた、愛しい我が子。あの人は、魔王の名を奪われた事で嫉妬に狂い、己を見失っていた私の心に光を齎してくれた、私にとっての太陽だった。だから、貴方もあの人の様に光り輝きなさい。未だ悲劇の続くこの世界に未来の希望を照らす様に。……大丈夫よ。貴方なら、きっとできる。だって、私とあの人の自慢の子供だもの」

 

 この余りにも尊い光景を前に、私はもう自分の目から溢れ出るものを抑える事ができなかった。死の間際になってもなお、カテレアから出てくる言葉は愛する子供の事だけだったから。

 

「お母さん! お母さん、しっかりして! せっかく、せっかくまた逢えたのに、死んじゃ嫌だよ!」

 

 カテレア、いえカテレアさんは体の消滅が進む自分に泣きながら必死に呼びかけるクローズ君の頭を優しく撫でながら、イッセー君とヴァーリの方を向いて後を託す旨を伝え始めた。

 ……この人は、カテレアさんは何処までも愛情深く、何処までも母親だった。この人は父様のあり得た可能性であると同時に、母様の可能性でもあったのだ。

 

「ヴァーリ。そして、兵藤一誠と言いましたか。二人にお願いがあります。この子が、クローズが一人前に成長するまでで結構です。それまで、この子の事を見守って頂きたいのです。……間もなく死に絶える母親の身勝手なお願いではありますが、よろしいでしょうか?」

 

 このカテレアさんの最期の願いを聞いた二人は、それぞれの言葉で願いを受け入れる事を伝える。

 

「了解したよ、カテレア。コイツは俺と同じだからな、独り立ちする所まではしかと見届ける事にしよう。……それと、俺は貴女の事を心の何処かで見縊っていた。それを心から謝罪しよう」

 

「僕も赤き龍の帝王を統べる赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)として、そのお願いを承諾します。クローズは僕達二天龍と歴代の赤龍帝が責任を持って見守りますので、どうかご安心を」

 

 赤き天龍帝と白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)。世界でも間違いなく最強クラスの二人が揃って自分の子供の後見に就く。その事実に安堵したカテレアさんが穏やかな笑みを浮かべる。

 

「二人とも、ありがとうございます。これで、心残りは全てなくなりました」

 

 カテレアさんはそう言って死にゆく体に鞭打つ事をやめると、体の消滅が一気に加速した。更に体の痙攣が激しくなり、呼吸もまた激しく乱れる。意識も既に朦朧としている様で、その視線はもう何処も見ていないみたいだった。でも、間もなく死ぬ筈のカテレアさんの表情には笑みすら浮かんでいる。

 

「あぁ。あの人に出逢って、夫婦になって、クローズが生まれて。一度は全てを失ったけれど、最期の最後にこの子に逢えて、今度こそ守る事ができた。……あなた。悪魔である私はあなたの元へはけして行けません。けれど、それでもどうか、この子の事を天国から……!」

 

 ……見守ってあげて下さい。

 

 カテレアさんは最期の言葉を言い終える前に完全に消え去ってしまったけれど、最後はきっとそう言った筈だった。

 

「お母さん……?」

 

 一方、カテレアさんの最期を看取ったクローズ君は最初、目の前の現実を受け入れられずに呆然としていた。でも、次第に母親の死が現実である事を認識すると、大声で泣き喚き始める。

 

「お母さん! 嫌だ、死んじゃ嫌だ! ボクを、ボクを置いてかないで! お母さん!」

 

 ……そこにいたのは、母様を殺された時の私だった。

 

 私が思わずクローズ君の元へと駆け付けようとした時、カテレアさんを手にかけた張本人であるアルベオ・レヴィアタンが心ない言葉を言い放つ。

 

「出来損ないが、ようやく死んだか。では、次は出来損ないと下等な人間の混じり物を始末するか」

 

 彼はそう言うと、目の前にいるアザゼルとヴァーリを無視して、その掌をクローズ君の方へと向けた。……この時、私は完全に我を忘れた。なりふり構わず雷を落とそうとした。でも、その前に動いた人がいた。

 

「おい」

 

「何だ? ……ゲバァッ!」

 

