赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.23 修正


第十六話 全ては君を愛する為に

「兵藤、もう一度だけ言ってやろう。貴様が人間をやめる事になったあの時、貴様の家族に最下級の悪魔を差し向けたのは、他でもないこの儂だ」

 

 総監察官から伝えられた真実を聞いて、不覚にも僕は完全に頭が真っ白になってしまった。しかし、総監察官は僕が混乱から立ち直る前に話を始めてしまう。

 

「まずは、何故儂が全てを見通す神の頭脳を持つ貴様を出し抜けたのか。そこから話そうか。……と言っても、そう難しい事ではない。実を言えば、シトリーの次期当主がこの学園の一生徒として貴様と接触する前から儂は貴様の事を知っていた。ただ、それだけだ」

 

 それを聞いた時、僕は驚愕の余りに動揺を抑え切れなかった。十日ほど前に面会した時、その様な素振りは全く見られなかったのだから。……やはり、こればかりは積み重ねてきた年期と経験の差が物を言うのだろう。僕の精神が激しく揺さぶられる中、総監察官は僕を知る事になった経緯を語り始めた。

 

「貴様を知る事になったのは、二年前。クレアが変な事を言い出したのが、切っ掛けだ。……間もなく世界が終わるでしょう、とな」

 

 僕の事を知ったのが二年前であり、当時のクレア様から飛び出したという「世界の終焉」発言。僕には、それについての心当たりがあった。……というよりは、僕自身がその当事者の一人だった。

 

 ―― ヒドゥン。

 

 この災害は時空の嵐であり、上陸を許せば因果律の崩壊や時流の永久停止に見舞われる事から「時を壊す災害」と呼ばれる。本来は嵐自体が小さい為に、襲来後数十年で国が滅びる事例については枚挙に暇がないものの、流石に世界まで滅びる事はないらしい。……ただ、この時のヒドゥンは、この世界はおろかクロノ君の出身世界を始めとする複数の世界を丸ごと飲み込んでしまう程に巨大なもので、正に次元災害と呼ぶべきものだった。実際にヒドゥンを目の当たりにした時、ドラゴンでも最強クラスの二天龍と星の意思によって選ばれた最上位の精霊が揃って恐怖と絶望に(おのの)いた。こう言えば、当時の状況がどれだけ絶望的なものだったのか、理解できるだろう。

 そのドライグやカリスですら一目で恐れ戦いた次元災害を前にしながらも最後まで諦めずに踏み止まって立ち向かったクロノ君となのちゃんは本当に凄いと、僕は心から思う。そして、密かにリインとリヒトによって魔法を修得していたとはいえ、偶々泊まりがけでなのちゃんの家に遊びに行っていた事でこの事態に遭遇し、絶望的な状況である事は二人に教えられたであろうはやてもだ。やがて、ヒドゥンと対峙したクロノ君となのちゃんに協力する為にリインとのユニゾンで全力全開状態のはやてとリヒトが、その後リヒトからの念話を受けた僕がそれぞれ救援に馳せ参じ、五人で当時持っていた力を全て振り絞って次元災害に立ち向かった。リインとユニゾンしたはやては当時の最大火力であるラグナロクを何度も放ち、クロノ君やなのちゃんもそれに匹敵、或いは凌駕する魔力を使ってヒドゥンを抑え込もうとし、リヒトは愛剣のカイゼルシュベルトから強烈な斬撃を幾度も繰り出し、僕は当時はまだ健在だったデータウェポンの必殺技だったファイナルアタックはもちろんの事、全データウェポンによるファイナルアタックの同時使用という荒業まで使用した。

 

 ……しかし、それでもヒドゥンを次元の狭間へと退けるには至らなかった。

 

