死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第18話 黒竜の呪いと流行り病4

 黒竜討伐隊を()()とした異形の魔物が、山脈から這い下りて雪の降り積もる森を抜け、城塞都市エドルにゆっくりと近づいて来ていた。

 領主はこの事実を公表、巨大な肉塊のごとき魔物をブラック・プティングと命名した。

 

 ブラック・プティングが町に到達するまで、猶予は五日。

 帝都から応援を呼ぶ暇はない。

 

 ヤァータの上空からの観察によれば、ブラック・プティングはなめくじのように這いずりながら、器用に崖を登攀したとのことである。

 この町を囲う壁程度では、この魔物に対する障害にならないだろう。

 

 領主付きの魔術師たちも、使い魔の目を通して同じ観測結果を得ている。

 賢明なる我らが伯爵は、早々に籠城を断念した。

 

 前回の特異種トロルとの最大の違いは、狩猟ギルドが主体の討伐ではなくエドル全土を挙げての戦いとなることだ。

 領主の妹君であるメイテルが総指揮をとり、貴族たちが前面に立ち、狩猟ギルドはあくまで補助的な役割を果たすこととなる。

 

 加えて、時間的な余裕もあった。

 

 周囲の村に人をやり、騎士たちを招集することとなる。

 作戦の当日には、二十人の騎士と百人の従者が駆けつけるはずであった。

 

 主力となるのが、貴族の魔術師六人とその従者がおよそ二十人、そして伯爵家お抱えの狙撃魔術師三人。

 衛兵隊からは、最低限の者を治安維持に残して三十人。

 

 さらに狩猟ギルドから、森をよく知る者が二十人ばかり参加する。

 これ以上は逆さに振っても出てこない、まさにエドルの全戦力をもってしての決戦であった。

 

 おれはいつものように御用商家の地下の一室に呼びつけられ、メイテルさまからその話を聞かされた。

 語り終えた領主の妹君は、喉が乾いたとばかりに紅茶のカップを持ち上げ、口をつける。

 

「およそ二百人、たいした戦力だと思いますが」

「とはいえ、所詮は寄せ集めです。この地の貴族と騎士たちは戦争に参加した経験も、強大な魔物を相手にしたこともありません。本番で、どこまで上手く動けることか」

 

 村を治める騎士や従者たちは、森から出てくる中型の生き物の相手に長けている。

 とはいえ、普段村の近くまでやってくるものなど、狼くらいのサイズまでだ。

 

 ブラック・プティングの全長は、少なく見積もってもヒトの十倍以上。

 しかも日を追うごとに森の冬眠中の動物や魔物をとり込み、少しずつ体積が増えていっているという。

 

「狩猟ギルドだって、戦争に参加した経験なんてありませんよ」

「ですが魔物狩りは、彼らの領分です」

「狩人たちだって、熊よりおおきな魔物を狩ることは稀です。それに彼らは皆、無理だと思えば潔く退いて、そのおかげで生き延びてきたのです。あまり期待されても困ります」

 

 メイテルさまは、くすりと笑う。

 

「侍従たちにも、同じことをいわれました。民に期待するな、と。頼れるのは騎士と貴族だけである、とも」

「その方々が正しい。よほどの魔力がなければ、そもそもあんな魔物には傷ひとつつけられないでしょうからね」

 

 ブラック・プティングは、内臓が剥き出しになっている状態であると考えられた。

 常時、全身に魔法で結界を張り、敏感な肉の塊という本体を守っている様子である。

 

 まずは結界を引き剥がさなくては、この魔物に傷ひとつつけることができない。

 決戦のために集められた従者や衛兵隊の大半は、ブラック・プティングに刃を突き立てることすらできない非力な者たちである。

 

 狩人たちも、事情は似たようなものだ。

 ただ彼らには、騎士たちに冬の森を案内し、罠をかけるという大切な役目がある。

 

「狙撃魔術師が魔臓を射貫いて終わり、ということなら、話は簡単だったのですが……」

 

 メイテルさまがため息をつく。

 狙撃する側のおれとしては、簡単、のひとことで済ませて欲しくないところだ。

 

 とはいえ、彼女が暗澹たる気持ちになるのもわかる。

 なぜならば……。

 

「無数に魔臓をとり込んだ生き物とは、なんともはやですね……」

 

 魔臓は本来、一体につきひとつ。

 それが常識だ。

 

 理由は不明であるが、まあ心臓がひとつしかないようなものだろう。

 ちなみにヒトであっても、魔力を持つ者であれば魔臓が存在する。

 

 ブラック・プティングと名づけられた魔物を探査した結果、最低でも二十個、おそらくはそれ以上の魔臓の存在が確認された。

 おそらく、()()としてとり込まれた黒竜討伐隊の面々の臓器が、そのままブラック・プティングの内部で活動しているのである。

 

 もっと深読みすれば、()()となった者たちは未だあの異形のなかで生存しているのかもしれない。

 呻き声をあげ続けているあの様子から察するに、すでにまともな理性は存在しないだろうが……。

 