 アルベオは完全に不意を突かれる形で顔面を殴り飛ばされた。

 

「テメェ。今、何をしたのか解ってんのか?」

 

 ……殴り飛ばしたのは、ネフィリムの傭兵であるトンヌラさんだった。その瞳に激しい怒りを宿した彼はアルベオにそう問いかける。でも、返ってきた答えは正に火に油を注ぐ様なものだった。

 

「グッ。フ、フン。そんな事は決まっている。出来損ないを始末しただけだ。しかし、アザゼルも不甲斐ない。あの出来損ないを堕落させた人間の男とその息子の時の様に出来損ないも上手く殺せばいいものを。まぁ所詮は堕天使だ。真のレヴィアタンである俺の手助けがなければ、そんな簡単な事もこなせんか」

 

 アルベオから予想外な言葉が出てきた事で、アザゼルはアルベオにどういう事なのかを問い掛ける。

 

「おい、ちょっと待て。それは一体どういう事だ?」

 

 すると、アルベオは信じられない事実を明かし始めた。

 

「簡単な話だ。あの混じり物の情報を貴様達堕天使に流したのは、この俺だ。「あの子供には強力な神器が宿っている」。実際にはどんな神器かは解らなかったが、少々大袈裟にした情報を流しただけで貴様等は俺の期待に最高の形で応えてくれた! アザゼルよ、俺は貴様に心から感謝しよう! お陰で我がレヴィアタンにあってはならない汚点を消し去る事ができたのだからな!」

 

 ……それでは、カテレアさんは身内に裏切られて家族を殺されたの? そして、今度は自分自身さえも?

 

 余りに酷い真実に、私は怒りと悲しみを同時に覚えた。

 

「えっ……? それじゃお父さんは、お父さんもコイツのせいで……?」

 

 一方、真実を知らされたクローズ君は呆然としたまま、ポツリと言葉を零した。しかし、そんなクローズ君に何ら構う事無く、アルベオの聞くに堪えない話は続く。

 

「そして今、無敵鱗(インビジブル・スケイル)の紛い物は当然の如く打ち破られ、偉大なるレヴィアタンの力を騙った出来損ないは粛清された! 後は、あの混じり物をもう一度抹殺すれば汚点は全て消え去り、真の魔王たるレヴィアタンの威厳が保たれる! いや、あの様な出来損ないなどレヴィアタンではない! 俺こそが真のレヴィアタンなのだ!」

 

 アルベオをそう言い放つと同時に、ドス黒い魔力の刃をクローズ君へと放つ。でも、ここにはその攻撃を容易く撃ち落とせる人が何人もいたし、何よりクローズ君のすぐそばにはイッセー君がいたから、全く心配していなかった。実際、そのドス黒い魔力の刃はイッセー君が赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)から抜き放ったクォ・ヴァディスで簡単に斬り落とされた。

 ……その次の瞬間、何の前触れもなく、クローズ君の真後ろに魔力の刃が現れる。

 

「イッ……!」

 

 私は声を上げてそれを伝えようとした。でもその前に、イッセー君が左手から天使や堕天使が使う物と同じ光の槍を振り返る事無く後ろに放ち、その魔力の刃を正確に撃ち落としてしまった。

 

「何!」

 

 アルベオはイッセー君の為した事に驚きを隠せずにいる。

 

「もうその手は通じないぞ。アルベオ・レヴィアタン」

 

 そう言い放ったイッセー君の表情には、今まで見た事がないくらいに怒りに満ちていた。

 

「今、お前がカテレアさんを仕留めた攻撃のカラクリが解った。お前がここに現れるまで、誰もお前の気配や攻撃の前兆を感じられなかったのは当然だ。何故なら、お前はそもそもこの駒王学園はおろか駒王町にすらいなかったのだから」

 

 イッセー君の言っている事が、私にはいまいちよく理解できなかった。でも、イッセー君の説明はまだ続く。

 

