死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第19話 黒竜の呪いと流行り病5

 ブラック・プティングは無数の生き物をとり込み、生かしたままその魔臓を利用している。

 魔臓の場所を明らかにするための探査魔法、そのなかでも魔術師が一般的に用いるものは、生き物の体内を巡る魔力の流れを掴み、その中心を探るというものだ。

 

 ブラック・プティングにこの魔法を行使した魔術師は、吐き気と眩暈を訴えた。

 通常の生き物ではありえないほど複雑な魔力の流れ、許容量を越えた情報が脳に流れ込んだせいである。

 

 ブラック・プティングから魔法弾が放たれる際に魔力の流れを調査した際も、探査の魔法を用いた魔術師がひどく消耗している。

 そもそも探査の魔法に対する強い抵抗が存在するのではないか、と推測する者もいる。

 

 魔法による探査を阻害する魔道具は、実際に存在する。

 国と国が争うときなどは、そういった妨害魔法をいかに掻い潜るかが肝要となるという。

 

 故に帝都の学院でも、探査妨害魔法に関する研究は活発に行われているらしい。

 それに類する探査妨害がブラック・プティングの体内で活動している、としたら……。

 

 これは明らかに、狙撃魔法への対策である。

 黒竜は、ヒトの戦い方をよく研究しているということだ。

 

 おそらくは体内にとり込んだ無数の魔臓を用いて、常時、探査妨害の術式を発動し続けている。

 非常に厄介なことであった。

 

 ヤァータであっても肉塊の内側を解析することができていない。

 普段はなんの感情もみせないカラスが、たいへんに不思議がって、少し喜んでいるようだった。

 

「なにが嬉しいんだ」

 

 と訊ねてみたところ……。

 

「未知のものを探求する。これは、わたしに組み込まれた原初の欲求なのです。その欲求に従い、わたしは長い長い旅を続けてきました」

 

 という返事がきた。

 ヤァータのことが、少しだけわかったような気がした。

 

 それは、さておき……。

 ブラック・プティングの弱点を探るには、どうすればいいか、である。

 

 あの日、おれはメイテルに、こう提案した。

 

「探査妨害といってもさまざまに存在しますが、今回、ブラック・プティングが内蔵している探査妨害は、魔力の流れを複雑化する方式です。流れが複雑なら、単純化してしまいましょう」

「単純化、ですか。具体的には?」

「ブラック・プティングの体内で強い魔力の流れを意図的に起こします。魔力探査を担う魔術師には、弱い流れは無視してもらい、その強い流れだけを追ってもらいます」

「強い流れ、ですか」

「はい、メイテルさま。ブラック・プティングは攻撃に対して反射行動で結界を張り、即座に反撃を行う様子。ならば……」

「連続して攻撃を仕掛けることで、強い魔力の流れを意図的につくり出せるかもしれない、と」

 

 メイテルはおれの提案を兄のもとへ持っていき、この作戦が承認された。

 

 通常は一撃必殺を狙う狙撃魔術師を集団で用いての連続攻撃。

 セオリーとは真逆な戦術である。

 

 そして、いま。

 リラがブラック・プティングを狙撃した。

 

 周囲に散らばった魔術師たちが、即座に探査魔法を行使してブラック・プティングを解析しているはずである。

 次はおれの番だ。

 

 幸い、リラの狙撃でブラック・プティングを覆う結界には綻びが生まれている。

 雪穴から身を乗り出し、長筒を構え、引き金を引く。

 

 魔力タンクは小型で貯めた時間は、たったの一日。

 そのぶん弱い、しかし普通の魔物ならば触れただけで蒸発してしまうような、ちから強い白い光が長筒の先から迸り……。

 

 まっすぐ伸びた白い光が、ブラック・プティングの正面に衝突する。

 派手な爆発が起こる。

 

 おれはすぐさま、魔力タンクに繋がった管を素早く切り離し、愛用の長筒だけを手にする。

 あとはメイテルと共に全力で逃げるだけ……。

 

「行きますよ!」

 

 ぐい、と空いた手を引かれた。

 おそらくは魔力で全身を強化しての、腕がちぎれるかと思うほどちから強い引っ張りだ。

 

 直後。

 上空から飛来した無数の魔法弾によって、おれたちが隠れていた穴は徹底的な爆撃を受けた。

 

 

        ※※※

 

 

 しばしののち。

 おれはメイテルに引っぱられ、地面を掘ってつくられた穴から地上に出た。

 

 おれたちが隠れていた雪穴には、あらかじめ退避用の横穴が掘られていたのである。

 この地に滞在する土木魔術師たちを酷使して一日でつくられたものにしては、だいぶ深く長い穴であった。

 

 その穴を使い、おれとメイテルはブラック・プティングの反撃から逃げ延びたのだ。

 土木魔術師たちには感謝しかない。

 

 冷えた新鮮な空気を深呼吸する。

 遠くの方で、連続した爆発音が響いていた。

 

 地面が小刻みに揺れる。

 だいぶ遠くまで逃げたはずだが、ブラック・プティングはまだ怒り狂い、暴れているようだった。

 

