赤き覇を超えて   作:h995

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お読みになる前に、一つだけご注意を。
今回登場するキャラはあくまでこの世界における同位存在であって、そのものではありません。

追記
2018.11.14 修正


第九話 海鳴る街にて出逢う疾風

Prologue

 

 時は、一誠が中学二年生の頃。ゴールデンウィークを利用したフランスでの家族旅行において、一誠がレオナルドに出逢ったそのすぐ後の事だった。

 

 一誠は自身の父親の言葉を思わず繰り返した。

 

「美味しいシュークリーム?」

 

 一誠が自分の言葉を理解したと判断した一誠の父は、自身の考えを一誠に伝えていく。

 

「あぁ。来週の日曜は母の日だ。毎年カーネーションばかりだとマンネリ化するから、今年は別の物を贈ろうと思っているんだ。でも下手に高い物よりもささやかな物の方が、母さんは喜んでくれるんじゃないかと思ってな」

 

 少しはにかみながらそう言った父の顔を見て、一誠は相変わらずだと思った。息子の贔屓目を抜きにしても、この両親は本当に仲が良かった。勿論夫婦ゲンカもたまにはするが、昔の人が言った様に犬も食わないものといって間違いはないだろう。

 そうして一誠は父の意志を改めて確認し、そのまま承諾する。

 

「それで父さんが日頃の感謝ということで母さんとデートに出かけている間に、僕がそのシュークリームを買いに行けと。……分かった。それで何処で買ったらいいの?」

 

 一誠が何処の店に行けばいいのかを確認すると、一誠の父は大変に手の込んだ話をし始めた。

 

「電車で片道1時間と結構遠いんだが、県境を超えて二つ隣の海鳴市に口コミで上手いと評判の喫茶店がある。有名ホテルに勤めていた美人パティシエが経営する店だというから、この間そっち方面に出張した際に立ち寄って食ってみたんだが、これがまた美味くてな。そこは持ち帰りにも対応しているから、できればそこにしたいんだよ。それに、あの世界的な歌姫であるフィアッセ・クリステラが喉を痛めて休養していた時に懇意だったそこの経営者の家で過ごしていて、チーフウェイトレスを勤めた事もあったらしいからな。割とミーハーな母さんなら、その逸話も持ち出して渡せばきっと喜んでくれるだろう」

 

 そんな事を平然と口にする程に愛妻第一な父親の姿を見て、一誠は口の中が甘くて仕方がなかった。

 

(砂糖を吐くって、きっとこういう事なんだろうな)

 

 そんな事を考えながらも、一誠は不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 

「……ごちそうさま。相変わらず仲良いね、父さん。受け取りについては、ちょっと遠出になるけど母の日の当日に取りに行くように予約を入れればいいかな。それで、その店の名前は?」

 

 一誠の確認する為の質問に対して、一誠の父はこう答えた。

 

「あぁ。翠屋というんだ」

 

Prologue end

 

 

 

 五月の第三日曜日となった。今日は母の日。

 母さんへのサプライズの為に、僕は電車で一時間かけて海鳴市に来ていた。目的地は喫茶店、翠屋。初めて訪れた海鳴市であったが、第一印象は非常に良かった。

 

「ここが海鳴市か。少し調べたら風光明媚な土地で観光客も多いってあったけど、本当だったよ。これなら今度、父さんに言って家族で遊びに来ても良いなぁ」

 

 そうして心地よい海風に吹かれながら海岸線沿いの道を歩いて翠屋へ向かっていると、僕は前方に気になる物影を見つけた。

 

「……んっ?」

 

 そこには横倒しになった車椅子と、車道にはみ出して倒れ込んでしまった女の子がいた。

 

「あ、ありがとうございます。お陰で助かりました。あないなってしもうたら、わたしだけではどうにもならんかったんです」

 

 関西弁交じりで僕にお礼を言って来たのは、先程まで倒れ込んでいた車椅子の女の子だ。

 あの後すぐに駆けつけ、まずは車道に出ていた女の子を助け起こして歩道に座らせた後、倒れていた車椅子を起こして女の子を車椅子に乗せてあげた。だが、女の子は僕に助けられた事に大変恐縮している様なので、僕は気にしない様に言い聞かせた。

 

「いや、気にしなくても良いよ。流石にあのまま放っておくと、君もそうだけど通り掛かる車とかも危なかったからね。……ところで君、車椅子に乗って一人で来たの?」

 