 むごいことだ、と思わなくもない。

 だがそれ以上に、厄介なことであった。

 

「狙撃魔術師は魔臓を射貫くだけが仕事ではありません。ほかの急所が存在すれば、それを射貫くことで魔物を仕留めることも可能です」

「問題は、ブラック・プティングの急所がどこか、ということですね」

「あるいは、ブラック・プティング本体の魔臓が存在するのでしたら、それを射貫くことです。その位置を探るためにも、ひと当てする必要があります」

「たとえどれほどの犠牲を払うとしても、ですか」

 

 おれとメイテルさまは、うなずき合う。

 現在、町に存在する狙撃魔術師は、おれとリラ、それから領主お抱えの者が三人、それですべてだ。

 

 弱点とおぼしき場所を探り出し、それが正解かどうか、ひとつずつ試していく。

 チャンスは五回。

 

 可能性を少しでも上げるためには、なりふり構わず、やれることはすべてやるしかない。

 だから、おれはひとつ、提案をした。

 

「メイテルさま。あれを仕留めるための魔力を貯蔵するのは、二日もあれば充分でしょう。いや、一回目は倒す必要がないのだから、一日でいい。五日の間に、二回、仕掛ければ倍の機会がある」

「二回、仕掛ける……」

「はい。森の奥で一回、町のそばで一回」

 

 メイテルは、目をおおきく見開いた。

 考えたこともなかったであろう、大胆な提案に違いない。

 

「あなた方、狙撃魔術師たちにたいへんな負担がかかる計画となります」

「前線で命を賭ける者たちの方が、よほど大変でしょう。準備の負担がおおきいようなら諦めますが……」

「いえ、やりましょう」

 

 メイテルさまは即決した。

 

「すぐ、兄に連絡をとります。あなたは弟子と共に狩猟ギルドで待機してください」

 

 かくして、急遽、おれとリラは出立することとなった。

 

 

        ※※※

 

 

 二日後。

 おれは雪が降り積もる森のなか、身を隠して魔力タンクに魔力を貯め、そのときをじっと待っていた。

 

 準備と移動で一日、そして魔力タンクに魔力を貯めるのに一日である。

 

 今回は、一日ぶんしか魔力を貯められない小型のタンクを使っていた。

 それでも、真冬の野外でまる一日、待機するというのはなかなかに堪える。

 

 寒さは魔道具でどうとでもなるが、魔力を貯めている最中に襲われればひとたまりもない。

 雪を掘って身を隠してはいるが、一部の鼻の利く魔物にとっては、格好の餌だろう。

 

 今回、リラも少し離れた場所で狙撃の準備をしているから、彼女の援護を期待することもできない。

 いちおう護衛の者はいるが……。

 

 その護衛というのが、メイテル本人だったりするのだ。

 なんで?

 

「わたしに護衛されることを、もっと喜んでくださってもいいのですよ?」

「たいへん嬉しく思います」

 

 事務的に返事をする。

 くすくす笑われた。

 

 もう何度もしたやりとりだ。

 目をつぶっていると、メイテルさまの声が、ときどきあいつの声に聞こえるような気がして……少し、戸惑ってしまう。

 

 さすがは姉妹、といったところなのだろう。

 ………。

 

 あいつの声なんて、とうの昔に忘れてしまったと思っていたのに。

 

「それはそれとして、指揮を執る者がこんな危ないところにいないでください」

「観察するなら、敵の近くの方がいいでしょう? ご心配なく、剣の腕に自信はあります」

「伯爵家の方を侮ったりしませんよ……」

 

 魔力は、高い確率で親から子へ引き継がれる。

 ましてやメイテルは伯爵家の娘として生まれ、彼女の姉から『男として生まれたら、希代の英雄になっていた』といわれるほどの人物であった。

 

 とはいえ、戦には個人の武勇よりも大切なものがある。

 こんな前哨戦で万一のことがあって、指揮官を失うわけにはいかない。

 

 なんのために使い魔や遠見の魔道具というものがあると思っているのだ。

 と説得したものの、彼女は頑として聞き入れず……。

 

 結果、おれは彼女と共にまる一日、この雪を掘ってつくった狭い穴倉で過ごすこととなったわけである。

 彼女の護衛役である衛兵隊の精鋭たちは、現在ブラック・プティングに貼りつき、狩猟ギルドの精鋭と共に、この巨大な魔物が気まぐれで進路を変更しないか観察している。

 

 狙撃成功後、撤退するルートの確保をしている人員もあり、この前哨戦だけで三十人以上の者が参加していた。

 データが足りない。

 

 ならばデータを集めるために、多少の無理をするべきだ。

 そんなおれの提案に乗って、メイテルをはじめとした伯爵家は全力を出してくれていた。

 

「歴史の話をいたしましょう」

「いま、ですか?」

「ええ。狙撃魔術師が生まれる前にも、魔術師が魔法を行使して竜のように強大な魔物を仕留めることは、ままありました。そのとき、どのようにして魔力を調達したか、ご存じですか」

