4話ぶりの五条先生視点になります。
本編終了後、アンケートがあるのでご協力いただけたら嬉しいです。
水曜日の午後、僕は京都に来ていた。目的地は五条の本家だ。
宮永が3年と上手くやれるか気になるところではあるけど、外せない用事だから仕方がない。日下部さんは悪い人じゃないし、伊地知もいるから何とかなるだろ。
タクシーを降りて家の門をくぐる。今日帰ることは一切知らせていないからか、玄関先に人の気配は無かった。
塩見という呪術師について数日前から五条家として調べさせていたが、そろそろ結果が出た頃だろうと踏んだのだ。以前高専に来て、僕のせいで死ぬことになるとか何とか、陳腐すぎる脅しを宮永に吹き込んだあの男。
僕のこと見た瞬間ビビってたしな、アイツ。宮永の任務に等級違いの呪霊を紛れさせるなんて芸当、あんな肝の小さい野郎にできるわけない。指示を出した別の人間がいるはずだ。
廊下の向こうから歩いてきた女中は僕の姿を見て驚いた顔をした。毎回突然帰るから、家の人間に驚かれるのは恒例行事になっている。
「悟様、お帰りでしたか」
「ついさっきね。塩見について調べてるやつ部屋に呼んで」
「かしこまりました」
僕が部屋に入ってそれほど経たないうちに、さっきの女中が一人の男を連れてきた。
「悟様、大槻さんをお連れしました」
大槻は最近、正確には4月に入ってから
改めて大槻を見る。彼の術式は“心糸”だった。対象に軽く触れることで、直近の思考や記憶の断片を「糸」として抜き取ることができ、抜き取った記憶は視覚的に確認可能というもの。──なるほど、調査役に抜擢されるわけだ。
「お久しぶりです、悟様」
「ああ、急に悪いね」
大槻は人の良さそうな笑みを浮かべ、僕の向かい側に腰を下ろすと、鞄からクリアファイルを取り出して机の上に並べた。
「塩見についての調べは大体終わりました。ご報告のために今日こちらから連絡しようと思っていたところだったんです」
「じゃあちょうど良かったか。これが報告書?」
大槻に手渡された書類に目を通す。
家族構成、これまでの経歴、誕生日や血液型から行きつけの居酒屋まで記されていて、正直驚いた。調査向きの術式を持っていたとして、数日でここまで調べ上げるのは相当な労力だろう。別のページには家の間取りまで載っている。
「大槻さんって前職何だっけ」
「警察官です」
「なるほど」
術式だけじゃなく実地での経験もあるらしい。情報の集め方を知っているのならこの報告書にも納得がいく。
僕は一通り書類に目を通してから顔を上げた。
「塩見は今どこにいんの?」
「今朝死にました」
目の前の男から淡々と答えが返ってくる。予想外の返事に反応が一瞬遅れた。今朝死んだって、さすがに急すぎないか?
「…マジ?」
「不審死だそうです。遺体に毒殺の兆候があるのに、毒物反応は一切出ないと」
大槻は鞄から別の書類と3枚の写真を取り出した。1枚は塩見、残りにはそれぞれ男と女が写っている。僕が面識のある人物は一人もいない。
大槻は男の方を指し示した。
「塩見を殺した可能性が高いのはこの男です。
何となく話が読めてきた。四方というこの男は、僕自身か五条家を嫌悪し、塩見を使って嫌がらせをしたのだろう。嫌がらせの範疇を越えているのはさておき、動機はそういうことだ。
「こっちの女は…」
「四方の妻です。旧姓を調べたら塩見だと分かりました」
「つまりこいつらは縁戚関係?」
「四方の妻は塩見の姉です。数年前に病死していて、彼女の死をきっかけに交流の頻度が増えたようです」
義理の兄弟か。これで四方が塩見を手先に使った理由はわかった。赤の他人より身内の方が信頼できると考えたんだろう。
僕は次に写真と一緒に渡された資料に目を通した。塩見と四方のここ数ヵ月の接触記録がまとめられている。
「四方の居場所は分かんの?」
「はい。連れて来ました」
「は?どこに」
「この屋敷です。使ってない部屋に」
僕は大槻の顔をまじまじと見つめた。
居場所聞いたら「連れて来ました」って、そんなことある?
