赤き覇を超えて   作:h995

46 / 125
2018.11.26 修正


第五話 輝き始めた綺羅星

Side:木場祐斗

 

 瑞貴さんの呼びかけで始まった僕と薫君達の顔合わせにおいて、僕達はイッセー君の秘密に触れる事になってしまった。もはや隠し切れないと悟ったイッセー君の提案に従ってカフェを出た後、僕達はアーシアさんの件で僕達グレモリー眷属が攻め入った廃教会へと向かった。目的地に到着してその礼拝堂に入るや否や、イッセー君は数日前にロシウ老師が使用した封時結界を展開する。……ここまでやるという事は、それだけ秘密にしないといけないという事だ。そして、僕が思い至ってイッセー君が首肯することで決定的となったものは、確かに世界を揺るがしかねない一大事だと思う。

 

「今こそ、僕の秘密を皆に明かそう。……尤も、一目見ればすぐにでも理解できる事だけどね。瑞貴には隠し損ねて見られてしまったけど、これが僕の本当の翼だ」

 

 封時結界を展開し終えたイッセー君は皆の前に立つと、そう言って五対十一枚の羽を広げた。……ただし、僕が見慣れている四対八枚の赤い悪魔の羽と一際大きい一対三枚の赤いドラゴンの羽ではなかった。

 

「天使の、翼?」

 

 右側に二対四枚の白い天使の翼、左側には二対四枚の黒い悪魔の羽があった。そして、一対三枚の赤いドラゴンの羽だけはいつもと同じ様に展開されている。こうして自らの本当の翼を僕達に見せた後、イッセー君は自分の事を説明し始めた。……加えて、悪魔になったからという建前で週末には必ず訪れていたという孤児院に近づかなかった、その本当の理由も。

 

「逸脱者、デヴィエーター。僕は自分の事をそう名付けた。聖と魔、そして龍の力が一つの存在の中で共存する、正に世界の理から逸脱した異端の極み。そして、この姿と同様、僕はその気になれば天使の光力と悪魔の魔力、更には赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)のオーラという三種類の力を全て、しかも同時に扱う事ができる。ただ、世界の理から完全に外れている以上、僕の存在を知れば三大勢力が総出で襲ってくる可能性が極めて高かった。今は四大魔王の一人であるサーゼクス様から僕をけして裏切ったり見放したりしないという約束を契約の形で頂いているからまだマシなんだけど、それでも他の四大魔王の方達を含む上層部がどう動くかが解らない。……だからこそ、孤児院にいる皆の元には近づけなかったんだ。僕に破滅の時が訪れたとしても、せめて孤児院の皆を巻き込まない様にする為に」

 

 イッセー君の話が一区切りした所で、瑞貴さんが悪魔に転生した理由とそれに伴う固い決意を静かに語り始めた。

 

「そして、僕があえて悪魔になった理由も実はそこにある。僕達が今こうして幸せな生活を送れているのは、全ては四年前に世界の全てに見放されて死に絶える筈だった僕達に、一誠が救いの手を差し伸べてくれたからだ。だから、次は僕の番。もし逸脱者(デヴィエーター)として世界中のあらゆる存在が一誠の敵に回るという最悪の事態に陥った時、今度は僕が一誠に手を差し伸べる。たとえ、一誠の味方となるのが僕一人だけだったとしてもだ。その為に、支取会長の眷属になる際、「兵藤一誠が上級悪魔として独立した時には、交換(トレード)の形で自分を兵藤一誠の眷属とする」という一文を契約条件に加えているんだよ。尤も、この無茶振りにも程がある契約条件を受け入れてくれた支取会長には本当に感謝しているし、そのご恩返しとして一誠が独立するまではシトリー眷属の騎士(ナイト)として全力を振るわせてもらうけどね」

 

 この瑞貴さんの言葉を聞いたイッセー君は、驚きを隠せないでいる。瑞貴さんがここまで考えていたとは、流石にイッセー君も思っていなかったのだろう。そして僕もまた、瑞貴さんの言葉に主を守るべき騎士の眷属悪魔として、深い感動を覚えていた。