 ……そう。見た感じ十歳前後である女の子が一人で買い物に来た事自体、それほどおかしなことではない。ただし、体が不自由であれば話は別だ。流石に付き添いぐらいはいないと、色々な意味で不味かった。それがどうしても気になった僕はその女の子に問い掛けたのだ。ただ、あの状況に陥ったと言う事は……。

 そして、その女の子の答えもまた僕の推測を外れるものではなかった。

 

「はい、そうです。実は美味しいシュークリームの話を聞いて、隣町から電車で来たんですけど……」

 

「車輪が歩道を踏み外して、転んじゃったわけか」

 

 僕がそう続けると、女の子は無言で頷いた。

 

 ……これがあるから、付き添いがいないと不味いのだ。

 

 仮に大人であれば、或いは腕の力だけで倒れた車椅子を起こして自分の体を引き揚げることもできるかもしれないが、この女の子にはとてもできそうになかった。しかも、道路を走って来る車が小柄である彼女を見落としかねない危険もある。……僕はこの子に尋ねずにはいられなかった。

 

「念の為に聞くけど、お父さんとお母さんは君がここにいる事を知っているの?」

 

「お父さんとお母さん、今はお空のお星様になっとるんです」

 

 ……成る程。既に他界してしまった人達ではどうしようもないか。余計な事を言わせてしまった事を内心悔やみながらも、更に質問を重ねていく。

 

「じゃあ、他に親戚とか一緒に暮らしている人はいるのかな?」

 

 しかし、この後の女の子の答えを聞いた僕は完全に言葉を失ってしまった。

 

「……いいえ、親戚とかもいません。ただお父さんとお母さんの遺産があるから、一人暮らしでも何とかやっていけてます。後は時々、ヘルパーさんがお掃除とか片付けとかをしてくれてますけど」

 

 小学生の独り暮らし。しかもその子は身体障害者。……およそ法治国家である日本においては、けしてあってはならない異常事態だった。

 

「馬鹿な、そんなことは有り得ないよ。君、どう見ても十歳くらいだよね? しかも半身不随の障害を持っている。仮に遺産の管理者がいて、その人が生活費として十分な金額を渡していたとしても、その人は完全に児童保護の義務を放棄しているとしか言えないよ。それに君を一人暮らしで放っておくなんて、近所の人達は何をやっているんだ?」

 

 僕は思わずこの子の現状を口にして、近所に住まう人達にも言及した。だが、この女の子は僕の想像を悪い意味で裏切ってくれた。

 

「わたし、近所との付き合いがあんまりないんです」

 

 ……この時点で僕はこの女の子の異常性を確信し、密かに「裏」の視点で確認し始めた。

 

「それはお父さんとお母さんがいた頃から?」

 

「お父さんとお母さんが死んだの、今の家に引っ越して直ぐやったから……? そう言われてみれば、ちっちゃかったからよう覚えとらんかったけど、お母さんはわたしと一緒に買い物に行った帰りとか、割と近所の小母ちゃん達と立ち話をしとったな。それに小母ちゃん達も「はやてちゃん、はやてちゃん」いうて、わたしのことをよう可愛がってくれたんや」

 

 同時進行で続ける僕の質問にもこの女の子はしっかりと答えていたが、そうしている内に自分がどれだけ異常な環境に置かれているのかをはっきりと自覚した。

 

「……あれ? そしたら何で小母ちゃん達はわたしが一人暮らししとる事に何も言って来んのや? 幾らヘルパーさんが来るから言うても、こんなんちょっとおかしいで!」

 

 ……思った通りだった。

 

 魔導師としての眼でこの女の子を見ると、この子からは他者の認識を阻害する様な精神操作系の結界が常時展開されていた。ただ気になるのは、自分にとっては害にしかならない結界を展開しているのが自分自身である事に全く気付いていない事だ。それにこの女の子の魔力量は常識から大きく外れた膨大なものであったが、それ以上にその流れが明らかにおかしかった。どうも身体機能に障害が出て来るレベルで、何かに魔力を無理矢理奪われている様であった。

 以上の事を踏まえると、半身不随の原因もこの子が一人暮らしを強要されているのも、全てはこの女の子から魔力を奪い続けている何かが原因だろう。だが、まずはこの子の環境改善が第一だ。

