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グレモリー眷属と比べて一段劣る印象のあるシトリー眷属が、一誠によって新たなる力を得る切っ掛けを齎されてから三日後。
駒王学園において一誠の通う高等部で公開授業が、はやての通う初等部では父兄の授業参観がそれぞれ開催された。ただ、一誠の両親は予定通りにはやての授業参観へと向かった。両親共に「はやての成長を記録する」と言って張り切っており、その為のデジカメを持参する等かなり意気込んでいた。なお、高等部の公開授業の当事者である一誠にとっても義妹はやての日頃の様子を窺い知る事のできる貴重な機会であり、その為にも両親にはぜひとも頑張ってほしい所であった。
公開授業の時間が近づくにつれて、生徒の父兄が続々と教室へと入ってきた。中には中等部の制服を着た年下の少年少女もおり、高等部の先輩達の日頃の頑張りを一目見ようと押しかけて来ている。一誠の耳に聞き慣れた声が入ってきたのは、イリナと二人で話している所にアーシアとゼノヴィアが途中で加わり、四人で色々と話をしていた時だった。
「イチ
その声が聞こえた方を向くと、そこには駒王学園中等部とは別の中学校の制服を纏った武藤薫と武藤カノンがいた。
「薫君、カノンちゃん! 二人とも、どうしてここに?」
一誠がそう尋ねると、二人は不思議そうな表情を浮かべて返事をしてきた。
「そりゃ来年は駒王学園の高等部に進学するつもりだから、下見に来たんだよ。因みに、学校の許可はちゃんと取ってきたよ」
「そういう事ですので、安心して下さい。それと、瑞貴兄さんの方にはお義父さんが行っています。だから、私達はこちらに」
確かに薫は元々駒王学園への進学を希望しており、カノンもまた一誠が拒絶反応で死にかけた件を知ったのを機に志望校を公立の高校から私立の駒王学園に変えると宣言している。一誠としては珍しい、とんだウッカリだった。
(……でも、これはこれで、はやてが見学に来る来年の公開授業の予行練習になるかもしれないな)
そう思うと、一誠は少しだけ可笑しくなった。そして、二人に歓迎する旨を伝える。
「そっか。そういう事なら、遠慮なく見学していってよ。僕達の授業風景が来年からの高校生活の参考になってくれたら、嬉しいな」
すると、イリナも一誠の言葉に便乗して二人に話しかけてきた。
「そうね。二人とも、もし駒王学園に入る事ができたら、イッセーくんと一緒に先輩として歓迎するからね」
一誠とイリナの言葉を受けた二人は、揃って元気良く返事してきた。
「ウン!」「はい!」
一誠達が年下の二人とこの様なやり取りを交わしている時だった。
「……おや? 薫君にカノンちゃんじゃないか。ひょっとして、君達も授業の見学に来たのかい?」
一誠の父親と同年代の、しかも聞き覚えのある男性の声に驚き、真っ先に反応したのはイリナだった。……イリナの驚きは当然だろう。
「パ、パパ! どうしてここに!」
そう。声の主はイリナの父親でプロテスタントの牧師を務めている紫藤トウジ、その人だったのだから。そこで、イリナの発言を聞きつけたゼノヴィアが改めて確認を取る。
「パパ? では、この男がお前の父親なのか、イリナ?」
「えぇ、そうよ。パパの名前は、紫藤トウジ。現在はイギリスでプロテスタントの神父を勤めてるの。勤めてる筈なんだけど……」
イリナはそう答えつつも、何故イギリスにいる筈の父親がここにいるのか、よく解っていない様だった。そして、一誠もまたイリナと同様に驚きを隠せず、そのままトウジに問い掛けてしまった。
「トウジ小父さん! イギリス在住だからたぶん来れないだろうって、イリナから聞いていたのに!」
すると、トウジはイリナと同じ栗色の髪を生やした頭を照れ臭そうに掻きつつ、来日してきた理由を話し始める。
「いやぁ。よくよく考えてみたら、イリナの授業風景なんて今まで見た事が無かったんだよ。だったら、父親としてせめて一度くらいはこの目で見ておかないといけないと思ってね」