 その結果、まずは魔法を使い慣れていないなのちゃんが魔力を使い果たして気絶した。この後に判明したのだが、なのちゃんは現在のはやてすら凌駕するほどの膨大な魔力量にも関わらず限界を遥かに超えて魔法を使い続けた事で魔力が完全に枯渇、二度と魔法が使えなくなってしまった。ただ、身体機能には特に問題がなかった上になのちゃんの夢があくまで母親の桃子さんの後を継いで二代目翠屋店長になる事だったので、魔力の有無は夢を叶える上では全く関係なかったのがせめてもの救いだった。次にはやての魔力が底を尽きた為にリインとのユニゾンが解除、気絶こそしなかったものの既にそれ以上は立っていられなくなった。更に、魔力量こそ劣るものの魔法の技量が当時の二人以上で魔力の消耗を抑える事のできたクロノ君もまた、なのちゃんの様に気絶したりはやて達の様に立っていられなくなったりはしなかったもののやはり魔力がほぼ底を突き、最後の手段として記憶を糧として膨大な力を生み出すイデアシードに自らの全記憶を譲渡する事でヒドゥンを退けようとした。

 このクロノ君の悲壮な決意をどうにか思い留まらせた僕は、当時はまだ星の力を回収していなかった為に真聖剣には至っていなかったエクスカリバーの出力不足を補う為、切り札である最終幻想(ラスト・ファンタズム)赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)による倍化を当時の限界である三十回まで蓄積して譲渡する策を決行、それまでの時間稼ぎの為にリヒトが奥義であるドンナーシュトラールを限界を超えて放ち続けた為に愛剣だったカイゼルシュベルトが崩壊し、ヒドゥンに立ち向かう術を失った。

 そしてギリギリで間に合った僕の策はフェニックスエールの特殊能力で蓄積した倍化の力をいくら使用しても消費せずに保持し続けるインフィニットレイヤーのお陰で力尽きる事こそなかったものの、やはり星の力を回収していないエクスカリバーではたとえ最終幻想であっても一度に出せる最大出力量がどうしても足りず、ヒドゥンを次元の狭間へと退ける事ができなかった。

 やがて世界を浸食しようとするヒドゥンと押し返そうとする僕とで均衡状態に陥った為にこれ以上動く事ができなくなってしまい、もはや万策尽きたかと思われた時、フェニックスエール以外のデータウェポンがイデアシードに自らを構成するデータを記憶として譲渡、それによって発生した膨大なエネルギーをヒドゥンにぶつける事でようやく押し返し始めた。そして、最後の一押しを僕から離れたフェニックスエールがイデアシードを利用して実行する事で、ようやくヒドゥンを次元の狭間へと退ける事ができた。

 アレは代償と引き換えにした偶然が幾つも重なった事で初めて成し得た、正に奇跡だった。

 

 ……誰か一人でいい。あの時、神話の存在が参加してくれていれば。

 

 僕は全てが終わってからしばらくの間、何度もそう思った。世界存亡の危機にも関わらずに結局は何もしようとしなかった神話の存在を、心の何処かで信じられなくなっていたのは否定できない。あの運命の日まで、僕がどの神話勢力にも接触しようとしなかったのも、きっとその不信感が頭を(もた)げていたからだろう。

 僕が二年前の出来事に想いを馳せていると、クレア様が総監察官を遮る様にして自らの事を説明し始めた。

 

「エギトフ、自分の事くらいは自分で話します。それで、兵藤君。まずは、私の以前の名前から教えましょうか。私の以前の名は、デモゴルゴン。冥界における原始の存在にして、聖書の神が悪魔を定義づける際にその基準とした存在よ」

 

 ―― デモゴルゴン。

 

 確か、十字教教会においては名を出す事すら禁忌(タブー)とされ、それ故に実在が疑われていた存在だった筈だ。ニコラスも礼司さんも正直半信半疑だった様だが、まさか実在していたとは。……本当に、今日は驚く事ばかりだ。僕が立て続けに驚愕する事になる中で、クレア様の話は続く。

 

「その理由なのだけど、アライメントを知っているかしら? 意思ある存在の本質と思想を表す概念の事で、秩序と規律を尊ぶロウ(Law)、自由と理想を求めるカオス(Chaos)、そして柔軟性と客観性を併せ持つニュートラル(Neutral)の三つに分類されるわ。私は、このアライメントにおけるカオスを司る存在。それ故に世界のあらゆる事柄に縛られず、己の意志の赴くままに生きる事を世界から望まれている存在でもあるの。だからこそ、ロウの権化というべき聖書の神は私の存在を忌み嫌い、悪魔の基準としたのよ。即ち、私は秩序と規律から外れ切った「悪」であり、秩序と規律による欲望の抑制を否定して世に破壊と混沌を齎す「魔」であると」

 

 ……それが本当なら、クレア様は悪魔にとって正に母なる存在と言えるのでは?