「君、前の職場にいたとき変わってるって言われなかった?」
「そこそこ言われてました」
「だろうね…まあいいや、四方のとこ連れてってよ」
大槻は頷いて立ち上がる。そこそこ広い屋敷の中を迷い無く進み、足を止めたのは屋敷の奥にある、北側の庭に面した使われていない部屋だった。
実際、この部屋を使っているところを見たことがない。ここだったら四方が死ぬような事態になっても実害は無さそうだ。
「私も立ち会いますか」
「いや、僕一人で良い。そこで待ってて」
「はい」
大槻が庭の方を向いて座ったのを見てから障子を開ける。
中にいた壮年の男──四方は後ろ手に両手首を拘束された状態で正座していた。写真より老けてんな。
「お久しぶりです、若」
僕は黙って四方を見下ろした。向こうにとっては久しぶりかもしれないが、僕からすれば初対面も同然だ。
20歳の誕生日と同時に当主になって以来、僕のことを“若”と呼ぶ人間はいない。ほとんどの者は僕を名前で呼ぶ。
「塩見を殺すなんて術式の無駄遣いじゃない?」
敢えて挨拶はせず、単刀直入に本題に切り込むことにした。サングラスを外してポケットに仕舞う。
こいつの術式は“幻毒”。呪力で構成された毒を、毛髪など対象の一部に注入して肉体に毒殺のような死因を再現する。呪詛師になれと言わんばかりの術式だな。呪霊よりも人間を相手取る方に向いてる。
「出来損ないは切り捨てられる。我々が生きる世界では常識です」
「常識ねえ……」
大槻の調査書を見る限り、四方は塩見と頻繁に会い、連絡を取っていたようだった。宮永を一度殺しそこなったことが塩見殺害の動機なのだとしたら、黒崎が四方と繋がっていた可能性は低い。もしグルだったなら、今頃塩見もろとも殺されてるだろう。
四方はさも『出来損ないの塩見を自分が切り捨てた』風な口ぶりだけど、呪詛師と相性バッチリの術式を持つ自分が出来損ないだって気づいてんのかな。逆上したらだるいから聞かないでおくけど。
「術師なりたての学生を殺そうとして、それが失敗したから実行役を殺したってわけ?呪詛師より見境ねえな」
「お前に何が分かる」
四方の表情が変わり、地を這うような声が部屋に落ちた。ギリ、という歯軋りの嫌な音が部屋に響いた。
ようやく本性を見せたか。呪術界で着物を普段着に選ぶやつに碌な人間がいた試しが無い。
「恵まれた人間にそうでない者の気持ちは分からない。分かって堪るか」
「駄々っ子かよ。僕じゃなく教え子を狙うなんて卑怯な手をとった時点で、オマエの存在価値は呪詛師以下だからな」
四方は未だ僕のことを睨み上げていたが、一転して突然不敵な笑みを浮かべた。
「仰る通り、俺に価値はない。そして、呪術師としての貴方は間違いなく最強です。最強で正しい」
「……」
突然敬語に戻った四方を、僕は黙って見つめた。呪力に揺らぎが無いか目を凝らす。追い詰められた人間は何をしでかすか分からない。
「でも教師としてはどうでしょう。塩見が東京高専を訪れたとき、貴方は教え子が狙われる可能性を考えましたか」
気味の悪い薄ら笑いが不快だった。こいつの感情は一体今どんな色をしているんだろう。現実逃避にそんなことを考えた。
「貴方が“教え子を死なせた教師”の落胤を押される瞬間を見たかったんですが。残念ながら今生では叶いそうに無いな」
どこか含みを持たせたその口ぶりの理由を尋ねようとした瞬間、四方の呪力が大きく膨れ上がった。それが向けられた先は四方自身で、鈍い音が響いてすぐに畳が赤黒く染まり始める。
障子を開けて入ってきた大槻は、四方を見ても特に驚かなかった。僕同様、四方が生きてこの家を出ることはないだろうと思っていたんだろう。
「天網恢恢疎にして漏らさず、ですか」
大槻はそう言って四方の首に手を当てた。
天網恢恢疎にして漏らさず。悪事を行えば天罰を逃れることはできない、という意味だ。四方は自死したから天罰と言えるかは定かではないが。
何はともあれ、元凶が死んだ以上宮永に何かが起きるということも無いだろう。黒崎の任務同行許可を復活させるつもりも無い。
「悟様、処理はこちらで済ませます」