なお、イリナはイギリスに渡った後にその素質を認められて
(……だとすれば、僕がトウジ小父さんの立場でも、やはりここに駆け付けるだろうな)
そう思った一誠は、トウジにその気持ちがよく理解できる事を伝える。
「解ります、その気持ち。今の僕なら」
……アウラという、少々特殊な生まれでそれ故に学校に通わせることができない娘を持つ父親となった、今の一誠だからこそ理解できる心情であった。
「イッセーくん……」「イッセーさん……」
イリナとアーシアはその様な一誠の心情を理解したのか、少し悲しげな表情でこちらを見ていた。すると、トウジは少し湿っぽくなってしまった雰囲気を変えようと、明るい声でこちらに話しかけてくる。
「……いけないね。少々湿っぽくなってしまったか。そういう事だから、二人の授業風景はしっかりと記録させてもらうよ。この後、お家に窺って兵藤さん達にご挨拶する予定になっていてね、その時に私が撮った授業風景をお見せする事になっているんだよ」
そう言って手に持ったデジカメを見せてくるトウジの姿に、一誠は両親の抜け目のなさを実感してしまった。
「父さん、母さん。結構、抜け目ないなぁ……」
一誠がそう零すと、その様子が可笑しかったのか、皆の表情が笑顔に変わった。……一誠自身、苦笑いを浮かべながら言っていたのだが。すると、再び一誠の元に来客があった。
「久しぶりだな、一誠。元気そうで何よりだ」
「あぁ。久しぶりだな、ライザー」
近くに寄ってからの呼びかけに応じて一誠が振り返ると、そこにはレイヴェルの兄であり、フェニックス邸の滞在を機に親しい友人となったライザー・フェニックスがいた。一誠はライザーがこの公開授業の見学に来る事はある程度予測できていたものの、何故レイヴェルの方ではなくこちらに来たのかを尋ねてみた。
「ライザー。妹思いのお前ならきっと来るとは思っていたけど、どうしてこっちに来たんだ? レイヴェルの教室は一階下だぞ?」
すると、ライザーからは意外な答えが返ってきた。
「そちらには父上が向かったよ。父上もレイヴェルが勉強に励んでいる所を実際に見ておきかったんだろう。それで、父上とレイヴェルにお前の授業風景を見てもらう為に俺が記録を収めに来たという訳だ」
フェニックス卿がわざわざ人間界に出向いている事実を耳にした一誠は、ライザーに改めて確認を取る。
「フェニックス卿も来ているのか?」
すると、ライザーはフェニックス卿も公開授業に訪れる事になった経緯を説明し始めた。
「まぁな。名家の現当主が自らここを訪れるなんて、珍しいだろ? だがな、レイヴェルからは時々連絡を受けていたんだが、その際に時折食事に招いてもらうなど、お前の両親には大変世話になっている事を聞いていてな。それで、一度レイヴェルの親としてお前の家に挨拶に出向くべきだと父上が仰って、最初は俺一人がレイヴェルの授業を見学する事になっていたのを変更したんだ」
このライザーの説明を聞いて、十日程であるが身近に接した事でフェニックス卿の性格を知っている一誠は来訪の理由に納得する。
「確かに、フェニックス卿は律義な方だからな。そういう話になっても、おかしくはないか。……んっ? という事は……」
一誠がある事実に気づいた所で、ライザーはニヤリと笑うと今後の予定を明かしてきた。
「あぁ。これが終わり次第、父上と二人でお前の家を訪ねる予定だ」
〈……確か、アウラちゃんだったか? お前の「魔」から生まれたという愛娘の名前は。その時になったら、俺にもちゃんと会わせろよ?〉
最後の方は風を操って一誠にのみ聞こえる様に声を届けたので、一誠も同様にライザーにのみ聞こえる様にして返事を出す。
〈あぁ。その時にはちゃんと会わせるよ。それに会うのを楽しみにしていたもう一人のお爺ちゃんといえるトウジ小父さんだけじゃなく、ライザー小父ちゃんも来た事でアウラがすっかり舞い上がっているしな。あぁそれと、つい最近になるけど両親には僕の全てを伝えているから、変に隠し事をする必要はないぞ〉
