死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
気になった方がおりましたら、この名前でぐぐってみてください。
おれの初めての弟子、リラにとって初めての本格的な狙撃魔術師としての仕事は、予想外の展開となった。
リラの先輩たる王女ジルコニーラ、標的たる雪魔神の予想外の正体。
なにより、三つも存在した魔臓。
それでも、おれたちは無事に依頼を成し遂げた。
おれとリラが城塞都市エドルに戻って来るころには、この第二の故郷ともいうべき土地も冬に呑み込まれていた。
忍耐の季節だ。
具体的には、森に雪が降り積もり、狩人たちがロクに仕事をすることもなく、だらだらと酒場に入り浸る。
この時期の狩猟ギルドの一階は昼から毎日が満席で、ほかの酒場もたいそう賑わいをみせていた。
充分なたくわえをもって冬ごもりに入るのが、一般的な狩人だ。
もっとも全員がそうできるわけではない。
それだけの腕がない者、秋までにサボっていた者、不慮の事故に遭った者……。
たくわえが心もとない人々たちは、雪かきなどの日雇いの仕事を請け負って糊口をしのぐこととなる。
無論、ひと仕事終えて懐も豊かなおれとリラは、悠々とギルドの一階の片隅で、朝から酒を呑んでいるのだった。
今日もウェイトレスの少女、テリサの視線が冷たい。
「なるほど、なんでもできる系天才狙撃魔術女子ですか。ジニー先輩らしい発案ですね」
ジルコニーラ王女と話した内容をリラにそれとなく伝えたところ……。
学院を飛び級で卒業した少女は、薄めた果実酒をぐいと呑み干し、しみじみ呟く。
「さすが、先輩は固定観念に囚われていません」
「皮肉に感じたか?」
リラは首を横に振った。
「先輩は本気でわたしのことを考えてくれてるんでしょうし、師匠だってそうでしょう? 穿った見方をしたら失礼です」
「とはいえ、思うところはある、と」
「そりゃあ、まあ……」
我が弟子は浮かない顔でおかわりの果実酒を頼むと、魔法で水を出して、とぽとぽ陶器の杯に注ぐ。
杯に手を当てて、しばし。
杯から湯気が立ち上る。
杯を温めて、お湯をつくったのだ。
「あっ、師匠もどうぞ」
「いや、おれは冷たい酒がいいんだ」
「もーっ、またそんなこといって。お腹壊しても知りませんよ」
「おまえはおれの母親か」
「えへへー、いい子でしゅねー」
赤ら顔でおれの頭を撫でようとする馬鹿弟子の手を、さっと避ける。
むーっ、と頬を膨らませる少女に、おれは呆れ顔をしてみせた。
「酔いすぎだ。無理におれにつきあうことはないんだぞ」
「酔ってませーん。それに、宿にいても暇ですから」
「今日は教練場も閉まってるしなあ」
教練場、というのは酒場の裏手にあるちょっとした広場だ。
雪が降り積もってしまったとかで、今日は雇われた金のない若手が数名、額に汗を流して雪かきをしているはずだった。
あそこが開いてないと、ギルド員は訓練で暇を潰すこともできない。
当たり前の話だが、町中でみだりに攻撃魔法をぶっぱなすのは犯罪である。
そういうわけで、今日はいっそう、酒場に人が集まっているのであった。
「そういえば、師匠。わたしたちが留守の間に、森の奥の探索があったそうじゃないですか」
「らしいな。まあ、あんな特異種が出たあとだ。念のため、調べるのも当然だろう」
今年の秋、城塞都市エドルのそばの森に、特異種のトロルが現れた。
おそらくは竜とトロルの混血だ。
トロルを生み出した竜が、森の奥の山脈に潜んでいるかもしれない。
今回、領主が予算を出した。
狩猟ギルドとしても、依頼が減るこの時期に大金が入るなら申し分ない。
腕利き十人ほどで組織された探索隊は、山脈まで到達し、雪が降り積もる前になんとか帰還したとのことである。
おれたちがこの町に戻ってくる、数日前のことだ。
リラはテーブルの向こう側から身を乗り出して、おれに顔を近づけ、囁く。
そこまでしなくても、探索の結果なんてこの酒場の者たちはだいたい知ってる気がするんだが……。
「黒竜、いるかもしれないんですって」
「やはりか」
「山の中腹で、酸で溶かされた木々の跡をみつけたそうです」
黒竜は、口から強酸を吐く竜種だ。
赤竜よりもひとまわり小柄だが、そのぶん素早く、頭がよくまわり、邪悪だといわれている。
ヒトを見下しながらも、ヒトの団結を恐れ、ある程度以上におおきな町を襲うことは滅多にないという。
逆に小規模な開拓地の村などを好んで襲うらしい。