「悪いね」
大槻を部屋に残し、僕は最初に資料を見ていた部屋に戻った。
机に置きっぱなしにしていた携帯が不在着信を知らせて点滅している。確かめると発信元は宮永だった。着信は2分前になっていて、かけ直すとすぐに電話が取られた。
『もしもし、宮永です』
「僕だよ。なんかあった?」
『先輩たちとの任務が終わったので、先生に報告しとこうと思ったんです』
時計を見れば、確かに任務が終わるぐらいの時間だった。宮永の向こうから3年のものらしき話し声が聞こえる。
3年は男子二人だったっけ。僕とも在学期間は被っているけど、彼らが入学した時僕は4年で、高専にいる時間は少なかったからほとんど絡みは無かった。
『この前先生と行ったラーメン屋、今日先輩たちと行くことになりました』
「いいねえ~。あそこ美味しいよね」
『はい。先生も来ませんか?』
いいね、と言おうとして自分のつま先に目を留めた。僅かに赤黒くなっている──四方の血だ。部屋を出るときに踏んだのかもしれない。
今回の件について宮永にきちんと説明しないとな、と思った。きちんと。四方や塩見がどうして宮永の命を狙ったのか、あの子が分かるまで。
知らない人に話しかけられても耳を貸さなくて良い、と言った時もいまいち分かって無さそうだったからなあ。非術師家系だと身の危険に鈍くなるものなんだろうか。
「今、僕京都にいるんだ。3人で行ってきな」
『もしかして帰省ですか?急に電話してすみません』
電話越しでも宮永が慌てているのが分かって笑えた。
「用があっただけだから。それももう終わったし」
『そうなんですね』
「夜にはそっちに戻るんだけど、宮永、今日時間ある?」
『はい、あります』
宮永は少し黙って、それから『等級違いの呪霊が出た任務関係の話ですか』と付け加えてきた。
「そうだよ」
『長くなります?』
「多分ね」
『じゃあそれまでに課題終わらせます』
都合が悪いのかと思ったけど、課題の心配だったらしい。繁忙期の座学はプリント自習で代替することがあり、自習にすることで遅れが出ないよう、復習用のプリントが増えるのだと伊地知から聞いている。
「高専着いたらまた連絡するね」
『分かりました』
通話が終わる。ふと、呪詛師の授業もやらなきゃな、と思った。
宮永は頭が良いから、与えられた情報を自分の中に落とし込んだり応用したりするのはできる。調べるのも得意だと思う。ただ、呪術界の常識のような、教えてもらうことでしか知りえない情報を手に入れる手段が宮永には無い。
塩見が高専に来たとき、宮永に近づいていたことを思い出す。
あのとき来たのが塩見ではなく四方だったら、宮永の髪か何かを回収していただろう。そうなってしまえば、遠隔で殺されるのを防ぐことは限りなく不可能に近い。
呪術師に求められるスキル以外の面からも、僕が宮永に教えるべきことは多い。四方の起こした事件はそれを僕にはっきりと突き付けた。
皆さんの読みたい・増やしてほしい視点が知りたいです。「その他」の方はお手数ですが感想欄にお願いします。①〜⑥から選んでいただけると有り難いです。
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①主人公
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②五条悟
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③家入硝子
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④灰原雄
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⑤その他
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⑥三人称視点
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⑦特になし