2024年の投稿が1話しかなくて心底反省してます……。
本当にすみません。
私に正体がバレたからか何なのか、灰原先輩は書庫室以外の場所にも現れるようになった。
先輩が実は2年半以上前に亡くなっていたと判明したのが一昨日のこと。先輩は亡くなったときから年を取っていないらしく、私とは1歳差(仮)ということになる──実際の年齢差は4つだけど。
「宮永〜」
「先輩。迷いませんでした?」
「元生徒だから余裕だよ」
どこからともなく教室に現れた灰原先輩は屈託のない笑顔で笑ってみせる。
卒業してないのだから現生徒で良い気がしたけど、ややこしくなりそうなので触れないことに決めた。
そういえばドアや窓、壁なんかは自由に通り抜けられるって言ってたっけ。そう考えると移動の手間は省けそうでちょっと羨ましい。
「もう終わったの?プリント」
「はい」
「国語が得意ってほんとだったんだ」
任務差し止めから今日で3日目。一応までに決められた時間割では今の時間は国語になっていて、文系科目なら早く解き終わるだろうと踏んだ私は先輩に教室へ来てもらうよう頼んでいた。
目的はもちろん、灰原先輩の行動可能範囲を確かめるため。
「灰原先輩は今までどの辺りまで行ったことがあるんですか?」
「えー…せいぜい書庫室がある廊下の端くらいまでかなあ。別に行きたいとも思わなかったし」
私は机の中からメモ帳を出して、新しいページを開いた。情報整理は大事だから、色々と書き留めるために今朝寮から持ってきたものだ。
「この教室、書庫室からは近くないけど来れてますよね」
「うん。宮永を探すために食堂の方にも行ったし」
「確かに」
そう言いながら、私は「教室○」「食堂○」とメモ帳に書き込む。
昨日、食堂で夜ご飯を食べているときに灰原先輩が現れてひっくり返るかと思ったのは記憶に新しい。しかもめちゃくちゃハイテンション+ビッグボイスだったので、危うくこっちが叫ぶところだった。職員の人がいたから何とか耐えたけど。
「高専内だったら移動自由とか…?」
「1回敷地内全部歩いてみない?そしたら分かるよきっと!」
にっかり笑って先輩が言う。
薄々感じてたけど、灰原先輩って割と脳筋タイプだったりするのかな。高専の敷地、めちゃくちゃ広いんだけど。
想像するだけで疲れるけど、実際問題行って確かめるしか方法が無いのも事実だったので、私は諦めて椅子から立ち上がった。
***
書庫室から、というか教室のある棟から最も遠い距離を歩くべく、私と灰原先輩は高専の敷地の一番外側へ向かっていた。
敷地の広さの割に人が少ないから誰にも会わない。ので、私は遠慮なく先輩に話しかけられる。
「灰原先輩」
「ん?」
「先輩のこと見えてるのって私だけなんですか?」
「そうだね!」
「五条先生とか見えそうなのに…」
「五条さんはそもそも書庫室に来ないよ」
灰原先輩は尤もなことを言った。
単に先輩のいた書庫室に人が来なかっただけで、私以外にも見える人はいるんじゃないかと思ったんだけど、どうやら先輩曰く彼のことが見えるのは私だけらしい。
正直なところ半信半疑ではあったけど、先輩がやたらと自信ありげに言うので信じることにした。私には確かめようもないし。
幽霊の体感って謎すぎる。
「着きましたね、一番外側」
「そうだね」
改めて灰原先輩をまじまじと見るけど、特に変わった様子はなかった。消えそうとか、半透明になってるとかも全くない。
触れないことを除けば生きてる人と何ら変わりのない様相でそこに立っている。
「じゃあ、このまま塀沿いに歩いて門のところから外に出れるかやってみませんか?」
「それいいね」
そう言うと灰原先輩はさっさと歩き始めた。
まあまあ砂利の多い上を歩いても何の音もしないので、そういうところを見ると本当に死んでるんだな、と実感する。
「生きてたときの記憶ってあるんですか?」
「あるよー」
先輩は前を向いたままのんびりと言った。
「あ、でも死んじゃった瞬間?あたりの記憶は曖昧なんだよね」
「…覚えてなくても良いんじゃないですか?なんか、覚えてると痛そうだし」
「そうだよね!」
賭けてもいいけど、灰原先輩は間違いなく元運動部だと思う。この声のデカさはそうとしか思えない。
五条先生とは違ったタイプの明るさだけど、学生時代は結構仲良かったりしたのかな。
気になることは沢山あるけどまあ追々で良いか。
敷地と外を結ぶ門の前に二人で並ぶ。
「着いたね」
「着きましたね。先輩、出れそうですか?」
