死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
城塞都市エドルには、統治者であるエドル家のほかにも貴族家がある。
ひとつは、分家だ。
貴族の血は、高い確率で強い魔力を持つ。
分家をつくることによって、魔力の高い家系を増やす。
有事となれば、彼らは我先にと本家のもとに馳せ参じる。
騎士たちが戦場の主力ならば、戦闘魔術師は決戦戦力となるのだ。
これらの分家に与えられるのが、魔爵という爵位である。
彼らの子息の多くは帝都の学院の門を叩き、一流の魔術師を目指す。
その一部は戦闘魔術師として大成し、残りが各々の長所を生かした魔術師となる。
もうひとつ。
騎士のなかには高い魔力と卓越した功績でもって爵位を得る者がいる。
彼らは男爵として複数の村を束ね、エドルで強い影響力を持つ。
現在、この町に存在する貴族家は、魔爵が四つ、男爵がふたつ。
エドル本家としても、彼らの意向は無視できない。
戦の際、もっとも厳しい場所に投入されるのが彼らだからだ。
貴族家は、常に手柄を立てる機会を欲している。
だから彼らが、外部からの脅威に対して好戦的な態度を示すのは、ある程度想定できたことなのだが……。
「黒竜を退治、ですか」
現伯爵の妹君であらせられるメイテルの言葉に、おれは顔をしかめてみせる。
メイテルは、紅茶のカップに口をつけた。
「魔爵の魔術師十五人が中心となった精鋭部隊が計画されております。帝都から腕利きの狙撃魔術師を三人も招いたとも」
「狙撃魔術師まで招聘したということは、もうやる気まんまんじゃないですか」
「兄に黙って、狩猟ギルドの本部に要請したようです。昨日、怒り狂った彼を宥めるのに苦労しましたよ」
そりゃ、温厚で知られる伯爵さまも怒り狂うよ。
自分に黙って、足もとでそんなことをしていたならさあ。
貴族と民は、疫病によってそれだけ鬱憤を溜めていたのだ。
そして、行き場のない不満のはけ口を探していた。
黒竜は、ちょうどいいときに、ちょうどよくこの都市を挑発してしまったのである。
それが相手の本意かどうかは、この際どうでもよいのであった。
メイテルが口に出した狙撃魔術師の名は、いずれもたしかに、優秀で知られる者たちであった。
独眼巨人を討伐した者、不滅死人を滅ぼした者、なかには緑竜を殺した者までいる。
「そうそうたる面子ですね。本部も、よく承認したものだ」
「黒竜の貯め込んだ財貨をあてにしているようです」
討伐の報酬の一部は狩猟ギルドに収められる。
今回、依頼を受けたのは本部であるから、狩猟ギルドの本部に貯め込まれた財貨の一部が支払われることとなる。
「たしかに、竜は財宝を貯め込むものですが……」
黒竜については、まだ詳しい巣の場所も不明だ。
そもそも、実際に黒竜の姿をみた者は未だに存在しない。
「そういう次第ですので、あなたにも話が行っていないか、確認させてください」
「初耳です。もし聞いていたとしても、絶対に受けません。情報が少ないし、曖昧すぎる。せめて巣の場所くらいはわかっていないと……」
「あなたが必ず狙撃を成功させてみせるのは、その慎重さ故、その入念な下準備故、ということなのですね」
「まともな考えを持った狙撃魔術師なら、そうします。名誉を欲しがるにしても、彼らはなんで、こんな話に乗ったんでしょう」
「グリットガラードの勇名は、帝都でたいそう鳴り響いていたと聞きます。彼の失敗を、いまこそ好機と思う者も」
そのグリットガラードが失敗した黒竜を退治することで、名と実を両取りする。
そう考えた者が複数いた、ということか。
たしかにこの面々であれば、少ない情報からでも勝機を掴み、黒竜の狙撃を成功させられるかもしれないが……。
「いま、そこまで無理をする必要がありますか?」
「ない、と考えたからこそ、激怒した兄は机を四つも壊してしまったのです」
「モノに当たるだけマシですね」
魔力に優れた貴族の魔術師に本気の暴力を振るわれれば、使用人などひとたまりもない。
おれは各地を放浪しているとき、貴族の癇癪で肉塊となった民の姿を幾度もみてきた。
目の前で苦笑いを浮かべている女性とその兄君はそういった貴族の同類ではない、と信じているからこそ、定住の地としてこの町を選んだのだ。
無論、理由はそれ以外にもあるし、この町にはこの町なりの問題もあるのだが……。
「姉とあなたが、旅先で横暴な貴族を叩きのめして逃げた話は聞いていますよ」
「誤解しないでください。あれは、あいつが勝手に暴れておれが巻き込まれたんです」
「まあ、そうでしょうね。姉は我慢のきかない性格でしたから……」
メイテルは、つかの間、懐かしいものを思い浮かべるように目を細めた。
それから、はっとしたようにおれをみて、ちいさくうなずいてみせる。
「思い出に浸っている場合ではありませんね、話を戻しましょう。狩猟ギルドのダダーには、ギルド員を同行させないよういっておきました。あなたも、そのように」
「いわれなくても、行きませんよ」
ダダーはギルド長で、テリサの父親だ。
片腕の元狩人で、皆に頼りにされている。
「討伐隊は完全に放置するのですか」
「もちろん監視はつけます。逆に、それ以上のことはできません。帝都で承認された以上、これは正式な、帝国としての黒竜討伐なのですから」
高名な狙撃魔術師が三人も出張るとなれば、相応の理由が必要となる。
帝国がじきじきに黒竜を討伐対象としたからこそ、彼らがわざわざこんな辺境の町に来るのだ。
「面倒にならなきゃいいんですがね」