 

 僕はそう思ったが、今は差し出口を挟まずに話を聞く時だった。そうしてクレア様が自分の事について説明を終えると、再び総監察官が話し手となった。

 

「クレアは当時、「迫り来る破滅の規模が余りに大き過ぎて、世界の意思が自らの存続を諦めてしまっています。たとえ三大勢力や他の神話体系が事態を察知しても、その時には既に手遅れでしょう。もはや、私達にできる事は何もありません」と言った。クレアは世界のあらゆる物事から解き放たれた存在である故に、意識を世界の外側に飛ばす事で世界中のあらゆる物事を感知する事ができる。逆に言えば、婚姻という形で儂に自ら望んで縛られた為に力の大部分を失い、今やその程度の事しかできんのだがな。そうしてクレアから世界の終焉を知らされた儂は、独自に世界中の情報を集め始め、やがて海鳴市で僅かな時空の乱れが発生している事を突き留め、そこへ急行した。……そして、儂の想像を絶する光景を目の当たりにしたのだ」

 

 確かにドライグとカリスが揃って恐れ戦いた時点で事態は想像以上に悪い事は自覚していたが、まさか星の意思がヒドゥンに対して絶望して諦めていたとは思わなかった。そして、神話の存在があの場に誰一人としてやって来なかった理由もこれで解った。どうやら、僕達はヒドゥンが世界に影響を及ぼし始める前に対処してしまった様だ。

 

 ……それだけに、この後に続く言葉にはどうしても我慢がならなかった。

 

「儂はあの時、儂程度の力では焼け石に水にすらならんと判断した。そして(きびす)を返し、必死に抗っていた貴様等を見捨てたのだ。……だが、結果は貴様も知っての通り。世界は貴様等によって終焉を乗り越え、今もなお存続している」

 

 フザケルナヨ。僕達ガ絶望シソウナ心ト必死二戦ッテイタ時、何モシナカッタ貴様等ガ一体何ヲ言ッテイル?

 

 ……僕はもう少しで、後先考えずに総監察官に手加減一切なしで殴り掛かりそうになった。しかし、まだあの運命の日の時点まで話が及んでいないので、僕はどうにか踏み止まる。

 

「その時からだ。世界の意思さえも存続を諦めたという絶望以外の何物でもない状況を覆してしまった、正に世界の救世主と呼ぶべき貴様を冥界の脅威と見なし、儂の独断で密かに監視し始めたのは。ただ、儂には貴様を味方に引き込む気など毛頭なかった。何しろ、貴様の抱えている物が余りにも大き過ぎる。扱いを間違えれば三大勢力間で戦争が再開され、天界や堕天使共々悪魔もまた共倒れで滅んでしまうのが目に見えていた。だが、当時の貴様は幸いにもどの神話勢力とも距離を置いていた。それなら、そのまま直接手を出さず監視に留めた方が得だと判断したのだ」

 

 ここまで話を聞いた時点で、僕は既に監視されていた事に気付けなかった二年前の自分を嘲笑いたくなった。……何の事はない。僕は、僕が思うより遥かに間抜けだった。

 

 やがて、総監察官の話は、あの運命の日へと及んでいく。

 

「だが、貴様の事をよりにもよって神器(セイクリッド・ギア)に執着する堕天使共に勘付かれてしまった。あの時の目当てはおそらく赤龍帝の籠手だったのだろうが、このままではそう遠くない未来に貴様の抱えている物も白日の元に晒され、それを知った天界勢力も例の幼馴染の娘や孤児院の神父を使って貴様との接触を図ろうとするのは間違いなかった。そうなれば、儂の危惧が現実のものとなってしまう。まして、この地の管理を任されてはいるがまだまだ未熟に過ぎるグレモリーとシトリーの次期当主達では貴様の身柄を押さえる事など到底不可能。それならば、いっそ上層部に働き掛けて四大魔王陛下の黙認を得た後に手勢を用いて人質を確保する事で貴様の身柄を儂が押さえてしまえばいい。それで冥界の脅威を取り除く事ができる、という訳だ」

 

