赤き覇を超えて   作:h995

54 / 125
2018.12.2 修正


第十三話 涙を越えて

 イリナと再会したものの、僕達を取り巻く様々な要因によって最終的には決別することになってしまった僕は、そのまま家に帰ると複雑な思いを笑顔で誤魔化しつつ家族との団欒をやり過ごし、その後は早々に自分の部屋へ入って行った。

 

 ……流石に、今日だけは一人でいたいと思ったから。

 

 

 

Interlude

 

 一誠が自室に入った後。リビングでは、一誠の家族が一誠の様子について語り合っていた。話を切り出したのは、義妹のはやてだった。

 

「アンちゃん。何か、様子が変やったで?」

 

 はやてが一誠の様子について切り出すと、一誠の父はそれを肯定した上で己の妻に確認を取る。

 

「はやてちゃんの言う通りだな。……なぁ、母さんもそう思うだろう?」

 

 夫から確認を求められた一誠の母は、夫と義娘の意見に同意した上で自分の考えを二人に告げていく。

 

「やっぱり、二人とも気づいていたのね。一誠、明らかに無理に明るく振る舞っていたもの。イリナちゃんと、何かあったのかしら?」

 

 妻の問い掛けに対し、家に帰って来てからの一誠の表情から答えを導き出したのは、一誠と同じ男である一誠の父だった。

 

「一誠のあの顔、俺には幾らでも覚えがある。何せ、母さんと出逢うまでは俺もよくあの顔をしていたからな。……アレは泣きたいのに素直に泣けない、恋に破れた男の顔だ」

 

 己の恋愛経験から一誠の状態を正確に見抜いた義父の言葉に、はやては衝撃を受けていた。義理とはいえ自分の自慢の兄である一誠と姉の様に慕っていたイリナが、傍から見ればどう考えても相思相愛だったあの二人が、まさか付き合う事すら敵わずに終わってしまうとは夢にも思っていなかったからだ。

 

「アンちゃん達、もうアカンようになってしもうたんやろうか? 二人とも、一年前はあんなに仲良うしとったのに」

 

 二人の恋の終焉を未だに信じられないでいるはやての問い掛けに対し、一誠の父はただ肯定するしかなかった。

 

「そういう事なんだろうな。だから、今は何も言わずにそっとしておいてやろう。今の一誠には、傷ついた心を少しずつ癒やしていく為の時間が必要なんだよ」

 

 一誠の母は、息子と同じ男として出した夫の意見に頷きながら同意した。夫との間に設けた息子を信じる事にしたのだ。

 

「……えぇ。今はそっと一誠を見守りましょう。大丈夫よ。あの子なら、きっと乗り越えられるわ。だって、父さんと私の息子だもの」

 

 ……やはり、家族にはイリナとの恋が終わった事を隠す事ができなかったようだ。それだけ、一誠の事をよく見ているという事なのだろう。

 この事実一つ取っても、兵藤一誠という少年は家族を始めとする周囲の人間に恵まれている事は間違いなかった。

 

Interlude end

 

 

 

 自分の部屋に入った後、僕は今日あった事について色々考え込んでいた。

 

 エクスカリバーの探索の為に街に繰り出した際、行動を共にした礼司さんから促された事で、今まで目を背け続けてきた僕の本音と初めて向き合う事になった。

 

 長い間抱き続けてきた「科学者となって人に役立つ物を研究開発したい」という夢への未練。父さんと母さんからもらった、人としての大切な体を捨ててしまった事への罪悪感。そして、本当は人をやめたくなどなかったという後悔。

 

 礼司さんのお陰で、僕は心の奥底に溜め込んでいた本音を吐き出す事ができた。また、それによって心もかなり軽くなった。もしここで終わってくれていたら、僕はきっと自分の本音とけして望んでいなかった現状と向き合い、そして時間を掛けて折り合いをつけていけただろう。

 

 ……だが、運命はそんな時間を僕に与えてはくれなかった。

 