つまり弱い者をいじめるのが得意で、強い者からはとことん逃げるタイプってわけだな。
最悪の性格である。
黒竜は、本能的に罠を避ける、といわれている。
あの特異種のトロルが狩猟者たちの待ち伏せを見破ったのも、ひょっとしたらその特性を親から引き継いでいたからなのかもしれない。
黒竜についてのこのあたりの噂は、あのあと帝都からとり寄せた資料に記載されていたものである。
当時はギルド長だって知らなかったことだ。
次に戦うときは、もっと上手く戦えるだろうが……。
特異種のトロルなど、大陸中でも目撃例が極めて少ないからなあ。
先日の雪魔神もそうだが、狩人の獲物とされる存在は千差万別である。
毎回、充分な情報が得られるとも限らない。
おれの場合、ヤァータという使い魔のおかげで情報面でおおきな有利がある。
それがあってさえ、先日はギリギリの戦いを強いられた。
それが、国すら脅かす存在を狩る、ということである。
黒竜もまた、そういった存在のひとつであろう。
国を脅かすちからを持っていながらおおきな町に近づかない、臆病で狡猾な相手となれば、その厄介さはあるいは雪魔神や赤竜よりも上かもしれない。
討伐するとなった場合の話ではあるが……。
「でもご領主さまは、黒竜の討伐には積極的じゃないそうです」
「そりゃ、そうだろうな。直接、自領が脅かされたわけじゃない。放っておけば山奥に籠もったきりかもしれないし、そのうち余所へ行くかもしれない。敵対する領地にでも行ってくれれば、苦労をまるまる押しつけられる」
「それはそうかもしれませんけど……」
「不満か? だが、攻めてくる獲物を待ち構えて狩るのと、こちらから相手の巣に挑むのとでは、危険の度合いも段違いなんだ」
「えーっと、守る方が有利ってやつですよね。兵法書とかにある」
「兵法書は知らないが、たぶんそういうやつだ」
兵法書……あとでヤァータに聞いておこう、と心に誓う。
ヤァータはどこで学んだのか、この大陸の書物をいろいろ知っているのだ。
「学院ではそういうのも習うのか?」
「選択制の講義のひとつですけどね。暇だからいろいろとりました」
「飛び級しておいて、なお暇だから、って……」
恐るべきはこの少女の才能か。
いや、おれとこいつの頭のデキにそれだけの差があることは、よくわかっていたことだ。
「師匠、また自分を卑下しようとしてませんか? わたしは本心で、学院の成績とかどうでもいいと思ってるんですよ」
「できる奴は、よくそういうんだ」
「あーっ、またいじけてる。ほらほら、呑みましょう、呑みましょう」
焦った様子で杯を勧めてくる弟子。
おれはやけになって、中のエールをあおる。
ちくしょう、心がささくれ立つぜ……。
あと、なんでかおかわりの杯を持ってくるテリサの目がいっそう冷たいぜ……。
※※※
ひとしきり呑んでぐだぐだになったところで、おれはリラに、以前から気になっていたことを訊ねた。
「故郷では雪が降らないのか?」
「え? あ、はい。そうですね、こっちほど寒くなることなかったです」
「この前、雪でやたらとはしゃいでたから、ちょっと気になったんだ」
「そう、ですね。話には聞いたことがあったんですけど。だから、ずっと楽しみにしてました」
このあたりも、冬はそこそこ雪が積もる。
帝国は広いから、南部に暮らす民であれば雪をみたことがない者も多いとは聞く。
「そうなんです。子どものころから、ずっと――」
「なるほどな。そりゃ、はしゃぐか。悪かったな」
「いえ、とんでもないです。弟子のわたしが子どもみたいに騒いでいたら、師匠の見識が疑われますよね……」
おまえは充分、子どもじゃないか――といいかけて。
学院の卒業生にそれは、さすがに失礼か、と言葉を飲み込んだ。
しかし、リラはおれの思考をどこまで読みとったのか、ジト目で睨んでくる。
「師匠が、失礼なこと考えてる気がします」
「師匠を疑うなんて、悪い弟子だな」
「ただの疑惑だったらよかったんですけど?」
むう、これはおれの沽券に関わる問題だ。
こめかみをトントンと叩いて、こほん、と咳払いする。
「師匠、ごまかすときの癖ですよね、それ」
「――そんなことはないぞ」
鋭い。
まるで何年もいっしょにいたみたいだ。
それだけ彼女が、観察力に優れているってことか。
おれは両手を軽く持ち上げて、降参のポーズをとった。
「わかった、わかった。ここは話を戻そうじゃないか」
「いいでしょう。師を立てるのも弟子の務めです」