 

 ……僕は携帯端末を手に取った。

 

 

 

Side:車椅子の少女

 

 わたしが自分の置かれていた状況について言及された事でその不自然さに気がつくと、わたしを助けてくれた男の人が携帯端末を取り出した。

 

「ちょっと待っててね」

 

 わたしに一言声を掛けた後、男の人は携帯端末を操作した。そしてそのまま自分の耳元に当てる。

 

「もしもし。父さん、母さんとのデート中にゴメン。今年の母の日のサプライズ、どうやら諦めないといけなくなっちゃったみたいだよ。悪いけど、母さんに代わってくれないかな? 一人暮らしを強要されている車椅子の小学生の女の子に出会ったんだけど。 ……これが悪い冗談だったら、僕も良かったんだけどね。だって、十歳前後の子が大人の付き添いも無く、一人で電車に乗って隣町まで買い物に来ているんだよ? それだけならまだあり得ない話じゃないけど、その子は車椅子が必要な身体障害者なんだ。それにさっき出会ったばかりだけど、僕が通りかかった時には転んでしまって車道に倒れ込んでいたんだ。こんなことがある以上、大人の付き添いはやっぱり必要だよ。……うん。常識で考えると、やっぱりおかしいよね? 僕も一体何がどうなっているのか、訳が分からないよ。だから、県庁で児童福祉の仕事に就いていた事がある母さんの知恵を借りたいんだ。……うん、分かった。ただ、その時には多分、何故海鳴市に来ているのかも話すことになっちゃうんだけど。……うん、ありがとう。それと折角のサプライズを台無しにしてゴメンね、父さん」

 

 どうやら男の人は自分のお父さんに電話を掛けたみたいで、すぐ側にいるらしいお母さんに代わってもらう様に頼んでいた。それから暫くすると、呼び掛ける相手がお父さんからお母さんに変わった。

 

「もしもし、母さん。折角の夫婦デートの途中にゴメンね。でも流石に余りにも放っておけない子に出会ってしまったんだ。それで、今何処かって? 隣の県の海鳴市だよ。実は予約していたシュークリームの受け取りに翠屋という喫茶店へ向かっていたんだ。母の日のプレゼントとしてカーネーションの代わりに母さんに贈ろうと思って、父さんと二人でこっそり準備していたんだよ。……母さん。喜んでくれるのは嬉しいけど話を聞いて、って詳しい話を本人から聞きたいから今からこっちに来る? 駒王町からはかなり遠いんだけど。……えっ、二十分位でこっちに着く? ひょっとしてデートの場所って、県境のショッピングモールだったの? 何でそんな色気も何もない所を、父さんはデートの場所に選んだんだか。……分かった。とりあえずはその子と一緒に翠屋で待っているよ。翠屋の場所は父さんが知っているから。それじゃ」

 

 ……何だかよくわからない内に、話が一気に進んでしまったみたいだった。わたしは携帯端末を仕舞う男の人の様子を窺いながら、声を掛ける。

 

「あのぅ……」

 

 わたしの不安な気持ちが顔に出ていたのだろう。わたしの表情を見て、男の人は一言謝ってから先ほどの話の内容を簡単に説明してくれた。

 

「あぁゴメンね。君の現状が余りにもおかしいから、結婚する前は児童福祉の仕事に就いていた僕の母さんに相談しようと思って連絡したんだ。そうしたら、詳しい話を直接聞きたいから、両親がこっちに来ることになったよ。……そう言えば、まだ名前を聞いてなかったね。僕の名前は兵藤一誠っていうんだ。君の名前は?」

 

 男の人、兵藤一誠さんがわたしに自分の名前を教えてきたので、わたしもお返しとして自分の名前を教える。

 

「わたし、八神はやてと言います。それで……」

 

 わたしは言葉を続けようとしたけど、兵藤さんはそれを遮ってきた。

 

「とりあえずは翠屋に行こうか。行こうと思っていた場所とその目当ての品は一緒だったからね」

 

 兵藤さんの提案に対して、わたしは承諾した。

 

「はい。わかりました。よろしゅうお願いします。兵藤さん」

 

 そして、兵藤さんはわたしの車椅子を押し始めると、わたしと一緒に翠屋へと向かった。

 

 

 

 ……それからおよそ一年後。わたしはゆっくりと目を覚ましていた。

 