 全く予期しない形でイリナと余りにも早過ぎる再会をしてしまい、そして二人きりで話をしていく内に、僕は己の更なる弱さを自覚する事になった。

 

 人でなき者の持つ永い生に、人の心が耐えられないという恐怖。そして、愛するイリナに溺れた挙句に依存しかねないという弱り切った精神。

 

 しかし、イリナが注いでくれた愛情によって心癒された事で、僕は八重垣さんから教わった事を思い出す事ができた。

 

― 愛を誤解して、僕の様な過ちだけはしないでくれ ―

 

 この言葉のお陰で、僕はイリナの優しさに溺れかけていた自分の心を立て直し、どうにかイリナを説得した上でお互いに身を退く事ができた。

 僕にもう少し時間があれば、本音や弱さと向き合った上でそれもまた自分である事を受け入れる事で精神的に立ち直り、イリナともしっかりと向き合う事ができていただろう。

 

 ……そうなっていれば、或いは違った結末もあったかもしれない。

 

 だが、過ぎ去った過去に「もしも」はけして存在しないし、時計の針もけして後には戻らない。何より、器の中から一度零れた水は、元の器にはけして戻ってはこない。全ては、もう終わってしまったのだ。後はただ、イリナが僕の事を思い出に変えて、次の恋を探すと共に前へと歩み出してくれる事を願うだけだった。尤も、イリナの事を心配するより先に、まずは僕自身がいつまでも未練がましくイリナへの想いを引き摺らない様にしないと、全く以て話にならないのだが。

 ……僕がここでふと我に返ったら、入浴した後なのか、いつの間にか就寝時のラフな服装に着替えていて、更に今日の授業の復習と明日の授業の予習も既に終えていた。日頃の習慣となっている事だったので、おそらくは無意識でこなしていたのだろう。

 

「……習慣って、怖いな」

 

 その様な言葉が、自然と口から出てしまった。そして、精神的に疲労困憊の状態だった僕は、就寝前の歯みがきを終えるといつもより一時間以上早くベッドに入った。

 ……本当に、今日は疲れていた。だから、ベッドの中に入るとすぐに寝入ってしまった。

 

 

 

「ここに来るのも、随分と久しぶりだな……」

 

 完全に寝入った筈の僕は、気が付けば身外身の術や陽神の術を修得して歴代赤龍帝の方達を実体化できる様になるまで、ずっと修練の場として利用していた自分自身の精神世界に入り込んでいた。そこで、アリスが僕の後ろから声を掛けてくる。

 

「それはそうよ。だって、人間だった頃にはどんなに遅くても半月に一度ぐらいはわたし達に逢いに来ていたのに、ここ二ヶ月は全く来てなかったじゃない。……わたし、もうイッセーに忘れられちゃったんじゃないかって、本気で考えちゃったわよ?」

 

 アリスが今にも泣きそうな様子でそんな事を言ってきたが、僕は知っている。アリスがそんな事で泣く様な弱々しい女の子ではない事を。だから、はっきりと本人にそれを伝えた。

 

「そんな訳ないよ。それに、アリスがそんな事したって、もう誰も騙されないよ。……スカートのポケットから目薬が見えているし」

 

 僕のこの切り返しは、アリスに効果覿面だった。

 

「そんな、目薬は確かにテーブルに置いてきたのに! ……あっ」

 

 あっさりと化けの皮を剥がされたアリスは、完全に唖然としている。こんな簡単な引っかけに物の見事にかかってくれたアリスを見て、僕は笑いが止まらなかった。そして、笑い続ける僕を見てアリスはすっかり(むく)れてしまった。

 

「ムゥ。イッセー、すっかりイジワルになってしまったのね。あぁ、あの頃の純粋なイッセーは一体何処に行ったのかしら?」

 

 余りにも白々しい反応を返すアリスに対して、僕は笑みを浮かべながら正論をぶつける事にした。

 

「それはそうだよ。僕だって、世の中の厳しさを知って少しずつ大人になっていくんだから、そういつまでも純粋のままじゃいられないよ」

 

