赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.14 修正


幕間 慌ただしき平穏 
前編 不死鳥は折れず


Overview

 

 戦争再開を目論んだコカビエルを主犯格としてエクスカリバーの盗難に端を発する事件、通称コカビエル事件が解決してから十日程、そして兵藤一誠の幼馴染である紫藤イリナが兵藤家にホームステイを開始してから一週間が経った。その間にイリナのホームステイが決定したのを皮切りに、兵藤家では様々な事が起こっている。まずはイリナの父親である紫藤トウジからのイリナをホームステイさせて欲しいという提案を一誠の両親が快諾した、その翌日。すなわち、イリナのホームステイが始まった日の事である。

 

 一誠が両親からイリナを迎えに行くように言われて、武藤礼司の教会で療養という名目で待機していたイリナをそのまま家に連れて帰っているのだが、二人は教会から兵藤家への道を仲良く並んで歩いていた。

 

「何だか、まだ夢を見てるみたい。まさかこうなるなんて、思ってもみなかったもの」

 

 イリナは夢心地に浸り切っていた。如何にホームステイとはいえ、想い人と同じ屋根の下で暮らすという、まるでティーン向けの恋愛小説の様な状況に、年頃の少女が心動かされるのも無理はないのかもしれない。

 ただ、一誠はイリナと共にある現状について内心複雑な思いを抱いていた。確かに、イリナが兵藤家にホームステイする事が決まった事で娘のアウラは大喜びであったし、自分もまた一番強く感じているのは「嬉しい」という気持ちである。しかし一方で、イリナと共に在る為に天界と冥界の和平とそれに伴う共存共栄を謳った聖魔和合を為し遂げる必要があった事から、立ち塞がる幾つもの障害を全て乗り越える覚悟を固め、その決意を公言している。それだけ覚悟も決意も確固たるものにしていたのだが、様々な要素が絡み合った結果として、思いがけずにイリナと一緒に生活できる状況へと推移していった。その為、一誠は少々肩透かしを喰らった様な気分になっていたのだ。

 ……しかし、一誠は現在の状況がどういったものなのかも自覚していたので、それをイリナに伝える。

 

「ある意味、その通りかもしれない。今の状況は様々な偶然と天界と冥界それぞれの思惑が重なって生まれたものだ。奇跡と言い換えてもけして過言じゃない。でも、それは同時に何かがあればすぐに崩れ去る様な儚く脆いものでもあるんだ」

 

 この一誠の言葉で、イリナは今の夢の様な状況が本当に夢の様に儚いものでもある事に気づかされた。

 

「そっか。そうよね。それに、天界にとって私はあくまでイッセーくんに対する監視役。もし、その役目を怠る様な真似をしちゃったら。ううん。もし、天界が私にイッセーくんの抹殺なんて極秘任務を与えてきたら……」

 

 イリナが自ら口にしたIfを続けようとする前に、一誠はそれを遮る様に聖魔和合の成立への決意を改めて宣言する。……やるべき事は何ら変わらないという確認と、その様な事には絶対させないという誓いを兼ねて。

 

「だから、何としてでも聖魔和合をやり遂げるしかないんだ。逸脱者(デヴィエーター)である事を明かした僕が、この世界で真っ当に生きていく為に。そして、僕達がこうして一緒にいられる状況を奇跡から日常へと変える為にもね」

 

 イリナは、そうやって力強く前を見据える一誠の目がこの上なく好きだった。それに、自分と一緒にいる状況を日常にしてみせるという一誠の言葉が、嬉しくてたまらなかった。

 

「……ウン」

 

 だから、感極まったイリナはただ頷く事でしか、自分の思いを一誠に伝える事ができなかった。

 

「あれは一誠様? それに隣にいる方は、確か紫藤イリナさん……?」

 

 その様に仲睦まじい二人の姿を、悪魔においては一誠の事を誰よりも慕い、また一誠の実質的なマネージャーとして近しい関係にあるレイヴェル・フェニックスが目撃していた。そして、コカビエルとの戦いが終わった後で起こった色々なやり取りの中で、一誠がイリナと添い遂げる為に天界と冥界との和平を目指す事を魔王であるサーゼクスの前で宣言するのを目の当たりにしたレイヴェルは、その様な二人がどの様な会話を交わしているのかが気になってしまい、風を操作して二人の会話を拾い上げていった。これによって、イリナが兵藤家にホームステイする事になった事を知ってしまったのだ。