 

 恩人にして友であるイッセー君をけして一人にしない為にあえて悪魔に身を落とし、たとえ世界の全てを敵に回しても一歩も退く事のない固い信念。そして、歴代に数名しかいない達人クラスの剣の腕前を持つ赤龍帝をも凌駕し、その信念を貫き通す事のできる、卓越した剣の腕前。力と志を両立させ、守るべき主を見出して最期まで共にあるという、正に「騎士」の完成形。

 

 それが、騎士の眷属悪魔としての瑞貴さんだった。僕が瑞貴さんの在り方に騎士として深い尊敬の念を抱いていた、正にその時だった。

 

「だったら、俺もその仲間に加えて下さいよ。瑞貴さん」

 

 突如男の声がしたかと思うと、一つの人影が礼拝堂のステンドグラスを割りながら入ってきた。僕はとっさにイッセー君と人影の間に立ってから、和剣鍛造(ソード・フォージ)最大の能力である双覇の聖魔剣(ソード・オブ・ビトレイヤー)を発動、聖魔剣を創造してそのまま身構える。

 礼拝堂の床に着地した時の衝撃を脚だけで完全に殺してみせた人影は、僕とほぼ同じくらいの背丈と引き締まった筋肉質の体格をした少年で、所々に赤毛と金髪が混ざっている黒髪をドレッドロックスにして頭頂部でまとめた様な髪型をしており、鷹の様に鋭い目には二つの瞳があった。容姿はともすれば少女と見紛うばかりに整ってはいたものの、片方の口元を釣り上げた様な好戦的な笑みを浮かべており、獰猛な獣と見紛うばかりの雰囲気と相まって全く別の印象を与える。そして、彼は2 m半ば程の紅く染め上げられた銛の様な形状をした槍を携えていた。その槍から感じられる力は相当に強力で、間違いなく伝説に名を残している代物だろう。

 

 ……強い。それこそ、今の僕では到底太刀打ちできそうにないくらいに。しかも、その雰囲気からおそらくは強者との戦いに生き甲斐を感じるタイプの戦闘狂だろう。

 

 僕がこの少年を見て真っ先に感じたのがそれだった。しかし、それは彼の口から出てきた次の言葉で完全に崩れ去る。

 

「酷いですよ、一誠さん。そんな大事な事、一の舎弟である俺にまで黙ってるなんて。そもそも、俺はアイルランドで子供ばかりを狙って攫っていた下種共を追っていた時に、目的が同じだった神父と一誠さんに偶々出会ってから一緒に行動して子供達を助け出した後、祖先が願い、そして俺自身も望んでいた「本物の強者との真剣勝負」に全力で応えてくれた一誠さんの漢気に心底惚れて、遠く離れた日本の駒王町までついて来たんですよ? その俺が我が身可愛さに一誠さんを見捨てるなんて事、絶対にあり得ねぇや」

 

 ……少年の本質は、番犬だった。主に何処までも忠実で、例え己では絶対に敵わない相手であろうとも、主を守る為であれば臆する事無く牙を向く。だからこそ、ともすれば戦闘狂と見紛うばかりの獰猛さを見せているのだ。

 そうしていると、瑞貴さんが少し苦笑気味な表情を浮かべて少年を窘めていた。

 

「セタンタ。僕達に気取らせなかったのは流石だけど、こっそり盗み聞きとは君らしくないね」

 

 瑞貴さんの窘めに対して、セタンタと呼ばれた少年は素直に頭を下げて謝罪し、何故ここに来たのかを釈明し始めた。

 

「それについては済みません、瑞貴さん。ただ、偶々ここのすぐ側を通りがかった時に突然封時結界が展開されたモンですから、どうも気になっちまいまして。それで調べようと思って潜入した所に、一誠さんのさっきの話でしたからね。そんなつもりはなかったんですが、結果的に盗み聞きになっちまいました。……尤も、一誠さんは最初から俺もいるのを承知の上で、あえて話をされてましたけどね」

 