「不勉強で申し訳ありません」

「特別な魔法を用いて、貴族の持つ魔力を燃やし尽くすのです。数人の高位貴族の命と引き換えに、竜を滅ぼした。どの国にも、そのような逸話が残っているものです。狙撃魔術師の登場以降、そのような行為は忌むべきものとなりました。ですがいくつかの貴族家では、親から子へ、密かにその魔法が伝わっております」

 

 貴族は高い魔力を持つ。

 その身が滅びるまで絞り尽くすことで、強大な存在を滅ぼすために必要な魔力を手に入れた。

 

 生贄だ。

 それでも、化け物の暴虐でひとつの地域が滅んでしまうよりはマシだと、昔の人々は考えていた。

 

 おれは顔をしかめる。

 彼女の覚悟を理解したからだ。

 

「紅茶をもう一杯、いかがですか」

「結構です。もうすぐ本番ですよ」

 

 地響きがする。

 次第に、地面の振動がおおきくなってくる。

 

 巨大ななにかが、地面を這いずり近づいてくるのだ。

 おれは長筒を握って、雪穴から顔を出す。

 

 それが、みえた。

 小山のごとき巨大な赤黒い肉の塊が、なめくじのように這いずって、落葉した裸の木々をなぎ倒し近づいてくる様が。

 

 全身のあちこちに突き出たヒトの手足はいびつに折れ曲がり、苦悶に満ちた男女の顔が肉の表面に浮かび上がっている。

 それらの顔についた口が、呻き声のような悲鳴のような音を出して、それが風に乗ってこちらにまで聞こえてくる。

 

 あまりのおぞましさに、背筋に冷たいものが走った。

 隣で顔を出し、同じものをみたメイテルが、皮肉に顔を歪める。

 

「これほどの悪意を感じたのは久しぶりですね」

「悪意、ですか」

「黒竜は、己の巣を襲った矮小な者たちのことがよほど腹に据えかねたとみえます」

「ちなみに、以前に同じような悪意を感じたことが?」

「かつて、投降した捕虜の四肢を断ち、目をくりぬき、鼻を削いで返してきた隣国がいました。帝国の反対側に参陣したときのことです」

 

 なんでそんなところまで戦をしに行ったの?

 と問いたくなるところを、ぐっとこらえる。

 

 いまは目の前の化け物に対処するときだ。

 すでに長筒の射程圏内ではあるが……ものごとには、順番がある。

 

「最初は、あなたの弟子からでしたね」

「ええ。リラは逃げるのが上手いんです。おれなんかより、ずっと」

「才能のある者を、素直にそう認める。なかなかできることではありませんね。では、合図を出します」

 

 メイテルが、小声で呟いた。

 魔法で、遠く離れたところに声を送ったのだろう。

 

 それが合図だった。

 斜め前方、かなり離れたところに隠れていたリラが雪穴から顔を出し、長筒を構える。

 

 躊躇なく、引き金を引いた。

 眩い虹色の光が長筒の先端から溢れ出し、一筋の糸となってブラック・プティングの巨体を襲う。

 

 一撃はその中央に衝突し、巨大な爆発が起こった。

 一拍遅れて轟音と爆風がおれたちの穴にまで到達し、おれは目を細める。

 

 巨大な魔物は、身が凍るようなかなきり声をあげた。

 次の瞬間。

 

 閃光が走った。

 先ほどまでリラがいたあたりの雪が、連続して爆発を起こす。

 

 ブラック・プティングの反撃だ。

 無数の口のひとつひとつから飛び出した魔法弾が、広範囲を焼き払ったのである。

 

 この攻撃の存在を、おれたちはすでに把握していた。

 山を下りるブラック・プティングを上空から追尾していた使い魔たちが、ブラック・プティングに無謀にも攻撃を仕掛けた双頭熊の魔物の末路をしっかりと観察したのである。

 

 狩猟ギルドのギルド員でも、一対一では苦戦するような魔物である。

 それを、骨も残さぬ圧倒的な火力で焼き払ってしまった。

 

 もちろんヤァータもその様子をみていたから、おれはその詳細を説明されている。

 普通の魔術師が展開する盾の魔法程度では容易く貫通され、その身が蒸発するであろうことも知っていた。

 

 とはいえ、わかっていれば、対処はできる。

 リラは、その攻撃が着弾したとき、すでにその場所にはいない。

 

 メイテルの視線が、泳ぐ。

 その視線の先をみれば、宙を舞ってさっさと離脱する少女の姿があった。

 

 魔力タンクは切り離し、長筒一本を持った姿で空を飛んでいる。

 爆風のおかげで、ブラック・プティングはリラの存在に気づいていないようだった。

 

 おれは、安堵の息を吐く。

 さて……。

 

「次はおれの番だ」

「頼みましたよ、魔弾の射手殿」

 

 爆風が晴れる。

 ブラック・プティングが姿を現す。

 

 その全身を覆う結界が、いまは青白く輝いて視認できた。

 結界の一部が綻んでいるのは、リラの一撃によるものだろう。

 

 おれは長筒を構えた。

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