 

(私、結局は一誠様の事を何も解っていなかったのですね)

 

 ……だが、二人の話を聞いてレイヴェルが最初に感じた事。それは、一誠の本当の心情を理解できていなかった己に対する憤慨であった。

 実はレイヴェルが風で拾い上げた会話の中で、二人は一度決別した時のお互いの心情も語り合っていた。その中で、人間でなくなった事に対して一誠が抱いていた様々な思いもまた話に持ち上がっており、レイヴェルは図らずも決別の話を立ち聞きしてしまったソーナと同じ思いを抱いてしまった。しかし、無理もないだろう。人間にとっては永遠とも思える様な永い年月を生きる事を宿命づけられた純血悪魔であるレイヴェルにとって、永過ぎる生に精神が耐えられないなど想像の埒外であるからだ。そういう意味では、むしろ永過ぎる時間によって心を殺される未来を読めてしまう程に聡明過ぎる一誠の方が異常なだけで、レイヴェルが責められる謂れは何処にもない。

 だが、レイヴェルは話の中でイリナの言葉と行動が一誠の傷つき疲れていた心を癒し、更には己の弱さに向き合う事のできる強さを齎した事に気づき、己では絶対にイリナには敵わないと悟ってしまった。……一誠に対する愛の深さが、自分とは余りにも違い過ぎると。

 そうした思いからレイヴェルは自分から身を退く事を決心して、その場を急いで離れようとした。だが、体が心とは全く逆の行動を取ってしまった。気が付いた時には、レイヴェルは既に一誠の元へと駆け出していたのだ。

 

 ……そして。

 

「一誠様!」

 

 心と体が切り離された様な感覚の中で、レイヴェルは己の体が勝手に行動し続ける様をただ見ているだけだった。

 

「レイヴェル?」

 

 一方、一誠は突如現れたレイヴェルを見て、流石に驚きを隠せなかった。その一方でイリナはといえば、せっかく一誠と二人きりになれていたのに、突然降って湧いた様に現れたお邪魔虫に対して内心憤慨していた。そんな微妙に混沌とした雰囲気の中で、レイヴェルは己の想いを告げ始めた。

 

「……初めてだったのです。殿方に対して、これ程までに愛おしいと感じたのは」

 

 しかし、その内容とは裏腹にその声色は感情を交えず、あくまで淡々と告げてきている。

 

「フェニックス邸でリヒト殿と剣の鍛錬をしているのを見た時、剣とはこれ程までに美しく振るえるものなのかと驚嘆致しました。模擬戦を挑んだライザーお兄様の眷属達を次々と、そして簡単に打ち倒していく様を見て、伝説の赤龍帝とはこれ程までの強者なのかと感心致しました。更に「不死」に頼らない正々堂々の真剣勝負を望んでいたお兄様の心に応えて雄々しく戦い、勝利すると共にお兄様の心を救って頂いた時、本当に強いのは赤龍帝ではなく一誠様だったのだと認識を新たにしましたわ。それから、お兄様とレーティングゲームの紅白戦を行った時、一誠様は私にカイザーフェニックスをお教え下さいましたわね。その時の魔力制御に関する講義は凄く理解しやすいものでしたし、今でも自己鍛錬の参考とさせて頂いています。その後、お兄様や他の眷属達にも私と同様に成長する為のアドバイスをしてしまい、かえって主であるリアス様のハードルを上げてしまった事に気づいた一誠様は随分落ち込んでしまわれましたけど、その時の私はどのような相手に対しても真摯に向き合い応えてしまう困った一誠様をむしろ支えてあげたいと思ったのですよ?」

 

 自分がどのようにして一誠を慕うようになっていったのかを告げていくレイヴェルの様子に、イリナは空恐ろしさを感じていた。

 

「そして、魔王であるサーゼクス様の心からの謝罪に対して、己の全てを晒した上で兵藤一誠という一個の存在としてお許しになったを見て、私は決意したのです。たとえ世界中のあらゆる存在が一誠様を敵と見なしたとしても、私は心からお慕い申し上げている一誠様について行こうと」

 

 一方、一誠はイリナとは別の印象をレイヴェルから感じていた。……これは前兆だと。

 