ある意味では爆弾発言である一誠の返事を聞いたライザーは、少し驚いた後で溢れ出る期待感を抑え切れない様な笑みを浮かべた。
「お前の両親に会うのが楽しみになってきたな。……それと少し気になっていたんだが、このツインテールの子とメッシュの入った子についてはレイヴェルから話を聞いているし、そっちの神父がツインテールの子の父親だとして、この二人もお前の知り合いか?」
ライザーから薫とカノンについて尋ねられた一誠は、二人との関係をライザーに簡単に教える。
「あぁ。男の子が武藤薫君、女の子が武藤カノンちゃんだ。四年前からの付き合いで、二人の兄と友人という事もあって兄貴分をさせてもらっているよ」
すると、ライザーはジッと二人を見つめた後、面白いモノを見つけた様な表情を浮かべた。
「ホウ? ……成る程。確かに、二人とも中々いいモノを持っているな。特に薫だったか。コイツの方はきっちり仕込めば、かなりいい所まで行くだろう。何なら、俺に預けてみるか?」
このライザーからの提案に対し、一誠は理解を示した。
(確かに、ユーベルーナさん達は僕がアドバイスした事で大幅に強くなったとはいえ、そうなる素地を築いたのは間違いなくライザーだ。その意味では、薫君をライザーに預ける事でより大きく成長できるかもしれない)
……ただ、今それを実行するには余りにも時期が悪かった。一誠は自分にその権限がない事と時期が悪い事をライザーに伝える。
「オイオイ、それを訊く相手は僕じゃないだろう。それに、二人の養い親が教会の関係者だ。今は過剰な接触を避けた方が良い」
この一誠の言葉にライザーは納得し、先程の提案を謝罪と共に取り下げた。
「……確かに、今は微妙な時期だからな。スマンが、今の話は忘れてくれ」
「あぁ、解った」
そうして、一誠がライザーの提案取り下げを受け入れた時である。
「……兵藤君の授業を見に来たら、まさかこれ程の逸材に出逢えるとはな。私の運もまだまだ捨てたものではないらしい」
一誠にとって、明らかに最近会ったばかりの者が一誠達のいる方へと歩み寄って来ていた。
「シ、シトリ、さん!」
一誠の主の一人であるソーナ・シトリーの父親であるシトリー卿だ。……因みに、人間界でのソーナの名前はあくまで「支取蒼那」であり、たとえ貴族に対する敬称の「卿」をつけなかったとしても「シトリー」では不味かった。その為、一誠はつい「シトリー」と言いそうな所を何とか「シトリ」で止めようと努めた結果、どうにか成功した。この教室に来る筈のない者が訪れた事で動揺した一誠は、ライザーの時と同じ様に何故こちらにきたのか尋ねようとした。ただし、少々慌てた様になってしまったのは致し方ないところだろう。
「ソ、ソーナ会長の教室は」
しかし、シトリー卿は一誠の言葉を遮って、一誠が判断に困る答えを返して来た。
「ソーナの方には、前日からこちらに来ていたセラフォルーが向かったよ。ただ、私もここに来る事をセラフォルーには知らせていないのだ。あの道楽娘が知れば、ソーナの方に私を引っ張って行きそうだからね」
(だから、そこまでしてこの教室に、もっと言えば僕の授業の見学に来た理由が解らないんですが)
一誠は、シトリー卿の意図が読み切れずに混乱していた。
「……ところで、ライザー殿やそのライザー殿が見込んだ逸材達はいいとして、そちらの御仁は?」
そうしていると、シトリー卿がトウジの方を向いて何者かを尋ねてきた。そこで、一誠が紹介しようとするのだが、その前にトウジが動く。
「初めまして。私の名は紫藤トウジ。プロテスタントの牧師をしています。ここにいる一誠君とは、彼が幼い頃から家族ぐるみでの付き合いでして、娘のイリナのホームステイについても快く受け入れてくれましたよ」
端から聞いたら、極普通の自己紹介だろう。だが、何故だろうか?