「……うぅん。何や、ベッドで寝転んどったらいつの間にか寝てしもうたんか」

 

 目を擦りながら意識をはっきりしようとする内に、わたしは見ていた夢の内容を思い出していた。尤も、それは一年前にあった現実の事だったけど。

 

「しかし、懐かしいなぁ。わたしがまだ車椅子に乗った薄幸の美少女だった頃の夢やったな。でもあの後、翠屋で話を聞いてくれたお母ちゃんはその場で私を引き取ってから、ややこしい手続きをあっという間に済ませて、わたしの誕生日の前日に養子に迎えてくれたっけ。これがはやてちゃんへの初めてのプレゼントだって、お父ちゃんが言うもんやから思わず泣いてしもうたわ。しかもお父さん達の遺産には一切手を付けんかったし、生活費は出すって言うたら、「はやてちゃん、見縊らないで。たとえ血が繋がらなくても、はやてちゃんは私達の子供よ。だったら、はやてちゃんは自分達の力で養ってみせるわ。だからご両親のお金は、大人になった時に大切に使いなさい。その代わり、無駄遣いなんてしたらお尻ペンペンよ?」なんて言うんやもん。お母ちゃん、ホンマにカッコ良すぎやで」

 

 ……実はその時のお母ちゃんの言動に感動したわたしは、お母ちゃんを女としての目標にしていたりする。次に今や義兄となった兵藤一誠さん、いやアンちゃんの事に意識が向いた。

 

「それにアンちゃんがお呪いしたら足がホンマに治って、今ではしっかり歩けるようになった。お呪いの時にアンちゃんの言った通り、わたしの絶望を希望に変えてくれた。あの時にアンちゃんに出会ってからは、本当にえぇこと尽くめや」

 

 そして、その時にわたしはアンちゃんの本当の姿を知った。アンちゃんは赤き龍の帝王であり、騎士達の王様であり、そして「優しい魔法使い」なのだと。

 ……やがてわたしは、その思いを将来へと馳せていく。

 

「何より、わたしは体の不自由な人の気持ちが嫌という程わかっとるから、将来はそんな人達を手助けできる仕事に就けるとえぇなぁ。その意味では、車椅子に乗っとったのもかえってえぇ経験やな」

 

 将来は介護に携わる仕事をしたい。これは、わたしが辛いリハビリを乗り越えて自由に歩けるようになった時、自然と思い立ったものだった。だから、これからはこの夢に向かって精一杯努力していくだけだ。

 そこまで思いを馳せていると、下からお母ちゃんの声が聞こえてきた。

 

「はやてちゃん、晩御飯作るの手伝って~」

 

 お手伝いを頼むお母ちゃんの声に返事を返しながら、最後に本当のお父さんとお母さんに報告する。

 

「分かったでぇ、お母ちゃん。直ぐ降りるから、ちょっと待ってぇなぁ。……お星様になったお父さん、お母さん。わたしは今、凄く幸せや。わたしを可愛がってくれる優しいお父ちゃんにお母ちゃん、何よりカッコ良うて素敵な自慢のアンちゃんもおる。わたしはもう一人ぼっちやないから、安心してぇな」

 

 そして、わたしはすぐ側に立っていた存在に声を掛ける。

 

「なぁ、リイン?」

 

「はい、はやて」

 

 「夜天の書」の管制プログラム、リインフォース・フォン・ナハトヴァール。わたし以上に苦しんでいたけど、今ではすっかり元気になったわたしの半身。……これも、アンちゃんのお呪いのお陰だった。

 そして、アンちゃん達には内緒だけど、実はわたしにはもう一つの夢がある。その為に、現在はアンちゃんに内緒でリインに魔法を教えてもらっている。

 

 ……それは、誰かの絶望を希望に変える「優しい魔法使い」になる事。そう、わたしの自慢のアンちゃんの様に。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

前話における次元災害と一誠の父親から出た世界的な歌姫の名前でピンときた方もおられるかもしれませんが、この世界はとらハシリーズとの融合世界です。
尤も、とらハシリーズというよりはリリカルおもちゃ箱というべきかもしれませんが。
なので、作中で名前だけ出てくる可能性があるのは、おもちゃ箱のメインを張る二人の他は翠屋店長だけです。

次話も既に完成していますので、引き続きお楽しみください。
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