赤き覇を超えて   作:h995

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2019.1.2 修正


第二十一話 正念場

 僕が精神世界から戦線復帰する少し前、アリスから「皆で倍加を譲渡できればいいのに」という発言が飛び出し、更にロシウからそれが可能である事を伝えられた時、僕の脳裏には昨日ミカエルさんからレオンハルトに授けてもらったアスカロンの事が浮かんで来た。もちろん、アスカロンそのものは守護精霊となったレオンハルトしか扱う事ができない。ただ、その龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)の力を使う事は僕にもできる事が解っていた。そこで、龍殺しの力を秘めたアスカロンの聖なるオーラでオーラブレイドを形成、それをオーフィスに突き刺してから何度も皆から倍加を受け取ってそのまま譲渡していけば、如何に世界最強とは言えドラゴンである以上は真聖剣以上の効果を発揮すると判断した。

 こうして対オーフィス用の秘策について説明してから意見を求めた結果、まずは計都(けいと)からオーフィスの「蛇」を解析する事でオーフィスのみに影響を与える様にアスカロンのオーラを調整する事を提案された。因みにその方法とは、仙号を名乗れる程に積み重ねてきた仙術・道術の功夫(クンフー)の粋を凝らした特別な陣を敷き、そこでレオンハルトにアスカロンの力を開放させるというものだった。また、ドライグからはいっそ可能な者は全員禁手化(バランス・ブレイク)させた状態で倍加を譲渡させる事を持ち掛けられた。更にグイベルさんが意識を取り戻しさえすれば、神器(セイクリッド・ギア)を通してオーフィスのオーラと肉体に同調した波動をオーラブレイドに付与する事が可能となり、それによって力の強さに関係なくオーフィスの肉体を貫けると教えられた。そして、禁手化した時の最大回数の倍加を皆から集めて発動する極大倍加(マキシマム・ブースト)限界突破(リミット・ブレイク)における尋常ならざる負担については、エクスカリバーの守護精霊であるカリスが全力で僕の体と魂を癒す事で一応の解決を見た。

 ……ただ、計都による陣形成やグイベルさんの蘇生もかなりの時間が必要であり、更にいくらカリスの加護があるとはいえ、極大倍加の限界突破を何度も行えば僕自身の魂や肉体が崩壊する恐れがあった。そして何より、僕や禁手化した皆にオーラを供給する事になれば、最悪の場合にはドライグの魂が崩壊しかねない。それでもこの策を実行する事になったのは、最も危険である筈のドライグが言い放ったこの一言が決め手になったからだ。

 

『フン。俺は天を背負ったドラゴンであり、力の塊と称された赤き龍の帝王だ。その程度の事で死ぬものか。まして、俺がかつて味わったあの絶望をグイベルにも味あわせるつもりなんぞ毛頭ない。それはお前も一緒だろう、一誠。……ならば、今こそ俺達の力を結集して堂々と最強の無限を超えてやろうじゃないか。なぁ、一誠?』

 

 一瞬の迷いもなくそう言い放ったドライグの男気を受けて、僕は一切の躊躇いを棄てた。……そう。僕達赤龍帝やカリス、この場に居合わせたイリナだけでなく、他の皆の力を借りる事を。

 

 

 

 そして、今。

 

 リアス部長の声を皮切りに動き出したグレモリー・シトリー両眷属の内、回復手段のあるソーナ会長とアーシア、そして最初は二人の護衛と思ったゼノヴィアが真っ直ぐに僕の方へと向かい、リアス部長は隣に置いた憐耶さんの結界鋲(メガ・シールド)に「滅び」の魔力を供給する事で強力な「滅び」の防御結界を展開して皆を守っている。そして、残りの皆は自力で動けない重傷者を回収してレオの元へと運んでいく。これは、レオのポケモンの中には回復手段を持つ者が何匹もいる為だ。

