赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.24 修正


第十八話 父という生き物

Overview

 

 駒王学園の公開授業は平日に行われていた為、公開対象の授業が終わった後も通常の授業が残っており、一誠・イリナ・リアス・ソーナ・レイヴェルの五人がこの日の授業を全て終えて兵藤家に到着した頃には日がだいぶ傾いていた。五人が早速家の中に入ろうとすると、一誠の愛犬である銀が嬉しそうに尻尾を振って一誠に駆け寄ってくる。

 

「ただいま、銀。ところで、お客様に吠えかかったりはしていないかな?」

 

 一誠は銀に帰宅の挨拶をした後、兵藤家の客として両親が連れてきたグレモリー卿を始めとする初対面の者達に対して吠えかからなかったかを確認すると、銀はかなり気不味そうな様子で頭を項垂れてしまった。……吠えかかってしまったのは、一目瞭然だった。

 一誠は溜息を一つ吐くと、銀の頬にそっと手を添えると腰を屈めて視線を銀に合わせた。そして、ゆっくりと言葉を重ねていく。その様は、まるでやんちゃな弟を優しく諭す兄の様であった。

 

「やっぱり、吠えかかっちゃったか。ねぇ銀、父さんや母さんを守ろうと気を張ってくれるのは、僕も嬉しいよ。……でもね、もう少しだけ吠えかかる相手を見てみようか。賢いお前なら、相手が悪意や害意を持っているかどうか、すぐに解るだろう?」

 

 一誠がそう問いかけると、銀は一誠の目をしっかりと見据えて一声だけ吠えた。

 

「……解ってくれて、ありがとう。銀」

 

 自分の言葉を素直に受け入れてくれた愛犬に対して、一誠は微笑みながら感謝を告げた。一方、その傍らでは一誠と共に兵藤家に来た四人の少女達が唖然としていた。冥界でも最強クラスの魔王が二人もいた状況で、この犬は猛然と吠えかかったのか、と。

 ……一誠、つまりは赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の愛犬である銀は、どうやら犬として超えてはいけない何かを超えてしまった様である。

 

 一誠が銀を諭し終えると、五人はそのまま家に入った。玄関には所狭しと靴が並んでおり、客の多さを物語っている。五人は靴を脱いで家に上がると、そのままリビングへと向かった。これだけ大人数の客を歓待するとなるとそれだけ広い部屋が必要となり、けして広いとは言えない兵藤家において該当するのがリビングルームしかなかった為だ。やがて五人がリビングルームに入ると、既に一誠の母とはやての手によって宴会用のご馳走が作られており、次々と大人達の集まるテーブルの上に運び込まれていた。

 

「おぉっ! これは何と見事な……!」

 

 一誠の母とはやてによって目の前に並べられるご馳走の数々を見て、グレモリー卿が感嘆の声を挙げる。

 

「美味しそうですね……」

 

 グレモリー卿の隣に座るサーゼクスもまた、料理を見た感想を素直に告げる。すると、一誠の母がこの宴会の為の調理を作ったのが誰なのかを公表した。

 

「今日ははやてちゃんがメインとなって、腕に寄りを掛けて作りましたのよ」

 

 すると、はやてが血相を変えて一誠の母に詰め寄る。

 

「お、お母ちゃん! それは、皆には言わん約束やで!」

 

 ……どうやら、はやては義母が一人で作った事にして花を持たせるつもりだった様だ。しかし、一誠の母は知らん顔をして受け流す。

 

「あら? 私、そんな事に「ウン」って言ったかしら?」

 

 一方、その事実を聞かされて真っ先に驚いたのはシトリー卿だった。

 

「何と! 確かにご息女とご一緒に作られているのは見ていましたが、まさかご息女の方がメインだったとは!」

 

 何せ、一誠の義妹であるはやてが下の娘であるソーナよりも六歳も年下である事をシトリー卿は既に聞き及んでいり、その少女がメインとなって己ですら眼を見張る程の料理の数々を手掛けているのだ。……下手という言葉すら霞む程に壊滅的なソーナのお菓子作りの腕前を身を以て知っているシトリー卿が、眼の前の料理を娘が作ったと聞いて激しく反応するのも無理はなかった。

