死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第1話

 人里離れた山の奥で、おれはじっと待っていた。

 険しい斜面にひとひとりがギリギリ入れるサイズの穴を堀り、そこに身を埋めて、もう三日になる。

 

 おれの仕事の大半は、待機だ。

 ひたすらに待つのが仕事といってもいい。

 

 昨日、四十歳になった。

 もぐらのように地中に隠れているうちに誕生日が過ぎてしまうなんて。

 

 いや、よく考えたら三十九歳の誕生日も三十六歳の誕生日も三十二歳の……いやあれは三十三歳のときも、こうしていたかな?

 地に身を埋めてじっとしているのが、いまのおれの日常といってもいい。

 

 待つ、といっても、ただ待っているわけではない。

 地中に隠した魔力タンクに魔力を溜めている。

 

 この魔力タンクというものは少しでも動かすと魔力が拡散してしまうシロモノで、しかも一日中魔力を注ぎ続けていないと内部の魔力の質が均一にならない。

 加えて複数人の魔力が混ざるとすぐ暴発するという欠陥品である。

 

 故に、おれのようにひとりの魔術師が、一日中魔力を注ぎ込んでいるわけだ。

 これをおれは、待機と呼んでいる。

 

 じっと魔力を注ぎ込むだけの退屈な作業だ。

 延々と、魔力タンクの魔力が充分に溜まるまで。

 

 今回の場合は三日間、待機する。

 それがおれの仕事の大半であった。

 

 隣の山の中腹、そこを睨みながら。

 そこに、赤竜の巣があるからだ。

 

 竜。

 ヒトの数倍の身の丈を持った、翼ある爬虫類。

 

 特に赤竜は巨大で、蜥蜴のような口から紅蓮の炎を吐き、ヒトのつくったあらゆる建物を燃やし尽くす。

 その長い尻尾が振るわれれば、丘ひとつが軽く吹き飛ぶともいわれている。

 

 それだけでも問題なのに、竜は高い知性を持っている。

 ヒトよりはるかに頭がよく、傲慢で強欲で、そして邪悪だ。

 

 ヒトのことなんて、ぽこじゃか生えてくる食料にして奴隷程度にしか思っていない。

 実際、古代には、竜がヒトを支配し奴隷として使役していた、竜の帝国なんてものもあったと記録されている。

 

 多くの竜は強大な魔力を持ち、魔法を自在に操る。

 その鱗は強靭で、矢も槍も通さず、爆発魔法とて表皮を少し焦がすことができる程度だ。

 

 ヒトのような脆弱な存在では、敵わぬ相手。

 尋常な手段では傷をつけることすらできない存在。

 

 そんな化け物中の化け物の巣の入り口が、ここからみえている。

 もっとも、巣の主である赤竜は、いまここにはいない。

 

 狩りをしている最中だからだ。

 いまごろ赤竜は、麓の町を襲っているはずであった。

 

 ヒトは、あえて赤竜を挑発するように、そこに町をつくったのだ。

 赤竜は当然のように、移り住んできた者たちに対して貢物を求め、ヒトはそれを拒絶した。

 

 だから、赤竜は怒り狂って、町を襲う。

 そういう手筈であった。

 

 町の守備隊は適当に戦ったところで、撤退する。

 守るべき町を見捨てる。

 

 実際のところ、町の構成員の大半は、強制的に連れて来られた奴隷と終身刑の犯罪者である。

 いくら死んでもいい、と国が判断した連中だ。

 

 赤竜は彼らを存分に殺し、貪るだろう。

 生きたまま踊り食いするかもしれない。

 

 そして彼らがろくに金銀宝石を身に着けていないことを、とても残念がるだろう。

 竜とは金銀や宝石が大好きで、巣に山ほどの財宝を蓄えているものだからだ。

 

 とはいえ生意気なヒトは充分にわからせたし、腹もいっぱいになった。

 ある程度は満足して、帰途につくだろう。

 

 そこを、おれが狙う。

 三日間溜めに溜めた魔力タンク、そこから繋がる長筒の魔道具で、赤竜に狙いをつける。

 

 狙撃だ。

 ただの火球魔法では鱗を焼け焦がす程度がせいぜいでも、三日間溜めた魔力で放つ狙撃魔法が急所を射貫けば話は変わるのだ。

 