 ……僕は当初、リアス部長にどうにかして僕に「探知」を使ってもらう事で僕の考えを皆に伝えてもらい、ソーナ会長とアーシアには僕の回復を、元士郎にはミカエルさんとアザゼルさんの光力を僕に供給してもらう為のライン接続を、そして他の皆にはその時までに戦えなくなっているであろう負傷者の回収をしてもらうつもりだった。なお元士郎については自分で伝えるつもりだったが、その余裕が全くなかった。だが、リアス部長は「探知」をフルに活用して僕の想定を超える援護をしてくれた。ゼノヴィアの持つデュランダルに秘められた特性による世界蛇殺し(ウロボロス・スレイヤー)のオーラブレイドの強化だ。ミカエルさんとアザゼルさんからの光力の供給にこれが加わった事で、オーフィスを倒すのに必要な極大倍加の限界突破の使用回数が当初の見込みから二回も減った。これによってドライグへの負担が大きく軽減され、その魂を引き換えにする心配がなくなった。更に、おそらくは自らの意志で駆け付けてきたであろう銀が攻撃を仕掛けようとしたオーフィスの手首に咬み付き、その動きを抑え込み始めた。

 こうして皆の力が一つになり、確実にオーフィスを追い詰めつつある。しかし、オーフィスは気を取り直すと、銀が咬み付いている手とは逆の手を僕に向かって伸ばしてきた。

 

「よく考えれば、この状態なら我の力を直接注ぎ込める。……ドライグが我の眷属になるまで、痛いのは我慢する」

 

 ……不味い。今、僕は桁違いの出力となった世界蛇殺しのオーラブレイドを維持する為に両手で持っており、更にそれに専念する為に他の行動が取れなくなっている。その為、僕に力を注ぎ込もうとするオーフィスの手を防ぐ手立てが今の僕にはない。

 

『Scale!!』

 

 だが、僕の体に触れようとするオーフィスの手を僕の体に纏う様に展開された二枚重ねの鱗状のオーラが遮った。

 

「ボク達の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は、ドライグの力の受信器だって言ってたよね? だったら、逆にボクとお母さんの力をイッセー兄ちゃんに送る事だってできる筈だよ!」

 

『幸いというのも変な話ですが、私が目の前で死んでしまった事でクローズもまた無敵鱗(インビジブル・スケイル)に目覚めた様です。そして今、兵藤一誠さんに展開されているのは聖書の神が最も恐れたであろうレヴィアタンの母子が揃った事で可能になった二枚重ねの無敵鱗です。しかも使用しているのは私達レヴィアタンの魔力ではなく、貴方とグレートレッドを除けば最強のドラゴンの一角と呼べる赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)のオーラ。如何に貴方であっても、そう簡単には抜けないでしょう』

 

 僕を守ってくれたのは、死をも乗り越えて再会した魔王レヴィアタンの母子だ。……二枚重ねの無敵鱗。確かに心強かった。一方、二枚重ねの無敵鱗を一目見て厄介だと思ったのだろう。オーフィスは考えを少し変えてきた。

 

「それなら、まずドライグだけにする」

 

 そして、オーフィスは僕ではなく僕の周りにいるイリナ達にオーラを波動の形で放つ。僕は何もできない事に歯噛みするしかなかったが、その時に頼もしい声が籠手の宝玉から響き渡った。

 

『イッセー! この子達の心配はいらないわ!』

 

『Penetrate!! Transfer!!』

 

 そして、今まで聞いた事のない新しい音声と譲渡能力の発動を表す音声が籠手の宝玉から響き渡ると、オーフィスの放ったオーラはイリナ達の体をすり抜けていく。……いや、逆だ。イリナ達の方がオーフィスの放ったオーラをすり抜けた、というべきだろう。どちらにしろ、オーフィスにとっては予想外の光景だったのだろう、顔こそ無表情のままだが瞳には明らかに驚きの色が現れていた。すると、この状況を作り出したであろうアリスがオーフィスに宣言する。

 

『無駄よ! お前が何を仕掛けてきても、わたしがけしてお前の思い通りにはさせない! あらゆる力をすり抜ける事のできる、この「透過」の力で!』

 

 ここで、四回目の極大倍加の限界突破が発動した。

 

『Maximum Boost Overdrive!!!!!!!!』

 

 僕は間を置かずに譲渡能力を発動する。

 

「これで、四度目!」

 

『Transfer!!』

 

 ここでオーフィスが再び苦痛の声を上げ始めた。どうやら、声を堪える事すらできなくなってきたらしい。

 

「グゥゥゥゥッッッ! 痛い、痛い、痛い痛い痛い……! いい加減に、離せっ!」

 

 オーフィスは銀が咬み付いていない方の拳を、目にも留まらぬスピードで僕に向かって放ってきた。……もはや亜光速に達していたであろう、この拳。オーフィスは完全に手加減を忘れていた。しかし、本来なら確実に抜いていたであろう無敵鱗を抜く事ができなかった。この事実に、オーフィスは困惑を隠せない。