 しかし、こうしたシトリー卿の激しい反応を「はやての料理を不安視している」と誤解してしまった一誠の母は、少し恥ずかしげな表情を浮かべて兵藤家の食卓の実情を語り始める。

 

「母親としては少々お恥ずかしい話なんですけど、実は料理の腕は私よりはやてちゃんの方が上なんですよ。ですから、早起きが必要な朝食については私が主に作っていますけど、夕食については主にはやてちゃんが作っていますのよ」

 

 更に、一誠の母はここではやての料理の腕前が駒王学園でも評判になっている事をかなり大袈裟に話した。

 

「それに、はやてちゃんの料理は駒王学園でも屈指の腕前だって、結構評判ですから」

 

 はやては義母の話が段々膨らんできている事に危惧を抱き、言い過ぎとしてしっかりと釘を刺す。

 

「お母ちゃん、何や話が大きくなってへん? 確かに、料理部の部長をやっとるから初等部の料理の鉄人ってのはよう言われとるけど……」

 

 しかし、それこそが一誠の母の狙いだった。

 

「皆さん。そういう事ですから、安心して召し上がって下さいな。それに、お味の方はレイヴェルちゃんが保証してくれますから」

 

 ちょうど一誠達と共にリビングルームに入ってきたばかりの所で突然一誠の母から話を振られたレイヴェルは、少々驚きながらも時折口にしているはやての料理について正直に答える。

 

「えぇ。時々お裾分けを頂いたり、夕食をご一緒したりしますけど、とても美味しい物ばかりですわ」

 

 つまり、一誠の母ははやて自身の口から料理部の部長である事を言わせた上に味についてもレイヴェルに保証させる事で、はやての料理の腕前が本物である事を示したのだ。しかも、レイヴェルは名門貴族の令嬢である事から当然舌も肥えている。その彼女が保証する以上、もはや不安要素など何処にもなかった。それを聞いたシトリー卿は納得する素振りを一誠の母に見せる。年端のいかない娘が主になって宴会の料理を用意したという事実に驚いただけであったのに、一誠の母に娘の料理を不安視していると誤解させてしまったと悟ったからだ。……ただ、最後の方でつい本音が零れてしまったのは、ご愛敬だろう。

 

「今回だけでなく日頃から料理をこなしているのであれば、安心ですな。しかし、料理のお上手なご息女を持たれている兵藤さんが正直言って羨ましい……」

 

 一方、義母にしてやられた事を悟ったはやては負けを認めざるを得なかった。尤も、口ではそう言いながらも顔には笑顔が浮かんでいたのだが。

 

「……はぁ。お母ちゃんにはまだまだ敵わへんなぁ」

 

 この宴会用の料理に関する母と娘のやり取りを見ていたフェニックス卿は、一誠の父に娘への想いを尋ねてみた。

 

「兵藤さん。これでは、ご息女の将来が楽しみで仕方がないでしょう?」

 

 この問いかけに対し、一誠の父親は満面の笑みで答える。

 

「えぇ、フェニックスさん。その通りですよ。私はもうはやてちゃんの将来が楽しみで楽しみで。ただ、問題が一つだけありまして……」

 

 一誠の父はここで一端言葉を区切ると、フェニックス卿は堪え切れずに先を促した。

 

「問題、ですか? それは一体?」

 

 そして、フェニックス卿からその先を言う様に促された一誠の父はその表情を情けないものへと変えると、父親としては少々情けない事を言い始める。

 

「それは、はやてちゃんが可愛い余りに私がちゃんと娘離れできるのか、という事なんですよねぇ……」

 

 この一誠の父の情けない言葉を聞いて、その場にいた者は誰も笑いを堪える事ができなかった。

 

 

 

 こうして発生した笑いの渦も一先ず収まり、準備した飲み物が全員に行き渡った所で、一誠の父が乾杯の音頭を取る。

 

「本日は、こうして我が家にお集まり頂いて、誠にありがとうございます。できればこれを機に、お互いに良きお付き合いをしていけたら幸いです。……まぁお堅い話はこれくらいにして、まずは乾杯といきましょうか」

 

