死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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そういえばちゃんと説明してなかった気がする、おおざっぱな戦力比の話


第13話

 帝国は広大だが、中心の帝都から辺境の城塞都市エドルまで、きめ細かな交通網が行き届いている。

 ほかの国では、雪が降り積もると角鹿馬車などの特別な乗り物でもない限り、交通が途絶してしまうらしいが……。

 

 この帝国では、違う。

 こまめな街道の整備と、常備兵及び季節労働者による地道な雪かきによって、真冬においても中央との連絡が途切れることはない。

 

 このへんは冬で仕事がなくなる民の救済、雇用創出という側面もおおきいと以前、聞いたことがある。

 農村においても、収穫が終わったあと余裕のない貧困層の若者を中心として、この道路整備の仕事に志願してくる人々は毎年かなりの数に上るらしい。

 

 けっこうな重労働なのだけれど、それでも近隣の領主が主体となっているから、一定の賃金は保証される。

 踏み倒されるおそれがなく稼げる労働というのは、重要な条件なのだそうだ。

 

 辺境の領主としてみれば、交通網の整備は、緊急時の己の身の安全に関わってくる。

 具体的には、他国からのちょっかいとか、大規模な盗賊団の流入とか、はたまた餓えた魔物の出現とかであった。

 

 特に厄介なのが、魔物だ。

 一部の魔物は、衛兵隊では手に余る。

 

 場合によっては帝都の狩猟ギルドに応援を頼み、特別な狩りの人員を派遣してもらうこととなる。

 街道の安全は死活問題だ。

 

 そのしわ寄せがどこに寄っているかというと……。

 領主の寄子である騎士たちだ。

 

 

        ※※※

 

 

 冬の城塞都市エドル、酒場にて。

 数名の男たちが、荒れた様子で酒をあおっている。

 

 おれはひとり、少し離れた端の方のテーブルでちびちびと酒を呑んでいた。

 いつもの狩猟ギルドの酒場ではなく、町の中央にほど近い、少し相場がお高い酒場である。

 

 狩猟ギルドの酒場が満員だったのだ。

 弟子のリラは、真面目に教練場に通って、訓練にいそしんでいる。

 

 最近、彼女はどこに行くにもついて来たがる。

 今日はせっかくひとりなのだから、とほかの酒場に繰り出したのだが……。

 

 タイミングが悪かったようだ。

 口調も荒く、大声で職場の愚痴を垂れ流しながら悪酔いしている男たちは、どうやら周辺の村を預かる壮年の騎士と、その従者たちのようであった。

 

 彼らの話に耳を傾ければ、村の周辺にある街道の補修について領主に相談を持ちかけるためこのエドルに赴いたところ、先約が多く面会は数日後になってしまっているとのこと。

 くだらない陳情よりも、普段、身を粉にして働いている自分たちを優先するべきだ、まったくけしからん……。

 

 そんなことを、一行の代表であろう四十代後半の大男が大声で叫び、従者たちが追従している。

 いやまあ、気持ちはわかるよ、気持ちは……。

 

 でもなあ、ここの領主であるエドル伯さまがめちゃくちゃ真面目に執務をしている、というのはいろいろなところで聞いているしなあ。

 領主の妹であるメイテルさまもお忙しい方で、たまにお会いすると、目に濃いクマができていることが多い。

 

 エドルでは、先日のトロルの特異種を討伐する際も兵と報奨金を出し惜しみすることなく、きっちりと後詰めまで考えた差配をしていた。

 若いころはあちこちを旅したおれだが、この地の貴族はよくやっていると掛け値なしにいえる。

 

 あいつのこともあれど、おれがこのエドルに腰を落ち着けた理由のひとつは、この領主に対する信用である。

 世のなか、それができない領主がめちゃくちゃ多いのだ。

 

「だいたい、ご領主さまは我々のことをどう考えているのだ。特異種のトロルがどうの、黒竜がどうのと、あんなもの我らにひと声命じてくれれば、たちどころに剣の錆にしてくれよう!」