 だから、あのタイミングで仕掛けたという訳か。礼司さんや瑞貴が仕事で駒王町におらず、はやても友達の家に遊びに出ていて自宅にはいなかった為に護衛と人質が見事に分断されていた、あのタイミングで。

 

 ……僕が人間をやめる事になったのは、やはり偶然ではなく必然だった。

 

「だが、それがまさか貴様に人間をやめさせるだけでなく、世界の理からも外れさせる切っ掛けになってしまうとは、正直思いも寄らなかったぞ。それに、グレモリーとシトリーの次期当主の共有眷属に収まってしまった事もな。儂の永遠と思えるほどに永い人生の中でも、間違いなく最大級の失態であろうよ。少々追い詰め過ぎたという事か」

 

 総監察官の言葉を聞き続ける僕の握り締めた拳が、食いしばった歯が、先程からギシギシと軋みを上げ続けている。

 

 ……悔しかった。ただ、純粋に悔しかった。

 

 しかし、僕が今抱いている感情を察した総監察官は、僕の心を逆撫でしてきた。

 

「腹立たしいか? 貴様は所詮、儂の掌で転がされておっただけであったという事が。だが、貴様は貴様の意志でこの現状を受け入れたのだ。それを、今更なかった事にはできん。それが解らん貴様ではあるまい?」

 

 その通りだ。頭では、十分過ぎる程に理解している。……しかし、心がそれをどうしても納得してくれない。感情を理性で必死に抑え込もうとする僕に、総監察官は更に追い打ちを掛けてくる。

 

「それとも、今この場で儂を殺してみるか? 貴様の運命を狂わせた元凶である、この儂を」

 

 ……それは、余りにも甘過ぎる誘惑だった。

 

「悪魔とは、己の欲望に忠実に生きる者だ。だから、貴様が憤怒や憎悪に身を任せて行動しても、儂は文句を言わん。……さてどうする、兵藤? このまま儂を生かせば、貴様は再び儂の手によって弄ばれかねんぞ?」

 

 人の心の壁を抜けて、その弱い所を的確に突いて来る。……これが、悪魔の誘惑か。僕は改めて、悪魔の本当の恐ろしさを感じていた。

 

「……一つだけ、質問がございます」

 

 平静を取り戻す時間が欲しかった僕は、あえて総監察官に質問をぶつける事で時間稼ぎに出る。

 

「何故。何故、今更になって、この様な話を?」

 

 ……時間稼ぎの質問であったが、同時にこれだけは訊いておきたかった。そうして僕が投げかけた質問に対し、総監察官は少しだけ考え込んだ後に答えを返してくる。

 

「……そうだな。強いて言えば、「今更」ではなく「今だから」この話をした。そう言えばよいか?」

 

 ……その言葉と三大勢力の首脳会談を間近に控えた現状を照らし合わせた僕は、一つの答えを得た事で多少は平静を取り戻せた。しかし、それも次の言葉で完全に吹き飛んだ。

 

「だが、貴様は気付いておるか? 「今更」という言葉が出てきたのは、人間であった頃の己に未練を残しているからだという事に。死んだ子の年を数える様な真似をするとは、何と女々しい」

 

 そして、続けられた言葉を耳にした時。

 

「どうやら、更に痛い思いをせねば解らんらしいな。それなら、貴様ではなくあの龍天使(カンヘル)の娘。もしくは貴様が娘とした、あの「魔」の集合体でもよいな。このどちらかに目の前で死んでもらえば、貴様も流石に理解できよう。もはや、後戻りなどできん事がな」

 

 ……気が付いたら、僕は総監察官に殴り掛かっていた。

 

 

 

Overview

 

 一誠が動き出した次の瞬間、全てが終わっていた。

 

 この時、一誠は仙術の縮地法で間合いを詰めると共にベルセルク仕込みで「起こり」の極めて小さな体捌きで一切の無駄のない正拳突きを繰り出し、更には魔力を肩・肘・手首の三か所から絶妙な角度で放出する事で腕の振りを大幅に加速していた。

 その為、己の事を説明し終えてからは一誠とエギトフの二人と少し離れた場所にいたクレアにしてみれば、気が付いたら一誠が夫の目の前に立って拳を突き出している様にしか見えなかった。