 一誠の父がそう言うと、この場にいた全員が中身の入った杯やグラスを上に掲げて一斉に乾杯の声を上げる。

 

「乾杯!」

 

 そして、そのまま各々の飲み物を一気に飲み干す。……その余りに自然な流れで思わず見過ごしそうになったが、ここでソーナがある事を鋭く追及してきた。

 

「……って、少しお待ち下さい! 何故一誠君がそちらの席にいるのですか! オマケに、お姉様やライザーがこちらにいますし! ここはむしろ逆ではないのですか!」

 

 そう。ソーナの指摘通り、一誠は子供達が集まるダイニングルームではなく、大人達が集まるリビングルームにいたのだ。ただし、未成年である一誠のグラスの中身はビール代わりのジンジャーエールであったが。ソーナの後ろでは、オマケ扱いに対して悲しみの声を挙げるセラフォルーや苦笑するライザーの姿もあったが、シトリー卿はそれらを全てスルーして、ソーナの追及に応じる。

 

「何を言っているのだ、ソーナ? 兵藤君はこちらの席で合っているよ。何せ、こちらの席は……」

 

 シトリー卿はここで一端言葉を区切ると、より強い調子で断言した。

 

「父親の集まりなのだからな」

 

 一瞬、ソーナは自身の父親が何を言ったのか、理解できなかった。

 

「……ハッ?」

 

 ソーナは思わず疑問の声を上げてしまった。

 

「それじゃあ、アウラ。ここにいる皆様に改めて自己紹介しようか」

 

「ウン! あの、初めまして! あたし、パパの娘の兵藤アウラです! どうか、よろしくお願いしましゅ! ……うぅっ、パパ。舌、噛んじゃったよぉ……」

 

「アウラ、ちょっと口を開けて見せてごらん。……うん、大丈夫。血は出てないから、怪我はしていないよ。だから痛くない、痛くない」

 

 ……しかし、等身大化した状態で自分の膝の上に乗せていた愛娘のアウラに一誠が自己紹介を促し、その際に舌を噛んでしまったというアウラの口の中を見て、怪我がないのを確認してから頭を撫でて慰めるという絶大な説得力を有した光景を目の当たりにした事でソーナは納得せざるを得なくなった。因みに、少し舌を噛んだ事で最後が舌ったらずになった上に痛みで涙目になったアウラの姿を見て、少しだけクラっと来たのはソーナだけの秘密だ。

 こうした一誠とアウラの親子のやり取りを見ていたサーゼクスは、一誠にある質問をぶつけてきた。

 

「ところで、イッセー君。アウラちゃんはだいたい何歳ぐらいと思えばいいのかな?」

 

 サーゼクスからの質問に対し、一誠はアウラの容姿や振る舞いからおおよその精神年齢を推測して答える。

 

「そうですね……。精神的には、大体六、七歳と言ったところでしょうか。それが何か?」

 

 一誠が質問の意図を尋ねると、サーゼクスは自身の息子の話を持ち出してきた。

 

「フム。息子のミリキャスと同い年といったところか。……今回は仕事も兼ねているから悩んだ末に断念したのだが、これならミリキャスも連れてくれば良かったな。お互いの子供の顔合わせ、という事でね」

 

 正に子供を持つ父親そのものであるサーゼクスの返事を聞いた一誠は、これまた父親としての考えをサーゼクスに伝える。

 

「それは次の機会に取っておきましょう。それに、その機会もそう遠くない内に巡ってくるでしょうし」

 

 この一誠の言葉に、サーゼクスはあと一月足らずで駒王学園が夏季休暇に入る事を思い出し、納得の表情を浮かべた。

 

「成る程、確かにその通りだ。だったら、その時にはグレイフィアにオフを取らせた上で家族三人、実家ではなく私個人の邸で君達を出迎えさせてもらうよ」

 

 ……実家ではなく、個人所有の邸で。

 

 この言葉にサーゼクスの意図を読み取った一誠は、頭を深く下げて感謝を伝える。

 

「ありがとうございます、サーゼクス様」

 

 ここまで話が進んだ所で、アウラが期待の眼差しを一誠に向けながらある事を尋ねてきた。

 

