死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第16話 黒竜の呪いと流行り病2

 森に雪が分厚く降り積もり、街道の行き来が極めて少なくなった現在。

 城塞都市エドルでは疫病が蔓延していた。

 

 これは黒竜の呪いである、という噂も広がっているという。

 念のため、ヤァータに調査をしてもらった。

 

 具体的には病人や病気で死んだ者の身体の一部を失敬して解析させたのだ。

 本当に呪いが存在するのか、ただの病だとして、どう対策すればいいのか。

 

 結果、「呪いかどうかは判別できませんでしたが、病気の源であろうと推察できるウイルスの存在は確認いたしました。治療薬を生成することが可能です」という返事が得られた。

 さて問題は、この情報をどうするか、だが……。

 

 これを市場に流すことは論外だ。

 おれの使い魔ということになっている、天からきたよくわからない存在のことがバレると、いろいろと面倒なことになる。

 

 姿をくらましてこれまでのすべてを失うには、おれはこの地に根を張りすぎた。

 そもそもヤァータのつくった治療薬は、おれたちの技術では複製することが困難であるらしい。

 

 この都市の者たちが自力で疫病を克服することに期待するべきだろう。

 

「いちおう聞いてみるが……。この冬の間に、町の病人全員にこっそりと薬を配ることはできるか?」

「全員分の薬の複製も、それを配ることも、その期間ではまったくの不可能です。量的な限界というものがあります、ご主人さま」

 

 駄目でもともと、と聞いてみたが、やはり否定的な返事が来た。

 なんでもできるようにみえるこのカラスもどきだが、案外、有限の能力をやりくりしている様子である。

 

 

        ※※※

 

 

 リラの宿を訊ねてみた。

 彼女は現在、町の中央にほど近い、貴族が借りるような宿の一室をねぐらにしている。

 

 帝都でいろいろやらかした結果、かなりの金を蓄えたと以前にいっていた。

 おれは目立ちたくないがためにそこそこの宿に居を構えているが、彼女の場合は若い女性だ、防犯の面でも住居には金をかけた方がいいだろう。

 

 リラはおれの顔をみて喜び、しかし自室への立ち入りだけは断固として拒否した。

 

「師匠にみせられるような部屋じゃありませんからっ!」

 

 と断固たる口調である。

 

「そうか……そこまで拒絶されると悲しいぜ……」

「あっ、いえっ、そういうことじゃなくて……ほら、わたしだっていちおう女ですから、その、散らかっている部屋をみせたくないっていうか……って師匠、笑ってますね! からかってますね! もーっ、そういう意地が悪いところダメだと思います!」

 

 少しスネてみせたところ、たちどころに看破され、ぽこぽこ叩かれた。

 ごめんなさいと素直に謝っておく。

 

「無事なようで、なによりだよ。こんなご時世だからな」

「あー、そうですね。師匠もお元気なようで、弟子としては嬉しい限りです。一階の酒場でちょっとお話、していきますか?」

「ああ。それにしても、なにをやっているんだ?」

「え、なにって……」

「服に薬品の臭いが染みついてるぞ」

 

 リラは、えっ、と驚き、自分の服の臭いを嗅いだ。

 ああ、アタリだったかー。

 

「その顔ーっ! ひょっとしなくても、ひっかけましたね! もーっ、そういうところ本当にダメです!! ダメ師匠ーっ!」

 

 また、ぽこぽこ叩かれた。

 本当にすまない。

 

 ヤァータに宿の近くまで偵察させたとき、彼女が部屋に閉じこもり、窓もぴっちり閉めたままでいることを知ったのだ。

 微量の希少な粒子の飛散を確認した、ともいっていた。

 

 わが使い魔の言葉の意味はよくわからなかったが、おそらくさまざまな薬品を使用しているのだろう、と見当をつけたのである。

 彼女の反応をみるに、推測は的を射ていたのだろう。

 

「そうだよな……。おれは本当にダメなやつだ」

「あ、いえ、そんなことないです。って絶対フリですよね、それ。もう騙されませんからっ!」

 

 ちっ、と舌打ちしてみせた。

 またぽかぽか叩かれた。

 

 弟子が賢くて、おれは嬉しいよ。

 

 

        ※※※

 

 

 リラが泊まっている宿の一階は、ちょっと高級な酒場になっていた。

 カウンターの棚に並んでいるお酒の瓶、その銘柄があまりみないものばかりである。

 

 テーブルも椅子も、ひと目でわかるほどしっかりしたつくりの高級品であった。

 そこそこ稼いでる商人などの裕福な者たちが来るような場所だが、特に服装に決まりはないという。

 

