死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第10話 雪魔神(3)

「ええと、師匠。……自慢話、していい?」

「構わないぞ」

「あのね。わたし、学院の同級生とは全然、話が合わなかったの。特に勉強のこととか、どうしてこんな簡単なことがわからないんだろう、ってよく思ってた」

「まあ、おまえはそうだろうな」

「上級生も、あんまり変わらなかった。わたしが勉強を教えてあげたら、なんでか怒っちゃうから、もっと悪かったかもしれない」

「そいつらにもプライドがあったんだろう」

「いまなら、そういうのもわかるよ。でも当時は、不思議だったな。教授たちも、一部以外はそんな感じだった。絶対に間違ってる理論があるのに、間違いを指摘すると、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくるの」

「年をとるほど、間違いを認められないもんだ」

「そう、なんだね。――ジニー先輩とは、初めて会ったときから、よく話が合ったんだ」

「そうか」

「だから、ふたりでチームをつくった。黎明の魔女団(ドーンオヴウィッチーズ)って、ジニー先輩が名前をつけた。最初は気に入ってたみたいだけど、だんだん恥ずかしくなって、卒業するころは封印してた」

「誰しも、若気の至りってのはあるさ」

「ふたりで、いろいろやったよ。いたずらも、実験も、大暴れも、いっぱい。敵もたくさんできたけど、味方もいっぱいいた。とっても楽しかった」

「聞かせてくれるか。殿下の弱点は少しでも知っておきたい」

「えーっ、そういう風に使われたくないなあ。でも教えてあげる。まずはね、麻薬商人の闇金庫をみつけたときなんだけど……」

 

 

        ※※※

 

 二日後。

 おれとリラは、雪を掘ってつくられた狙撃用の穴倉のなかで、共に己の魔力タンクに魔力を溜めながら、じっとそのときを待っていた。

 

 攻勢に転じる、そのタイミングを。

 王家が雇い入れた精鋭魔術師十六人が、総力をあげて詠唱する儀式魔法、それが発動する瞬間を。

 

 頭上を延々と吹き抜けている吹雪が止む、そのときを。

 雪魔神と呼ばれる存在が無防備になるタイミングを。

 

 いまは吹雪に遮られているものの、それさえ止めば雪魔神が居座る山の中腹が見下ろせるはずの、隣の山の七合目あたりから。

 この二日間、ずっと待ち続けていた。

 

「師匠」

「どうした、リラ」

「本当に、わたしが撃っていいの?」

 

 今回、弟子のリラが雪魔神を射貫く役目を果たすことになった。

 おれは万一の場合のサポートだ。

 

 ここしばらく、リラは狙撃の鍛錬を積んできた。

 おれは彼女に、狙撃魔術師としての長年の経験から得たさまざまな技術を惜しみなく提供したのである。

 

 彼女は狙撃魔術師の弟子としても優秀だった。

 乾いた土に水が染み込むように、またたく間に狙撃魔術師としての勘所を掴んでみせた。

 

 鹿や熊などの簡単な生き物が相手なら、なんども狙撃を成功させた。

 本当は、このあとも弱い獲物から順番にやらせてやりたかったのだが……。

 

 狙撃魔術師として生きるならば、いつかは大物を相手にする必要がある。

 それがいまだった、というだけのことだ。

 

 雪魔神は、その身を包む吹雪さえとっ払ってしまえば、狙撃の相手としては楽な方だと推測できた。

 七十一年前も二十七年前も、反撃の魔法弾こそ苛烈であれど、その動きが素早いという報告はない。

 

 そもそも魔力タンクに充分な魔力を込める技術が確立されたのが、およそ三十年前だ。

 ほぼ同時に、狙撃魔術師という職業が生まれた。

 

 雪魔神を狙撃魔術で相手にするのは、メラートのこの個体が初めてなのである。

 もっともメラートがおれの前に雇った狙撃魔術師たちは、雪魔神をとりまく吹雪ごと強引に撃ち貫こうとして失敗し、反撃で全滅したらしいが……。

 

 ジルコニーラ王女いわく。

 前任の指揮官は、狙撃魔術師というものをまったく理解していなかったとのこと。

 

 狙撃魔術師たちの方も、雪魔神を甘くみていたらしい。

 結果、彼らは吹雪のなかから飛んできた魔法弾の雨を浴びて斃れた。

 