 他の狙撃魔術師たちは、上手くやっただろうか。

 急にちからが抜けて、おれは雪の上にぺたんと尻を落とす。

 

「怪我をしましたか? 少し乱暴に引きずりすぎましたか」

「いえ、大丈夫です、メイテルさま。少し気が抜けました」

「そうですか。あなたが無事で、よかった。わたしが護衛についた甲斐もあったというものです」

 

 メイテルは、くすりと笑う。

 

「それに、この目でしっかりとブラック・プティングの様子を確認できました。これから我々が打倒するべき相手を」

 

 なるほど、実際にその目で敵を確かめる、というのは重要なことだ。

 作戦を立てるにしても、段取りのイメージが変わってくる。

 

 狙撃魔法は段取りが八割。

 高名な狙撃魔術師の言葉だ。

 

「ありがとうございました。おれひとりでしたら、あの爆撃に巻き込まれていたかもしれません」

「他の者からも、無事との報告が入りました。狙撃五発、すべて成功の様子です」

 

 脱出した先には、御者つきの角鹿馬車が待っていた。

 馬車に乗り込むと、すぐに走り出す。

 

 夜までには町に戻れるだろう。

 そこからすぐに、休みなく魔力タンクに魔力を貯める作業が始まる。

 

「自分で決めたこととはいえ、これは少しばかり骨が折れますね」

「わたしのことは気にせず、少しでも眠っておきなさい」

「そうさせていただきます」

 

 目を閉じると、すぐ意識が闇に呑まれた。

 夢もみなかった。

 

 

        ※※※

 

 

 三日後。

 城塞都市エドルは、迫る巨大な肉塊の魔物を待ち構えていた。

 

 騎士とその従者たちが、町から少し離れた森の入り口付近に散らばっている。

 町を囲む壁の上に狙撃魔術師が三人配置されて、魔力タンクに魔力を満たしていた。

 

 おれは特異種トロルのときと同様、町のすぐそばの丘、その上に建つ伯爵家別邸の屋上だ。

 今回、そばにはリラの姿もある。

 

 冷たい風に、護衛の衛兵たちが身を震わせる。

 一線で戦える者は前線に出てしまったから、いまこの屋上にいる衛兵は若手ばかりだ。

 

 なかには、革鎧がまだぶかぶかの、十三、四歳とおぼしき子までいる。

 なんとも頼りのない護衛たちであった。

 

 若手には死んで欲しくない、と衛兵隊の上の方の配慮でここに配置されているらしい。

 メイテルから聞いたことだ。

 

「あなたのそばがいちばん安全でしょう」

 

 とのことである。

 あまり買いかぶられても困るのだが……。

 

 そのメイテルも、現在は森のそば、最前線のすぐ近くで指揮を執っている。

 今回ばかりは、それが必要だった。

 

 なにせ貴族たちと騎士たちの意見をすり合わせることができるのは、伯爵家の者だけなのだから。

 加えて……。

 

「わたしは痕滅魔法を学んでおります。あなたがたが失敗しても、この身に替えて町を守りましょう。そのためにも、わたしが前線にいる必要があるのです」

 

 魔力タンクに魔力を貯めているおれにそう声をかけて、彼女は笑って出陣していった。

 痕滅魔法とは、狙撃魔術師が誕生する以前に大型の魔物を滅ぼすために用いられていた、己の命を代価とする魔法のことである。

 

 町を守るためなら、己の命をも使い潰す。

 それが、伯爵家の一員として生まれた己の責務である、と。

 

 ふと、あいつの顔が、脳裏をよぎった。

 十五年が経ったいまでも思い出せる、メイテルの姉だった人物の笑顔が。

 

 彼女が家を出た理由のひとつには、こうした貴族の義務からの逃避があったのかもしれない。

 自分が生まれ育った家はあまりにも息苦しく、堅苦しい日々であったと、少しだけ聞いたことがあるのだ。

 

 当時は、それが貴族家だとは、辺境の伯爵家だとは思いもしなかったのだけれど。

 いや……ある程度は想像していて、その事実からおれが目を背けていただけなのかもしれない。

 

 首を振って、益体もない考えを頭のなかから追い出す。

 森の奥、地平線の彼方から、赤黒い巨大ななにかがゆっくりと姿を現わしたからだ。

 

 森の木々が、揺れる。

 でかい。

 

 三日前にみたときより、さらにひとまわりおおきくなっている。

 木々より背が高く、周囲の木々をなぎ倒し、あるいは吸収しながら、それが前進している。

 

 移動するたびに、その赤黒い全身がぷるぷると揺れる。

 大地が振動する。

 

 ブラック・プティング。

 ヒトを中心とした無数の生き物が融合した、ひどくおぞましい肉塊の魔物。

 

 とり込んだ魔臓の数が多いため弱点の解析が非常に困難な難敵だ。

 しかし、この町の魔術師たちは、その総力を挙げて、この魔物を丸裸にしてみせた。

 