 アリスとこうして軽口で他愛もないやり取りをするのも、随分と久しぶりな気がする。……きっと、それだけ僕の心に余裕というものがなかったからだろう。そんな事を思っていると、アリスは心底安堵したという表情を見せた。

 

「……よかった。流石にまだ元気はないみたいだけど、もう完全に元のイッセーに戻っているわね。武藤礼司神父とあの子には、本当に感謝し切れないわ」

 

 この分では、僕は皆に相当心配を掛けていたようだった。その内、心配を掛けた歴代の赤龍帝の方達にお詫びをして回らないといけないだろう。そして、その第一号にアリスがなりそうだった。だから、あえて以前の呼び方で僕は謝った。

 

「心配掛けてゴメンね、アリスお姉ちゃん。でも、僕ならもう大丈夫だよ。今なら、辛い時にはちゃんと「辛い」って、皆に言えると思うから」

 

 僕のお詫びを聞いたアリスは、まるでおいたをした子供に対する様な声の調子で僕を叱りつける。

 

「もう、イッセーったら。またわたしの事を「お姉ちゃん」と呼んで。今ではわたしよりも年上だし、高校生になったら「アリス」と呼び捨てなさいって言ったでしょ?」

 

 もちろん、それは僕も解っていた。でも、今日だけは以前の様に「お姉ちゃん」と呼びたかった。

 

 ……何故なら。

 

「解っているよ。でも、今だけは「アリスお姉ちゃん」って、そう呼びたかったんだ。だって、「アリスお姉ちゃん」はドライグやカリスと一緒に、僕の事をずっと見守ってくれていたからさ」

 

 僕の事を誰よりも温かく見守ってくれたのは、間違いなくこの人だったからだ。

 

「えぇ、そうよ。わたしは何時だって、イッセーの事を見守っているわ。だって、わたしは「はじまり」の赤龍帝。一番新しい赤龍帝であるイッセーの事を、誰よりも見守らないといけないの。ただね、わたしの場合はやるべき事とやりたい事が完全に一致してるから全然苦にならないの」

 

 そう言ってから、アリスは僕を座らせると、僕の頭を抱き抱えた。

 

「でもね、今日だけは特別に「アリスお姉ちゃん」に戻ってあげる。イッセーの涙、私が全部受けて止めてあげるわ。だから、今は泣いてもいいのよ、イッセー?」

 

 ……こんなの、反則だ。

 

「アリスお姉ちゃん、駄目だよ。そんな事を言われたら、僕は……!」

 

 僕は何とか我慢しようとするが、無駄だった。

 

「我慢しちゃ駄目よ。今はただ、自分の想いに正直になって。……ねっ?」

 

 アリスの、いやアリスお姉ちゃんの言葉が、何処までも心に染みた。……こういう時のアリスお姉ちゃんに、僕は一度たりとも勝てた試しがなかった。そして、今回もやっぱりそうなった。僕はアリスお姉ちゃんの胸を借りて、感情の赴くままに大声で泣き始めた。

 

 ……今は。僕の全てを見守っていてくれた、アリスお姉ちゃんだけが僕の前にいる今だけは。

 

 イリナの事を何処までも愛しく、イリナとはもうまともな形では逢えない事を何処までも淋しく、そして哀しく思って、僕はただ泣き続けた……。

 

 

 

 大体、一時間くらいは経っただろうか。泣くだけ泣いてスッキリした僕は、その間だけ「お姉ちゃん」に戻ってくれたアリスにお礼を言った。

 

「……有難う、アリス。泣くだけ泣いたら、何だかスッキリしたよ」

 

 僕のお礼に対して、アリスは全然構わないと言った面持ちで返事を返した。

 

「いいのよ。イッセーの為なら、これくらいは何ともないわ。……それにしても、ホントに良い顔になったわね。これなら、あそこに連れて行っても大丈夫ね」

 

 アリスから飛び出した言葉に対して、僕は反射的に尋ねてしまった。

 

「あそこ?」

 