 ……魔導に秀でたイッセー君の封時結界を察知し、しかもその結界の中に何事もなく侵入できた彼は、魔導に関してもかなり高い実力を持っている様だ。更に僕達はおろか実力上位の瑞貴さんにすら気取らせなかったあたり、潜入工作に関する技能も相当に高いらしい。僕がセタンタという少年の実力を見極めようとしていると、イッセー君が彼に話しかけようとした。

 

「セタンタ。あえて話を聞かせたから、お前なら解ると思うけど」

 

 しかし、セタンタという少年はイッセー君の言葉をあえて遮った上で、自らの不退転の決意を示してきた。

 

「おっと! 今更「僕や瑞貴を追い駆けて来るな」なんて、野暮な事はやめてくれませんか。コイツはあくまで、俺自身の意志で決めた事です。それに神父の子供である薫やカノンと違って、無宗教の俺には教会だ何だっていう(しがらみ)ってのが一切ありませんからね。いくら一誠さんのお言葉でも、こればっかりは聞けませんって」

 

 ……彼は案外、イッセー君にとって最高の兵士(ポーン)になってくれるかもしれない。

 

 彼の言葉を聞いていてそう思った僕は、状況の整理も兼ねてイッセー君に彼の事を紹介してもらう様に頼んだ。

 

「イッセー君。悪いけど、彼の事を紹介してくれないかな? 正直に言って、話の内容に追い付き切れていないんだけど」

 

 そんな僕の頼みに対して、僕が状況を理解し切れていない事に気づいたイッセー君はセタンタという少年の紹介を始めた。……尤も、その時に明かされた彼の祖先が余りに大物過ぎて、少々唖然としてしまったけどね。

 

「それもそうか。解った。それじゃ紹介しよう。彼の名前は、セタンタ・マク・コノル。アイルランドの大英雄であるクー・フーリンの子孫で、彼の幼名とルーン魔術、そしてケルト神話にその名を残す魔槍ゲイボルグを継承しているよ。強さも、この中では僕と瑞貴に次ぐ物があるし、祐斗やライバル視している薫君には悪いけど、今はまだセタンタには敵わないな。まぁ、祐斗に関しては和剣鍛造に慣れた上に剣の王を作った後なら、解らないけどね」

 

 そして、イッセー君から紹介されたセタンタ君は自ら補足事項をつけ足してきた。

 

「そして何より、新生赤龍帝の開祖にして二代目の騎士の王の代紋張っている兵藤一誠さんの一の舎弟ってのは、この俺の事さ」

 

 すると、この名乗りを聞いて黙っていられなかったのか、薫君が凄い剣幕でセタンタ君を責め立てる。

 

「何言ってるんだよ、セタンタ! イチ(にぃ)の一の弟分は、このオレだ! だいたい、イチ兄に出逢ったのはレオよりも後のクセに、図々しいにも程があるだろ!」

 

 しかし、セタンタ君には薫君の剣幕などまるで堪えていない。そればかりか、逆に薫君を挑発してきた。

 

「ケッ、何言ってやがる。そういう事は一度でも俺に勝ってから言うんだな、薫。そうしたら、まぁ考えてやらなくもないぜ? ……尤も、そいつは絶対(ぜってぇ)無理だって話だけどな。何たって、俺がお前より強いってのは一誠さんのお墨付きだからな」

 

 このセタンタ君の挑発に対し、完全に激昂してしまった薫君はセタンタ君に外へ出るように言い放った。

 

「……セタンタ、表に出ろ! 今日こそ決着を付けてやる!」

 

 薫君の決闘宣言に対して、セタンタ君は好戦的な笑みを浮かべながら応じようとする。

 

「ハッ! 望む所だ! いい加減、どっちが上かってのを思い知らせねぇといけなかったからな!」

 

 もはや収拾が付かなくなりそうな所に、カノンちゃんがとうとう爆発した。言葉使いをガラリと変えて、二人を大声で叱りつけ始める。

 