「まさか、空間転移を攻撃に転用してくるとは思わなかった。お前はおそらく気配を悟られにくい小動物の使い魔を通じて、ここから遠く離れた地でこちらの様子を窺っていた筈だ。そして、自分の魔力の刃を手元で形成、それを放つと同時に運動エネルギーを保持したままカテレアさんの真後ろに空間転移させる事で、魔力による察知も回避行動も不可能な必殺の攻撃へと転化させたんだ。ヴァーリの言う「力を高める「蛇」」を自身の魔力の強化ではなく、空間転移能力の発現に使用したせいで魔力はあまり強化されなかった様だが、そもそも生命体を殺すのに山を吹き飛ばす様な強い魔力などいらない。その急所を刺し貫く程度で十分だ。その意味ではお前の判断は何処までも正しいし、僕もその英断には素直に敬意を示そう」

 

 ここで、イッセー君は一旦言葉を切った。そして、その表情を大きく変えて、話を続ける。

 

「だが、お前は選択を誤った」

 

 ……この時のイッセー君の顔には、表情という物がまるでなかった。でも、私はこの無表情こそがイッセー君の怒りの激しさと深さを表していると感じた。

 

「このままアウトレンジから攻撃を繰り返していれば、僕達の苦戦は必至だっただろう。特に初撃は誰も全く反応できなかった事から、ひょっとするとここにいる首脳陣の誰か一人を仕留められたかもしれない。……だが、お前はその大事な初撃を私情に拘ってカテレアさんに使ってしまい、更に自己顕示欲から僕達の前にその姿を晒してしまった。こうして対峙している今なら、お前が誰を狙って何処に攻撃を転移させるのか、意志の流れを読み取る事で見極められる」

 

 イッセー君がここまで話した時点で、セラフォルー様とクローズ君、ミカエル様、そしてイッセー君の後ろで何かが破壊される衝撃音が何度も繰り返される。どうやらアルベオが密かに攻撃を繰り出していたみたいだった。……その攻撃を撃ち落としたのは。

 

「奇襲、不意打ち、大いに結構。だけど、意志の流れを読み取れるのは何も一誠だけじゃない」

 

 いつの間にか、セラフォルー様の後ろに立っていた武藤君。

 

「テメェの場合、殺気がタダ漏れで特に読み易いんだよ。以前、身の程知らずにも一誠さんに喧嘩を売ろうとしていた、あのアホの「はぐれ」悪魔祓い(エクソシスト)みてぇにな」

 

 クローズ君の側に立ち、その身を守らんと身構えるセタンタ君。

 

「何せ、つい最近意志の流れを読み取れる様になったばかりの僕でも読み取れるくらいだからね。だから、見えている範囲なら騎士(ナイト)のスピードでカバーするのは十分可能だよ」

 

 イッセー君の背中を守ってみせた祐斗君。

 

「流石に私は一誠君達の様に意志の流れまでは読めませんが、代わりに世に(あまね)く精霊達が危機を教えてくれますからね。あの瞬間まで敵対していたとはいえ、私がカテレア・レヴィアタンさんへの認識をもう少しだけ早く改める事ができていれば、あるいは彼女を凶刃から守れたのかもしれません。それだけが、とても悔やまれます……」

 

 そして、ミカエル様とその近くにいたレオナルド君を守り抜いた武藤神父だった。

 

「チィッ! これならどうだ!」

 

 一方、自分の攻撃を迎撃し切った四人を見て、アルベオは舌打ちしながら右腕を振り上げると、魔力の刃を自分の周りに幾つも展開する。……明らかに別の手を打とうとしていたけど、そんな解り易い事をこの場にいる人達が許す訳がない。現に、振り上げたアルベオの右腕に光のラインが何本も巻き付くと同時に、動き出そうとした魔力の刃が全て停まったのだから。

 

「おいおい。だったら、今度はここから遠く離れた場所にいる一誠の家族を狙おうってか? 流石に解り易過ぎだろ? ……俺の眼の前で、そんな事は絶対にさせねぇよ」

 

「それに、僕のこの目が届く限り、貴方の行動を全て停めてみせます。絶対に見逃しません」

 

 魔術師達の殲滅が終わって待機していた匙君とオカ研の部室に待機していた筈のギャスパー君だ。そして、ギャスパー君の側にいたリアスが新たな指示をギャスパー君に下す。

 

「ギャスパー、彼の左手を停めなさい」

 

「はい、リアスお姉様」

 

 そのリアスの指示に、そして自分の左手を簡単に停められた事に、アルベオは明らかに驚愕していた。

 