「……それなのに」

 

 そして、一誠が抱いた印象は正しかった。

 

「どうして! どうしてなのですか!」

 

 レイヴェルは、一誠とイリナのやり取りを見てから必死に抑え込んでいた感情をついに爆発させた。

 

「一誠様のお母様から、紫藤イリナさんのお話は聞いていました! 一誠様の心の中には、その方がいらっしゃる事も解っていました! でも、だからって! 一誠様を巡って勝負する事すら許されないなんて、余りにも酷過ぎますわ!」

 

 ……レイヴェルは、泣いていた。

 

 瞳から溢れ出る涙を拭おうともせず、ただ己の激情を一誠とイリナにぶつけていた。特にイリナにとって、そのレイヴェルの姿は余りにも身に覚えがあり過ぎた。一誠と一度決別した時、その場に居合わせたソーナに有り余る激情をブチ撒けた己の姿と今のレイヴェルの姿は完全に一致していたのだから。

 一誠とイリナに激情をぶつけてしばらくすると、レイヴェルは多少頭が冷えたのか、顔を俯かせてしまった。しかし、思いの丈を綴った言葉は止まる事無く続いて行く。

 

「本当は、このまま何も言わずに家に帰って、一誠様から身を退こうと思っていたのです。けれど、体が私の意思に逆らって。……いいえ、言い訳がましい事は止めましょう。私の中の『女』が、一誠様を諦める事を許してはくれませんでしたわ。未練がましいのは解っています。フェニックス家の令嬢に相応しくない行動である事も。でも、それでも、私は諦め切れません! だって!」

 

 そして、レイヴェルは一誠に対する好意をはっきりと告白した。

 

「だって、私は一誠様を心から愛しているのですから!」

 

 ……暫くの間、三者の間に沈黙が過ぎる。その沈黙を破ったのは、告白された当人である一誠であった。

 

「ありがとう、レイヴェル」

 

 一誠からの感謝の言葉を受けたレイヴェルは、それで全てを悟った。

 

「……やはり、駄目なのですね?」

 

 このレイヴェルからの問い掛けに、一誠は自分の思う所を伝える事で返事とした。

 

「申し訳ないとは思う。レイヴェルの想いはライザーから聞かされていたし、僕自身も気づいていた。その兼ね合いで、ライザーからはもし僕が上級悪魔として独立した時には僕の眷属にしてくれと頼まれてもいた。その時の僕は、悪魔の眷属と悪魔祓い(エクソシスト)という相容れない関係になってしまったと思っていたイリナへの想いを整理して、未練を断ち切ろうと考えていた。だから、時が過ぎてイリナへの想いを思い出に変えられたら、君の想いに応えられるかもしれない。そう思って、答えを出すのを先延ばしにしていた。……何の事はない。僕はただ、君の純粋な好意に甘えていただけだったんだ」

 

 この一誠からの返答を受けて、レイヴェルは自分の想いが確かに一誠には届いていた事を知って少しだけ安堵した様な表情を浮かべる。

 

「そうだったのですか。私のこの想いは、確かに一誠様には届いていたのですね。……それなら、ひょっとしたら、私が一誠様の隣にいた可能性も」

 

 レイヴェルが挙げた「もしも」についても、一誠は正直に答える。……それは、十分にあり得たという事を。

 

「その可能性はあったと思う。むしろ、相当に高かっただろうね。もしコカビエルの一件がなかったら、そうでなくても数年後だったら、僕は自分の中にあった様々な想いを整理し終えた後、その時に一番側にいるであろう君の想いに応えていたと思う」

 

 何処までも正直に応えてくれる一誠に、レイヴェルは少し可笑しくなった。……何も、こんな時まで誠実にならなくてもいいのに、と。

 

「……フフッ。それは残念でしたわ。あと少しの所で幸せをこの手に掴み取っていた筈だったのに、結局は手を滑らせて掴み損ねてしまったのですから」

 

 そう言いながら少しだけ笑みを浮かべたレイヴェルとは対照的に、一誠は真剣な表情で己の決意をレイヴェルに伝えていく。

 