 いざとなればエギトフの持つ特性で一誠を止められるとばかり思っていたクレアは、自分の思惑が完全に外れて最悪の事態になってしまったと顔面蒼白になった。

 

「……何故、当てなかった?」

 

 しかし、激しく呼吸を乱した一誠の拳はエギトフの顔の横を通り過ぎただけだった。ただし、その拳には切り札の一つで己の魔力と気、そしてドライグのオーラを融合させた赤い龍の理力(ウェルシュ・フォース)が凝縮されていた。……一誠は、魔力爆縮を赤い龍の理力で行おうとしていた。つまり、攻撃を仕掛けた瞬間、一誠は明らかにエギトフを殺しにかかっていたのだ。

 しかし、一誠は自ら繰り出した必殺の攻撃を強靭な精神力で捩じ伏せ、ギリギリの所で軌道を外す事に成功していた。そして、一誠は拳を放った状態のまま呼吸を整えると、自らの心情を静かに語り始める。……その言葉使いは、悪魔に仕える者としてではなく、兵藤一誠という一個の存在としてのものだった。

 

「……これが一月前だったら、僕は間違いなく貴方を殺しにかかっていたでしょうね。夢への未練や家族への罪悪感を抱えて、永過ぎる生による精神の死に怯えて、すぐ側にいた大切な存在が寂しさに震えていたのに、それから目を背けていた。そんな自分の事しか考えられない様な、ただの子供だった僕であったのなら」

 

 そこまで語り終えた後、一誠は拳を放ち終えてから伸ばしたままになっている腕をゆっくりと引き戻し、エギトフから一歩引いた。そして、己の心情の告白を再開する。

 

「でも、さっきも言いましたけど、本当に「今更」なんです。その時までずっと大切にしてきたモノが、もう二度と手の届かないモノになってしまった。でも、その代わりに新しいモノを手に入れて、次第に大切なモノへと変わっていった。そして、失ったと思っていたモノは、実はまだ僕の手の中に残っていた事に気づいた。……だから、「今更」なんですよ」

 

 しかし、「今更」と言う割には、一誠の表情は余りに苦渋に満ちたものだった。一誠はエギトフに殴りかかった拳を胸の高さにまで持ってくると、ただそれをじっと見つめた。……まるで、自分の中にある何かを拳に握り締めて、それと正面から向き合う様に。

 

「正直な話、許す許さないで言えば、僕はきっと貴方の事を許す事ができないでしょう。でも、それでも僕は過去(きのう)よりも現在(きょう)を、そして未来(あした)を見ていきたいんです。だから、今僕が感じている(いきどお)りや(わだかま)り、やるせなさ、もどかしさといった感情を胸の中にそっと仕舞って、手を取り合っていかなければなりません。まして、聖魔和合を本当の意味で成立させるには、これから多くの人達が僕と同じ様に感じるであろうこれらの想いともしっかりと向き合った上で少しずつでもお互いに歩み寄っていける様にしていかないといけないんです。……今日の総監察官のお話で、それを身に染みて理解できました」

 

 この時、一誠はある言葉を思い出していた。……かつて兄の様に慕い、今もなお尊敬している少年の姉であり、戦乱の果てに覇王の遺児として一国の指導者となった女性の言葉を。

 

「さぁ、これで私達の争いはもうお終いです。今日から私達はバクラム人でなければウォルスタ人でもない、同じ島に暮らすヴァレリア人です。全ての事は水に流しましょう。たとえ、蟠りがあったとしても、胸の奥に仕舞って下さい。これからは共に手をとり、ヴァレリア人としての国家を築きましょう」

 

 それはこういう事だったのだと、一誠は実感した。そして、一誠は前世の記憶が蘇ってからの十二年間の経験から一つの答えを導き出す。……この時、一誠の脳裏には様々な者の顔が浮かんで来ていた。

 

「そして、僕は」

 

 二天龍の一角にして赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)、ドライグ。

 赤い龍の力と魂、そしてその業さえも継承してきた、歴代の赤龍帝達。

 エクスカリバーの守護精霊である守護の剣精(セイバー・ガーディアン)、カリス。

 

「今まで僕の前を歩いてきた人達の意志や願いを受け継ぎ」

 