灰原先輩は「うーん」と顎に手を当てて唸ると、底抜けに明るい笑顔で私を見下ろした。
「無理そうだね!」
「まじですか」
「うん。この先に足を出せる気がしないんだよね」
試しに私一人で門の外側に出てみる。問題なし。
死んでないから当然と言えば当然だ。私が違和感に気付いたのは、門の外側から敷地内の先輩を見上げた時だった。
「先輩」
「ん?」
視線が合って、違和感が確信に変わる。ここからだと灰原先輩の感情の色が視えるのだ。
薄い黄色。平穏の色。
呪力をオンにしてても先輩の感情が視えないのは亡くなってるせいだと勝手に思ってたけど、何かの条件があるだけで実際は違うのかもしれない。
「宮永、どうかした?」
目が合ったきり黙り込んだ私を、灰原先輩は少しだけ心配そうな顔をして見ている。
その感情が正しく心配を示しているのを視て、自分の術式について先輩に説明しようと決めた。
「私の術式って、相手の感情が色で視えるんです」
突然話し始めた私に先輩は面食らっていたけど、すぐに「そうなんだ」と返事をした。
「先輩の感情はずっと視えてなくて、亡くなってるからだと思ってたんですけど。今は先輩の感情の色が視えるんですよ」
「……高専の敷地の外側からだと視えるってこと?」
「はい」
灰原先輩は「う~ん」と首を傾げた。
「…僕が高専の外に行けないのと関係してそうじゃない?」
「それ、私も思いました」
「戻りながら考えよう。宮永、もうすぐお昼の時間でしょ」
携帯を取り出して時計を見ると、確かにもうすぐ昼休みだった。
午後は体術になっているけど、どのみち自主練習だから一人に変わりはない。
「今は僕の感情視えない?」
隣から聞こえた声に顔を上げる。真ん丸な黒い瞳に他の色は一切視えなかった。
「視えないです」
「そっかあ。何が条件なんだろう」
「明日もう一回行ってみませんか?土日は自習プリント出ないから時間あるし」
そう提案すると、灰原先輩は私を見たまま首を傾げた。
「任務無いの?」
「私、五条先生の指示で一週間任務差し止めってことになってるんです」
「えっそうなの?どうして?」
私はついこの間の任務で起きた出来事をかいつまんで説明した。
真面目な顔で聞いていた先輩は、私が話し終わると「大変だったね」と呟いた。
「でも宮永って4級だよね。一人で任務はだめじゃない?」
「はい。いつもは補助監督の黒崎さんが付き添いで来てました。元呪術師の人なんです」
「他の生徒は?」
私は思わず首を傾げた。入学して1ヶ月以上経ってるけど、2年生や3年生の人と会ったことはない。会ったことあるのは4年の伊地知先輩だけだ。
「今度五条先生に聞いてみます」
そう言って隣を見ようとしたけど、それよりも前に灰原先輩が私の目の前に回り込んだ。
何事かと聞こうとした私に向かって先輩は人差し指を立ててみせた。
「宮永、携帯耳に当てて。電話してるみたいに」
「え?」
「いいから早く」
戸惑いつつ携帯を開いて耳に当てる。先輩は一人で満足げに頷く。
「もう普通に話していいよ」
「携帯はこのまま?」
「うん」
いったい何なんだ、と思ってるのが顔に出たのだろう。灰原先輩は校舎の方を指さした。
「あそこ見える?二階の窓のところ、五条さんと家入さんがいる」
先輩の指先に沿って視線を向けると、やや離れた場所、校舎の二階に五条先生と家入先生が向かい合って立っているのが見えた。
五条先生の白い髪は遠くからでも見つけやすいんだという新たな気付きを得た。
「あの二人がもし宮永に気付いて、そのとき宮永が一人で喋ってるように見えたらまずいかなって」
「たしかに」
一人で校内を歩きながら喋ってたら、変人どころの騒ぎじゃない。先輩の言葉に同意しつつ、私はあることに気が付く。
先生たちが立ってるあの廊下、私の教室の前じゃない?サボってると思われたらちょっと面倒かも。
「宮永、僕書庫室に戻るね」
「わかりました。また後で」
「うん」
灰原先輩と別れて校舎に入る。携帯は閉じてスカートのポケットにしまった。
昇降口で上履きに履き替えて階段を上がる。このまま食堂に行こうか一瞬迷ったけど、先生たちが私を待ってる可能性もあるから教室に寄っておくことにした。
廊下に出ると、先に私に気が付いたのは家入先生だった。その視線につられて五条先生がこっちを振り返って、私に気が付いて片手を持ち上げた。
「やっほー、宮永。様子見に来たらいなくてびっくりしたよ」
「自習プリントが早く終わったので、校内探検に行ってました」