 そうして、おれはこれまで何体もの化け物を退治してきた。

 小高い丘ほどもある巨獣、海に浮かぶ島のような大亀、双頭の巨人、伝説の宙に浮く巨大鯨。

 

 さまざまな化け物がいた。

 竜を狩ったこともある。

 

 今回の赤竜ほどの大物は初めてだが、まあ弱点は同じだ。

 長い首の上に乗った頭部か、胴の前三分の一ほどのところにある魔力循環器官、すなわちあの巨体を維持している魔臓を破壊するか。

 

 どっちにせよ、撃てるのは一発きりだ。

 それを外せば、怒り狂った獲物に襲われ……。

 

 まあ、命はない。

 狙撃魔術師のなり手が少ない理由だ。

 

 ほかの分野で落ちこぼれた魔術師の末路、といわれる所以だ。

 おれも、そのひとりだった。

 

 とはいえ……。

 間もなく、その瞬間が来る。

 

 おれはじっと身を潜めて待つ。

 あと少し、もう少し。

 

「ご主人さま」

 

 かん高い声が響く。

 おれの肩に止まってじっとしていた三本足のカラスが口を開いたのだ。

 

 おれの使い魔という()()()()()()()()存在である。

 彼/彼女の要望に従い、ヤァータ、と呼んでいる。

 

「標的が参りました」

 

 彼方を、じっと睨む。

 はたしてそれは最初ちいさな赤い点にすぎなかったが、その点のそばを飛んでいた鳥が慌てて逃げ出すのがみえた。

 

 その近くの森の木々が激しく揺らぎ、小鳥たちが集団で飛び立ち、左右に分かれて遠ざかっていく。

 赤い点にすぎなかったそれは、次第におおきくなっていった。

 

 ほどなくして、長い翼を横いっぱいに広げて飛ぶ様子がみえるようになる。

 蛇のように長い首を上下に揺らしながら、赤竜は空を優雅に舞い、おれの隠れている山に近づいていた。

 

 おれは慎重に、ミスリル管で魔力タンクと繋がった長筒を持ち上げる。

 長細い砲身を脇で抱え、引き金に手をかける。

 

 この長い筒の内側には、七十七万七千語の神秘文字が彫り込まれていた。

 魔力の通過によって、精霊にだけ聞こえる言葉が自動的に語られる。

 

 呼吸を整え、集中し直す。

 

「ヤァータ、射撃リンク開始」

「了解しました、ご主人さま」

 

 赤竜の姿が、いまやはっきりとみえた。

 その邪悪なルビーの双眸が、まっすぐ己の巣に向けられている。

 

 隠蔽の魔法を幾重にもかけているとはいえ、偶然、なにかの拍子に魔法がはがれるという可能性も皆無ではない。

 とはいえおれのことに気づいていたら、とうに警戒していただろう。

 

「右にコンマ二度。上、コンマ三度」

 

 呼吸を止める。

 慎重に、狙いをつける。

 

「補正よし。ご主人さま、五、四――」

 

 チャンスはいちどきり。

 外せば、おれの人生は終わり。

 

 そんな狩りを、もう何度も、何十年も続けてきた。

 あと少し、あと少しと焦りを抑え、充分に引きつけて――。

 

「三、二、一……」

 

 引き金を引いた。

 眩い白光が、ひと筋の糸のように細い光が、赤竜を貫いた。

 

 

        ※※※

 

 

 数日後。

 おれは拠点とする城塞都市エドルの狩猟ギルドで、昼から安酒をあおっていた。

 

 ぬるいエールをぐびりとやって、干し豆をつまむ。

 うまい。

 

 待機中は排泄を魔道具によって抑えこむため、水も食料も最小限に抑えていたから、酒が呑めるというのがなにより嬉しい。

 あっという間に三杯目を呑み干し、おかわりを頼む。

 

「狙撃さん、二十日ぶりくらいに顔を出したと思ったら、ずいぶんペースが早いですね。大丈夫ですか」

 

 ウェイトレスの少女、テリサがエールを持ってくるついでにそう心配してくれる。

 彼女は十二歳で、この狩猟ギルドの長の娘であった。

 

 いつもこうして家の手伝いをしている、できた娘だ。

 同年代よりも少し背が低いが、よく気がつき器量もいい。

 