「わたしの役目は、失敗した場合の被害を抑えること。とはいえこうなってしまった以上、彼らが無事に黒竜を討伐することを祈ってやみません」
※※※
数日後、帝都から二十人ほどの団体さんがやってきた。
三人の狙撃魔術師と、その部下である作戦チームのご一行である。
狙撃魔術師がチームを組むことは、実は多い。
むしろ、そちらのやり方が一般的であるといえる。
息の合ったチームプレイで敵の動きを止め、弱点を看破し、一撃で撃ち貫く。
安全に狩りをするなら、チームを組まないデメリットの方がおおきいほどだ。
だいたい、ひとつのチームは五人から十人程度となる。
斥候役、前線に立って獲物の注意を引く者たち、医療魔術師、そのほかサポートメンバー。
あまり多くても組織の維持が難しくなるし、少なければ自分たちだけでは完結できず、毎回他所の人員を頼ることになる。
だから最適が五人から十人、というわけだ。
狙撃魔術師の弟子が混ざることもある。
おれのように、ずっとひとりで行動する狙撃魔術師も少なくはないんだけどな……。
そんなおれだって、いまでは弟子のリラを連れていく。
で……。
狙撃魔術師たちは、狩猟ギルドに顔を出して、なんか知らんがちょっとモメたそうだ。
森に詳しい狩人を雇おうとしたものの、うちのギルド長が難癖をつけて拒否したとか。
そんな話を、後日、ぷんぷん怒ったテリサから聞いた。
「父さんったら、せっかくの実入りのいい話だったのに! ギルドも酒場も、最近の売上がひどいんですから!」
「まあなあ、そうだよなあ、たいへんだよなあ、テリサちゃんは偉いなあ」
「狙撃さん、なんでそんな棒読みなんですか! もうっ!」
メイテルからこのあたりの話を説明されていたから、おれとしては、まあさもありなんといった感想しか浮かばない。
家でもテリサちゃんに叱られているであろうギルド長には同情することしきりである。
ことがことだけに、家族にも事情を話せないだろうしなあ。
いくらギルドと、ギルド員を守るためとはいえ。
この話をおれがテリサから聞いたときには、すでに狙撃魔術師たちは、町の貴族たちが用意した部隊と共に町を出て、森の奥へ向かった後であった。
というか狙撃魔術師たちが町にいる間、おれはおとなしく宿に引きこもっていたのである。
おれが腕のいい狙撃魔術師である、という話は、この町でも一部の者しか知らない。
ギルドの古参はある程度気づいているが、彼らはそれを他に漏らさない。
この町に噂の魔弾の射手が住んでいる、というのも帝都のギルド本部では機密事項である。
このあたりはいろいろあるのだが……まあ、それはいま関係のないことだ。
ともあれ、彼らは出発した。
邪悪で非道な黒竜を退治するために。
あとは、彼らの試みが成功することを祈るばかりである。
※※※
ところで、四十人近い部隊で出発した黒竜討伐隊であるが、彼らを上空から監視している者たちがいる。
エドル伯爵の部下の魔術師が放った使い魔たちだ。
おれの使い魔ということになっているヤァータが放ったドローンも、
ヤァータからは、逐次、旅の報告が来ていた。
貴族たちと狙撃魔術師たちはよく話し合い、斥候のグループがきっちりと前方を哨戒しながら進んでいるとのことである。
その過程で多くのもめごとが発生し、刃傷沙汰寸前までいったこともあったらしいが、今回のリーダーである男爵家当主の仲裁によってことなきを得たらしい。
幾度も連係の訓練を行い、そのたびに動きがよくなっているという。
素晴らしいチームが出来上がりつつある、とのこと。
彼らには、いっさい油断がなかった。
考えられる限り最高の条件が整っていた。
監視部隊は、彼らが黒竜が潜むという山脈に入った、という報告を最後に……。
討伐隊を見失った。
その日。
山脈全体を厚い霧が覆い尽くし、霧に突入した使い魔たちは方角を見失って、ひどく迷った末、かろうじて脱出することができたという。
ヤァータによれば、こうだ。
「一帯は地磁気が狂い、重力場が激しく変動しております。計測機器の故障か、あるいは計測機器になんらかの干渉があったか定かではありませんが、これ以上、霧の内部に留まるのは危険と判断し撤退いたしました」
あのカラスもどきの存在がこれほど狼狽えることも珍しい。
※※※
その翌日、山脈を覆う霧が晴れた。
そして。
黒竜討伐隊を
高さがヒトの十倍ほどもある、赤黒いぶよぶよした肉の塊。
そのあちこちにヒトの顔と、腕と、脚が突き出している。
その顔はいずれも黒竜討伐隊の面々にそっくりで、血の涙を流し、言葉にもならぬ呻き声や悲鳴をあげているのであった。
そのような異形の魔物が、山脈を降りて、森の木々を踏み倒し、ずりずりと這いずりながら……。
城塞都市エドルにゆっくりと近づいて来ていた。
冬眠していた熊が踏みつぶされ、そのまま肉の塊のなかに吸収された、という報告も入った。
町に近づくにつれ、肉塊は少しずつ成長しているという。
森の木々や草を喰らい、それを己のちからに変えている様子である。
「なんと、おぞましい。呪い、のようなものでしょうか」
以前と同じ商家の屋敷の地下に招かれ、おれはメイテルからことの次第を聞いた。
ヤァータからも、おおむね同様の報告を受けている。
「黒竜は報復を忘れぬ律儀な性格のようですね。手出しをすれば、相応の罰を与えてくる。まったく、あの方々は、ひどく愚かな選択をしました」
現領主の妹は深いため息をつき、おれとまっすぐ視線を合わせる。
「ですが、彼らに責任を問うのは、ことの次第が済んだ後です。いまは町を守ることを優先しなければなりません」