 

「……何故? 何故、我、力を上手く出せない?」

 

 このオーフィスの疑問に答えたのは、この人だった。

 

『それは、私が貴方の力を中和しているからよ』

 

「……誰?」

 

 オーフィスが何者かを尋ねると、その人は名乗りを上げる。……即ち、二天龍の妻であると。

 

『私はグイベル。ついさっきまで魂だけの存在としてこの子の中で眠っていたドラゴンであり、ドライグの妻よ。尤も、何がどうしてそうなったのか解らないけど、黎い邪龍(ウェルシュ・ヴィラン・ドラゴン)なんて呼ばれてドライグに殺された事になっているみたいだけれど。そんな私が持っている能力は波動。そして、死と狂気を齎す邪なオーラによって魂さえもボロボロだった私は、貴方がこの子に送り込んだ「蛇」を糧にする事で蘇る事ができたわ。だから、貴方の力の波動をこの世界に住まう誰よりも知り尽くしているのよ!』

 

 そこに、計都(けいと)が補足説明を入れる。

 

『また、私が龍殺しの特性を貴様だけに影響が出る様に調整する為の陣を敷いた事で正に世界蛇殺しと呼ぶべき刃と化したオーラブレイドに貴様のオーラと肉体に同調する波動を放たせる事で、世界蛇殺しの力と共に中和の波動も倍化される。そして、世界蛇殺しの力が貴様に手加減を忘れさせる程の苦痛を齎す領域に至ったという事は、中和の波動もまた貴様の力を著しく弱体化させる程の領域まで至っているという事だ』

 

 更にドライグが計都の補足説明を引き継ぐ形でオーフィスに語りかけた。

 

『それらに加えて、一誠を始めとする歴代の赤龍帝に俺のオーラを供給して極大倍加の限界突破を実現させる事で、お前の力と完全に同調した波動をぶつけて無効化するグイベルを全力で補助しているという訳だ。まぁ最愛の妻との初めての共同作業が貴様との戦いになるとは、正直夢にも思わなかったがな。……オーフィス。貴様が幾つも重ねた誤算の中でも特に致命的だったのは何なのか、教えてやる。それはな、兵藤一誠という俺が認めた生涯最良の友が今まで紡いできたものの大きさと重さを見縊った事だ!』

 

 そして、ロシウがオーフィスに最終通牒を突き付けると共に、五回目の極大倍加の限界突破が発動する。

 

『さて、「無」を宿した龍神よ。そろそろ、お主にも聞こえてきたのではないか? 無限である筈のお主に少しずつ、しかし確実に近づいてくる破滅の足音がの』

 

『Maximum Boost Overdrive!!!!!!!!』

 

 ……僕には、これで「届く」という確信があった。

 

「これでお前を形作るドラゴンの概念に罅を入れ、無限である所以を突き崩す!」

 

『Transfer!!』

 

 譲渡発現後のオーフィスの反応は、正に劇的だった。

 

「アッ、アァァァァァァッッッ! 痛い、痛い! この剣を離せ! 離せぇっ!」

 

 苦痛の声を露わにし、余裕を完全に失ったオーフィスは今使える力の全てを使って拳を振るい、オーラを放つ。

 

『Scale!!』

 

『Penetrate!!』

 

 しかし、銀が片方の手を抑え込む事で手数が半減し、クローズとカテレアさんの二枚重ねの無敵鱗とアリスの「透過」がそれらの攻撃を悉く防ぎ切ってしまった。

 

『往生際が悪いわよ! いい加減に理解して受け入れたらどうなの! お前はもう終わりだって事を!』

 

 アリスがオーフィスに向けて死刑宣告を告げると、僕もそれに続いて言葉をぶつける。

 

「オーフィス。この世界の何処にも、無限なんてものは存在しない。そして、全てのものには必ず始まりがある様に、終わりもまた必ずある。それを、今から僕達が証明する」

 

 すると、オーフィスは僕に向かってある事を問い掛けてきた。

 

「……我、ドライグ達に負けて、死ぬ?」

 

 何処か悲しげな眼をしたオーフィスに対し、僕は少しだけ違う事を伝える。

 