「ねぇ、パパ。ひょっとして、あたしにもお友達ができるの?」

 

 このアウラの質問を受けて、一誠はアウラの頭を優しく撫でて微笑みながら答える。

 

「そうだよ、アウラ。今まではお兄さんやお姉さんばかりだったけど、これでアウラと同い年くらいのお友達ができるんだ」

 

 一誠から期待通りの答えが聞けたアウラは喜びを爆発させて、一誠とサーゼクスにそれぞれ感謝の言葉を伝えてきた。

 

「やったぁ! ありがとう、パパ! ありがとうございます、サーゼクス様!」

 

 アウラが喜ぶ姿を見た一誠とサーゼクスがお互いに微笑み合った所で、フェニックス卿はこちらも遅れじと自分の邸にも遊びに来るように提案する。

 

「兵藤君。幸いにも、アウラちゃんは私の孫とも年が近い。それに、私は知っているよ。以前滞在した時、ライザーやレイヴェルが修得したカイザーフェニックスに憧れた孫の為に、君がその前段階として炎の魔力を圧縮した超高熱の熱線を放つヒートブラスターなる技を教えてくれた事をね。だから、時間ができたらまたフェニックス邸に遊びに来るといい。君とアウラちゃんが来れば、孫もきっと喜んでくれる筈だ」

 

 一誠はアウラに対する厚意から来たフェニックス卿の提案を素直に受け取る事にした。

 

「ありがとうございます。折を見て、主二人の許可を頂けたら、ぜひ伺わせて頂きます」

 

 そうした父親同士のやり取りの後、グレモリー卿が一誠の膝の上に笑顔で座っているアウラが父親似である事に触れてきた。

 

「しかし、人間界では女の子は父親に似ると言われるそうだが、改めてこの子の顔を見ると本当に君に似てるな?」

 

 それに対して、一誠はアウラの生まれについて説明する。

 

「まぁ僕の「魔」から生まれましたから、当然と言えば当然でしょうか」

 

 すると、側にいたトウジがアウラが自分の娘にも似ている事に言及してきた。

 

「フム。確かにそういう事なら、似ているのも道理だね。だけど、その割にはイリナにも似ていないかな?」

 

 一誠はこれを受けて、以前に自ら立てた仮説をトウジに伝える。

 

「たぶんですけど、僕の深層意識にイリナの事が強く印象づいていたからではないかと。アウラもイリナには最初から凄く懐いていましたし」

 

 一誠の仮説を聞いたトウジは、神妙な表情を浮かべて納得した。

 

「……成る程」

 

 すると、そのトウジの顔を見たアウラが首を傾げながら声を掛けてくる。

 

「どうしたの、トウジお爺ちゃん?」

 

 トウジお爺ちゃん、トウジお爺ちゃん、トウジお爺ちゃん……。

 

 アウラの声が耳に届き、アウラの言葉が頭の中で幾度も響き渡ったその瞬間。……トウジが壊れた。

 

「あぁっ! あぁぁっ! 「トウジお爺ちゃん」! なんて心地の良い響きなんだ! ここまで素晴らしい言葉が、この世にあったとは! これは正に、天が私に与えたもうた至高の祝福! 主よ! この様な可愛い孫娘をお授け頂いた事を心から感謝します! アーメン!」

 

 アウラに「お爺ちゃん」と呼ばれた事で完全に有頂天になったトウジは、今は亡き聖書の神に全力で感謝を伝えると、そのまま十字を切って渾身の祈りを捧げる。その瞬間、その場にいた者達の大部分は揃って頭に突き刺さる激痛に耐え切れず、苦痛の声を挙げながら頭を手で押さえてしまった。……この場にいる者の大部分が悪魔なので、目前で十字を切られてしまうと当然ながらダメージとなってしまう。例外は、祈った張本人であるトウジと逸脱者(デヴィエーター)である事から天使の力を持ち合わせる一誠、天龍剣クォ・ヴァディスの守護精霊であるアウラ、人間である為に何ら影響のない兵藤夫妻とはやて、そして龍天使(カンヘル)であるイリナだ。

 一方、トウジの祈りによる頭痛に苦しむシトリー卿は、この中では一人だけ孫がいない不遇を嘆いていた。

 