 すると、アリスは事の次第を説明し始めた。

 

「えぇ。実はわたしがイッセーの精神世界をお散歩していた時にね、偶々見つけたのよ。……イッセーの中にある「魔」が具現化した存在を」

 

 アリスはそこで一端言葉を切って少し考え込んだ後、今までそれを教えられなかった理由を僕に伝えて来る。

 

「ただ、一つだけ問題があるのよ。「魔」というだけあって、イッセーが人をやめた事で抱えていた負の感情を糧にして、強烈な力を持ってしまっているの。それで、自分を誤魔化していたさっきまでのイッセーだと「魔」に心を取り込まれてしまいそうだったから、今まで教えられなかったのよ」

 

 アリスの説明を聞いた僕は、すぐさまその場所に向かう事を決心した。

 

「……解った、行ってみよう。僕自身、「魔」としっかり向き合わないといけないって考えていたから」

 

 そして、僕の意志を確認したアリスは、「魔」が具現化した存在のいる所までの道案内を始めた。

 

「それじゃ、案内するわね。こっちよ」

 

 アリスの先導によって徒歩で移動する事、およそ二十分。ただし、あくまで僕の感覚的なものでかなりの誤差があると思われるが、大体それくらいの時間をかけて移動した場所には、「魔」の力を凝縮した様な黒い靄の様な球体がクスンクスンと啜り泣きの声を発しながら浮いていた。「魔」の周辺には、負の感情を喚起させる様な禍々しいオーラが漂っている。

 

「……あれか」

 

 ……既視感(デジャヴ)、ではない。この感じには覚えがある。

 

「まるで、初めて会った時のアリスみたいだ。……尤も、あの時は全く何も感じられなくて、無防備で近付いてアリスに話しかけていたけどね」

 

 僕が凄く懐かしい事を思い起こしていると、アリスも僕の言葉に同意してきた。

 

「……そうね。確かに、あの頃のわたしはそこら中に怨念を撒き散らしていたもの」

 

 ……それなら。

 

「それじゃ、やる事は一緒だ。まずは「魔」としっかり向き合わないと。……全てはそれからだ」

 

 この考えについては、確信があった。僕がちゃんと「魔」である事、つまりは自分と向き合っていなかったから、あの「魔」は泣いているのだと。アリスもそれが解っていた様で、僕の取ろうとする行動を更に促す様な事を言ってきた。

 

「そうね。でも、わたしの時と違って、イッセーの想いが向こうに通じるかどうかは解らないわ。……それでも、行くのね?」

 

 アリスが僕に確認を取ってきたが、それについて力強く頷く事で返事とした。

 

「あぁ。それじゃ、行ってくるよ」

 

 そして、僕は一人で「魔」の元へと向かい、その目の前に立った。

 

「どうしたの?」

 

 見ればどうしたのか解り切っている事なのだが、僕はあえて「魔」に問い掛けた。

 

《……解らないの》

 

 しかし、「魔」から返ってきた声が余りに幼い少女の物だった上に答えの内容が余りに予想外だった為、僕は思わず問い返してしまった。……どうやら、「魔」は精神的には女性らしい。おそらく「魔」の根源と思われる悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の持ち主が、どちらも女性である事が大きく関係しているのだろう。

 

「解らない?」

 

 すると、「魔」は少しずつ今までにあった事を話し始めた。

 

《……ウン。最初は、キレイな力に凄く嫌がられた。ここから出て行けって言われた。一緒にいたいってあたしが言っても、全然話を聞いてくれなかった。赤いドラゴンさんが間に立ってくれたお陰でどうにかここにいられるけど、キレイな力は今でもあたしを追い出そうとしてる。それが、凄く辛いの》

 

 これは、おそらく僕が逸脱者として転生した時の事だろう。……という事は、この存在は僕が「魔」の力を宿した時点で既に存在していたことになる。それは同時に……。

 

《そうしてしばらくここにいたけど、誰もあたしを見てくれなかった。あたしを見てって言っても、誰もあたしの声を聞いてくれなかった。……凄く淋しかった》

 

