小大唯の犬です。   作:使命

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いつも絡んでくれる我が友に捧げる。


少女と飼い犬

 

 ──場所は島根県にある中学校。未来ある3年生の少年少女たちが受験を控えている時期だ。

 

 現在は放課後の時間帯。3年生は部活には行かず、帰って試験勉強でもしているのが普通だ。そんな中、夕暮れに照らされる廊下を歩き、校長室に向かう1人の少女がいる。

 

 肩まで伸びた黒髪は夕日に照らされ艶ましく光り、表情の乏しい、しかし非常に整った顔立ちは何処と無く儚げな印象を与える。同年代と比べて凹凸に富んだ、少女らしい清廉な色気の香る肢体。

 

 小大唯。本人非公認にて密かにファンクラブが創られるほどの美少女が彼女だ。

 

 

「……校長先生からの呼び出し……なんだろう」

 

 

 ぼそりと誰かに向けた呟きは、夕暮れの廊下に消えていく。印象に違わず寡黙な彼女にしてはやや饒舌だ。普段の彼女を知るものならば、少なからず驚く程度には。

 

 

「……ん」

 

 

 短く虚空に向かい、相槌と返事を返す。彼女と会話しているものは見当たらない。しかしすれ違う生徒達に彼女を奇異の目で見るものはいない。皆一様に気にも留めず過ぎ去っていく。

 

 ──いつ片時も、彼女には忠実な()()()が付いているのは、この学校の常識なれば。

 

 彼女の首元で、四面体の翡翠がついたネックレスが揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「やぁご足労いただいてすまないね! 座ってくれたまえ!」

 

 

 校長室にて唯を出迎えたのはこの学校の校長ではなかった。否、正確には人間ですらなかった。白い体毛、目元についた大きな傷痕が目立つ──上等な服を着たネズミが椅子に腰掛け、彼女を歓待したのだ。

 

 

「……ん? んん?」

 

「ハハハ! 驚いたかな? 校長先生は別件で席を外しているのさ!」

 

 

 驚いたのはそこではないのだが。困惑したまま座る唯と、()()()()()()()()()見ながら微笑むネズミは言葉を紡ぐ。

 

 

「自己紹介をしよう、僕は根津。君が……いや、君たちが受験を希望する雄英高校の校長さ!」

 

 

 なんとこの齧歯類、受験校の最高責任者だった。『自由』が売りの校風らしいが、これはあまりにもフリーダムが過ぎるだろう。

 

 しかも話を聞いていくと、どうやら初の動物に個性が宿った例らしい。個性社会とは言うが、まさか人以外にも個性を求め始めるとは。時代はオリジナリティにアイデンティティ。無論ヒーロー養成校の校長にも必須事項だ。世も末である。

 

 

「さて……君はこんな噂を知ってるかい?」

 

「……?」

 

「曰く、『この学校には猟犬がいる』」

 

「……」

 

「曰く、それは異界より来たものである。曰く、それは鋭角より突如現れる。曰く、その姿を見たものは正気を保てず狂気に至る。曰く、その猟犬はとある少女に飼い慣らされている」

 

 

 根津は手許の資料を捲りながら淡々と呟く。それは質問というよりは、ある種の確認作業のようだ。

 

 

「どれも眉唾物の噂だが……僕はこれが全て真実として存在していることを知っている」

 

 

 最後のページで手を止め、もてなされたコーヒーで口を湿らせながら、本題へと移る。

 

 

「つまり今日来たのは君に、もとい君の……通称()()()君に用があって来たんだ」

 

 

 飼い犬という単語を唯が認識した瞬間、無表情が常の彼女の眉間に分かりやすく皺が寄る。

 

 

「……飼い犬はやめて。あの子は私の友達。皆が勝手にそう言ってるだけ」

 

 

 彼女にしては饒舌に、そして強い不快感を露わにしながら先の言葉を否定する。

 

 

「おやすまない、失礼だったね。じゃあ……」

 

【いいや、それで正しいとも。聡明な鼠……いや小熊か?】

 

 

 根津が謝罪を告げたそのとき、彼と唯両方に声が響く。底冷えするような、咽ぶような、嘲るような声。事細かく記すならば、発生器官を持たぬ人ならざるものがその意思を無理矢理に音として発したような、粘着質で背筋が凍るような吐き気を催す声。

 

 

「……でも」

 

【よく考えてみろ。おまえに絶対の忠誠を誓い、守護し、外敵に牙を剥く。これを飼い犬と呼ばずして何と呼ぶ?】

 