「だが、現実はそうならなかった。……本当に皮肉だよ。イリナとの早過ぎる再会が決別を呼んだかと思えば、それが切っ掛けで自分の弱さや醜さといった心の闇と向き合い、そして受け入れた事で僕の「魔」を司る娘のアウラが生まれた。そのアウラが、僕の使命が「聖魔和合」の成立である事を教えてくれたし、一度は断たれた僕とイリナの絆を繋ぎ止めてくれた。だから、僕はこの絆を大切にしていきたい。もし世界が認めないなら、世界そのものを変えてみせるさ」

 

 ……だから、君の想いには応える事ができない。

 

 レイヴェルは一誠が伝えてきた決意の言葉の外にある、もう一つの思いをも確かに受け取っていた。まだ一月ほどだが、レイヴェルは一誠の実質的なマネージャーを務めてきたのである。それぐらいは容易かった。

 

「……解りました。ですけど、一誠様?」

 

 レイヴェルは女としては駄目でも、せめて協力者として隣において欲しいと頼み込む。

 

「私は、一誠様の全てを見込んで付いていく事を選んだのです。なので、()()ご寵愛を賜るのが無理でも、せめて一誠様のお側でこれからなさる事のお手伝いくらいはお許し下さいませ。「不死」であり「不滅」の象徴であるフェニックスが共に在るのは、ちょっとした験担ぎにもなると思われますし。……では、また明日」 

 

 レイヴェルはそう言うと、背を伸ばし胸を張って堂々と去っていった。その失恋したとは到底思えない姿にイリナは少々驚いていた。

 

「……あの子、見かけによらず結構逞しいのね?」

 

 イリナの感心ぶりを受けて、一誠も自らのレイヴェル評をイリナに伝える。

 

「レイヴェルもまた、十字教において「不滅」の象徴とされているフェニックスだからね。それにあぁ見えて、レイヴェルは芯が凄く強い」

 

 ……だが、イリナはそれだけではない事も感じていた。

 

「フェニックス、ねぇ……」

 

 不死鳥が「不滅」であるとされるには、同時に「不屈」でなければならない。屈しないからこそ、滅びることもないのだから。それに、彼女は確かに「今は」と言った。……という事は。

 

(今は貴女にお譲り致します。ですけど、私達にはそれこそ永遠とも思えるほどに永い時間があるのです。ですから、私はこれからも一誠様をお慕いしつつ、一誠様について参ります。一誠様が私を愛して下さる様になる、その日まで)

 

 あのともすれば「敗北宣言」と受け取れるあの言葉の裏側に、「一度振られた程度で諦めたりせず、長い時間を掛けて一誠様を攻略する」という、持久戦をも見据えた自分への宣戦布告を忍ばせていた事にイリナは気づいた。

 

(あの子、やっぱり油断ならないわ)

 

 イリナは、レイヴェルに対して女としての警戒心を引き上げる事にした。そして、今の状況に甘んじることなく、積極的に一誠にアピールし続ける事も決意するのだった。

 

 その翌日、イリナはその決意に基づいて、初登校時に堂々と一誠と腕を組む形で実行した。同時にレイヴェルが一誠の事を全く諦めていない事は、匙元士郎が一誠とイリナの後ろで不機嫌な表情をしているレイヴェルの姿を見た事で判明している。

 

 ……げに恐ろしきは、恋する乙女の強かさと容赦のなさ、と言ったところであろうか?

 

 尤も、ある意味で一誠を奪ったとも言えるソーナとすぐに打ち解け、最終的にお互いを一誠を愛する盟友として認め合ったイリナである。それから間もなく、イリナは一誠を愛する盟友としてレイヴェルも認める一方で、隣は絶対に譲らないと改めて宣戦布告し、レイヴェルも正々堂々の真っ向勝負で挑む事を宣言した。

 そういった背景もあって、ゼノヴィアがグレモリー眷属として紹介された日、イリナがウェルシュケーキを、レイヴェルが紅茶をそれぞれ用意し、一緒に一誠とソーナに差し入れしたのである。

 

「よくよく考えると、私は一誠様のお側にいられればそれでいいのですから、既に内定していると言ってもいいイリナさんを「お義姉様」とする選択肢もまた考慮に入れるべきかもしれませんわね。その為には……」

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

Q.「若さ」とは何だ?
A.「諦めない」事。

Q.では「愛」とは?
A.「躊躇わない」事。

それらを地で行く不死鳥の令嬢のお話しでした。

では、また次の話でお会いしましょう。
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