死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第14話

 冬のさなか、混み合った酒場の片隅で、常連の狩猟ギルド員と相席して呑んでいたときのことである。

 

「狙撃の旦那なら、黒竜を倒せるのか?」

 

 ひとりが、おれをみて、なにげない口調でそう訊ねてきた。

 

 その日、リラは不在であった。

 おれはギルドの酒場で、古株のギルド員が集まる一角に招かれ、彼らと杯を重ねていたのだ。

 

 話題は尽きなかった。

 次の春をどう迎えるか、新人たちの誰が有望なのか、どこの娼館の誰がいいか、ウェイトレスのテリサちゃんの成長具合はどうか(ここだけ小声になった)、隣国の様子はどうか、ご領主さまが体調を崩したらしい、ジェッドの妻はどこまで増えるのか、そして……。

 

 特異種のトロルのことも、話題となった。

 古参のギルド員ともなれば、公式には領主の配下がやったということになっていても、あのトロルに一撃を加えた狙撃魔術師が実はおれだということは薄々悟っている。

 

 そのうえで、彼らは聞いてきているのだ。

 特異種のトロルをつくり出した黒竜は、はたして討伐できるものなのか、と。

 

「狙撃が黒竜の鱗を貫けるかどうか、という話であれば、貫くことは可能だ」

 

 おれは慎重に言葉を選んで返事をした。

 卓につく四人の髭面の男たちを見渡す。

 

 誰もが押し黙っておれの話を聞いていた。

 雑談のついで、という様子ではあったが、彼らも本音では、喉から手が出るほどその情報を欲しているのだ。

 

 自分たちの生活の基盤を守る算段が、どれだけあるのかということを。

 もし黒竜という暴威が目の前に現れたとき、生き残る可能性がどれだけあるかということを。

 

「たしかに、おれは竜を討伐したことはある。ただしそれは、おれひとりのちからじゃない。国が、全力を挙げて支援してくれて、それでようやくというところだ。莫大な金貨を投資した罠を張ってもらった。竜の注意を引きつけて狙撃の前提を満たすためだけに、多くの者が命を使い捨てた。竜を屠るとは、そういうことだ」

「黒竜は狡猾だって話だな」

「罠を敏感に見破るって聞く」

「あのトロルも、おれたちの待ち伏せを見破った」

 

 壮年の男たちが、口々に語る。

 少なくとも、竜が無傷で勝つのは難しい相手だということは理解した様子だ。

 

「そもそも、黒竜がこの町を襲う可能性は低いんじゃないか。狡猾な奴なら、帝国を相手にすることの意味を理解しているだろう」

 

 おれはそういってみた。

 男たちのひとりが、皮肉に唇の端をつりあげる。

 

「いつも最悪の場合を考えていないやつが、この歳まで生き残っているものかよ」

 

 彼らは魔物という存在がいかに厄介か、身に染みて理解している。

 魔物を侮る者など、ひとりもいない。

 

 その狡猾さも、生き汚さも。

 ましてや相手は、生き物の頂点のひとつといわれる竜なのだ。

 

 故に、もっともだ、と皆でげらげら笑う。

 おれも苦笑いで同意を示した。

 

「とはいっても、偵察したやつらの結論は、山の麓までは、なんだろう?」

 

 活動の痕跡があったのは、山脈の向こう側だ。

 放っておけば、別の領土を襲う可能性が高い、と判断された。

 

 ならば自分たちから手を出して、逆鱗に触れることはない。

 狩猟ギルドとしての結論は、すでに出ている。

 

「それでも万一のことを考えるなら?」

 

 ひとりが、またおれに訊ねてきた。

 少し考えて返事をする。

 

「そうだな、まず、なんとかして動きを止める」

「それができりゃあ、苦労はねえだろう」

「黒竜は、ほかの竜ほどのちからはないらしい。そのぶん、身軽という話だ。地上に引きずり下ろすことができなければ、当てるものも当てられない」

 

 これは、ヤァータから聞いた話である。

 おれも少し気になったので、ヤァータの観測結果を訊ねてみたのだ。

 

 山脈の向こう側にいるという黒竜の存在は確認できなかったようだが、以前、別の場所で捕捉したという黒竜のデータが残っていたらしい。

 その個体と、秋のはじめに退治した赤竜と全高、体重、身体能力などを比較した結果である。

 

