死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
魔法は、ヒトだけが持つちからではない。
魔力を持ち、適切な手段で学ぶことができれば、理論上はどんな種族でも魔法を行使することが可能である。
竜が魔法を使うことは、吟遊詩人の語る英雄物語でも有名であり、これはおおむね事実だ。
もっとも闘争においては、彼らのその強靭な肉体を武器にした方がよほど有利であるし、口から吐きだす炎や酸はたいていの敵対者を消し飛ばすには充分であった。
竜が使う魔法の大半は、主に戦い以外で用いられる。
たとえば喉の渇きを覚えたときに水を生み出したり、巣穴をつくるため壁に穴を掘ったり、矮小な生き物と会話するため頭のなかに声を送り届けたり、といった魔法だけでも日々の生活を快適にするのだ。
ヤァータは「
わかっているなら、日々あいつの戯言を聞くおれの生活の質についても少しは考慮して欲しい。
閑話休題。
魔法の習得は、リラのような一部の特別な才能の持ち主を除いては、たいへんな困難を伴うものだ。
だからこそ帝国は各地に学院をつくり、その過程を技術として体系化し、魔術師の増加を国として奨励してきた。
それでも、充分な数の魔術師を輩出しているとはいえない。
おれのように才能を見限られて放り出される者は数多い。
才無き者にとっては、ひとつの魔法を習得するだけで数年を要することもまれではないのだ。
しかしそれは、数十年という限られた時を生きるヒトにとっての感覚である。
竜にとっては、違う。
たとえ魔法ひとつの習得に数年を要したとしても、それは以後の長い生を考えれば充分、割に合う。
竜の寿命は、数百年とも数千年ともいわれているのだから。
無論、すべての竜が好んでそのような苦労を背負いこむとは限らないし、個体によっては魔法が不得手であることもあるだろうが……。
それは、ヒトとて同じである。
故に、狩猟ギルドの辞典にはこう記されている。
竜は魔法を使う、よくよく注意するべし、と。
実際のところ、注意したところで対処できるかというと、それはまた別の問題なのであるが……。
※※※
グリットガラードという放浪騎士が黒竜に挑み、あえなく玉砕した。
この人物と共に挑んだ仲間のうちのひとりは伝令役として最寄りの町、すなわちおれが住む城塞都市エドルに返された。
その人物は、黒竜とおぼしき存在の伝言を狩猟ギルドの面々に告げたあと……。
爆発四散した。
文字通り、内側から弾け、血と肉と臓物をギルドの酒場にまき散らしたのだ。
我が弟子リラは、それが強力な呪いによるものであると看破した。
おそらくは、黒竜のかけた呪いである。
呪い、とはなにか。
魔法の一種で、対象に条件付けを施して操作するもの、と学院では規定されている。
このあたりについて詳しいことを、おれは知らない。
呪いの研究は、帝国における禁忌のひとつであるからだ。
百年以上前の皇帝が呪い殺されたから、というのがその理由のひとつであるらしい。
学院の一部では、対抗魔法の研究のため、いまも呪いの研究が細々と続けられているらしいが……。
その成果が一般に流布されることはないだろう。
ちなみにリラは、呪いについて基礎的なところだけ講義を受けたという。
「だいたい理屈はわかったから、自分で応用してみようと思えばできると思う」
と頭のおかしいことを語っていた。
こいつの無意識の天才性マウントはいつものことなので、あまり気にしないでおく。
ヒトが内部から爆発する凄惨なありさまと酒場にたちこめる臭気に屈強な狩人たちも揃って顔を蒼ざめさせるなか……。
彼女はひとり、飛び散った肉片のひとつを手にとり、じっと眺めて「すごいね」と呟いた。
「なにが、すごいんだ?」
「術式。学院の上澄みたちが総出でやっても、十年や二十年の研鑽じゃ届かない、洗練された領域。よっぽど呪いに詳しい変わり者だよ。独力で開発するなら、いったい何千年かかるか……」
「これをやったのが、竜じゃないと?」
リラは首を横に振った。
「魔力の残り香だけじゃ、種族まではわからないよ」
いまさらになって、ギルド長の娘のテリサが、かん高い悲鳴をあげ床に倒れた。