 自らをこの世に生み出し、様々な異常を抱えていた自分を温かく見守ってくれた両親。

 前世の記憶を持っていると相談した時、それを受け入れる事で孤独に陥りそうな心を救ってくれたトウジ。

 訪れてきた異世界において、様々な形で出逢い、そして様々な形で別れてきた人達。

 様々な偶然によって出逢い、交流を深めてきた礼司。

 片方の主の婚姻に絡んだ第三者の陰謀を解き明かした事で、滞在の際には温かく迎えてくれたフェニックス家。

 魔王としてはあってはならない土下座までして謝罪した事で蟠りが解け、最近は共通点の多い友人としての関係も築いているサーゼクス。

 初顔合わせを通して自分を認めてくれたシトリー家の現当主と、魔法少女の件で話をした事で親しみを持たれたセラフォルー。

 

「僕の横で今、そしてこれから一緒に歩いてくれる人達と力を合わせて」

 

 上層部の意向に背く危険を冒してでも、自分に手を差し伸べてくれたリアスとソーナ。

 悪魔に身を落としてでも、自分と同じ道を歩む事を選んでくれている瑞貴とセタンタ。

 様々なやり取りを通して、今や掛け替えのない友となったライザー、元士郎、祐斗。

 勿体なくも、自分に対して好意を寄せてくれるアーシア、ゼノヴィア、レイヴェル。

 人間をやめてから本格的な交流を始め、今や大切な仲間となった朱乃、小猫、椿姫、翼紗、巴柄、桃、留流子、憐耶。

 

「これから僕の後ろに続いてくる筈の子供達の為の道を切り開いていく」

 

 これから色々と教えていく事になるであろう、年下の薫、カノン、ギャスパー。

 礼司や瑞貴、更にはセタンタも加わって、共に各地で救い続けた孤児院の子供達と、一度家族旅行の旅先で出会い、思わぬ形で再会したレオナルド。

 運命の巡り合わせによって出逢い、迫り来る死の呪いから解き放ち、やがて大切な義妹となったはやて。

 

「それが」

 

 ……そして、自分にとって最愛の存在であるイリナとアウラ。

 

「それこそが、命という名の責任だから」

 

 こうして、一誠はゼテギネアでの戦い以来常に問い続けてきた事に対する答えを得た。今の一誠の心中にはもはや一片の迷いもなく、その眼はただ前だけを真っ直ぐに見据えていた。

 

 ……後に、クレアはこの時の事を語る際に必ずこう締め括っている。この瞬間のあの子は、夫や四大魔王様よりもずっと大きく見えましたよ、と。

 

 自らの決意を改めて表明した後、一誠は駒王学園を訪れた要件が終わったのでこのまま冥界に帰るというネビロス夫婦とその場で別れた。流石にこれ以上同じ場所にいても、お互いに気不味いだけだろうという判断によるものだった。そうして一誠がこの場を去った後、ネビロス夫婦は言葉を交わし始めた。

 

「本当に、嘘がお上手な事」

 

「儂は、別に嘘は言っておらんぞ?」

 

「そうですね、確かに嘘は言っていませんでしたね。……あくまで、「冥界の総監察官」としての建前だけでしたけど」

 

 ……一誠は知らない。

 

 エギトフは、対象の任意の箇所に激痛を与える「苦痛」という呪術的な要素の強い特性の魔力を使用できる。結局は使用する間もなく攻撃を仕掛けられてしまったが、もし一誠が自分を殺しにかかった時にはそれを使う事で抑え込むつもりだったのだ。そして、それ故にエギトフは物理的な攻撃力については中級悪魔程度にしか持ち合わせておらず、複数の世界を丸ごと飲み込むという想像の埒外の規模であるヒドゥンに対しては本当に無力であった。

 ヒドゥンを確認してすぐさま踵を返したのも、今でこそ力の大部分を失っているが自分との婚姻という枷さえ外してしまえば世界が定めた「力」の上限すら無視できる最愛の妻を一刻も早く連れてくる為であり、けして一誠達を見捨てた訳でも世界の終焉を甘んじて受け入れた訳でもなかった。