 ギルドの酒場の人気者であった。

 なお彼女に不埒な言動を働いた場合、彼女のファンにしてギルド長の部下であるギルドの精鋭部隊によって苛烈な制裁が加えられるため要注意である。

 

 この地方では、十二歳で一人前に働いている奴も珍しくはない。

 少し余裕のある家なら、午前中は教会へやって、文字の読み書きと簡単な算術を習うもんだが……彼女の場合、そのへんは親父であるギルド長がさっさと仕込んじまったからなあ。

 

「仕事の後くらい、満足いくまで呑ませてくれよ。酔いつぶれたら外に放り出してくれていいからさ」

「狙撃さん、本当に酔いつぶれるんだから気をつけてくださいよ。お酒に弱いんですから」

 

 おれの本来の名前はきちんとギルドに登録しているはずなんだが、なぜか狙撃さん、と呼ばれている。

 この子だけでなくほかのギルドメンバーも、ついでにギルド長すらおれのことを「狙撃」とか「狙撃の」と呼ぶ。

 

 別にいいんだけどさあ。

 むしろ、いまさら本名を呼ばれた方が違和感あるくらいだけどさあ。

 

「そういえば、手紙、来てましたよ。あとで金庫から持ってきますね」

「手紙って、どこから?」

「帝都の狩猟ギルド本部です」

 

 おれは、あー、と曖昧な声をあげて、新しいエールを口に運んだ。

 

「仕事、ちゃんと終わったんですよね」

「文句のつけようがなく完全に終わらせたぞ。テリサはおれの仕事について聞いてないんだっけか」

「父から、聞くな、っていわれてます。公にできないことだって」

 

 そりゃ、そうだろうな。

 おれが今回の仕事を請け負った隣の王国は、赤竜退治を自分たちの手で成し遂げた偉業、と発表しているんだから。

 

 軍の精鋭が赤竜を追い詰め、多大な犠牲を払ってついにこれを仕留めたのだという。

 つまり、おれの存在はなかったことになった。

 

 あの国は、これまであの赤竜一匹に数千の軍とその十倍以上の民を失っている。

 向こうとしても、面子というものがあるのだ。

 

 王室の威信をかけての討伐であったのだ。

 少なくともそう喧伝しなければ、あの国の現体制は危うくなるということである。

 

 もちろん口止め料はたっぷりと貰っていた。

 うちのギルド長の方にも、その一部がまわったはずだ。

 

「狙撃さん」

「うん?」

「危険な仕事、だったんですよね」

「狩猟ギルドの仕事は、いつだって危険と隣り合わせだ」

「それなのに、やったことを表に出すこともできないんですか」

「功より金だ。テリサもおおきくなればわかる」

「子ども扱いしないでください!」

 

 狩猟ギルドの本部でも、狙撃魔術師に詳しい者は少ない。

 どこでなにをしていたか、という情報も、あまり出まわらない。

 

 そのためか、狙撃魔術師なんて、魔術師としての資格はありながらほかの魔法の適性がなかったミソッカスがつく職業、という強い偏見がある。

 実際のところ、それは八割くらい事実だった。

 

 ただまあ、さすがにギルド長の娘ともなると、ある程度察しているところもあるらしくって……。

 テリサはおれの耳に唇を近づけて「だから、あんなにお金持ちなんですよね。もう少し高いお酒、頼みませんか」と訊ねてくる。

 

「ぬるいエールが好きなんだよ」

 

 少しぞくっとしたが、平然とそう返事をする。

 四十歳のおじさんが十二歳の声でびくんびくんしているところをギルド長にみられたら、追放されそうだ。

 

「じゃあ、双頭鹿のステーキとか食べません? ちょうどよく熟成したやつがあるんです」

「脂身がなあ。サラダとかない?」

「ジルザさんのところから仕入れたキャベツならありますけど……」

「じゃあそれで」

「お肉も食べないと、力がつきませんよ……?」

 

 テリサはおおきくため息をついて、カウンターの向こうに戻っていった。

 肉はねえ、この年になると、少し食べればいいんだよ。

 

 

        ※※※

 

 

 宿の個室に戻って、テリサから受けとった、帝都の狩猟ギルド本部からの手紙を開く。

 差出人として、ギルド長のサインがあった。

 

 円筒形の封筒のなかには、丸められた羊皮紙が四枚。

 一枚目は丁寧な時候の挨拶で、二枚目には帝都の近況が記されていた。

 