「本当にそう思ってるか……? まあ、いい。きみの先輩がいっていた、狙撃魔術師としては独特なスタイル、実際のところ、どう思っている?」
「戦いの選択が広がるのは、だいじですよね。命の危険が迫っているときに、しのごのいってはいられませんし」
思ったよりずっと、ものわかりがいいな。
「そりゃ、短期間で二度も危険な目に遭えば、実感しますよ。狩りは理屈通りにいかない。だから、手札はあればあるほどいい。じゃなきゃ、いざというときに、自分の命だけじゃない……大切なひとの命を守ることもできない」
「そこまでわかっているなら、おれからいうことはなにもないな」
「師匠が、身を張って教えてくれたことです。二回とも……ううん、あの悪魔に襲われたときを数えれば三度、わたしは師匠に助けられたんですから」
「最初のときはともかく、二回目は仕事だ。この間の件は、そもそも最初の一撃で仕留められないような相手を初陣に選んだおれのミスだ」
雪魔神のとき、もし、おれひとりだったら。
もっとじっくり観察して、ヤァータがすべてを丸裸にしてから攻撃を仕掛けただろう。
それによって王女たちは壊滅したかもしれないし、ひょっとしたらあの王都にそうとうな被害が出たかもしれないが……。
結果的に、あの国を救うことはできたに違いない。
味方の犠牲を容認し、確実に獲物を仕留める。
仕留められそうにないと思ったら、おとなしく身を退く。
たとえ、それによって依頼が失敗したとしても。
それによって、どれほど被害が広がっても。
狙撃魔術師の仕事とは、そういうものだ。
メラートでの仕事は、だから、できすぎだったのだ。
あれを成功体験としては、後々に禍根を残すだろう。
そのあたりも、おいおい説明しておかなければならないが……。
まあ、こんな場所でいうことでもないだろう。
「ところで師匠、わたしお腹すいてきたので秤熊の串焼きを頼みますけど、師匠もなにか、どうです?」
「あー、じゃあ豆煮」
「もっとお肉食べましょうよーっ」
「おいおい、豆は畑の肉、っていわれてるらしいぞ」
「初めて聞きましたって、そんなの」
いや、いってたのはヤァータなんだけどな。
やっぱり誰も聞いたことないかー。
「脂っこい肉より、おれは豆と野菜の方がいい……」
「お肉食べた方が魔力がつくそうですよ? 学院で真面目に研究してたひとが筋肉ムキムキになってましたから、どこまで本当か知りませんけど」
「魔力は筋肉につかないんだよなあ」
「筋肉につくとしても、あんまりムキムキにはなりたくないですねえ。わたし、これでも乙女なので」
「でも肉は食べるのか」
「乙女は肉に恋しているのです。テリサちゃーん、注文お願いしまーす!」
食欲の権化め。
嬉々として串焼きを何本も頼んでいるリラをみて、ため息をつく。
いやまあ、若いのだから胃袋にたらふく詰め込めばいいのだ。
まだまだ成長期なんだろうし。
「師匠、師匠。今日はコッカトリスの腸詰めがあるそうですよ。珍味ですって、珍味」
「いいか、リラ。珍味っていうのは、特別おいしくもなければ、まあまずくもない、くらいの料理に対して使う表現なんだ」
「狙撃さん、商売の邪魔しないでくださいねー」
テリサに怒られた。
理不尽だ。
「いいじゃないですか。わたし、いちど珍味っていうの食べてみたかったんですよ。帝都って、あんまりへんなもの流れてこないですし」
「あー、そういうものか。じゃあ、食べてみればいいんじゃないか」
「師匠は食べたことあるんですか?」
おれは首をかしげた。
そういえば、ないかもしれない。
「じゃあじゃあ、いっしょに食べましょうよ!」
「まあ、そうだな。挑戦してみてもいいか」
「そういうことで、テリサちゃん、コッカトリスの腸詰めふたつ!」
「はーい、コッカトリスの腸詰めふたつ、入りまーす!」
やれやれ、とおおきく息を吐く。
自分ひとりだと、毎回、無難にいつも食べているものばかり頼んでしまうのだ。
いつの間にか、食事に冒険など求めなくなってしまっていた。
親しい者と料理を共にすることも、ほとんどなくなってしまった。
「たまには、いいか」
わくわくしながら厨房を眺めているリラの横顔をみる。
リラは、おれの視線に気づいたのかこちらに振り返ると、にっと笑顔をみせた。
「コッカトリス、楽しみですねえ、師匠」
「そうか。――ああ、そうだな」
忘れていたことに、気づく。
おれにも、まだこんな気持ちが残っていたことに気づく。
胸の奥が少しだけ温かい。