「ああ。そうなんだ」
五条先生は落ち着き払った様子で──というか、いつもよりかなりのローテンションでそう答えた。
家入先生は呆れた顔で五条先生を眺めていたけど、すぐに私に向き直った。手元には何日か前にも見た湿布の袋がある。
「私はこれ渡しに来たの。もういらないかもしれないけど、まあお守りとして持っといて」
「ありがとうございます」
「じゃあ私は戻るね。五条、この子にちゃんと話しなよ」
家入先生は五条先生に言い置いてさっさと歩いて行ってしまった。
ちゃんと話すって、なんのことだろう。
私がそう思いながら五条先生に視線を戻すと、先生はサングラス越しに私のことを見下ろしていた。感情は視えないけど、明るい青い瞳がこっちをじっと見つめているのは分かった。
「……ちゃんと話すって、何をですか?」
五条先生が全然話し始めようとしないので、私の方から口火を切った。
いつもはこっちが一言話す前にいろんな話題を振ってくるから、先生の今の静けさはすごく違和感があった。
「この間、宮永の任務に等級違いの呪霊が出たよね」
「先生が助けに来てくれたやつですか」
「そう。あのとき高専に連絡したって、宮永そう言ったでしょ」
困惑しつつも頷いてみせる。先生が何を言いたいのか掴めない。
「高専側に宮永の携帯番号からの着信履歴は無かった。あの日の分だけじゃない。今までの記録も全部だ」
「え?」
「職員室の電話はパソコンと繋げてるから、削除した日付が分かるようになってるんだけど。伊地知に確認させたらそれも残ってなかった。まるで、宮永が高専に連絡したことなんて入学してから一回も無かったみたいにね」
唖然として五条先生を見上げていると、真面目な顔をしていた先生は「口開いてるよ」と言ってちょっと笑った。
「パソコンの方から記録を削除したら履歴が残るんだけどそれも無かったんだ。誰かが術式を使った可能性が高い」
「…校内の誰かですか?」
「外部の人間だと僕は思ってる。少なくとも黒崎ではないと思うよ、そんなことして真っ先に疑われるのはあいつだからね」
要するに、犯人が黒崎さんじゃないこと以外は分からないってことだ。
「調査は進めてるけど、犯人が校内にいない可能性が高い以上は特定に時間がかかる。このことを僕の口から宮永に説明しろって硝子は言ってたんだよ」
「そうだったんですね」
どうやら相当気を遣われていたらしい。
我ながらどうかと思うけど、犯人の正体よりも灰原先輩のことに気を取られていたので特に何か思うことも無かった。黒崎さんが犯人じゃなくて良かったな、ぐらい。
「それと、知らない人に話しかけられても耳を貸さなくて良い」
小さい子に言い聞かせるような口ぶりが面白い。
でも先生は全然真面目な顔をしていたので、私は茶化すのをやめて「わかりました」と答えた。
「任務差し止めってどうなりますか?」
思いついた問いを投げると、五条先生は「そうなんだよねえ」と言って派手に溜息をついた。
いつものテンションが戻ってきてる。
「在校生と行かせるのが一番安心なんだけど、3年は長期とか遠方の任務が多いからそうもいかなくて黒崎の同行を認めてもらってたんだよね。2年がいればそこと行かせるんだけどさ」
現2年生の代はそもそも入学者がいなかったらしい。呪術師界の人手不足、思ったより深刻かも。
「宮永の任務差し止めはあと4日でしょ」
「はい」
「来週の水曜に3年が任務から帰ってくるから、その後は一緒に行きなよ。僕の方から日下部さんにも頼んどくから」
日下部さんって誰?と思いつつ「ありがとうございます」とお礼を言う。
五条先生は私を見てまた笑った。
「日下部さんは3年の担任だよ」
「五条先生以外にも先生っているんですね」
「まあ、ここ学校だからね」
五条先生はそう答えると携帯を取り出す。
「宮永、もうお昼食べた?」
「これからです」
「僕も~。じゃあ一緒に食堂行こうよ」
「いいですよ」
やったー、と呟いて五条先生が歩き始める。
家入先生にもらった湿布の包みをスカートのポケットに押し込んで、私は先生の後を追いかけた。ちょっと遅れただけで結構な距離が空いてる。
足が長い人とは一緒に歩くのも一苦労だなあと、五条先生の後頭部を見上げながらしみじみ思った。
平均バーに色がついてUAも1万件を超えました。嬉しい!
読んでくださる皆さんには感謝しかありません。
余談ですが、今回のサブタイトルは灰原先輩のハイテンションの理由です。