 もっともあの赤竜は、数千人の兵と数万人の民を殺し、その十倍の民に被害を与えたほどの、とびきりの災禍であった。

 

 赤竜を油断させるためだけに、かの国は町ひとつを生贄として差し出した。

 狙撃に絶対を求めるとなれば、そこまでする必要があるのだ。

 

「結論から申し上げますと、あなた単独での狙撃では、成功の可能性が限りなく低いと考えられます」

 

 それが、ヤァータの結論であった。

 おれとリラの二段構えでも、ほとんど確率が上がらないという。

 

 竜を斃すとは、そういうものなのだ。

 生き物としての格が、あまりにも違いすぎる。

 

「なら、時間を稼ぐ方法を考えた方がいいだろうな」

「帝都に応援を求めるわけか」

 

 おれの言葉に、熟練の狩人たちはすぐ反応を示した。

 自分にできること、できないこと、それらを熟知している彼らだからこそ、応援、という発想がただちに出てくる。

 

 見切りをつけて、潔く退く。

 それができなければ、彼らはここまで生き残って来られなかったに違いない。

 

 血気盛んな若者たちとのいちばんの差である。

 おれがこれからリラに教えなければいけない、本当の知見でもある。

 

「ここのご領主さまが帝国に仕えて高い上納金を払っているのも、いざというときのためだ」

「違いない。災禍を退けられない国に価値はない」

「無敵の帝国軍にお越しいただく、ってわけか」

 

 帝国が軍をあげて竜を追い詰めた記録は、いくつかある。

 もっとも、実際は帝都の狩猟ギルド本部と連係しての作戦であったらしいが……。

 

 結果として、いずれの場合においても竜の討伐に成功している。

 場合によっては他国に逃げた竜を追いかけて、もののついででその国を滅ぼしてまで。

 

 ここまでくると、面子の問題なのだ。

 帝国に喧嘩を売るとはどういうことか、とことんまで認知させる必要があるということである。

 

 そういった歴史的な経緯の末、帝国から竜は駆逐された、はずであった。

 先日の赤竜のように、ほかの小国にちょっかいをかける竜は存在すれど、彼らは賢明にも帝国には近寄らない。

 

 今回の黒竜は、どうなのだろうか。

 特異種のトロルを生み出し、それを放ったという程度では帝国軍が総力を挙げてくることはないと、たかをくくっているのはまちがいない。

 

 では、帝国辺境の山脈に潜んでいるのは?

 そこから時折、隣国に餌をとりにいくのは?

 

 黒竜としては、きっちりとそのへんの越えてはいけない線を見極めているつもりなのだろう。

 それがはたして、本当に帝国の思惑と合致しているかどうかは定かではない。

 

「まあ、いまのままなら帝国軍が出張るような事態にはならないだろう」

「なるほど、な。狙撃の旦那のいう通りかもしれん。ここらの近隣の国は、どこも帝国に及び腰だ」

 

 おれの言葉に対して、年長の狩人が言葉を引き継ぐ。

 

「どの国も国境問題なんて起こしたくはない。黒竜としては、安全な場所に引きこもっているつもりなんだろうさ」

「あの山脈はどこの国のものでもないが、あの山脈にどこかの軍が侵攻すれば帝国としても黙っちゃいられない、か」

「なら、おれたちがちょっかいをかけなければ大丈夫ってことか」

「また特異種がやってくるようなことがなければ、な……」

 

 一同が押し黙る。

 おれもエールが入った杯をあおった。

 

「二度目があれば、領主さまも帝都に応援を求めるだろう。黒竜としても、その危険は冒せまい」

 

 彼らの言葉は、そうであって欲しい、と願っているかのようだった。

 実際のところ、森に潜るのは彼ら狩人であり、特別な魔物の出没に際してまっさきに被害に遭うのも彼らなのであるから。

 

 結果的にエドルが脅威を退けることができたとしても、己が命を失ってしまっては、元も子もない。

 彼らのなかには家庭を持ち、子がまだ巣立っていない者もいるのだ。

 

「いずれにせよ、春になってからのことか」

 