「なっ!」

 

 すると、リアスは不敵な笑みを浮かべてアルベオが考えていた事をズバリ言い当てる。

 

「それなら、魔力で強烈な閃光を放って皆の眼を眩まそうとしたんでしょうけど、残念だったわね。使っていた「探知」が戦闘仕様だったばかりに有効範囲外にいた貴方の事を見過ごしてしまったけれど、ここにこうして現れた以上、私の「探知」からはもう逃れられないわ」

 

 対峙している相手には空間転移を用いた攻撃を簡単に防がれ、それならこの場にいない者を狙おうとしてもギャスパー君に停められ、策を講じようとしてもリアスの「探知」で即座に見抜かれる。

 

 ……これで、アルベオ・レヴィアタンは完全に詰んだ。

 

 私はそう思ったし、ヴァーリもそう判断したのだろう。アルベオに対して、憐みの言葉を掛けていた。尤も、あくまで言葉だけで、そんな風には全然考えていないみたいだけど。

 

「ここまで来ると、もはや唯の虐めだな。まぁ「蛇」を使って手に入れた能力があくまで狙撃手(スナイパー)として優秀なだけで真っ向勝負には弱い事に気付かず、調子に乗ってノコノコ人前に出てくるのが悪いんだが」

 

 一方、どうやらアルベオの事を警戒していたらしいアザゼルは何処かホッとした様な雰囲気だった。

 

「タネさえ解っちまえば、どうって事も無かったか。要は転移の前兆となる小さな空間の歪みを見逃さない様にすればいいってだけだからな。ただ、それを日常生活でも常にやれってなると、また話が変わってくるんだがな。……「蛇」を使って能力を開発する様なコイツが肝心な所でバカをやってくれて、本当に助かったぜ」

 

 本当に、その通りだった。イッセー君に最終確認をするトンヌラさんも、私と同じ考えに至っている様でその懸念をイッセー君に伝える。

 

「旦那、どうする? 護衛の立場としては、こんな厄介極まりない能力を持っている奴はここでしっかりと仕留めるべきだと言わせてもらうぜ。いつでも何処からでも好きな奴を狙える狙撃手なんて、恐ろしい事この上ねぇからな」

 

 でも、イッセー君はトンヌラさんの懸念を聞いた上で、しかし自分の権限を超えているとして判断しかねていた。

 

「反逆したとはいえ先代魔王の血縁者である以上、この場での判断は僕の権限を大幅に超えています。そうなると……」

 

「イッセー君。それならば、後は私に任せてくれないかね?」

 

 ここでイッセー君に声を掛けてきたのは、四大魔王の一人であるサーゼクス様だった。……ただ、その表情は誰が見ても明らかなくらいに怒りに満ちていた。

 

「随分と久しぶりだよ。……ここまで(はらわた)が煮え繰り返ったのは。戦争の時に見慣れている光景だった筈なのに、今は溢れる激情を抑え切れない。それはやはり、私が父親になったからかな?」

 

 サーゼクス様がイッセー君にそう問いかけると、イッセー君はその通りであると答えた。イッセー君もまた、アウラちゃんという愛娘を持つ父親だったから。

 

「そうでしょうね。正直な話、同じ様に父親となった僕もまた、コイツには慈悲の欠片も湧いてきませんから。それにこの一年間、親を理不尽に奪われた子供の嘆き悲しむ光景を僕は何度も見てきました。でも、その光景に慣れる事なんてとうとうありませんでしたよ。それどころか、アウラが生まれてからはどうしてもアウラと重なってしまって、思い返す度に怒りが湧き立ってしまいますし」

 

 そう言えば、実は武藤神父の経営する孤児院の発起人はイッセー君であり、武藤神父や武藤君、それにセタンタ君と一緒に現場に出て、子供達を何人も救っている。だから、孤児院の子供達は皆、イッセー君を心から慕っている。

 以前、リアスからそう聞かされていたけど、このイッセー君の悲しげな表情を見る限り、やはり真実なのだろう。

 

「やはり、君とは同じ一児の父親として非常に気が合うな」

 