 

 その【声】の発生源は、唯の胸元で揺れる翡翠からだ。何処からかその翡翠を辿り、ぞるりと湿った音が聞こえる。

 

 

【異界より来た。鋭角より出る。唯の飼い犬。全てが事実だ鼠よ。俺と話したかったのだろう?】

 

 

 四面体の()より、青白い触手が煙と共にうねり出てくる。その指先は唯の頬を優しく愛玩するように撫でる。

 

 

【俺のことは鋭牙と呼べ。唯がつけてくれた個体名にして魂の銘だ。小大唯非公式ファンクラブ会員№1、♡唯LOVE犬♡とは俺のことよ】

 

 

 触手は粘液を滴らせながら根津を指す。不浄そのものたる悪臭に鼻を覆いながら根津は目の前の存在を観察する。その様子に狂気は見られず、紛うことなき正気の聡明さを感じさせる。

 

 

【しかし触手だけとはいえ俺を見て狂気の一端も見せぬとはな。大した精神力だ】

 

「いやいや、何も対策をしてないわけじゃない。知り合いに念の為アドレナリンを処方してもらってね……要はちょっとハイになってるのさ!!」

 

 

 賢者ネズミ、狂気に打ち勝つために薬漬けになる。由々しき事態だ。いくら人間以上の頭脳を持っているとはいえ、これではただの実験用のラットだ。本人の意思だとしても動物愛護団体が黙っていない。

 

 

「さて……いくつか質問をしたいのだけどいいかい?」

 

【……唯】

 

「ん」

 

【分かった。許可が下りた、何でも聞け】

 

 

 返答一つにも主の判断を仰ぐ見事な忠犬ぶりに苦笑しながら、質問を開始する。

 

 

「異界から来た、というのは具体的にはどいうことだい?」

 

【正確にはこの時空体とは別の時空体……湾曲の宇宙の外、鋭角の宇宙の存在が俺の()だ。……どこぞの学者が言っていた相対性……なんとか】

 

「相対性理論における歪曲した空間、かい?」

 

【それだ。この空間とは全てが曲線にて構成された時空、鋭角の時空とはその逆、全てが直線にて構成された時空だ。……無論俺もな】

 

 

 ひと時も目を離していないはずなのに、触手が消えたり現れたりする。だがそこに確かに存在することは、身の毛のよだつような感覚で理解する。

 

 

【だから俺は普段はこの翡翠、もとい鋭角の時空に籠っている。必要なときはそちらの鋭角、120以下の角度より出る。不浄の存在たる俺がそちらに長くいると"矛盾"が発生するからな……あまりこの話は深堀りするな。正気を保証できん】

 

 

 人間以上の知能を持つ根津ですら不理解の領域の存在の配慮に、そうさせてもらうよ。と次の質問に移る根津。

 

 

「なるほど、鋭角から出るとはそういうことか。じゃあ君が飼い犬、と呼ばれることになったのは何故だい?」

 

【過去に拾われた、愉しみをくれた、文化を教わった、だから忠誠を誓った。それを見た人々がそう称した。以上だ】

 

 

 此度の答えは、先ほどと比べられぬほどシンプルだ。恩義を受け、それを返す。獣らしからぬ、或いは獣らしい単純明快な高潔さを感じさせる。

 

 

「質問に答えてくれてありがとう。実は本題はここからでね。君の個性──存在は特例極まる。だから───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

【……特設の試験か】

 

 

 逢魔が時の中猟犬はやや面倒くさそうに呟く。背後から夕陽が唯たちを照らし、人の影と獣の影が伸びる。

 

 

【しかしこういうときこの身体は不便だ。皆と纏めて試験を受けれないのだからな】

 

「……無差別テロ」

 

【カカッ、言い当て妙だな】

 

 

 そこから暫し無言のまま帰路を進む。彼女らに、互いを気にして喋るようなヤワな関係は存在しない。ただ共にあるだけでいいのだ。

 

 

【これから忙しくなるなぁ唯?】

 

「ん──それより」

 

【あ?】

 

「──言葉使いはこれからしっかり()()しなきゃ」

 

【……あー、唯? 悪かった。確かに俺の言い方は良くなかった。だから】

 

「返事は」

 

【いや】

 

「返事は」

 

【ワン!】

 

 

 ──猟犬鋭牙は、どこまでも従順な飼い犬である。




どうも女体レビュー描写に本気出す使命というものです。
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