 おれたちは、その轍は踏まない。

 儀式魔法によって視界を晴らしてもらい、万全の態勢で狙撃を敢行する。

 

 念のため、穴倉の周囲には、三重の結界発生装置が設置されている。

 いまの彼女は、狙撃の腕も申し分ない。

 

 へんに緊張したり、勇んだりしなければ。

 

「むぅ……ふぅ……」

 

 リラはしゃがみこみ、下を向いて、おおきく息を吸っては吐くことを繰り返している。

 汗の滴が、紅潮した少女の頬をしたたり落ちる。

 

「不安か」

「そりゃそうです!」

「天才なんだろ」

「勉強と実戦は違いますよ……。もし外したらと思うと、その」

「そのときはおれが仕留める。なんの問題もない。それとも、おれが信じられないか?」

「もちろん師匠は信じてます」

「なら、気楽にいけ。失敗するなら、いまだぞ」

「失敗しろってことですか?」

「それくらい、気楽にやれってことだ」

 

 リラは顔をあげた。

 晴れた日の澄んだ空を思わせる蒼い双眸で、おれを、まっすぐみつめてくる。

 

「はい、師匠っ」

 

 少女は、元気にうなずいた。

 

 

        ※※※

 

 

 遠くからでもよくみえる、虹色に輝く魔法弾が、山の麓の上空で爆発した。

 作戦開始の合図だ。

 

 ほどなくして、メラートの王都がある南方で、光が差す。

 南方で生じた青白い光の帯は、次第に広がりながらこちらに――正確には、おれたちの隣の山に迫り――。

 

 青白い光の帯が、吹雪の中心と衝突する。

 爆発的な輝きが、目を焼く。

 

 光が晴れたとき、あれほど強かった吹雪が完全に消滅していた。

 鈍色に覆われていた雲が晴れ、雪原を陽光が照らし出す。

 

 限りなく広がる白銀の斜面に、黒い染みのようなものが姿を現わしていた。

 間違いない、あれが――。

 

「雪魔神……」

 

 リラが呟き、己の長筒を構える。

 おれは彼女の肩に手を置いた。

 

「まだだ、先に王家がちょっかいをかける」

「はい」

 

 狙撃魔術師の鉄則は、「相手の意識の外から攻撃する」だ。

 今回の場合、吹雪を払ったことで、相手は攻撃者の存在を強く意識している。

 

 おそらく全方位を警戒しているはずだ。

 そんな状態でいちどきりの狙撃を敢行するのは、あまりにもリスクが高すぎる。

 

 目標の防御手段も定かではないのだ。

 なんらかの結界を展開するかもしれないし、雪のなかに身を隠すかもしれない。

 

 情報とは違い、素早く動いて逃げる可能性だってある。

 故に、王家の者が率いる騎士たちが先に攻撃を仕掛け、目標の意識をそちらに向けるのだ。

 

 非常に危険な任務だが、彼らも覚悟のうえである。

 なにより、討伐の名誉はすべて彼らが持っていくのだから……。

 

 はたして、二十人ほどの騎士が隣の山の斜面をかけ上がっていく様子がみてとれた。

 全員が自己強化の魔法を使い、狼のような速さで目標との距離を詰めている。

 

 その先頭には、ジルコニーラ王女の姿があった。

 ほかの者は金属の鎧を着て槍や剣を手にしているなか、彼女だけは学院の卒業生の証である赤いローブをまとい、白い杖を手にしているから、はっきりとわかる。

 

 魔法の才能は、それなりの確率で親から子へ受け継がれる。

 貴族は力を求め、積極的に優秀な魔法の血を集める。

 

 そして、騎士や貴族であり続けるために魔法の腕を磨くのだ。

 故に帝立学院を首席で卒業した王女ともなれば、その戦力は熟練の騎士を軽くしのいでも不思議ではない。

 

 それでも、これほど危険な囮任務で先頭に立つというのは、王家の、そして王女自身の並々ならぬ覚悟の顕われだろう。

 

 なんとしても国を守る。

 そのためにはどれほどの、誰の血を流すことも厭わないという、為政者の覚悟である。

 

「先輩……」

 

 リラは、唇をかたく引き結び、祈るような目で雪原を駆ける王女の姿をみつめている。

 彼女を先頭とする一団と、目標との距離がみるみる詰まる。

 

 目標。

 そう、ついに姿を現わした、雪魔神だ。

 