(娘と一誠君は既に両親公認の仲で同居までしているんだ。だから、お前の娘が入り込む余地なんて何処にもないんだよ。解ったら、泥棒猫を引き取ってとっとと冥界に帰れ)
……一誠の耳には、この様に言っている様にしか聞こえなかった。一方、トウジの名乗りを受けたシトリー卿も返礼として自らの素性を明かす。
「これはご丁寧に。私はこの駒王学園高等部の生徒会長を務める、支取蒼那の父です。兵藤君には色々助けてもらっていると、娘から聞かされていましてね。娘も、彼に対しては特に信頼を寄せている様です」
(フン、何を言っている。誰が何と言おうと、彼はシトリー家の跡取りたる娘の眷属なのだ。それに現ルシファーを含め、
(声が二重音声で聞こえているなんて、今日の僕はどうかしているな)
一誠の混乱はその度合いを強めつつあった。そして、睨み合っていた二人は次第に殺気立ち始める。
「ところで、仮にも貴族に席を置く高貴な方が、一誠君に一体何のご用ですか? 正直に申し上げて、場違いにも程があるでしょうに。……一誠君と娘のイリナは、既に将来を誓い合っているんだ。そちらの箱入り娘など、もうお呼びではないんだよ」
顔こそにこやかだが、纏っている鬼気と台詞が全てを台無しにしている紫藤トウジ。
「いやいや、兵藤君には上の娘が生活態度を一部改める切っ掛けを作ってくれましてね。ここはやはり、親として改めて礼を申し上げねばならないと思ったまでですよ。それと、できればこれを機に家族ぐるみでのお付き合いを、とも思いましてね。……フン。そちらの娘さんが勝負の継続を認めている以上、勝負はまだまだこれから。要は、最後に笑っていれば良いのだ。ならば、愛する娘の恋を応援するのが、父親としての筋だと思うのだが?」
対するは、水や氷の魔力を得手とする家族に囲まれている為なのか、絶対零度も斯くやと言わんばかりの冷たい視線を浴びせ掛けるシトリー卿。
この二人の睨み合いによって形成される異様な雰囲気を前に、一誠のクラスメートはもちろん、見学に来た父兄や中等部の生徒達もまた完全に呑まれてしまっている。このままでは、折角の公開授業が台無しになってしまうのは間違いなかった。しかも、この親バカを暴走させた大人げない大人同士の諍いを目の当たりにした事で、一誠の精神世界にいるアウラがショックを受けてぐずり始めている。
(……これ以上は、色々な意味で不味い)
そう判断した一誠は、イリナと顔を見合わせるとお互いに頷き合い、一端事を収める様に声を掛けようとした。しかし、その前にシトリー卿に続く形でライザーが自己紹介を始める。ただし、こちらはかなり冷静だった。
「私は一誠の家の隣に住んでいるレイヴェル・フェニックスの兄で、名をライザーと申します。と言っても、三人いる男兄弟の一番下ですがね。一誠には私の婚姻騒動の件で色々と世話になりまして、今では親しい友人関係を築けていますよ。それよりも、まずはお二人とも落ち着いて下さい。一誠やお互いのご息女に迷惑を掛けたくはないでしょう?」
そう言って、一触即発の極めて危険な状態に陥ったトウジとシトリー卿を仲裁し始めた。その際、風を操作してお互いの耳のみに追加の言葉を届ける。
〈まして、こんな所で諍いを起こしては一誠の愛娘がお二人をどう思うか。……アウラちゃんに嫌われたくはないでしょう?〉
……この言葉は、効果覿面だった。
「済まないね。君のお陰で、すっかり頭が冷えたよ。確か、ライザー・フェニックス君だったね。君の忠告に感謝しよう」
まずは、アウラがもう一人の「お爺ちゃん」と密かに慕っているトウジが落ち着きを取り戻した。
「確かに、ライザー殿の言う通りだ。我々が少々大人げなかったな。ライザー殿、ありがとう。お陰で、折角の公開授業を台無しにせずに済んだよ」
そして、シトリー卿もまた事を収めたライザーに感謝を告げるなど冷静になった。二人が落ち着いた所で、一誠はライザーに感謝の言葉を掛ける。
「ライザー、ありがとう。本当は僕が割って入るべきだったんだけど、先を越されてしまったか」
それに対して、ライザーは気にしない様に伝える一方でレイヴェルの事を今後も見守る事をさりげなく頼んだ。
「気にするな、一誠。大の大人が諍い合う所を、子供達に見せたくなかっただけだ。……だが、そうだな。コレを恩に着てくれるなら、できればでいい。今後も、レイヴェルの事を気に掛けてやってくれないか?アイツも、お前の力になりたくて頑張っているんだ。見守るくらいはやってくれても、
そのライザーの強かな頼み事に対して、一誠は苦笑いを浮かべつつも了承の意を伝える。……元々そのつもりであった事も併せて。
「強かだな、ライザー。……だけど、解った。その願いは聞き入れよう。というより、元々そのつもりだったから、余り意味はないぞ」
すると、ライザーは「得るべき物は得た」と言わんばかりに口元に笑みを浮かべた。
「フッ。意味ならあるさ。今ここで、お前の口からそれを聞けた。それで十分だ」