 やはり、そうなるか。声を聞いた感じ、大体六、七歳程で精神的にもその程度だろう。きっと、僕の想像など到底及ばないくらいに淋しい思いをした筈だ。

 

《それから、キレイな力がお兄ちゃんに使われた事でその力が強くなったのを利用して、とうとうあたしを追い出すどころか殺しにきたの。……あたし、必死に抵抗したの。死にたくない、消えたくないって。あたし、まだ何もしてないから。でも、そのせいでお兄ちゃんが死にかけちゃった》

 

 祐斗の件で降霊術を使用した時の事だろう。……あの時は魂も激しく損傷していたので、本当に「滅びる」一歩手前までいってしまった。その代わり、この「魔」の声を聞いたのもその時だった。

 

《……でも、そのお陰かな? やっとあたしの声がお兄ちゃんに届いたと思ったら、お兄ちゃんはあたしのせいで苦しんでいた。ずっと生き続ける事が凄く怖いって言ってた。そして、そんなお兄ちゃんの負の感情を、あたしが糧にしている事も解った。……ゴメンなさいって、思った》

 

 ……さっきのイリナとの会話の最中、この声が聞こえたのは気のせいではなかった。

 

《そして、あたしがお兄ちゃんの中にいるせいで、お兄ちゃんは世界の誰よりも大好きな人とお別れしなくちゃいけなくなった。本当はそんな事するのは凄く嫌だったのに、そうしないと他の大切な人達に迷惑を掛けるから》

 

 その言葉には、明らかに自らの存在そのものに対する羞悪が含まれていた。……こんなに幼い精神を持つ存在が、けして抱いていい感情ではなかった。

 やがて、「魔」は明らかに泣き声と解る声でひたすら僕に謝り始めた。

 

《ゴメンなさい。ゴメンなさい、お兄ちゃん。あたしが、あたしなんかがお兄ちゃんの中にいたから、お兄ちゃんは大切なものをいっぱいなくしちゃった。あたしが大人しくキレイな力に追い出されていれば。……死んでいれば、こんな事には……!》

 

 ……何をやっているんだ、僕は。こんな事を言わせるところまで、こんなに幼い精神を持つ存在を追い詰めてしまっていたなんて。

 

 気がついたら、僕は周囲にある禍々しいオーラを気にする事無く、「魔」を抱き締めていた。今まで淋しい想いをさせた分、しっかりと温もりを与える様に。

 

「もういい。……もう、いいんだ。君は少しも悪くない。悪いのは、君の事に気付かなかった、いや気付こうともしなかった僕の方だ」

 

 そう。悪いのは、全て僕だ。しかし、「魔」は「悪いのは僕の方」という僕の言葉を簡単には受け入れてくれなかった。

 

《でも。……でも!》

 

 如何なる理由があろうとも、僕がこの存在を無視したり、忌み嫌ったりしてはならない。

 

「君は、僕だ。精神的な性別は違うかもしれないけど、それでも僕が一方的に弱さを押しつけた事で生まれた、もう一人の僕だ。……目を背けたり、知らない振りをしてはいけない筈だった。むしろ、謝らないといけないのはこっちの方だよ。……ゴメンね。自分の本音や弱さから逃げ出した僕がバカだったよ」

 

 何故なら、この「魔」もまた紛れもなく僕なのだから。

 

 そして、僕のこの言葉を聞いた「魔」は、信じられない様な声色で僕に問い返してきた。

 

《……いいの? あたし、一緒にいてもいいの?》

 

 それに対して、僕は力強く頷いてから「魔」を受け入れる決意をはっきりと宣言する。

 

「ウン、そうだよ。僕はもう君を拒絶したりしない。僕は君を受け入れる。君もまた、僕の一部だから。だから、おいで」

 

 すると、「魔」は抱き締めていた僕の中へと入り込んできた。それによって、人をやめて以降今まで抱いて来た僕自身の負の感情が一気に押し寄せて来る。

 ……当然というべきなのだろうか? 「魔」が糧としてきたのは、礼司さんとイリナによって今日自覚させられたばかりの本音と弱さそのものだった。

 