「アンタ達、いい加減にしなさいよ! アンタ達がバカやってるのを見て、一誠さんや瑞貴兄さん、それに祐斗さんまですっかり呆れ返ってるじゃない! それに、ここに来たのは一誠さんのとても大切な話を聞く為で、アンタ達の下らないケンカの為なんかじゃないわよ!」

 

 カノンちゃんの「下らない」宣言に二人は揃って反論した。

 

「下らないって何だよ!」

 

「そうだ! これは大事な事だぜ!」

 

 しかし、カノンちゃんはむしろ声色を冷たいものへと変えて、二人のケンカが如何に下らない事であるかを語っていく。

 

「何? つまり、アンタ達はこう言いたいの? アンタ達の下らない序列を付ける事が、アンタ達が尊敬する一誠さんが今まで話せなかった自分の秘密を、私達を信用して話してくれる事よりも上ってこと? ……ふぅん、そうなんだ。また随分と偉くなったものね、二人とも?」

 

 このカノンちゃんのまるで感情の感じられない冷え切った声と言葉に、激昂していた薫君の頭はすっかり冷えたらしく慌ててカノンちゃんに弁明し始めた。

 

「ち、違う。違うよ、カノン。オレにそんなつもりは……」

 

 一方、セタンタ君は自分の非を素直に認めて、カノンちゃんに謝っていた。

 

「すまねぇ、カノン。俺とした事が、薫に釣られて頭に血が上っちまっていたみてぇだ」

 

 二人がやっと冷静になったのを確認したカノンちゃんは、そのまま大人しくしている様に二人に言いつける。

 

「……頭、冷えたみたいね。解ったら、今は大人しく話を聞く。いいわね?」

 

 カノンちゃんの念押しに対して、薫君も流石に分が悪いと思ったのだろう、今度は素直に承知した。

 

「解ったよ、カノン」

 

 セタンタ君もまた薫君同様に承知する一方、薫君に聞こえない様に小声でカノンちゃんにお礼を言っていた。どうやら、セタンタ君は自分の口で言っていた程、頭に血が上っていた訳ではなかったようだ。

 

「あぁ、俺も了解だ。……助かったぜ、カノン。あのままじゃ、俺も引っ込みがつかなくなっていたからな」

 

 そのセタンタ君のお礼に対して気にしない様に伝えたカノンちゃんは、薫君がイッセー君の一の弟分に拘る点を子供であるとして一蹴するも、その理由に心当たりもある為にかなり心配そうな表情をしていた。

 

「別に気にしなくてもいいわ、セタンタ。……全く。薫は最近、一誠さんの一番の弟分であろうと意識し過ぎなのよ。確かに、孤児院では一番の古株で年下の子から慕われているし、一誠さんや瑞貴兄さんがもう二度と来れなくなったから、一誠さんの一番の弟分である自分が頑張らなきゃって思う気持ちは凄く解るの。でも、だからって、自分と同格以上のセタンタまで無理矢理自分の下にしようとする必要はないじゃない。だから、まだまだ子供だって言われるのよ……」

 

 ……確かに、薫君は薫君で何処か危うい様な感じがする。これは、僕の方でも気を配っておいた方がいいかもしれない。僕が薫君について注意するように決めていると、ようやく場が治まったと判断した瑞貴さんが改めてイッセー君に降霊術を使用した際に拒絶反応が出た理由を尋ねる。

 

「それで一誠。何故、天使の力を持つ君が降霊術を使って死にかける程の拒絶反応が出たのか、解っているのかい?」

 

 すると、心当たりがあったのだろう、イッセー君は自分の考えを語り始めた。

 

「たぶん、僕の中でまだ「聖」と「魔」が反発しているからだと思う。そもそも僕は祐斗の時と違って、僕が転生した時にはエクスカリバーに由来する「聖」の力とドライグのオーラを混ぜ合わせる事で強化した上で悪魔の駒(イーヴィル・ピース)に供給されたリアス部長とソーナ会長の「魔」の力が反発して、僕の魂を消し飛ばす程の激しい拒絶反応が起こっていたんだ。それをドライグのオーラで緩衝させて無理矢理共存させる事で逸脱者として転生しているから、「聖」と「魔」の対立がまだ続いている。そして、あの時は降霊術の使用で高まっていた「聖」の力がドライグのオーラによる緩衝を超えて「魔」の力を消しにかかっていたんだろう。だから、消されまいとして激しく抵抗した結果、約千倍もの強化を施していたにも関わらず死にかける程の激しい拒絶反応として体に現れたんだと思う」