 そして三枚目と四枚目は、まったくの白紙であった。

 おれはため息をつき、羊皮紙に手を当てて呪文を唱える。

 

 羊皮紙が黄金色に輝き、赤黒い文字が浮かび上がってきた。

 高価な月魔鉱石を砕いてつくられた特殊なインクで記されたものだ。

 

 魔術師がよく用いる、定められた呪文でのみ読めるようになる類の魔術である。

 間違えた呪文を唱えた場合、別の文面が浮かび上がり、どれが本来の文面かわからないようになっている。

 

 さて、手間も金もかかったこんなものを用意するほどの手紙とは……。

 読みたくないんだ、かといって読まないわけにもいかない。

 

 おれは魔導ランプの明かりのもと、ベッドに腰かけ、三枚目と四枚目をじっくりと読みはじめた。

 

「どのような内容でしたか」

 

 ベッドの端の木枠にちょこんと留まった真っ黒な三本足のカラス、おれの使い魔という()()()()()()()()ヤァータが、かん高い声で訊ねて来る。

 その双眸が、魔導ランプの明かりで、ルビーのように赤く輝いていた。

 

「帝立学院の教授の地位をやるから帝都に戻ってこないか、ってさ」

「よい話ではありませんか」

「あいつらが欲しいのは、百発百中で狙撃を成功させる、赤竜を倒した狙撃魔術師さ」

「あなたのことでしょう」

「おまえがいなければ、おれは学院を追い出された、あのころのままだ」

「道具を使いこなすのもヒト次第でしょう?」

 

 気楽なことをいいやがる。

 おれは羊皮紙を床に放り出すと、ベッドに寝っ転がった。

 

「なあ、ヤァータ」

「はい」

「おまえと出会っていなかったら、おれはいまごろ、なにをしていただろうな」

「死んでいたかと」

「はっきりいいやがる」

「演算から導き出された事実です」

 

 その通りだと思った。

 自分では思うように魔力の制御ができず、狙撃の腕もなまくらな魔術師、それがおれだ。

 

 だから学院を放逐された。

 各地を放浪し、いろいろあってのたれ死ぬ寸前で、こいつに出会った。

 

 こいつは契約を求めた。

 奉仕させろ、と。

 

 意味がわからなかった。

 当時、なにもかもに絶望していたおれは、当然のように断った。

 

 するとこいつは、もし奉仕させないなら、ととんでもないことをいい出したのだ。

 やむを得ず、おれはこいつの存在を受容した。

 

 こいつを、己の使い魔ということにした。

 あの日から、もう十五年が経つ。

 

「我々は知性体への奉仕をなによりの喜びとします。あなたに奉仕することがわたしの喜びです、ご主人さま」

「厄介なもんに憑かれたもんだ……」

 

 おれは指を鳴らして魔導ランプの明かりを消したあと、目をつぶった。

 眠りに落ちる寸前、ヤァータの声が聞こえてくる。

 

「あなたがわたしの奉仕を拒絶するのならば、わたしはこの星の文明に奉仕するといたしましょう。我々は第三種恒星級献身体ヤタ、この星の文明すべてを我々の管理下に置き、あらゆる知性体に奉仕することもまた、我々の喜びとなるのですから」

 

 あの日あの時、流星となって落ちてきたこの奇妙な存在とおれが出会っていなければ、ヒトはいったいどうなっていたのだろうか。

 こいつに世界征服された果てに、幸せに生きられるのか、そもそも……。

 

 この世界には、知性を持った存在がさまざまにいる。

 この間、狩ったような竜もいれば天使も、悪魔もいる。

 

 こいつが認める知性体、そのすべてに平等な幸せなど、あるのだろうか。

 ひょっとしたら、おれはヒトを絶滅から救っているのでは?

 

 そんな、益体もないことを考えながら、おれは深い眠りに落ちた。

 

「ご主人さま。あなたが生きる限り、わたしはあなたに尽くします。あなたというヒトをサンプルとして、ヒトとこの星を学びましょう。もし、あなたが生命活動を停止するときがきたら、そのときは……」

 

 おかげで、おれはあの日から、死ぬわけにはいかなくなった。

 おれはこの世界のすべてが好きなわけじゃないが、なにもかもを捨てたいと思うほど嫌いでもないからだ。

 

 

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