 どす黒い。

 純白の雪原に立つ、漆黒の甲殻に身を包んだその姿は、蜘蛛に似ていた。

 

 ただし、そのおおきさが尋常ではない。

 腹を雪の上にべったりとつけているいまの状態でも、その全高はヒトの五倍近くある。

 

 長く細い脚はぐねぐねと無数に折れ曲がり、十二……。

 いや十六本の、まるでタコの触腕のようなものが、雪の上を不気味にのたくっている。

 

 黒く太い首が胴体の中央より少し前から伸び、その頂点に蟻のように太い顎を持った顔がついていた。

 緑色に輝くふたつの複眼が周囲を見渡ししている。

 

 その異形の怪物に対して、先頭を走る赤いローブの女、つまりジルコニーラ王女が、杖を振るう。

 紅蓮の炎が王女の前方に五つ、同時に生み出された。

 

 五つの火球が、一斉に雪魔神に向けて飛ぶ。

 火球は雪魔神の胴体に衝突し、派手な爆発を起こした。

 

 爆風で生じた煙が晴れる。

 無傷で、黒い甲殻に焦げ跡ひとつついた様子がない大蜘蛛の化け物が、相変わらずそこに佇んでいた。

 

 雪魔神は、斜面の下から飛んできた攻撃によって、自身に近づく集団を認識する。

 先頭を走る王女に対して、触腕の一本を向けた。

 

 その先端が、六つに割れる。

 赤い花が咲いたようにみえた。

 

 薔薇のように赤い花弁に包まれていた、花でいえば雄しべや雌しべにあたる純白の突起が、細かく振動する。

 きぃぃん、というかん高い音が、別の山にいるおれたちの耳にも届く。

 

 振動する純白の突起が、膨らんだ。

 いや、白いエネルギーの塊がそこに生まれたのだ。

 

 一瞬ののち。

 そのエネルギーが解放される。

 

 純白の魔法弾が、ひと筋の細い線となって放たれた。

 その線に触れた雪が一瞬で蒸発し、連鎖的に爆発を起こす。

 

 白く細い線は一直線になって王女のもとへ向かい――。

 王女は杖を掲げ、その先端を中心として、傘状の青い結界を生み出す。

 

 白い魔法弾と青い結界が衝突した。

 魔法弾は四散し、その余波が周囲の雪を消滅させる。

 

 王女の結界は無事だった。

 しかし、王女はちからを使いすぎたのか、片膝をつく。

 

 怪我をした様子はないが、遅れていた騎士たちは、慌てて王女に駆け寄っていく。

 王女を中心として円陣が組まれた。

 

 一方、漆黒の大蜘蛛は、さらにもう二本、ゆっくりと触腕を持ち上げる。

 

 合計で三本の触腕が、先端の花弁を広げた。

 三本の白い魔法弾が放たれ、騎士たちと王女がそれを青い結界で迎え撃つ。

 

 魔法弾と結界が衝突し、おおきな爆発が起こる。

 

「リラ、王女からの遠隔会話(コール)は?」

「待って、いま……うん、遠隔会話(コール)が来た。探知の魔法(サーチ)が完了したって」

 

 王女たちの目的は陽動と、そして近距離から探知の魔法(サーチ)を行ない、雪魔神の魔臓の位置を探ることだ。

 探知の魔法(サーチ)はリラも使用できるが、近距離からの方が正確に、素早く対象の魔臓を探り当てることができる。

 

「胴体の中央、奥の方に魔臓があるみたい」

「照準は」

「いつでも」

 

 雪魔神の注意は、完全に王女たちの方に向いている。

 狙撃のチャンスだ。

 

 リラは長筒を構え、狙いをつける。

 引き金に手をかけて、おれの合図を待っている。

 

 さらに三本の触腕が持ちあがった。

 王女たちと騎士は、剣や杖を構えているが……その動きが鈍い。

 

 三本の触腕を相手に、死力を尽くしてしまったのだ。

 しかし雪魔神は、倍の六本でもって、三度目の魔法弾を放とうとしている。

 

 あれを防ぐことは絶望的だろう。

 六本の触腕の先端で、突起が輝きを放ち――。

 

「撃て!」

 

 おれは、命じる。

 リラが引き金を引いた。

 

 眩い白光が、ひと筋の糸のように伸びて、黒い蜘蛛の胴、その中心を射貫いた。

 

 

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