 だから、僕はその全てを受け入れた。どんなに醜く、汚らわしくて目を背けたい想いや弱さであっても、それもまた僕を形作るものだったから。

 

― とっても、あったかい ―

 

 その言葉を最後に、「魔」は僕と完全に一体化した。……気が付けば、僕は本来の翼を広げていた。

 ただし、それぞれ二対四枚の天使の翼と悪魔の羽が大きくなり、一回り大きかった三枚一対のドラゴンの羽とほぼ同じ大きさになっていた。しかも、あくまで実感としてであるが、「龍」のオーラによる緩衝が行われていないにも関わらず、「聖」と「魔」が反発していない様に思える。

 試しに、基礎の神聖魔術である鎮魂術を使用してみる。……鎮魂術は問題なく発動した。しかし、拒絶反応がまったくない。それどころか、むしろ魔力の消費が殆どなくなっている様な気がする。それだけ、自分の光力がスムーズに使用されているという事なのだろう。

 そして、それは同時に「聖」と「魔」が反発する事無く完全に共存している事を意味する。この瞬間、僕は本当の意味で聖魔和合を達成した事を悟った。

 

 ……その時だった。

 

 僕の胸から「魔」が飛び出してきたかと思うと、やがて30 cm程の身長であるカリスより少し小さな人影 -ちょっとしたドレスの様な服装を身に纏い、赤く長い髪の頭に山羊の角を生やした六、七歳程の女の子- を形成していく。なお、顔立ちが一番近いのは幼い頃の僕で、「魔」の提供者であるリアス部長やソーナ会長の面影は殆ど見られなかった。

 

「……ふぇ? 一体どうなってるの? 確かにお兄ちゃんに受け入れられた事で、完全に一つになった筈なのに」

 

 女の子は完全に訳が解らなくて、首を傾げている。すると、僕がこの精神世界に来ている事を悟ったのだろう、この場に現れたカリスが説明を始めた。

 

「事情については、オイラとイッセーが魂で繋がっているから大体解っているよ。その上での推測だけど、多分この状態こそが「魔」の本来の姿だと思う。元々はイッセーの「聖」を司っているオイラとのバランスを取る上で、オイラの対となる存在を本能的に作り上げたんだろうけど、イッセー本人がそれに気づかなかった上に「魔」の性質でイッセーの負の感情を取り込んだから、あの姿になっていたんじゃないかな? そして、負の感情をイッセー本人が引き受けたから、元の姿に戻って再び出てきた。……そう考えると、色々と納得がいくと思うんだけど」

 

 ……という事は。

 

「さっき言った事は、訂正するよ。君は外から与えられたのが切っ掛けとはいえ、僕が宿した「魔」から生まれた存在だ。だから、君はもう一人の僕じゃない。……僕の「娘」だよ」

 

 この子は、紛れもなく僕の「娘」だ。

 

 一方、僕のこの言葉を聞いた女の子は、信じられない様な表情で僕に問い返してきた。

 

「……娘? あたし、お兄ちゃんの子供でいいの?」

 

 それに対して、僕は今度は「父」としての決意を宣言した。

 

「ウン、そうだよ。……だから、僕はもう君から目を逸らさない。淋しい想いなんて、絶対にさせない。だから、これからは僕達と一緒に生きていこう。君もまた、僕の大切な家族だから」

 

「……うぇぇぇぇぇん! パパァー!」

 

 女の子、いや僕の「娘」は泣きながら僕に抱き着いて来る。僕はそれに応えて、僕の娘をしっかりと抱き締めてあげた。先程と同様に、今まで淋しい想いをさせた分、しっかりと温もりを与える様に。

 

 

 

Interlude

 

 兵藤一誠が己の宿した「魔」から生まれた「娘」を抱き締めている横で、アリスは一誠の成長を認めつつも溜息を吐いていた。

 