「少しだけ違う。お前の望みを別の形で叶えてやるだけだ。お前が望む静寂とは、お前の力を望む者がこの世界にいる限り、たとえ次元の狭間に一人きりで閉じ籠っても得る事などできはしない。だが、お前がドラゴンである事を保てなくなる事でその意思を「無」へと還してしまえば、お前が何かを感じる事はなくなり、お前に近づく者もいなくなる。それは己の命の鼓動すらも感じる事のない、真の静寂。……お前の望む静寂とは、結局はそういうものなんだ」

 

 オーフィスは、ドラゴンの概念に収まった次元の狭間の欠片。だから、次元の狭間に帰った後はドラゴンの概念から解き放たれ、次元の狭間を形成する「無」へと還る事こそを望んでいる筈だった。それは自らの意思を望んで消し去る事でもあり、僕にはそれを望む気持ちなど理解できない。ただ、仙人という具体例がある事も知っていた。修行を終えて極みに至った仙道がいよいよこの世を卒業する際、輪廻転生から完全に外れる為に魂すら残さず消滅するという事を計都から教えてもらったからだ。オーフィスの望みも詰まる所はそこなのだと思う。

 

「オーフィス! 「無」より生まれ、「無」に還る事を望む次元の狭間の欠片よ! お前の願望(ユメ)は、今ここで僕達が成就させる! 自ら望んだ最期(いま)を大人しく受け入れろ!」

 

 ……だから、僕は皆の力を借りてオーフィスを「無」へと還す。彼の望み通りに。

 

 

 

Side:アザゼル

 

 俺は今、都合のいい夢でも見ているのか?

 

「オーフィス! 「無」より生まれ、「無」である事を望む次元の狭間の欠片よ! お前の願望(ユメ)は、今ここで僕達が成就させる! 自ら望んだ最期(いま)を大人しく受け入れろ!」

 

 あのオーフィスを、後もう一歩の所まで追い詰めている。しかも追い詰めているのはイッセーを筆頭とする、よりにもよってまだ二十年も生きていない様なガキ共だ。

 ……もし俺が部外者だったら、ただ話を聞かされるだけならホラ話として一笑に付し、目の前で見ていたとしても「どうせすぐに現実を思い知らされるだけだ」と判断するだろう。それだけ、俺が今の今まで抱いていた常識からは余りにもかけ離れた光景だった。まぁ匙のラインを通じて自分の光力をあの世界蛇殺しに供給する事で俺もまたあの光景を作り出す一端を担っているから、あの光景を受け入れられているんだがな。

 因みに、体は動かせるが怪我はけして軽いものじゃない俺はリアスの女王(クィーン)である朱乃の肩を借りてミカエル達の元に移動し、現在は魔獣使い(ビースト・テイマー)が作り出した魔獣の一匹で何を尋ねても「タブンネ~」と返事する様ないい加減な奴から治療を受けている所だ。ただ回復力でいえば十分一級品と言えるレベルだから、この分ならもう二、三分もすれば全快するだろう。……イッセーと関係が深い連中は、一体何処まで常識ってヤツをブッ壊せば気が済むんだ?

 

「……イッセー君。何だか、すっごく遠い場所まで一気に飛んで行っちゃったね」

 

 セラフォルーが何処か遠い場所に立っている奴を見ている様な眼差しをイッセーに向けながらそんな事を言ってきたが、それについては俺も同感だった。流石にここまでやっちまったら、イッセーの存在自体が三大勢力間の戦争再開はおろか他の神話勢力の介入を招きかねない。その意味では、イッセーの聖魔和合親善大使就任は今後協調路線を歩む三大勢力の顔とする以外にも、親善を目的とする外交官という役目柄から「イッセーは基本的に戦力として扱わない」という意志表明の意味合いも出てくる。そんなイッセーが戦わざるを得ない事態があるとすれば、相手はそれこそオーフィスを始めとする神仏クラスの化物になる。流石にそういう事になれば、向こうも早々文句を言えなくなるだろう。

 

 ……まさか、こうなる事まで読み切った上で三大勢力共通の親善大使の件をサーゼクスに仕向けてねぇよな、あの爺さん?

 

 俺が冥界の生きた伝説について考えていると、治療の為にグレイフィアによってここに連れて来られたサーゼクスが自分の考えを伝えようと口を開いた。

 

「確かに、セラフォルーの言う通りだ。だからこそ、我々がイッセー君の後ろ盾にならなければならないんだよ。……その心が誤解される事無く世界中に広まり、逸脱者(デヴィエーター)もまたこの世界に生きる者の一人であると認識されるその日まではね」

 

 ……あぁ。全く以てその通りだ。そして、俺達の後ろ盾が必要なくなったその暁には……!