 特異種のことなど、いちいち考えていても仕方がない。

 魔物はほかにもさまざまに存在するし、山脈に潜む脅威も黒竜だけではないだろう。

 

「それこそ、ある日突然、建国帝のような勇者さまが現れて黒竜を退治してくれるかもしれねぇしなあ」

 

 狩人たちは、己の不安を呑み込むように、杯を重ねた。

 おれも彼らに習い、臨時雇いのウェイトレスにおかわりを頼む。

 

 

        ※※※

 

 

 翌日のこと。

 少し用事があったため、夕方になって初めて、リラとふたりで狩猟ギルドの酒場に足を踏み入れた。

 

 酒場は、いつになく異様なざわつきを示していた。

 聞けば、勇者を名乗る銀の鎧をまとった男が現れ、黒竜についての情報を聞いて出ていったのだという。

 

「黒竜を討伐する、っていってたぜ。グリットガラード、って名乗っていた」

 

 若いギルド員の言葉に、リラが反応を示す。

 

「知っているのか」

「うん、師匠。グリットガラードさまは、帝都で有名な放浪騎士だよ。岩巨人の討伐を吟遊詩人が詩にして、それが帝都中に広まったんだ」

「なるほど、魔物狩りか」

 

 放浪騎士とは、領地を持たない自称騎士のことだ。

 だいたい傭兵と同じであるが、金よりも名誉を求める点に違いがある。

 

 まあ、己の名を高めればどこかの貴族に雇われて、後々、領地を持てる可能性があるしな。

 たいていの放浪騎士は貴族の三男坊以降の生まれで、剣の腕だけでなく、身体強化魔法を行使するのに充分な魔力を持っている。

 

 そして放浪騎士の一部は、魔物狩りを専門としている。

 昔はずいぶんな数の放浪騎士がいて、ひとたび人類の天敵が出現すれば、己の命も顧みずにこれの討伐に赴いたという。

 

 狩猟ギルドには所属せず、ただ人々のために力を尽くす。

 彼らのことを魔物狩りと呼び、人々は敬意と畏怖をもって接した。

 

 いまから何十年も前のことである。

 

 現在?

 そういう役目は、だいたい狙撃魔術師にとってかわられてしまったよ?

 

「そのなんとかさまは、ひとりで黒竜を退治する気なのか……?」

「そうなんじゃないか。高名な魔弾の射手にとられる前に、われこそはー、とか叫んでいたぜ」

「その魔弾の射手とかいうやつ、別に黒竜退治に出向く気はないんじゃないかな……?」

 

 というか依頼もないのにわざわざ危険な魔物の相手をするものかよ。

 そのとき酒場にいたギルド員たちは、皆、他人事で「賞金も出ない魔物を狩ってもなあ」と話している。

 

 一般的な狩猟ギルドの人々の反応など、こんなものだ。

 いやまあ、本当に黒竜を退治できれば、その貯め込んだ財宝や竜の鱗などの素材だけで、一生を遊んで暮らせるくらいの金が手に入るとは思うが……。

 

「グリットガラードってやつ、まだ町にいるのか?」

「情報だけギルド長に聞いたら、五人くらいの仲間といっしょに出ていったぜ」

 

 なるほど、せっかちな奴だな……。

 いや、別に顔を合わせたくもないからいいけども。

 

「そいつらが黒竜を退治してくれれば、ひとつ心配事も減るんだがね」

 

 古参のひとりが、たいして興味もなさそうに、そう呟く。

 まあ、期待はせずに吉報を待つとしようか……。

 

 

        ※※※

 

 

 十日ほど後。

 グリットガラードの仲間のひとりが帰還した。

 

 狩猟ギルドに赴いた彼は、酒場の戸口に立ち、けたけたと大声で笑いながら告げた。

 

「愚かな下等生物どもよ。我が安寧を妨げた罪、万死に値する」

 

 最後の言葉をいい終えた瞬間、男の肉体ははじけ飛び、粉々の肉片となってギルドの床と壁を汚した。

 

「呪いだよ。とっても強力な呪い」

 

 おれと共にその光景をみていたリラは、結界を張ってテーブルを飛び散る肉片から守ったあと、低い声でそう呟いた。

 

 

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