 イッセー君の答えを聞いたサーゼクス様は、憤怒の表情を穏やかなものへと変えた。……確かに、プライベートの時の二人はまるで年の離れた友人の様な雰囲気がある。

 

「クッ! サーゼクス、貴様! 仮にも魔王ともあろう者が、神の下僕共と肩を並べようなどと! 恥を知れ!」

 

 ここで、こちらに来たサーゼクス様に気付いたアルベオが、まるで現状を理解していない様な事を言い放つ。すると、サーゼクス様は穏やかになっていた表情を再び怒りのものへと変えて、アルベオに向かって話を始めた。

 

「悪魔という種族の今後の在り方を見据えるべき魔王だからこそ、天界や神の子を見張る者(グリゴリ)と和解して共に歩むという共存共栄の道を選択したのだがね。それに、今は幼い子供の目の前で母親を殺した貴様に対して、愛する子を持つ親としての怒りの方が魔王としての義務よりも遥かに勝っているのだよ。だが、まぁとりあえずは魔王としての判決を言い渡そうか。貴様は死刑だ。そして、死刑執行人は私自ら務めてやろう。光栄に思うといい。……楽に死ねると思うなよ?」

 

 その瞬間、サーゼクス様から未だ嘗て感じた事のない膨大な量の滅びの魔力が噴き上がる。……でも、それ以上に信じられないのが、それだけ膨大な量の滅びの魔力が噴き上がっているにも関わらず、周りには一切影響が出ていない事だ。そこでふと気になってサーゼクス様の妻であるグレイフィアさんの方を向くと、グレイフィアさんですら驚きを隠し切れないでいた。そこで、アザゼルがサーゼクス様に声を掛ける。

 

「おいおい。何だ、サーゼクス。その魔力の量は? どう見積もっても、旧ルシファーの五倍は確実にあるぞ。しかも、それにも関わらずに周りには一切影響を出してねぇとはな」

 

 驚きの中に呆れが少し入った様なアザゼルの声に、サーゼクス様は少しだけ茶目っ気の入った表情でどういう事なのかを説明し始めた。

 

「実はイッセー君とプライベートで付き合うようになってから、私の力の使い方について色々と相談に乗ってもらっていてね。そのお陰かな。最近は全力を出しても、以前ほど周りを無差別に消滅させる様な事が無くなってきているんだ。今から見せるコレも、その一環だよ」

 

 サーゼクス様はそう言うと、膨大な量の滅びの魔力を右手に集束していき、やがて巨大な怪物の手を作り上げた。

 

終末の手(ハンド・オブ・カタストロフィ)。私のこの手で、一足先に終末を迎えさせてやろう」

 

 サーゼクス様は終末の手と名付けた怪物の手をそのままアルベオに向ける。確かに、膨大な滅びの魔力で作られたこの手で握り締められたら、一溜まりもないだろう。現に、アルベオはすぐに逃げ出そうとした。でも、後ろを向こうとした所で体の動きが停まる。

 

「言った筈ですよ? 貴方の行動を全て停めてみせると。因みに、停めたのは体の時間だけです。……折角、己の全てが消え去るのを体感できる貴重な機会を得たんだ。遠慮せずに最期まで堪能していくといいさ」

 

 ギャスパー君が体の動きだけを停めてみせたのだ。つまり、アルベオは未だに意識を保っている。完全に逃げられなくなった彼は恐怖と絶望によって無様に泣き喚き、やがて命乞いを始めた。でも、そんな惨めな彼の姿を見ても、きっと誰も憐みを覚えないだろうし、許してやれとも言わないだろう。現に、あのアーシアちゃんですら、かなり険しい表情でアルベオの事を見ている。

 ……それだけの事を、アルベオ・レヴィアタンはやったのだから。

 

「では、さようならだ。アルベオ・レヴィアタン」

 

 やがて、サーゼクス様の終末の手は情けも容赦もなくアルベオを握り締め、彼の肉体や魂はおろか断絶魔の絶叫さえも掻き消してしまった。やがて終末の手が解除されると、そこには何一つ残ってはいなかった。

 

 こうして、クローズ君の仇はその全てを滅ぼされたのだった。……私達の心にやり切れない想いだけを残して。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

……これもまた、現実です。

では、また次の話でお会いしましょう。
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