 

 イッセー君の余りに壮絶な転生秘話を聞いてしまった僕は、完全に言葉を失っていた。そして「どうしてそこまで」と思ってしまったけど、すぐに理解できた。

 

 ……イッセー君は結局のところ、今までの自分とこれからの自分の両方を欲したのだと。だから、今までの自分の象徴であったエクスカリバーとカリス君との絆を断たせない為に、そこまでの無茶をしたのだろう。

 

 僕がそこまで思い至った所で、瑞貴さんもまた自分の思い至った推論を語っていく。

 

「……という事は、現在の状態でエクスカリバーの複製品の核となっているオリジナルの欠片から星の力を回収したりすれば」

 

 この瑞貴さんの推論を続ける様に、イッセー君は言葉を繋いだ。

 

「おそらくは降霊術の時以上の拒絶反応が発生する事になるだろうし、僕の体と魂がそれに耐え切れずに死ぬ。……いや、滅びる事になると思う」

 

 「死ぬ」ではなく「滅びる」。つまり、悪魔が光力によって殺されると魂すら消滅して完全に「無」に帰すのと同じ現象が起こる、という事か。僕を含めた全員がその事を理解した時、薫君は自分の体を抱き締めると次第に震え始めていた。

 

「そ、そんな。オレ、イチ兄を救うどころか、逆に殺すところだったなんて……」

 

 ……この分だと、薫君は星の力を集めて真聖剣の力を高める事で悪魔の力を浄化し、イッセー君を元の人間に戻すつもりだったのだろう。確かに、もしイッセー君が本当に悪魔になっていたのなら、真聖剣の力を利用して元の人間に戻す事は可能だったかもしれない。だけど、現実は非情だった。幸い、未遂に終わって事無きを得たけど、もしエクスカリバーの複製品がこの街に持ち込まれる様な事があって、それを利用して星の力を回収していれば、イッセー君は魂さえも遺さずに死んでしまう上に、その原因となった薫君は後悔と絶望の淵に沈んでいっただろう。そんな「もしも」に心底怯えている薫君の頭を、イッセー君は優しく撫でていた。

 

「そうか。薫君は、僕を元の人間に戻そうって考えてくれていたのか。ありがとう、薫君。その気持ち、本当に嬉しいよ」

 

 イッセー君は、本当に嬉しそうな表情で感謝の言葉を薫君にかけていた。しかし、薫君は今にも泣き出しそうな表情で自分の何が駄目だったのかを言葉にしていく。

 

「で、でも。オ、オレ、ただ「イチ兄を元に戻そう」ってだけで、イチ兄の体の事をちっとも考えてなかったから……」

 

 そう言って完全に項垂れてしまった薫君の頭を撫でつつ、イッセー君は薫君を優しく諭していく。

 

「実は人間ベースの天使と悪魔とドラゴンのてんこ盛りで、聖なる力が高まると死ぬ程痛い思いをします、なんて普通は誰も考えつかないよ。僕だって、それに気づかずに降霊術を使って危うく死にかけたんだ。だから、薫君がそれを気にする必要は全くないんだよ。それに、これで「行動する時には一度ちゃんと考えましょう」という教訓も得たんだし、これから同じ失敗をしなければそれでいいんだ」

 

 そこまで言い終えると、イッセー君は頭を撫でるのを止めてから薫君の両肩に両手を置くと、視線の高さを合わせて話し始めた。

 

「それにね、僕が居なくなった後の孤児院の事、実はあまり心配してないんだ。確かに礼司さんやバリーさん、セタンタ、それに切り札であるレオもいるから、孤児院の皆を守り切れるだけの戦力は十分にあると思う。でもね、それ以上に薫君とカノンちゃんがいてくれるから、皆のお兄さんとお姉さんになって心を守ってくれる二人がいるから、僕は安心して孤児院から離れていく事ができるんだよ?」