 

 俺の、いや俺達の新しい夢が出来上がった瞬間だった。

 

「……嫌だ」

 

 一方、イッセーの必殺宣言を耳にしたオーフィスはある感情を爆発させる。

 

「我、まだ消えたくない!」

 

 それは、迫り来る死への恐怖と生への渇望。余りにらしくないオーフィスの反応に俺はおろか他の奴らも驚きを隠せなかったが、ふとある事に気付いた。……ひょっとして、オーフィスは今、生まれて初めて死の危険に直面しているじゃないか、と。だから、生まれて初めて死に対する恐怖の感情が喚起され、生への渇望が生まれた。

 それらの激しい感情の表れなのか、オーフィスの姿が不安定になり、今までの老人からその姿を次々と変えていく。精悍な青年、妖艶な美女、恰幅の良い中年オヤジに醜い老婆。まだ人間の姿だけだがこれだけ姿を変えていた。その内、人の姿すら保てなくなって、蛇や多頭龍、虫の形状に近いワームといった様々なドラゴンの姿へと大きく変わっていくだろう。そうして、オーフィスが小さな女の子の姿に変わった時だった。

 

「……クッ!」

 

 イッセーの表情が一瞬歪んだ。

 

「今!」

 

 それを好機と見たオーフィスは、最後の力を振り絞る様に今までのドス黒いオーラとは異なる赤いオーラをイッセーに向かって放ってきた。

 

「ハッ! しまった!」

 

 イッセーはこの時、何故か不意打ちを食らった様に驚いた。

 

『イッセー!』

 

『Penetrate!!』

 

 そのイッセーをフォローする様に、さっきからあらゆる力をすり抜けるという「透過」の力を発動させてきたガキが再び「透過」を発動する。

 

「お母さん、ボク達も!」

 

『えぇ!』

 

『Scale!!』

 

 それに続く形で、クローズ達も二枚重ねの無敵鱗を発動する。だが、オーフィスの放ったオーラはこれらの防御の全てを無視してイッセーに直撃してしまった。ただ、オーラの威力は殆どなかった様でイッセーは後ろで回復を担当していた二人と一緒にほんの数mだけ吹き飛ばれるだけだったが、オーフィスにはそれで十分だった。……自分の体から世界蛇殺しの刃を抜く事ができたのだから。

 そして、今度はイッセーの両脇にいた為に吹き飛ばされずに済んだイリナとデュランダル使いに攻撃を仕掛けようとする。だが、その前にイッセーが銀と呼んだ犬が咬み付いていた手を離すと、そのまま体当たりでオーフィスを突き飛ばしてしまった。そしてイリナ達とオーフィスを遮る様に立つと、オーフィスに向かって唸り声を上げながら威嚇し始める。

 ……なんて犬だ。オーフィス相手に怯えるどころか逆に牙を向いて咬み付いたり体当たりで突き飛ばしたりするなんて、そこらの魔獣や聖獣、神獣でも早々できねぇぞ。しかも、オーフィスが攻撃しなかったから立ち塞がって威嚇する程度で済ましているが、もし攻撃を仕掛けようとしたら間違いなく己の命を顧みずに飛びかかっていただろう。あの銀という犬、「護る」って事がどういう事なのかを本能で理解してやがる。

 その一方で、オーフィスを討つ絶好機を逃してしまった事実に対し、イッセーは地面を殴り付ける形で悔しさを露わにする。

 

「クソッ! 皆が作ってくれた絶好のチャンスを僕がフイにしてしまった! オーフィスが子供の姿に変わったのを見て、僕が一瞬躊躇ってしまったばかりに!」

 

 このイッセーの発言を聞いた俺は、何故かホッとした。……何だかんだ言って、コイツはまだまだ非情に徹し切れない未熟なガキなんだなと。ただ、「透過」の力を使い続けてきた赤龍帝のガキはオーフィスの攻撃を防げなかった事実に納得がいかない様だった。

 

『でも、どうして! どうして「透過」も二枚重ねの無敵鱗も効果がなかったの!』

 

 すると、イッセーがさっきのオーフィスの攻撃が防げなかった理由について説明を始める。

 

「簡単な話だよ。「透過」はあらゆる力をすり抜ける能力。無敵鱗はあらゆる攻撃を防ぐ防御型の特性。ただ、どちらも自分の力は対象外なんだ」

 