続いて、臨時雇いの少女たちが次々と悲鳴をあげる。
※※※
清掃のため、数日、酒場は閉鎖となった。
冬の寒空に放り出されたおれたち狩猟ギルド員は、別々の酒場に散る。
彼らを通して、グリットガラードの悲惨な末路は、たちまち町中で話題となった。
リラは、少し調べたいことがある、といい残して、毎日朝から宿を出ていった。
そして、おれは……。
今日も、宿でひとり、使い魔ということになっているカラスのヤァータと話をする。
「呪いとは、魔力を用いたウイルスですね」
「ウイルスとはなんだ?」
「目にはみえないほどちいさな感染性の構造体です」
「生き物なのか?」
「いえ、生物とはみなされません。そもそも生物の定義とは……」
「小難しい話はいい。それで、そのウイルスというのはどう防げばいい?」
呪いの魔法を防ぐ方法は、ある程度、一般にも公開されている。
帝都まで赴けば、呪い除けの魔道具、と謳われるものがいくつも売られている。
とはいえ、それらが本当に役に立った、という話は聞いたことがない。
そもそも呪いをかけられた、という者たちが本当に呪われていたのか、というのも定かではないのだ。
帝国以外のたいていの国でも、呪いの研究は禁じられている。
ほとんどの者は、たとえ魔術師であっても、なにが呪いかを判別することなどできないのである。
「ウイルスは体内の細胞の情報を書き換え、乗っとって自己増殖します。対策は情報の書き換えを阻止する方法がひとつ、書き換えられた情報をもういちど、もとに戻す方法がもうひとつです。呪いの魔法と称される爆発した男の細胞を確保し、解析しました。抗体を作成し、さきほどご主人さまの身体に注入しました」
「対策済みか。いや、注入した? 聞いてないんだが?」
「いま報告いたしました。毎年、ご主人さまが流行する病にかかりにくくなるよう、随時体内のナノマシンで対応しています」
「それも許可してないんだが? いや、助かる話ではあるが……」
「使い魔として、ご主人さまをお守りする権限の範囲内と認識しております」
勝手に認識しないで欲しい。
やはりこの使い魔もどき、好き勝手させるとロクなことをしない。
「魔法について、わたしの持つデータベースはこの星に来てからのものだけです。対策が限定的になることをお許しください」
「おまえは神ではないし、おまえが万能だなんてことも、はなから思っちゃいない。期待以上ではあるよ」
「引き続き、呪いという魔法について分析を進めます」
呪いについて、おれができることはこれですべてだ。
相変わらずのひと任せだが……。
そもそも、他人がお膳立てしてくれなければなにもできないのが狙撃魔術師だ。
なにもかもを手に入れようなんざ、はなから思っちゃいない。
うちの弟子?
天才と凡才を比べるのはやめようか。
※※※
町中で奇妙な病が流行り始めた。
ひどい高熱が出る病で、だいたいふたりにひとりが死に至る。
身体が弱い者ほど症状が重く、特に乳幼児の死亡率が高い。
同じ軒で暮らす者に高い確率で伝染するらしい。
もとより、冬は民が家に閉じこもりがちだ。
場合によっては、一家の誰も出てこないことにまわりが気づかず、強引に鍵をこじあけてみたら全滅していた、などということもあったとか。
この病の厄介なところは、医療魔法の効果が薄いことであった。
具体的には一時的に熱を下げることはできるのだが、病そのものにはなんの効果もないようなのである。
とある酒場で常連が一斉に感染し、その家族も倒れたという話があった。
噂はたちまち広がり、町の酒場はすっかり寂れてしまった。
狩猟ギルドの酒場も営業を再開したというが、ギルド員たちはさっぱり集まらないという。
まあ、無理もない。
誰だって死にたくはないし、家族がある者なら、家族が苦しむさまをみたくはないと考えて当然である。
屈強な狩人だって、勇敢な衛兵だって、もちろん騎士や貴族だったとしても、病を前にしては等しく無力だ。
弟子のリラも、ギルドに姿をみせない。
あいつに限って、病にかかっちゃいないだろうが……。
いや、優秀な魔術師だって、病にはかかるのか?