 

 いさましい代表の男の宣言に、そうだそうだと同意の声があがる。

 なんともはや、まあ、酔っ払いの戯言であるからなあ……。

 

 と、聞き流していたおれではあるが、酒場には聞き流せない生真面目な者もいたようだ。

 彼らの近くのテーブルにいた男たちのひとりが、ぼそりと呟く。

 

「呑気なもんだぜ。あれを実際にみてないから、そんなことがいえるんだ」

 

 私服ではあったが、体格とものごしから判断するに、たぶん衛兵隊の者たちなのだろう。

 彼だって特異種との戦いを実際にみたわけじゃないだろうが、特異種騒動の後始末には衛兵隊のほぼ全員が駆り出されたはずである。

 

 毎回、お仕事ごくろうさまです。

 おれは狙撃を一発やったら、それで終わりだからなあ。

 

 裏方で働いてくれているひとたちには、頭があがらない。

 わりと本気で、そう思っている。

 

 とはいえ騎士たちとしては、当然面白くないわけで……。

 

「おい。いま、なんていった?」

 

 席を立った騎士とその従者たちが、衛兵隊の者たちにからみはじめる。

 

 衛兵隊の方が身分としては下だが、彼らとてこの町の治安を預かる身、相手が騎士程度なら、という思いがあるのだろう。

 立ち上がり、売り言葉に買い言葉で次第に声がおおきくなる。

 

 共に四人ずつ、睨みあう。

 酒場のなかは、一触即発の雰囲気となった。

 

「だいたい、おれは前から気に入らなかったんだ。おまえら町のなかでぬくぬくとしているやつらは、村を守ることのたいへんさをてんでわかっちゃいない」

 

 騎士がそういえば、衛兵隊の面々も「なんでご領主さまが、即日で特異種の討伐に動いたと思っているんだ。あの化け物が付近の村を襲わないようにというご配慮だろう」と反論する。

 

「だからこそ、おれたち騎士を招集するべきだったんだ」

「そんな暇があるものか。それに、結局、決定打はご領主さまの狙撃魔術師だ」

「狙撃魔術師がなんだ。あんなやつら、こそこそ隠れておれたちを盾にすることしかできない臆病者だろう」

 

 そうだよ、臆病者だよ。

 だからあんたたちのことは、いつも尊敬しているよ。

 

 と考えながら、知らぬそぶりで陶器の杯を傾ける。

 それぞれに役割があって、皆が懸命に努力したからこそ、いまの平穏があるのだ。

 

 だからおれは、どちらかに肩入れしたくない。

 どうかこのまま、穏やかに酒を呑ませて欲しい。

 

 そう願っていたのだが……。

 酒場が開き、金髪碧眼の少女が元気よく入ってくる。

 

「ししょーっ! 今日の訓練はおしまいでーす! さあっ、気合入れて呑みましょーっ!」

 

 我が弟子、リラだった。

 天才となんとかは紙一重、という言葉があるらしい。

 

 ヤァータから聞いた話だ。

 あのときは腑に落ちなかったが、いまならよくわかる。

 

 モメていた八人の視線が、一斉にリラに降り注ぐ。

 だがリラは、ほへ、とした顔できょろきょろすると、おれをみつけてわーいと呑気に手を振った。

 

「ししょーっ! そこにいたんですねー!」

 

 おい馬鹿、おれはひっそりと酒を呑んでいるんだ。

 今日のおれは孤独を愛する男なんだ、近寄るんじゃねえ。

 

 という心の声なんぞこれっぽっちも聞こえてない我が弟子は、えへらと笑って、狭いテーブルの間をすり抜けてくる。

 

「あー」

 

 衛兵隊のひとりが、リラの顔をじっとみて、ぽんと手を叩く。

 

「あの子、特異種のトロルを仕留めた子か」

「は? あんなちんちくりんのガキが?」

 

 騎士が、顔をしかめる。

 けっ、と床に唾を吐く。

 