「何故だ。兵藤さんはもちろんグレモリー卿やフェニックス卿には孫がいるし、更にはこの忌々しい牧師すらアウラちゃんから「お爺ちゃん」と呼んでもらえるというのに、何故私の所の道楽娘は結婚どころか交際すらしようとしないのだ! ……ソーナ! こうなったら、お前だけが頼りだ!」

 

 もはや長女については見切りをつけてしまった感のある父親から突然話を振られたソーナは、頭痛を堪えながら諌めの言葉を発する。

 

「お、お父様! 少し落ち着いて下さい! いくらお姉様でも流石に……」

 

 だが、父親を諌める為の言葉を重ねていく内に、ソーナは気付いてしまった。

 

 ……そもそも、あの姉に今まで僅かにでも異性の気配などあっただろうか、と。

 

 そうしてソーナは問題となっている姉の方に視線を向けると、セラフォルーはちょうど頭痛を堪えている所であり、自分の方を見ているソーナに気づくと、そう言って首を傾げている。

 

「アイタタ……。どうしたの、ソーナちゃん?」

 

 自分が結婚に関して父親に見限られている事をまるで気にしていない様な姉の素振りを見たソーナは、ジワリジワリと迫り来るシトリー家存続の危機をこの時初めて実感し、そして震撼した。初めて実感した自分ですらこうなのだ、父に至っては長年に渡って直視し、思い悩み続けてきた事はすぐに察せられた。

 

(……本当に、私がどうにかしないといけないのかもしれない)

 

 ソーナは今までとは全く違う理由で想い人と添い遂げる決意を固め直していた。

 

 そして、四大魔王の一人であるサーゼクス・ルシファーの妻であり、現在はグレモリー家のメイドとして夫の後方で待機しているグレイフィア・ルキフグスは、未だ頭に残る鈍痛に悩まされながらも目の前で繰り広げられる光景に対して、心中でこう表現した。

 

(何なのかしら、この混沌(カオス)は?)

 

 ……グレイフィアには、これ以外に言い様がなかった。

 

 

 

 トウジの渾身の祈りによる頭痛騒動は一誠とイリナの窘めを受けたトウジが謝罪した事で終わりを告げ、父親達は一誠達が兵藤家に来るまでに一誠の父から聞かされたという一誠の昔話をネタとして会話を楽しんだ後、本日行われた公開授業へと話が及んでいき、やがて授業参観観賞会となった。なお、父親達の会話に飽きてしまったアウラは、既に一誠の許可を得てイリナとはやての元へと移動している。

 一方、リビングルームとは一繋ぎになっているダイニングルームのテーブルでは、リアス・ソーナ・レイヴェル・はやての四人が「早く終われ、早く終われ!」と必死に念じていた。一方、これが人生初の授業参観となったイリナは、自分の授業中の姿を見られる事よりも今まで知る由もなかった四人の授業風景が見られる事の方に気持ちが向いていたので、焦燥感よりも期待感の方が大きかった。そして、この五人の少女達の反応の違いを見て面白がっているのが、このテーブルにおいては唯一の男であるライザーだった。

 

 鑑賞会は一誠のリクエストにより、はやての授業参観から始まった。

 

 はやての授業参観は、家庭科の調理実習だった。料理の品目はカレーライスと調理実習においては定番といえるものであり、児童達は食材の皮むきや切り分けに悪戦苦闘しながらも楽しく調理している。その中で一際活躍していたのは、料理部の部長で先程初等部の料理の鉄人の呼び名に偽りがない事を証明したはやてだった。

 彼女は実に手際良く自分の担当する食材を捌き、また食材を炒めた後で煮込む際に灰汁もしっかり取るといった調理をしっかりこなしていた。更に中々上手くいかないクラスメートの為にアドバイスやサポートをする等、料理部部長として正に八面六臂の活躍を見せていた。このはやての活躍に、父親達はもちろんはやて本人を除いた子供達もまた感心していたが、兵藤家の男二人の反応は違った。

 

「父さん。こうして見ると、随分と感慨深いものがあるね」

 