 赤龍帝のガキはこのイッセーの言葉を聞いて、ようやく何が起こったのかを理解した様だ。

 

『……無限なのは、何も力の強さだけじゃないって事ね』

 

「おそらくオーフィスは自分の核である「無」の特性を使ってドライグと全く同じオーラを作り出し、それを僕にぶつけてきたんだと思う。ただ、あの出力なら僕自身がオーラを瞬間的に放出する事で防げた筈だ。それが……」

 

 イッセーはここで言葉を切ると、自らの失態を悔やむ様に俯いてしまった。そして、声色から老人であろう別の歴代赤龍帝から何故一瞬躊躇ったのかを指摘される。

 

『自分の娘とそう変わらん年頃の少女の姿を目の当たりにして、つい躊躇ってしまった一瞬の隙を突かれてしもうた訳か。その辺りはまだまだ甘いのう。一誠』

 

 ……成る程な、今のオーフィスの姿がアウラと被っちまったって訳か。

 

「ゴメン、皆」

 

 イッセーは心底申し訳なさそうに詫びを入れていたが、それを銀とデュランダル使いを伴って合流してきたイリナが気にしない様に言い聞かせる。

 

「イッセーくん。私だって、今のオーフィスの姿がアウラちゃんと重なっちゃたんだもの。だから、今は気にしちゃダメよ。それよりも」

 

 イリナの言葉に促される様に、イッセーは現状の確認に入った。

 

「あぁ、これで完全に仕切り直しだ。ただ今までの無理でドライグは消耗し切っているから龍拳や極大倍加はおろか通常の倍加さえも使えるか怪しいし、真聖剣もそもそも未完成な上にオーフィスとの戦いで既にボロボロ。もはや頼れるのは今まで鍛えてきた自分の心と技と体、そして皆で作り上げたこの世界蛇殺しのみ。……それでも、やり遂げてみせるさ」

 

 おそらくは最初で最後の好機を逃した今、オーフィスにはもう隙がない。イッセーもそれは解っている筈だが、それでもあの眼は少しも諦めていなかった。ただ、聞き逃せない事があったのか、イリナが少しだけ怒った様な表情でイッセーに問い掛ける。

 

「ねぇイッセーくん。……頼れるものは、もっといっぱい()()でしょ?」

 

「ワンッ!」

 

 このイリナの問い掛けに続く形で、まるで「俺もいるぞ!」と言わんばかりに銀が軽く吼えた。

 

「そうだね。イリナ、銀」

 

 イッセーはイリナや銀が何を言いたいのかを理解した様で、苦笑交じりでそれを受け入れる。……そうだ。魔獣使いのお陰で俺の様に比較的怪我が軽かった者はもちろん、一番重症だったトンヌラや武藤礼司、意識を失っていた木場祐斗やセタンタも既に全快して戦えるようになっている。しかもだ。

 

「こうして前に出てきたのです。ここからは私達も参戦します。そしてイリナが先程言った様に、私達皆で一緒に超えていきましょう」

 

 いつの間にかイリナの色違いの装いとなって双刃の銛を手に携えていたソーナの言う通り、前に出て来た以上は後方で待機していた連中もオーフィスとの戦闘に参加せざるを得なくなった。その事実に誰も躊躇っていないのを見ると、全員覚悟は完了している様だ。デュランダル使いも既にデュランダルをオーフィスに向けて構えている。そして、こっちに連れて来られた俺達負傷者もイッセーと共に戦う為に前に出ようとした時だった。

 ……赤龍帝の籠手から二つの光が飛び出し、人の形をとったのは。

 

「YAHAA! まさかシャバで思う存分戦える様になるとはなぁ! だがなぁ、イチに手を出したテメェ相手に楽しむ気なんざ毛ほどもねぇ。……殴り潰す。テメェには、ただそれだけだ」

 

 その内の一人は赤龍帝の籠手の本来の禁手(バランス・ブレイカー)である赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を身に纏い、指を鳴らしながらオーフィスに今にも飛びかからんとしていた。その言動から、明らかにヴァーリの同類と思われる男だ。……ただ、発している気配の強さが明らかに化物クラスだった。俺やミカエルが本気を出しても、かなり分が悪い。

 

「「無」を宿した龍神よ。儂を含めた歴代の赤龍帝全員に希望の光を齎した一誠を傀儡に仕立てようなど、ようも考えたものじゃ。それが、儂等全員の逆鱗に触れるとも知らずにの。故に覚悟せよ。憤怒にその身を震わす今、原初にして究極たるあの者は全盛期の二天龍をも凌駕するぞ?」

 

 黒い外套にジャケットの様な服装を纏った、アッシュブロンドの髪と髭を持つ壮年の男。この爺さんは左手に赤龍帝の籠手を着けているものの、禁手を発動していない。だが、禁手を発動している男に劣っているかと言えばそうでもない。むしろそれに負けねぇくらいに化物クラスの強者の気配を纏ってやがる。

 ……まさか、コイツ等が歴代でも最高位の赤龍帝なのか?