「イッセーったら。まさか、男の子から男を飛び越えて、一気にお父さんになっちゃうなんて。まぁイッセーらしいと言えばらしいんだけど、これであの子達のハードルが更に上がっちゃったわね。……それで、貴方はこれについてどう思うの? イッセーの娘を殺しかけた「聖」を司ってるカリス君?」

 

 すると、アリスに問い掛けられたカリスは何とも言えない様な複雑な表情を浮かべている。

 

「オイラは知らなかった、じゃ済まないよねぇ。でもさ、イッセーの「魔」があんな形を取ってるなんて、一体誰が想像できるのさ?」

 

 カリスはそう言いつつも所詮は言い訳に過ぎないとして、一誠の「魔」を司る一誠の「娘」への謝罪を口にした。

 

「……まぁ、今更何言っても言い訳にしかならないし、後でオイラもあの子に謝る事にするよ。これからは一緒にイッセーを支えていく事になるんだし」

 

 カリスの意志を確認したアリスは、そこで歴代赤龍帝とドライグも一誠の「娘」と顔合わせさせる事を提案する。

 

「この際だから、ドライグや他の皆との顔合わせをしましょ。皆、きっとびっくりするわよ?」

 

 このアリスの提案にカリスも賛同した。

 

「オイラもそう思う。じゃあ、オイラは早速皆に声を掛けて来るよ」

 

 そして、早速他の面々を呼びに向かう。カリスがその場を離れた時、アリスはその表情をあどけない少女の物から、全くの別物へと変えていた。

 

「……完全に聖魔和合を達成した今、世界はイッセーを絶対に放ってはおかないでしょうね。だけどイッセーは、いえイッセー()はわたし達歴代の赤龍帝が絶対に護り抜いてみせるわ。いざとなったら、赤き龍の帝王の極みに立つわたしが自ら出陣してでもね」

 

 ……そう。その怨念だけでほぼ全ての歴代赤龍帝の自我を封じ込めるという歴代でも別次元の力を持つ、正に「覇」の頂点に立つ究極の赤龍帝の物へと。

 

「それで、ロシウ。わたしの実体化の件、どうなってるの?」

 

 究極の赤龍帝としての「覇」を纏ったアリスが「魔導帝(マギウス・ロード)」であるロシウに己の実体化について尋ねると、その場に現れたロシウは進捗状況を報告し始めた。

 

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が未完成で魂と能力の封印が不十分だった為に、発現さえしていればドライグの持つ能力はおろかその強大な力さえも一切の制限なしで扱えたという原初にして究極であるお主は、儂等と比べても別次元じゃからの。どれだけ術式を改良しても、駒一個での実体化は無理じゃな。……じゃが、一誠に使用された十一個の駒の内、水の魔力を使用したソーナお嬢さんの駒が水の神であるドライグのオーラと特に相性が良くての、どうも三個とも別物へと変異しておる様じゃ。じゃから、その三個を媒体として赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)を使用すれば」

 

 そのロシウの報告を聞いたアリスは、ロシウに確認を取る。

 

「いけるのね?」

 

 しかし、ロシウは少々苦い表情を浮かべて、実情を説明した。……アリスが全力を振るうのは、かなり難しいと。

 

「……赤龍帝再臨の術者が駒の所持者である一誠でないと、全力全開とはいかんの。儂では良くて三割、どうかすると一割にも届かんかもしれん。尤も、それでようやっと一騎討ちで儂等に勝ち目が出て来るかもというレベルじゃ。その意味では、お主も大概じゃよ」

 

 ロシウの説明を聞いたアリスも、ロシウが苦い表情を浮かべた理由を察していた。流石に一誠が戦闘時にアリスを実体化する様な事はまずしないので、緊急時におけるアリスの実体化を行うのがほぼ間違いなくロシウになるからだ。しかし、アリスにしてみれば、それで十分だった。

 

「……数で攻めて来る雑魚をまとめて潰せる程度の力さえ出せれば、わたしはそれで十分よ。本当に強いのは、皆に任せるから」

 