 一誠が自身の父にそう語りかけると、一誠の父もまた感慨深げに深く頷いた。

 

「あぁ。そうだな、一誠。三年前に引き取った時には車椅子に乗っていたはやてちゃんが、今や自分の足でこんなにも元気良く動き回っているんだからな。その事実をこうして目にしている事が、他のどんな事よりも俺は嬉しい……!」

 

 一誠の父はそこまで言うと、感極まって右手を顔に当てた後、男泣きに顔を伏してしまった。

 

 ……兵藤家に引き取られてまもなく催された為に、はやては初等部三年生にして人生初の授業参観を車椅子の上で迎える事になった。

 はやてを引き取って間もなく回復の傾向が見られた事で白紙となったが、当時の一誠の両親は原因不明の下半身不随だったはやての為に家をバリアフリーにする事を真剣に考えていた。……つまり、当時は回復の兆しが全く見えない極めて深刻な状態だったのだ。

 

 ……四年生に進学した時点で、はやては既に車椅子から離れて歩けるようになっていた。しかし、見る者が見ればその歩き方にはぎこちなさがあり、当然走る事などできなかった。

 その為、体育では基本的に見学であり、初等部の運動会においても一人テントの下での見学となった。運動会の日の夜、はやてが自室で一人声を殺して悔し泣きしていたのを、家族は皆知っている。

 

 ……はやては、五年生になってようやく運動会に参加できるようになった。はやては以前の悔しさをバネにして定期的にリハビリに通い続け、この頃にはかなりぎこちないものの走れるようになっていたのだ。

 その結果、最下位ではあったが、はやては100 mトラックの徒競走を最後まで走り切った。この日、はやてが引き取られてから兵藤家で最も喜びに満ちた日となった。

 

 そして、今日。家庭科室を所狭しと動き回るはやての動きには、もはや下半身不随だった過去など微塵も見受けられなかった。はやてがその小さな身に背負わされたハンデを完全に克服できたと理解した時、一誠の父は溢れるものを抑える事ができなかった。

 一方、一誠の父が顔に片手を当てて突如泣き始めたのを見て驚いたグレモリー卿は一誠からはやてに関する事を聞かされると、今目前に出されている料理を主に作ったのがはやてである事を聞かされていた事もあって酷く驚いた。

 

「まさか、こうして公開授業でも元気いっぱいに動き回り、この様な料理も作れるお嬢さんがかつては歩く事すらできなかったとは。……兵藤君のお父さん。私は娘を心から愛する一人の父親として、貴方を心から尊敬します」

 

 障害を抱えた子供をあえて引き取り、一人で立ち、歩き、更には走れる様になるまで深い愛情を以て支え続けた一誠の父に対し、グレモリー卿が一人の父親としての敬意を伝えると、フェニックス卿とシトリー卿が揃って口を挟んできた。

 

「……グレモリー卿。そこは「私」ではなく、「私達」と仰って頂きたかったですな。父親として尊敬の念を抱いているのは、何も貴方だけではないのですよ?」

 

「フェニックス卿の仰る通り。それにその言い様では、自分の娘を心から愛しているのが兵藤さんと貴方だけになってしまう。流石にそれは頂けませんな」

 

 この二人の非難めいた言葉を聞いて、グレモリー卿は二人に対して気分を害してしまった事を素直に謝罪する。

 

「いや、これは申し訳ない。感極まって出てきた言葉が、結果的にとんだ暴言となってしまった様だ。ただ、私の言葉にその様な意図など全くない事だけはお解り頂きたい」

 

 そして、グレモリー卿の謝罪を受けた二人はこれを受け入れる事で手打ちとした。その一方で、三人から称賛された格好になった事で照れ臭さを感じてしまった一誠の父は、涙を拭うと照れ隠しに頭を掻きながら三人の娘達についての感想を伝える。

 

