死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
魔物は、魔臓と呼ばれる臓器を、一個体につきひとつだけ持っている。
体内に魔力を循環させる器官だ。
どれほどおおきな魔物であっても、魔臓を破壊されれば死に至る。
巨大であればあるほど、身体を持ち上げるためだけに、あまつさえその巨体を維持するためだけに魔力を用いているのだ。
魔力を生み出す魔臓を失ってしまえば、自重を支えることすらできず、己の重さで潰れてしまうのである。
けっして代替の利かない器官、それが魔臓なのであった。
現代。
大型の魔物を退治するもっとも簡単で確実な方法は、狙撃魔術師の狙撃によって魔臓を破壊することである。
故に、狙撃魔術師となった者がまず覚えるのは、魔臓の位置を見抜く方法だ。
いまのおれの場合は、使い魔ということになっているヤァータがその役割を負っている。
普通の狙撃魔術師は、
今回はジルコニーラ王女が充分に接近したうえで
無論、リラ個人も
おれが教えたわけではなく、彼女が学院で学んだ魔法である。
上空を飛ぶヤァータからの報告でも、魔臓の位置は王女の判断と同様、雪魔神の胴体の中心部であった。
リラは見事、そこを射貫いてみせた。
文句のつけようがない狙撃であった。
はたして、雪魔神の触手のように折れ曲がった腕が、雪の上に落ちてぐったりとなる。
にもかかわらず……。
「えっ、嘘っ! なんで動いてるの!?」
雪魔神は、こんどは後方の触腕を持ち上げ、花弁を開いた。
白く輝く魔力が花弁の先端に収束し続ける。
「そんなっ! なんで!! あそこが魔臓じゃなかったってこと!? だって――」
慌てるリラの肩を掴み、引きずり倒す。
直後。
雪魔神の花弁たちが、おれたちのいる狙撃用の穴倉の方に向きを変えた。
複数の魔力弾が放たれる。
その圧倒的な一撃は、穴倉の周囲にこの国の工作部隊が構築した三重の結界魔法が受け止めてみせる。
前列の二枚の結界が、その発生装置もろとも粉々に砕け、三枚目がなんとか雪魔神の魔力弾を弾き返した。
穴倉の結界は、ギリギリだが砲撃を耐え抜いた。
万一のことを考えてくれたジルコニーラ王女に、いまは感謝だ。
「ね、ねえ、師匠、どうして……」
「落ち着け、リラ。おまえは上手くやった」
「じゃ、じゃあ、なんで!」
「魔臓が複数存在いたします」
おれが左手の中指にはめた指輪から、ヤァータの落ち着いた声が響く。
「そんなこと、ありえない! 魔臓は一体の生物に、必ずひとつ! 例外はないんだよ!」
「そうだな、リラ。ヤァータ、詳しく話せ」
「あなたがたが雪魔神と呼ぶ存在は、三体の生物が共生した姿なのです」
おれは高速で思考を巡らせた。
共生。
意味は、わかる。
複数の生き物が、互いに支え合うことで生きているということだろう。
だが、あのどうみても一体にしかみえない雪魔神が、実際は三体の生き物が合体した姿だった?