「やっぱり、たいしたことない特異種だったんじゃねえか」

「違うんだって、あの子は……」

「はっ! お笑い種だぜ。あんなガキが仕留められるような奴を相手に、おまえらは怖い怖いって怯えていたのかよ。っていうか、あんなガキの師匠なんてどうせぼんくらの豚野郎……」

「あっ」

 

 こちらに歩いてくるリラの脚が、ぴたりと止まる。

 少女は、ぎぎぎ、と騎士たちの方を向く。

 

 彼女の顔はおれの方からみえなかったけれど、衛兵隊の者たちが一斉に、ひっ、と押し殺した悲鳴をあげた。

 騎士の方は、いっそう馬鹿にしたような表情をしているが……。

 

「いま、なんていったの?」

 

 リラが、ゆっくりと騎士に近づいていく。

 衛兵隊の四人が、危機を察して素早く後退した。

 

 見事な危機察知能力である。

 おれは、リラの右手が小刻みに動いていることに気づいた。

 

「おい、馬鹿っ! ここで魔法なんて使ったら……」

 

 おれは慌てて立ち上がる。

 だが、遅かった。

 

 そういえば、彼女はどこぞの王女殿下とふたりで、なんかコンビユニットとして帝都でぶいぶいいわせていたらしいことをいまさらながらに思い出す。

 あれはつまり、それだけ喧嘩っ早かった、ということなのだろう。

 

 普段のひとなつっこい様子で忘れていたけれど。

 リラという少女は、弟子になると決めたら突っ走る、たとえ貴族が相手でもなんの躊躇もない、という直情径行極まれりな人物なのである。

 

「ねえ、いま師匠のこと馬鹿にした?」

「はっ、お嬢ちゃん、そいつはおれにいってるのかい? こっちじゃちやほやされているかもしれんが……」

「そう、ふーん」

 

 リラは騎士の前に立つ。

 背丈は、頭ひとつぶん以上、相手の方が高い。

 

 騎士の方はがっしりとした身体つきをしているのに対して、リラは華奢で、触れただけで折れてしまいそうにみえる。

 まあ、おれは彼女が身体中に魔力を張り巡らせているときの頑丈さを知っているし、そもそも魔術師をみためで判断している時点で二流、どころか三流なのだが……。

 

「よくみたら、あなたの方が豚みたいじゃない。お鼻がおおきいのは、いつもぶうぶう鳴いてるからなのかな?」

「はっ、おれは女だからって容赦はしないぜ」

「どう容赦しないの? やってみれば?」

「後悔するんじゃねえぞ!」

 

 騎士は、振り上げた拳をリラの頬に叩きこんだ。

 少女はしかし、軽く左手を持ちあげて、その拳を平手で防ぐ。

 

 騎士は、拳をあっさりと受け止められて、驚愕の表情になる。

 あの男もきっと戦場では相応の活躍をするのだろうが、しかし相手が悪い。

 

「一発、もらったから」

 

 反対側の右手が、青白く輝いた。

 

「一発、お返しするよ」

 

 

        ※※※

 

 

 原初の時代。

 まだ神がヒトと共に暮らしていたころ。

 

 神とヒトが交わり生まれた子らには、魔力が宿っていたという。

 これら魔力を持つヒトは、神人と名乗り、神の教えのもと、ヒトを導いた。

 

 やがて神は去り、神人たちは王と名乗って民を統治した。

 王政のはじまりである。

 

 王と民の交わりの結果、魔力を持った子が次々と生まれ、彼らは貴族と名乗って王の統治を手助けした。

 貴族たちは、ときに王の地位を奪い、ときに王から独立して自らが王を名乗り、その血を大陸各地に拡散させていく。

 

 いまでは、民のうち少なくない者が魔力を持つまでに至っている。

 騎士と呼ばれる者たちもまた、魔力の持ち主だ。

 