「いえいえ、その様な事は。それに、以前我が家にリアスさんが他の部員と一緒に遊びに来られた時に少しばかりお話をさせて頂きましたが、礼儀正しくて大変気立てのよいお嬢さんでした。それに、レイヴェルちゃんとはお隣という事で親しくさせて頂いていますが、私達への気遣いもできる心優しいお嬢さんですよ。後は、ソーナさんとは本日初めてお会いしますが、一誠の話を聞く限りではリアスさんやレイヴェルちゃんに負けないくらいに良く出来たお嬢さんだと思います。……私が思うに、ご両親やご兄弟に心から愛されてなければ、その様にはならないでしょう。ですから、年頃の娘を育てる上でこれからが本番である私の方こそ、先達であるお三方を今後の手本とさせて頂きたいんです。紫藤さん、それはイリナちゃんをここまで育ててきた貴方もですよ?」

 

 ここで、一誠の父は三人と同じく年頃の娘を持つトウジに話を振ってきたのだが、トウジは正直の所恐縮していた。……愛娘の成長に最も関与したのは父親である自分ではない事を、トウジは他の誰よりも理解していたからだ。

 

「兵藤さん、それは少し違いますよ。貴方が奥さんと一緒に愛情を込めて育ててきた一誠君がいてくれたから、父親の私ですら驚く程にイリナは大きく成長できたんです。だから、もっと自信を持って下さい。主もきっと、貴方達の子供への愛情をお認めになられるでしょう」

 

 こう言って一誠の父を励ますトウジは、正に迷える者を正しく導く牧師そのものだった。こうしたやり取りの側で、名家の当主として長年様々な人物と接してきた経験から、自分達に手本とさせてほしいと頭を下げてきた一誠の父の態度と言葉に一切の偽りが無い事を察したグレモリー卿は、一誠の父に対して一個人としても好感を抱いた。そして、その証としてあえて「兵藤君のお父さん」ではなく「兵藤さん」と呼びかけた。

 

「……兵藤さん。貴方とは、子供の親同士というだけでなく私個人としても、大変良いお付き合いができそうです」

 

 このグレモリー卿の言葉に対して、フェニックス卿も同意する。

 

「全くですな。それによくよく考えてみれば、我々には共通点が多い。心から愛する妻がいて、頼り甲斐のある息子がいて、将来が楽しみな娘がいて、そして何より可愛い孫がいる。これで話が合わないなど、あろう筈がない!」

 

 最後はそう言い切ったフェニックス卿の言葉に、一誠の父は二人にも孫がいると知って驚いたが、それならと乾杯を二人に呼びかける。

 

「何と! お二人にも既にお孫さんがいらっしゃるんですか! それでは、お互いの愛する家族のこれからの幸を願って、乾杯といきましょう!」

 

 すると、グレモリー卿とフェニックス卿は大いに賛同した。

 

「おぉ、それはいい!」

 

「これはまた酒が美味そうだ!」

 

 また、この乾杯にはアウラという孫娘ができたトウジも参加の意志を示す。

 

「……牧師の私が加わるのは不味い事は解り切っているんだが、この際だ。毒を食らわば皿までといこう。兵藤さん! その乾杯、私も参加します!」

 

 そうしてお互いの杯に酒が行き渡ると、一誠の父の音頭の後に四人は声を揃えて乾杯の声を上げる。

 

「では、お互いの家族のこれからの幸を願って!」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 そして、四人は極上の美味と化した酒を一気に飲み干した。……因みに、頼り甲斐のある息子はおろか可愛い孫さえもいないシトリー卿は、この乾杯においては完全に対象外である為、酷く肩を落としていた。

 

「兵藤さん。流石にそれは酷くありませんか?」

 

 そこで、これは不味いと判断した一誠がすかさずフォローに入る。

 

「シトリー卿。それでしたら、僕が乾杯にお付き合いしますよ。僕だって、貴方と同様に頼り甲斐のある息子も可愛い孫もいませんから」

 

 このさりげない一誠の心遣いに、シトリー卿は心底泣きたくなってきた。そして、お互いの家族の今後の幸を祈って二人で静かに乾杯を交わしながら、シトリー卿は思った。

 

 ……この際、順序を逆にして先に彼を義息子として迎え入れてもいいな、と。

 

 どうやら、シトリー卿の中でとんでもない変化が起こってしまった様だ。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

……三年。

この二文字は、兵藤家にとっては相当に重く、それ故に尊いものの様です。

では、また次の話でお会いしましょう。
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