そんなの、わかるわけがない。
「あの巨大な甲殻と円錐形の頭部を雪魔神αと命名、甲殻内部に本体を置き、前方に触腕八本を伸ばした個体をβと命名、同じく後方に触腕八本を伸ばした個体をγと命名します」
「でかい甲殻と、そこから突き出している触腕は、まったく別の生き物ってことか」
「はい。α個体は四肢が退化した棘皮生物の一種と推定。βとγは同種族の雌雄のつがいと推定され、甲殻の内部で安全に活動を行います。両個体のため、α個体が頑丈な防壁を提供しています。β個体、γ個体の共同作業によってα個体を最適の餌場に移動させ、必要に応じて外部に対して攻撃を行う様子です。あれがこの地点で停滞していた理由は、βとγの繁殖活動のためと推察できます。また……」
「よくわからん。やつの生態はどうでもいい。リラが撃ち貫いた魔臓は、どの個体だ」
「β個体、すなわち前方八本の触腕を有する個体です」
「つまり、前の八本は使用不能になったんだな。で、つがいを失ったγ個体が、後方八本で暴れている、と」
さきほどから頑丈に設営された狙撃用の穴倉周辺に、幾本もの魔法弾が撃ち込まれている。
幸いにして、あれから直撃弾はなかった。
つがいをやられたことで、こちらの方をうまく視認できないのかもしれない。
倒したのがβ個体とやらだったのは、幸いだったといえる。
おれは自身の長筒を握りなおす。
魔力タンクから繋がるケーブルに損傷がないことを確認する。
「心配するな、リラ。おれが、残りの魔臓を潰す。それで終わりだ」
「で、でも師匠。あいつの魔臓は、あとふたつもあるんだよ」
「後方八本を操っているγ個体の魔臓を潰せばいい。ヤァータの報告がたしかなら、α個体には自衛能力がない」
「わたしの報告は正確です」
「どっちの魔臓がγ個体かわからないよ!」
ところがわかるんだ、これが。
「ヤァータ」
「磁気解析、完了いたしました。視覚を同調いたしますか」
「やってくれ」
雪魔神の内部が透過され、その構造が手にとるようにみてとれた。
いまなら、わかる。
お互いの複雑にからみあい、いっけん不可分にみえるものの、α、β、γはそれぞれの個体が独立した一個の生き物であることが。
そして、いくつかの器官は互いの体内に入り込み、魔力の融通までしていた。
これでは、いずれβ個体の魔力も復活してしまう。
そうなる前にカタをつけなければならない。
ヤァータに対して、更なる情報を要求する。
おれの頭のなかに、高速で文字や数列が流れこんでくる。
意味のとれるものもあるが、その大半は、てんで理解できないものであった。
情報の洪水に、低く呻く。
鼻から、つう、と一筋、血が垂れ落ちた。
がらくたのデータの山から、必要なものだけを掴みとる。
データを組み合わせて、構築する。
どこに長筒を向けるべきか。
どのタイミングか。
王女たちが、果敢に駆け出し、雪魔神との距離を詰めながら火球や矢を撃ち込んでいる。
おれを信じて、援護してくれているのだ。
おかげで、雪魔神は、遠くでおれが潜む穴倉と、近づいてくる目ざわりな蠅のごときモノたち、どちらを攻撃していいかわからなくなっていた。
触腕が、戸惑うように揺れている。
いまだ。
おれは穴倉から半身を出して、長筒を構える。
目標は、雪魔神の後部2/3、中央より少し下。
狙いをつけて、引き金を引く。
眩い白光が、放たれた。
ひと筋の糸のように細い光が伸びていき――雪魔神の胴体に突き刺さる。
※※※
結論からいえば、討伐は成った。
多大な犠牲を払って。
β個体とγ個体の魔臓を失った雪魔神は、α個体の魔臓から生み出した魔力をβ個体とγ個体に与え、砲撃を再開しようとした。
それに対し、王女と騎士団は近接戦を敢行する。
リラも、空を飛んで援護に向かった。
おれは隣の山から、彼女たちが奮闘する様子を見守るしかなかった。
戦いに出た騎士のうち半数が倒れ、残る者たちも大怪我を負う激闘の末、リラとジルコニーラ王女が甲殻の破損部より内部に突入、α個体の魔臓を至近距離からの攻撃魔法で破壊してみせた。
彼女たちは、半死半生の状態で脱出。
直後、雪魔神と呼ばれる魔物は、全身を脱力させ、倒れ伏す。
巨大な重量の転倒に耐えきれず、雪崩が起きた。
雪魔神の巨体は、深い雪の層に埋まってしまう。
ヤァータの観察によれば生体反応は消失したとのことであるが、掘り起こすには雪解けを待つしかないだろう。
幸いにして、生き残っていた者たちはからくも雪崩から逃げ延び……。
かくして、メラートを襲った雪魔神の災禍は退けられた。
※※※
数日後。
王家が用意した、王宮の一角にある病棟にて。
夕日のもと、医療魔術師による献身的な治療を受けた我が弟子リラが、白いシーツの敷かれた清潔なベッドで眠っている。
穏やかな寝顔だった。
おれはリラのそばの椅子に腰を下ろし、眠り続ける彼女をみつめていた。
全身、ひどい怪我を負っていたのだが、主治魔法医によれば後遺症は残らないはずだ、とのことである。
「追い詰められたような表情をなさっているのですね」