「……そうか」
その様なライザーに対して、一誠も半ば呆れつつもけして多くを望まない友人に心から感謝した。……この様な会話を交わしていた一誠とライザーであったのだが、それを傍から見ていた薫とカノンは感嘆の溜息を漏らしていた。
「……何か、イチ兄とあのライザーって人、明らかに大人だよね。それに比べたら、オレ達ってまだまだ子供だよなぁ」
「本当、薫の言う通りね。あの場に入っていけそうなの、孤児院の関係者だとお義父さんと瑞貴兄さん、後はバリーさんぐらいじゃないかしら? ……それにアンタと一緒にやっていて初めて解ったんだけど、皆のケンカを収めてから仲直りさせるのってかなり難しい事なのに、それをきっちりとこなしていた一誠さんはやっぱり凄かったのよ。だから、あんなにカッコいい大人の雰囲気が出せるのね」
ここでカノンが現在孤児院で何をやっているのかを言っていたのが聞こえたので、一誠は本当に今更だと思いつつも孤児院の子供達について二人に尋ねる。
「今更なんだけど、孤児院の皆は元気にしているかな?」
一誠の質問に対する薫の答えは、ある意味で一誠の予想通りだった。
「ウン。皆、元気にはしてるよ。……ただ、イチ兄に逢えないのが、やっぱり堪えてるんだろうね。皆、何処か寂しそうな顔をしてる。特に小さい子達は今でも時々泣いてるよ」
……この薫の言葉を聞いた一誠の中で、「聖魔和合」を目指す理由がまた一つ増えた。そして、それをはっきりと言葉として出す。
「……いつか。いつか、必ず孤児院の皆に逢いに行く。薫君、カノンちゃん。僕がそう言っていたと、皆に伝えて欲しい。ただ、その為にはちょっと時間が掛かるかもしれないけどね」
それは、孤児院の子供達への約束であり、同時に悪魔の眷属としての契約だった。……それ故に、契約の不履行はけして許されない。そこまでの覚悟と共に、一誠は孤児院の子供達との再会を誓っていた。流石にそこまでは気付けなかった二人だが、それでも一誠の言葉には感激していた。
「一誠さん……!」
「……ウン! 伝える! イチ兄のその言葉、皆に絶対伝えるよ!」
一誠が人間でなくなった今でも変わる事なく慕ってくれる二人に対し、一誠は心の中で感謝した。
「シトリ殿。紫藤牧師。そろそろ公開授業が始まりそうです。我々も後ろの方に移動しましょう」
一誠と二人のやり取りを見ていたライザーが腕時計で時間を確認すると、公開授業の開始時間が近づいている事に気付き、言葉に注意しながらシトリー卿とトウジに場所を移動する様に促した事で、トウジとシトリー卿は素直に応じた。
「それもそうだね」
「ここは、ライザー殿の言葉に従うとしよう」
そして、薫とカノンもまたライザーの言葉に自ら従って、三人と共に教室の後ろの方へと移動していった。
(ライザーのお陰で、大した騒ぎにはならずに済んだ。後は、恥ずかしい所を見せない様にしないといけないな)
一誠は改めて気を引き締めていた。
こうして、開始前に一悶着あったものの、公開授業自体は
因みに、一誠達のクラスは政治経済の授業であり、議会政治で行われている討論を実際に体験するという事でディベートを行う事になった。予め決めてあった議題について肯定側と否定側に分かれての討論は、議論が議論を呼んで白熱したものとなった。一誠はこのディベートの司会進行を担当し、時に自ら質問する事で議論に一石を投じる事もやっている。その結果、結論を出すまで意見が途切れる事がなく、見学にきた父兄や中等部の生徒からも好評だったので、一誠達のクラスの公開授業は大成功と言っていいだろう。
ただ、英語なのに紙粘土による工作を指示するというツワモノの教師もいたのだが、一誠達には幸いにも関係のない話だった。……だった筈なのだが、実際には大いに関係があった。
「語学の指導に美術の工作を用いるとは。最近の教育現場は、随分と珍妙な手法を採っているのだな」
「そうですね。何故あの様な事をしているのか、私もよく解りません。まるで、私達だけが時代の流れに取り残されてしまったみたい。……後で、あの子に訊いてみましょうか?」
「……ウム、そうした方が良かろう。儂等にとっては珍妙以外の何物でもない事であっても、この者達にとっては常識である可能性を捨て切れんからな」
何故なら、この英語の授業が行われていた教室には、この様な会話を交わす一組の老夫婦が見学に訪れていたのだから。
Overview end
いかがだったでしょうか?
……「あれぇ?」と思った方はしばらくお待ち下さい。
では、また次の話でお会いしましょう。
追記 2015.1.23
アーシアとゼノヴィアが同じクラスにいるにも関わらず(表記するのを忘れていましたが、ゼノヴィアも一誠と同じクラス)、話に全く参加していないという異常事態に気づいた為、会話に二人も加わる形に加筆修正しました。
……恐るべきは、メインを張るイリナの圧倒的なまでの存在感でしょうか?