あとで様子をみにいくか。
「うちとしては、踏んだり蹴ったりですよ」
おれ以外客のいない酒場を見渡し、ウェイトレスの少女、テリサちゃんが嘆く。
「黒竜の呪いに、流行り病。本来なら、毎日お客さんでいっぱいになって、銀貨がっぽがっぽだったはずなんですよ。このままじゃお酒はともかく、たっぷり仕入れた食材が腐っちゃいます」
がっぽがっぽ、のところで両手をわきわきさせ、顔を歪めて笑うテリサちゃん十二歳。
少年たちの淡い恋心が粉砕されそうである。
「いいんです。わたしの恋人はこの銀貨と金貨だけですから。あと宝石も」
「恋の対象が多いな」
「可憐な乙女ですから」
金貨を撫でてため息をつく可憐な乙女よ。
まあ、可憐な乙女の部分にツッコミを入れると二階のギルド長が怒鳴り込んできそうだからそこはぐっと我慢するとして……。
「いっそ、店を閉めちまえばどうだ」
「父はそういってるんですけどね。いちおう、ここで教練場の受付もしてますし、閉めるとそれはそれでギルドのひとたちが困るかなって」
「そうか、偉いな」
「はい、偉いんですよ。狙撃さんも、わたしのことをもっともっと褒めていいんですから」
「偉い偉い、とても偉いぞー」
「褒め方が適当です。もっと想いを込めて! お腹にちからを入れて! 気合い!」
「わあ、ばんざーい、テリサちゃんばんざーい!」
両手をあげて万歳をしていると、上から不機嫌な顔のギルド長が下りてきて、おれとテリサを交互にみた。
ひどく気まずい。
「なんだ……テリサ、あんまり狙撃のやつをおまえの趣味につき合わせるな」
「なんですか、お父さん。まるでわたしが狙撃さんに万歳を強要したみたいな」
「みたい、じゃないだろ」
おれとギルド長が、ほぼ同時にツッコミを入れる。
テリサは、酸っぱいものを食べたかのように口をすぼめた。
「暇なのはわかるがなあ。っていうか狙撃の、おまえさんはこんなところに来ていていいのか」
「いや、別に……おれは暇だぞ」
「そうじゃなくて、だな。流行り病が怖くないのか?」
「死んだらそのときは、それまでだったってことだよ」
さすがにここで、ヤァータがいるから大丈夫、と発言するわけにはいかない。
そもそも、ヤァータがおれの身体を守ってくれている、というのもどこまで本当かはわかったものではないのだが。
「この病も黒竜の呪いじゃないか、って話もあるな」
「なんでもかんでも黒竜のせい、ねえ」
「タイミングが良すぎる」
たしかにタイミングは一致している。
だが肉片を解析したヤァータによれば、あの呪いには他者に侵食するようなちからはないとのことである。
「だったら、まっさきにこのギルドのひとたちが病に倒れるんじゃないか。飛び散った肉の欠片や血を浴びた人も多いだろう」
テリサがあのときのことを思い出したのか、少し顔をしかめた。
その程度で済むのだから、この子もだいぶタフだなと思う。
「たしかに、おれやテリサは無事だな……」
「黒竜からすれば、狩猟ギルドの長なんて、まっさきに呪い殺したい相手だと思うぞ」
「くそっ、反論できねえ」
ふっ、この議論はおれの勝ちのようだな。
勝者に対して、なぜかテリサちゃんの目が冷たいが。
「狙撃さんは、わたしが呪い殺されてもいいって思ってるんですか?」
「あー、いまのはそういう話じゃねえよ。無事なことには別の理由がある、って話だ」
「ふーん」
「あっ、こいつ、ひとの話を聞く気がないな」
「陰鬱な話なんて聞きたくないです。もっと明るい話をしてください」
おれとギルド長は顔をみあわせ、同時にため息をついた。
「あーっ! いまふたりとも『面倒くさい』と思いましたね!? ちょっと、そっぽ向かないでくださーいっ!」