 

 イッセー君が自分の事を認めてくれたのを聞いた薫君は、涙をポロポロと零し始めてしまった。

 

「イ、イチ兄……!」

 

 それが悲しみの涙でない事は、誰の目にも明らかだった。そして、イッセー君は薫君のこれからの目標を指し示す。

 

「だから、これからはただ僕の背中を追うんじゃなくて、孤児院の皆に薫君の背中を見せてあげてほしいんだ。僕の弟分じゃなくて、皆の兄貴分としてね」

 

 僕の弟分ではなく、皆の兄貴分に。

 

 この言葉を聞いてからの薫君の変化は、正に劇的だった。涙を零していた目を腕で拭い去ると、さっきまでの何処か危うさすら感じられたあどけない表情は完全に消え去り、しっかりとした眼差しでイッセー君の目を見据えて新たな決意を語り始めた。

 

「……オレ。オレ、もう絶対に考えなしで行動したりしない! だって、オレの後ろにはオレを信じてくれる孤児院の皆がいる! これからは、オレが皆の兄貴分なんだから!」

 

 その目の前で急激に成長した薫君の姿にイッセー君は安心し切った表情を浮かべ、今までは自分が担っていた兄貴分を薫君に託した。

 

「次の兄貴分は任せたよ、薫君」

 

「ウン! 任せてよ、イチ兄!」

 

 イッセー君が担ってきた「孤児院の皆の兄貴分」という役目を気負うことなく受け継いだ薫君の姿を見たカノンちゃんは、呆れ半分嬉しさ半分といった表情で自分の心配が無駄になった事を愚痴っていた。

 

「……いつもそうだけど、一誠さんが絡んだ途端に一気に成長するわね、薫。さっきまで心配していた私がバカみたいじゃない」

 

 そんなカノンちゃんに鋭くツッコミを入れたのは、セタンタ君だった。尤も、彼もまた薫君の成長を歓迎する様に嬉しそうな表情を浮かべていたけどね。

 

「ニヤケ顔で言っても説得力がねぇぞ、カノン? まぁ、これで俺も張り合いが出て来たってヤツだ。……尤も、薫に追い越させる気は全くねぇけどな」

 

 ……これも、一つの友情の形なのかな? 僕は少しだけ可笑しくなって、クスリとつい笑ってしまった。

 

 その後、この場にいたメンバーの今後の役割分担を話し合いで決めてから解散となった。瑞貴さんはシトリー眷属としてイッセー君の護衛を継続。薫君とカノンちゃんは孤児院に残って皆のまとめ役。セタンタ君は瑞貴さんと同様にイッセー君と共に歩む事になったが、今は悪魔に転生せずにイッセー君個人に対する協力者という立場に収まる事となった。その時の言葉だけど、初対面である僕ですらセタンタ君らしいと思ってしまう程に彼の性格が出ていた。

 

「最初に言っとくが、俺は一誠さん以外の下に就く気は全くねぇ。だから、人間をやめるのは一誠さんが眷属を持てる様になってからにするし、それまでただ待ってるのも芸がねぇからな。今は一誠さんの舎弟として協力してやるよ。感謝するんだな」

 

 そして、最後は僕について。基本的なスタンスはそのままなんだけど、実は心中で密かに期している事がある。それは、イッセー君と共に並び立ち、その背中を守る事だ。イッセー君の前については、既に瑞貴さんという信用も信頼もできる人がいる上にセタンタ君という主の為なら恐れも知らぬ番犬もいるから万全と言えるだろう。だったら、後はイッセー君の背中を守ればいい。そして、それを担当するのは親友であるこの僕だ。この役目だけは、けして誰にも譲れない。

 

 僕は心の中で固く決意していた。

 

 ……尤も、イッセー君のもう一人の親友が僕と全く同じ事を考えていて、その彼とは後に親友兼ライバルとして互いに競い合う事になるとは思いもよらなかったけどね。

 

Side end

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。