 騎士はたいていの場合、村ひとつを統治し、周辺の村を統括する領主に仕える。

 ひとたび戦が始まれば、従者数名と共に領主のもとにはせ参じ、身体強化の魔法を使い魔力のこもった刃を振るって、己と領主の敵を討ち滅ぼす。

 

 魔力を操る騎士たちは、戦場の主力だ。

 だがたいていの場合、純粋な魔力の量では貴族におおきく劣る。

 

 これは血の純度のせいであるとも、貴族たちが魔力を鍛える術を秘匿しているからであるともいわれているが……。

 実際のところ、魔力がある者はより高位の貴族となるから、というのが確からしい答えであるように思える。

 

 成り上がり、ということである。

 そのような例は、長い歴史を持つ帝国でも枚挙に暇がない。

 

 裏返せば、騎士としてある程度の年齢までいってしまったこの男の魔力は、たかが知れているということだ。

 無論、騎士の戦いとは魔力だけで決まるものではないのだが……。

 

 大人と子どもほどもちからの差がある相手であれば、どうだろうか。

 多少の技量の差など歯牙にもかけないほどの魔力差があるとすれば、どうだろうか。

 

 

        ※※※

 

 

 リラは光る右手を持ち上げ、あっけにとられる騎士の頬を軽く、ぱんっ、と張る。

 魔力が乏しい従者であれば、視認することもできなかったに違いない、それほどに素早い一撃だった。

 

 騎士の身体が、横に吹き飛んだ。

 酒場の壁に頭から突き刺さり、そのまま動かなくなる。

 

 酒場のあちこちで悲鳴があがった。

 

「だからいったのに……。この子、帝都の学院あがりって有名なんだから」

 

 衛兵隊の者たちが、一斉に額に手を当てる。

 そりゃまあ、普段は学院の卒業生の証である赤いローブをまとっているからなあ。

 

 今日は訓練のあとだからか、ローブがないけど。

 おれは仕方がない、と彼らの方に歩いていく。

 

「あー、いまのは弟子の不始末です。申し訳ありません」

「あ、あなたは……。あなたがこの子の……そうでしたか」

 

 さっきまでおれが座っていた場所は、彼らの位置からではよくみえなかったのだろう。

 そんな暗がりにいるおれを、外から入ってきて一発でみつけ出したリラの目がおかしい。

 

「ええと、はい、どうも? え、おれのことをご存じで?」

「我々、別邸の警護をしておりまして」

 

 あ、領主の妹であるメイテルさまの配下か。

 そりゃ、あのお屋敷になんどか呼ばれてるおれのことを知っていてもおかしくはない。

 

 そして、メイテルさまに招かれる謎の狩猟ギルド員と、そこの馬鹿弟子の師であるおれが頭のなかで繋がらなくても仕方がない。

 

「とりあえず、いまの場面、そっちの騎士が先に手を出した、ってことでいいですよね」

「ええ、もちろんです。我々が証人となります」

 

 騎士の連れがぎゃあぎゃあいってるが、それは無視して衛兵隊の者たちと二、三打ち合わせをする。

 やってしまったものは仕方がないので、あとはことを穏便に済ませるため、どう権力を利用するか、だ。

 

「そもそも、学院の卒業生は騎士位に準じる、と帝国法にもあります。身分でどうこうはいわせません」

「なるほど、ではそのようによろしくお願いいたします。おい、リラ」

「えーと、師匠。いまのって、駄目だった流れ?」

「駄目だった流れだ、といいたいが……」

 

 おれはため息をついた。

 

「おれの名誉を守ろうとしたんだろう? それは嬉しいよ」

「わーい」

「だが、ときと場合は考えろ」

「はーい……」

 

 子どものように喜んだあと、こんどは幼子のようにしょんぼりするリラ。

 そんな彼女をみて、おれはつい、笑ってしまった。

 

「別の店で呑み直そう。店主、詫び賃だ」

「はーいっ」

 

 壁の修理代を含め多めに金を置いて、酒場を出る。

 リラが、てけてけと嬉しそうについてきた。

 

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