 一対一、あるいは一対二なら二天龍に匹敵する力でどうとでもなるが、三人以上になるとその強大な力を常識を「棄てた」とも言うべき圧倒的な技量と連携でねじ伏せてしまうという屈指の実力者達が、今の自分と一誠にはついている。だから、自分一人で全ての敵を潰す必要はない。

 

 アリスはそう考えていた。

 

 それを見取ったロシウは、アリスの変化に対して感慨深そうに語っていく。

 

「……アリスや、本当に変わったのう。以前、そう一誠と出逢う前なら、何としてでも全力を出せるようにしろと言っておったろうに」

 

 すると、アリスは茶目っ気を多分に含んだウィンクと共に、ある事実をロシウに伝える。

 

「あら。忘れたの、ロシウ? イッセーの「和」を以て敷く王道に真っ先に乗った赤龍帝は、このわたしだって事」

 

 その言葉を聞いたロシウは、納得のいったという表情を浮かべた。

 

「……そうじゃったな。では、原初にして究極の赤龍帝たる「始祖(アンセスター)」が、いつでも降臨できる様にきっちり仕上げねばの。じゃが、その前にまずは一誠の娘との顔合わせじゃな」

 

 ロシウはそう言うと、そのままアリスの隣に立つ。

 

「……そうね」

 

 アリスはそう言うと、普段のあどけない少女の物へと雰囲気と表情を戻して、一誠とその娘のやり取りを再び見守り始めた。

 

Interlude end

 

 

 

 嬉し泣きで号泣していた「娘」もやっと落ち着き、やがて僕の腕の中で顔を見上げると、早速子供らしくお願いをしてきた。

 

「ねぇ、パパ。あたしの名前、付けて欲しいの」

 

 ……確かにそうだ。子供の名前を付けるのは、親としての最初の務めだ。だから、僕は「娘」の最初のお願いを叶える事にした。

 

「そうか。それもそうだね。それなら……」

 

 「娘」の頭を撫でながらしばらく考えた末に、僕は思い浮かんだ名前を娘に伝える。

 

「……アウラ。ラテン語で「そよ風」という意味があるんだ。そよ風が吹く様に皆の心をそっと癒せる、そんな優しい子になって欲しい。そんな僕の親としての願いがあるんだけど、どうかな?」

 

「娘」は僕の提示した名前を気に言ってくれたようで、ニコニコ顔で承知してくれた。

 

「ウン! あたし、アウラ! 兵藤アウラ! パパ、これからもよろしくね!」

 

 ……この笑顔を、もう二度と悲しみや淋しさで曇らせたりはしない。

 

 僕は自分自身から目を背けない事、そして父親としてアウラの笑顔を護り続ける事を改めて決意していた。

 

 その後、事の一部始終を見届けたアリスの提案でカリスが声を掛けた事でドライグと歴代赤龍帝の方達がここに集まり、アウラとの顔合わせが行われた。やがて、それが宴へと変わっていくまでにはそう時間がかからなかった。

 それを好機として、僕は心配を掛けた事に対して謝罪して回ったのだが、「気にするな」という声が大部分だった。……極一部、「まだまだ精神修行が足らんようじゃな。これからも精進せいよ」という厳しいお言葉を頂いたりもしたのだが。

 

 こうして、僕は自分自身と向き合った結果、自ら始めた「聖魔和合」を今度こそ達成すると共に大切な娘であるアウラを授かる事となった。今日は、本当に激動としか言い様のない一日だったが、最後の最後でとて大きな収穫があったのでそう捨ててたものじゃないと言えるだろう。……だからと言って、失った物がけして小さな物でない事もまた確かであるが。

 後は、最後のエクスカリバーを回収し、コカビエルとの諍いを何らかの形で生きて切り抜けるだけだ。

 




いかがだったでしょうか?

少年は涙を流して青年となり、更には娘を得た事で男を飛び越して父となりました。

……愛する子供を背に負った時の父親は、本当に強いですよ?

では、また次の話でお会いしましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。