 仕事でクライアントと会うときのために礼服なども用意しているおれではあるが、肩肘張らないのはいいことだ。

 ふたりで、酒場の片隅のテーブルを挟んで座る。

 

「薬をつくってくれ、って頼まれたんです」

「流行り病の治療薬があるのか」

「いえ、汎用的な解熱剤と抵抗薬です。あとは患者さんの体力に期待です」

 

 特効薬がなくとも、病が自然に治癒するまで患者が生きていれば勝ち、ということだ。

 

「だが、そんなもの医療魔術師の仕事だろう」

「医療魔術師の講義もとってましたから」

「おまえの才能は知っているが、片手間でなんとかなるもんなのか」

「流行り病の退治は狙撃魔術師の仕事として不適切、って話ですか?」

「いや、それは別に構わん。ヒトは、やりたいことをやるべきだ」

「師匠のそういうところ、好きですよ」

 

 リラは果実の搾り汁を水で薄めたものをぐいとやって、えへらと笑った。

 おれは合わせてエールをあおる。

 

「この町の医療魔術師に頼まれちゃったんです」

「知り合いなのか?」

「町の学院の卒業生にはちゃんと挨拶しておけって、この前、ジニー先輩にいわれました。なのでご挨拶に伺ったら……」

 

 あの王女のさしがねか。

 たしかに、帝都の学院の卒業生なら、お互いに話も弾むだろうしコネとして申し分ない。

 

 ましてや目の前の少女は、間の抜けたところもあるが、これでもいちおう飛び級かつ主席で卒業した才媛である。

 

「師匠は、わたしを心配してくれたんだよね。えへへ、嬉しいなあ。でも別に、無茶をするつもりはありません。わたしができる、些細な手伝いをするだけです。とにかく薬の量が足りないって話で……。訓練をサボってしまっているのだけは、本当に申し訳ないですけど」

「ああ、いまは薬に集中してくれていい。おれのとり越し苦労だったなら、それでいいんだ」

「むしろ師匠の方が、余計なことしそうですよねー」

 

 じと目で睨まれた。

 

「おれはただの狙撃魔術師だ、なにもできないさ」

「ん。そうですね」

「それじゃ、身体に気をつけてな。無理にギルドに顔を出す必要はない。いつもの練習だけは欠かすなよ」

「はいっ」

 

 おれは杯を空にすると、ふたり分の金を置いて席を立った。

 リラは、なぜか終始、上機嫌だった。

 

 

        ※※※

 

 

 リラの無事を確認し、おれはとある商家の屋敷に足を向けた。

 裏口で使用人に声をかけ、なかに通してもらう。

 

 使用人に連れられてたどりついたのは、地下の一室だった。

 天井からぶら下がった錬金銀製のシャンデリアが、白い魔法の明かりで室内を照らしている。

 

 暖色系の装飾品で飾り立てられた、落ち着いた雰囲気の部屋だった。

 ふたつの椅子を挟むように、テーブルがある。

 

 テーブルの上には無数の羊皮紙が積み重ねられ、ひとりの女性が奥の椅子に座って羊皮紙の中身に目を凝らしていた。

 おれがひとりで部屋に入っていくと、女性は「来ましたね」と顔をあげる。

 

 いまはもういないあのひとを思わせる、肩まである赤毛が揺れる。

 紅の双眸が、まっすぐおれを射すくめる。

 

 エドル家のメイテル。

 今年三十三歳の、エドル伯爵家の現当主の妹にあたる人物である。

 

「お待たせして申し訳ございません」

「遅れてはいませんよ。わたしが早くついただけです」

 

 この屋敷は、彼女がお忍びで行動するときに使う隠れ家のひとつであるようだった。

 屋敷の持ち主である商家は伯爵家と繋がりが深く、なにかと融通がきくのだという。

 

 だからといって地下に自分だけの執務室をつくるのはやりすぎだと思う。

 帝都の大貴族ならともかく、エドルは伯爵家が治める辺境のいち都市にすぎないのだ。

 

 いや、だから、なのかな。

 辺境だからこそ、いざというときの備えはいくらあっても足りない、と……。

 

 いずれにしても、現在、領主たちの一挙手一投足に注目が集まっている。

 こういうとき、便利に使える場所なのは間違いない。

 

「今日、あなたを呼んだのはほかでもありません」

 

 おれに対面の椅子に座るよう促し、メイテルはペンを置いて語り出す。

 

「あなたの孤児院の件です」

「メイテルさまが運営する孤児院、でしょう?」

「責任者はあなたです。第一、経営の大部分はあなたの寄付によって成り立っているのですよ」

 