もしそうだとすれば、俺は今までの赤龍帝の強さの基準を改めなければならねぇ。だが、まだ上には上がいた。

 

「イッセーは敵には容赦しないけど、「覇」を「和」に変えてしまう様に基本的にはとても優しい子なのよ。そして、アウラが生まれてからは優しいお父さんになった。だから、アウラと年が近い子供を殺す様な真似をしなかった。きっと、その姿ではイッセーも本気でお前を殺しにはいけないわ」

 

 その声と共に赤龍帝の籠手から飛び出した光の球から現れたのは、白いワンピースを着こなした十歳程の美少女。

 

「だから、イッセーの代わりにわたしが()るの。二天龍が重ねた「覇」の極みが何なのか、赤龍帝をはじめたわたしが教えてあげる」

 

 ……だが何だ、これは?

 

 あの二人や極大倍加で世界を赤く染めたイッセー、「滅び」の魔力の権化と化したサーゼクスが可愛く思える、それどころか大戦末期に対峙したドライグとアルビオンすら凌駕しかねない程のオーラと覇気を纏ってやがる。これが、ドライグをして「原初にして究極」と言わしめたというはじまりの赤龍帝なのか?

 こうしてイッセーを中心に置いて守る陣形を敷いた三人の赤龍帝とオーフィスが対峙する中、オーフィスが唐突に言葉を発し始めた。

 

「今、確信した。……ドライグ、我と同じ」

 

 ……なんて事を言い出しやがる。

 

 オーフィスから飛び出した同類発言に対して、イッセーは真っ向から反論した。

 

「生憎、僕はお前の様に無限の力なんて持っていない。お前に比べたら、僕はそれこそ地面を這い回る蟻の様に弱く小さな存在だ」

 

 いや、オーフィスをここまで追い詰めたお前がそれを言うのは、明らかにおかしいだろ! ……そんなツッコミが飛び出しそうになったのをかろうじて抑え込んだ俺は、きっと褒められてもいいと思う。そして、オーフィスもイッセーの反論を一蹴する。

 

「違う。ドライグ、我とは違う形の無限を秘めている。それがこれだけ多くの強い力を引き寄せ、我と戦う間にも成長を続けた。その結果、我は生まれて初めて殺されると思った。我を殺しかけたドライグがいれば、グレートレッドに必ず勝てる。今、それがはっきりと解った」

 

 この発言を聞いて、俺はオーフィスが更に力を解放して襲い掛かってくると思った。……この場にいる全員が身構えた事から、間違いなく俺と同じ事を考えた筈だ。

 

「……だから、今日はもう帰る」

 

 それだけに、オーフィスの「帰る」発言には誰もが驚いた。そして、狙われていた当人であるイッセーはオーフィスにその理由を問い質す。

 

「……何故だ?」

 

「我、結構傷ついた。力もかなり減っている。もしかすると、さっきドライグが言った通り、今の我は無限ではないのかもしれない。それでも、このまま戦ってドライグ達を殺す事はできる。でも、そんな事しても意味がない。だから、今日はこのまま帰って、体を治して元気になったら、また来る。そして、今度こそドライグを手に入れて、グレートレッドをやっつける。……我、必ず静寂を手にする」

 

 オーフィスはイッセーの問い掛けに答えると、少し考え込んでから最後の言葉を訂正する。

 

「……違う。我の住処、次元の狭間を必ず取り返す。我が消えていくあの怖い感覚が真の静寂だというのなら、我はもうそんなものいらない」

 

 そして、オーフィスは誰の目にも留まる事無くこの場を去っていった。転移したのか、それともただ高速で移動しただけなのか。俺にはその判別すらできなかった。

 ……ただ、これだけは断言できる。俺達はオーフィスという災厄をどうにか凌ぎ切ったのだと。

 

Side end

 

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