不意に、背後から声をかけられた。
慌てて立ち上がり振り返ると、ジルコニーラ王女がひとりでそこに立っていた。
彼女の方もそうとうな重傷だったはずだが、ぱっとみたところでは、その白い肌に傷ひとつない。
とはいえさすがに憔悴した様子で、初めて会ったときの溌剌で才気煥発な女性という装いはみる影もなかった。
なぜ、背後からおれの表情がわかったのだろう。
訊ねても、まともな返事はこないような気がした。
「弟子のリラを、こうして王宮で手厚く治療してくださったこと、改めてお礼申し上げます」
「これは真の救国の英雄であるあなた方に対する敬意のひとつ、わざわざお礼をいただくようなことではございません」
雪魔神を討伐したのは、ジルコニーラ王女とその部下たち。
公式には、そういうこととなった。
いつものことだ。
狩猟ギルドに所属する狙撃魔術師など、しょせんは傭兵。
名誉を捨てて金をとる、卑しい存在である。
少なくとも、たいていの国はそう認識しているに違いない。
だからこそ、未だに思ってしまうのだ。
リラ、才気あふれるこの少女が、この道に入っていいものかどうか、と。
「おみごとな狙撃でありました、魔弾の射手殿」
「ですが結局、わたしと弟子のちからだけでは雪魔神を仕留められませんでした。仕留めるために、あなたの部下からも被害を出してしまいました」
「あれほどのイレギュラーであったのです。致し方ないこと。帝都の学院でも、あのような形態の生命について、仮定すら聞いたことがございません。これはあなたの落ち度ではない、あえて申し上げるなら、人類全体の知識が足りなかったということです」
人類全体の知識が足りなかった。
彼女の言葉は正鵠を射ているな、と心のなかで苦笑いする。
なぜなら、ヤァータはそういった生き物のありかたに心当たりがある様子であったからだ。
あの、おれの使い魔ということになっている存在は、はたしてどれだけ膨大な知識を蓄えているのだろう。
そのヤァータですら、吹雪が晴れたあと、いくらかの時間をかけての探査を行わなくては、そのありようについて正確な解析はできなかった。
甲殻の内部に魔臓が複数存在する、ということすら気づくことができなかった。
おれたちの住む大陸とは別の場所から来た存在、雪魔神。
これほどの未知に対処できたのは、ただおれたちが幸運だったからに過ぎない。
次に似たようなことがあったら、そのときおれは……この少女を守り切れてるだろうか。
また、おれは大切な者を失ってしまうのではないだろうか。
ただ想像するだけで、ひどく背筋が冷たくなる。
吹雪のただ中にいるかのように、この身に震えが走る。
「ひとつ、申し上げてよろしいでしょうか」
「殿下?」
「傲慢ですよ、魔弾の射手殿。ひとが己の手で守れるものなど、しょせんは伸ばした手の先まで。大切なのは、その者の気持ちと志です」
おれはジルコニーラ王女をじっとみつめた。
ひょっとしたら、睨んでいたかもしれない。
不敬、と首を落とされても仕方がない所業だ。
だが王女は、おれに対して優しく微笑んでみせた。
「本当は、この子に考えなおしてもらうよう、あなたを説得するつもりだったのです。この子の才は、朝日のごとく輝くわたくしほどではありませんが、それでも大陸の財産と申すべきもの。狙撃魔術師として使い潰されるべきではない、と……」
「正直、わたしはいまでもそう思っています」
「ですが、考えを改めました。いまならわかります。彼女には、彼女の気持ちと志がある。それは、わたくしが蔑ろにしていいものではありません」
王女は、ため息をついて肩をすくめる。
「それに、ことの是非はともかく。狙撃魔術師があなたひとりでは、雪魔神の討伐は成し得ませんでした。あの子が狙撃を敢行し、そのあとわたくしに手を貸して、共に甲殻の内部に突入しなくては、討伐は難しかったでしょう」
それは、その通りだろう。
最後まで気が抜けない戦いで、王女たるこの人物ですら死力を尽くす必要があったのだから。
「なにも、魔弾の射手、あなたの弟子だからといって、あの子があなたと同じような戦い方をする狙撃魔術師になる必要はないのではありませんか?」
「狙撃したあと、接近戦を挑むような狙撃魔術師にしろ、と?」
「よほどのことがなければ必要がありません。ですが、今回はそのよほどが起こった。ならば二度目がないとは限りません」
そんなもの、邪道もいいところだ、とは思う。
だがそもそも、狙撃魔術師が戦いに際して選り好みするような存在かといわれれば、けっしてそんなことはない。
そもそも、たったの三十年前に生まれた職種である。
伝統もなにも、あったものではない。
「わたくしは、この子の大成を、たいへん楽しみにしております」
王女は、いいたいことだけをいって、部屋を出ていった。
おれはそのあとも、じっと眠り続ける弟子を眺めていた。
エピソード完!
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