 ……だが、いざ海鳴市へ駆け付けようとする段になって、クレアが全てが終わった事を感知し、結果的に一誠達を見捨ててしまった事をこの夫婦は心底悔やんだ。そして、エギトフは人間が既に神話の存在の手を離れており、自らの力だけでやっていける事を悟った。

 一誠の監視については、実はエギトフは腹心の部下すら用いる事をせず、自ら出向く形で行っていた。世界を救った一誠に関する情報を徹底的に隠蔽したのは、最初こそ神話の存在から横やりを入れさせない為という一誠に世界を背負わせてしまった事への罪滅ぼしだったが、次第にただ一誠の事を見守っていきたいという自己の願望に基づくものへと、その理由が推移していった。皮肉にも、エギトフは己の心の赴くままに行動する事を良しとする悪魔故に、一誠に対して感情移入する様になっていったのだ。

 あの運命の日も、一誠が万策尽きたと判断する頃合いを見て、その身柄の確保にエギトフ自らが動くつもりであった。同時に人間界における自身の手駒とする事で身の安全を家族共々保証すると共に、一誠が人間のままで引き続き夢を追い駆けられる様に密かに手配し始めていた。それは奇しくも神の子を見張る者(グリゴリ)に協力している独立具現型神器の所有者達と同様の扱いであり、一誠を使い捨ての駒にする気などエギトフには毛頭なかった。

 そして、ネビロス邸で初めて面会した時、エギトフは己に跪く一誠を見て、様々な感情が胸中に渦巻く余りに背中の後ろで組まれていた手が震えそうになるのを必死に堪えていた。それだけでなく、密かに自らの手で鍛え上げようと考えていた一誠が悪魔の真実に自力で辿り着いてみせた事で、妻には「未熟」と嘯いたが実際には自らが一誠に教える事など殆どない事を悟り、一抹の寂しさを感じていたのだ。この時点で、エギトフは一誠が冥界において身を立てた暁には、速やかに後を譲って引退する事を決意した。

 

 ……しかし、こうした己の本当の想いをエギトフはけして口に出す事をしなかった。口にしてしまうと、己の胸に秘めた想いの数々が一気に軽くなってしまう様な気がしたのだ。また、それが一誠に対して更なる重荷になってしまう事に誰よりも気づいていた。だから、エギトフは一誠に対して余計な事を何一つ言わなかったのだ。

 その様な不器用な夫に対し、クレアは半ば呆れながらも以前夫が口にした事に触れてきた。

 

「それにしても、随分と諦めがいいのですね。私と同様の真なる純粋種とは思えないくらいに。……初めてでしょう? 義息子に迎えたい、なんて自分から言い出したのは」

 

 クレアから痛い所を突かれた筈のエギトフだったが、彼は素直に自分の心情を妻に伝える。……そして、叶う筈のない期待を持たせてしまった事への謝罪も。

 

「そうだな。だが、所詮は夢よ。あ奴に対して儂がどれだけの事をしでかしたかを思えば、儂等の義息子に迎えるなど到底叶うはずもなかろう。それこそ、今日の様にあ奴が今後大きく飛躍する為の踏み台程度にしかなれんわ。しかし今思えば、それを口にしたのは明らかに失敗だったな。そのせいで、お前に余計な期待を持たせてしまった様だ。……スマンな」

 

 夫からの謝罪を受けたクレアは、内心残念に思いながらもこれから自分達夫婦がするべき事を夫に伝えた。

 

「いいえ、私の事ならお気になさらないで下さいな。それよりも、これからもあの子の事を見守ってあげましょう。世界に終焉が迫っていたあの時、間に合わなかった私達にできるのはきっとそれだけですから」

 

 エギトフはクレアの提案を受け入れると共に、一誠への激励の言葉を口に出していた。……その激励の言葉が一誠に届く筈のない事は解っていたが、それでも口に出さずにはいられなかった。

 

「あぁ。そうしようか、クレア。……兵藤よ。儂等の様な時代遅れの老いぼれを踏み台に、これから始まる新しき世界へと雄々しく翔んでいくがいい。それが儂等にできる、せめてもの償いだ」

 

 もしエギトフの本心を他に知る者がいれば、今の彼の事をきっとこう評した事だろう。

 

 ……まるで愛しい子供を遠くから見守る父親の様だ、と。

 

Overview end

 

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