 金は、普通に生きている限りは使いきれないくらいある。

 上手く捨てる方法も思いつかない。

 

 ならば、役立てることができる者に役立ててもらおう。

 そう考えて、以前、目の前の女性に相談を持っていったのだ。

 

 結果、ちょうど別の貴族が手放したがっていた孤児院の経営を引き継ぐ話が出てきた。

 ならば、とおれは金だけを出し、表向きの代表として彼女に立ってもらうことを提案した。

 

 折衷案として、おれが責任者となり金を出し、彼女が運営する孤児院ということになった。

 実際のところは、彼女の息がかかった者が院長となっているらしいが……。

 

 そういう次第だ。

 彼女としても、伯爵家としても慈悲深い貴族という評判を得ることができるし、損のない話のはずだった。

 

「資金の話ですか?」

「いえ、あなたからは充分に頂いております。ただ、孤児院のなかでも疫病が……」

「発症した子どもが? それとも、大人がですか?」

「両方です」

 

 そうか、とおれはうなずいた。

 ある程度、覚悟はしていたのだ。

 

 病が流行れば、ちからのない者から倒れていくのが世の常だ。

 孤児院など、その最たるものだろう。

 

 医療魔術師たちが、リラまで巻き込んで懸命に薬を増産しているものの、貧困者がそれを手に入れることは難しい。

 彼らにできることは、ただ己の身体が病を克服するまで耐えることだけだ。

 

「おれにできることが、なにかあるんですか」

「許可をいただきたいのです。一部の孤児を別の場所に移す許可を」

「それは……病に倒れた子どもを隔離する、ということですね?」

 

 ひとからひとに移る病である。

 いちばんの対策は、患者だけを隔離して健常者を守ることとだ。

 

 とはいえ、場所が限られる城塞都市の内部では、それがなかなかに難しい。

 おれが出資している孤児院は町のはずれ、少し不便なところにあるが、それでも敷地はあまり広くない。

 

「どこに運ぶのですか」

「町の外の別邸です」

 

 壁の外の丘、その上に建つ、有事には砦となる堅牢な屋敷だ。

 その屋上から、おれは特異種のトロルを狙撃した。

 

「思い切ったことを考えましたね。ほかの患者も、ですか」

「真冬に魔物が攻めてくる、ということもないでしょう。他国の軍が動く気配もありません。ならばいっそ、あそこがいちばん、隔離場所としてふさわしい。兄の許可もとりました。医療魔術師を集めて、患者の対応をいたします」

「それ、おれの許可が必要なんですか?」

「孤児たちの大半は、本来、この町の住民としての資格を満たしておりません。身元を保証できる者がいませんから。いちど町の外に出せば、二度と入れないのが本来の決まりです」

 

 エドルも城塞都市である以上、人口に敏感だ。

 際限なくヒトを受け入れてしまえば、限られた場所しかない城塞都市はたちまち破綻してしまう。

 

 故に、住民の資格というものが存在する。

 ある程度の価値を持った者たちだけを、壁の内側、都市の住民として許可するのだ。

 

 孤児を受け入れるというのは、それとは別の観点、いわば貴族の慈悲として行われている施策である。

 火急の事態において解決するべき問題が出てくるのも、当然といえた。

 

「無論、伯爵(あに)に頼み、特別扱いすることはできますが……」

「その前にやれることがある、と?」

「子どもたちを正式に町の住民として登録します。責任者であるあなたに一筆したためていただきたい」

 

 そのための保証人になれ、ということだ。

 おれは承諾し、彼女が差し出してきた書類にペンを走らせた。

 

「さて、これで本来の目的は終わりなのですが……」

「まだ、なにか?」

「あなたの意見を聞きたいと思っておりました。今回の件、どうお考えですか?」

「それは……疫病のことですか、それとも黒竜の?」

「その繋がりがあるか、どうか」

「ないと思いますよ」

 

 おれは、きっぱりと答えた。

 そのうえで、とつけ加える。

 

「ただ、時期がぴったりと重なっているのはたしかです」

「ええ、本当に。おかげで兄も、毎日のように頭を抱えております」

 

 いやはやまったく、領主さまにおかれては、お気の毒なことだ。

 

「ですが、だからこそここで弱気な態度はみせられない、と考える貴族もおります」

「どういうことですか」

「疫病の源たる黒竜、退治するべし。いまこそ帝国の底力を天下に知らしめるときである。そう気勢を上げる方々が、少々」

 

 その話を聞いて。

 おれはきっと、自分が苦虫を噛み潰したような顔をしているだろうな、と思った。

 

 

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