 三日前、おれを始めとした狙撃魔術師たちが命を賭して放った五発の狙撃魔法。

 それに対するブラック・プティングの反応は、あらゆる方角から観測され、記録された。

 

 そのデータを解析した結果、ブラック・プティング本体の魔臓の位置が判明したのである。

 もっとも……。

 

「魔臓がぐりぐり動くなんて、わたし学院で習わなかったよ!」

 

 この二日間、おれの隣で同じく魔力タンクに魔力を貯めていたリラが叫ぶ。

 

「大丈夫だ。おれも初めて聞いた」

「観測した魔術師の方々も、計算した方々も、なんの間違いかと目をこすっておられましたよ」

 

 魔爵家出身の若い女性魔術師が、苦笑いする。

 今回、おれたちに対する護衛の総まとめとしてついてきたのが彼女であった。

 

 名を、テテミッタ。

 分厚い緑のローブを羽織り、赤毛を腰のあたりまで伸ばしている少女だ。

 

 おおきなふたつの紅眼がくりくりとよく動く、表情が豊かな人物である。

 腹芸は苦手そうな、素直なタイプとみうけられる。

 

 今回、彼女の主な役割は、各部隊との交信、伝令役だ。

 リラよりもひとつ、ふたつ年上にみえる彼女を前線に出したくはない、という貴族たちの思惑が感じられた。

 

「動く魔臓の現在位置を前線の観測班が割り出し、軌道を計算したうえで、みなさんに素早く伝達いたします。リハーサルは充分です。ご安心ください、必ずや本体の魔臓を捉えてみせます!」

 

 テテミッタは、ぐっと拳にちからを込めた。

 聞けば、帝都の帝立学院ではなく東部のとある公爵家がつくった学院に通い、つい先日、休暇で帰郷したばかりなのだという。

 

 リラをみていると勘違いしてしまうが、彼女のように飛び級で卒業する者はごく稀である。

 地方の学院でも、適度に留年して二十歳あたりまでに卒業すれば充分、という考え方が一般的なのだ。

 

 テテミッタは現在十七歳で、来年あたりには卒業できそうだという。

 まあまあ優秀の部類といえるだろう。

 

 学院を放り出されたおれみたいなのも、珍しい存在ではないのだし……。

 いやまあ、そんな昔の自分に対する弁護は置いておいて。

 

 彼女の発言の通りであった。

 

 ブラック・プティングの体内で動きまわる本体の魔臓の軌道を把握し、一撃で抉る。

 今回の作戦は、ただそれだけのために立てられたものだ。

 

 そのために、前線の貴族、騎士たちが中心となってブラック・プティングを足止めする。

 観測班の魔術師たちがその隙に魔臓の軌道を確認、おれたち狙撃班を誘導する。

 

 テテミッタは、ブラック・プティングの模型を持ってきていた。

 透明なガラスでつくられたもので、即席の模型とはとうてい思えぬ、工作系魔術師の力作である。

 

 このガラスの内部に入れられた黒い球体、魔臓を模したそれを、前線からの報告に従い、力場の魔法を用いて彼女が動かす。

 おれたちはそれをみて、狙撃の判断材料とする。

 

 ほかの三人のもとにも、同じ模型を手にした魔術師たちがいるはずだった。

 狙撃の順番は、すでに決まっている。

 

 前回とは逆で、最初に伯爵の部下である三人の狙撃魔術師が狙撃する。

 彼らが失敗したら、おれの出番だ。

 

 リラが念のため、後詰めとして控える。

 彼女にまで出番がまわることはないだろう。

 

 とは思うが……。

 エドルが滅ぶかどうかの瀬戸際なのだ、手抜きは許されない。

 

「壁の上の三人で仕留めてくれればそれでいいんだけどな」

「えーっ! 師匠が活躍しようよ!」

「無理なく危険を除去できれば、それがいちばんだ」

 

 戦いに時間をかければかけるほど、前線は消耗する。

 万が一、ブラック・プティングが街壁に到達してしまえば、目を覆うような被害が出るだろう。

 

 それをいうなら、狙撃の一番手をこの別邸に配置し、ブラック・プティングの興味をこちらに惹きつけるべきなのだろうが……。

 今回、その意見はメイテルが却下した。

 

 この別邸には、未だ流行り病で倒れた者たちが多く収容されているからだ。

 彼らを移送するには時間も人手も足りなかった。

 

 結果、ほかの狙撃魔術師が、病人たちのそばに長くいて病が移ることを恐れた。

 おれとリラにこの場所を押しつけたともいう。

 

 実際のところ、おれはヤァータのおかげでこの病にかかる可能性が限りなく低いらしい。

 リラも町を囲む壁の上に行ってもらおうと意見したのだが……。

 

「師匠のそばにいるよ。いざというとき、師匠を守るのはわたしだから!」

 

 と彼女はかたくなにそれを拒否して、おれの隣で魔力を充填することになったのである。

 麗しい師弟愛、ということにしておこう。

 

 さて……。

 地響きが、次第におおきくなってくる。

 

 赤黒い肉塊のような化け物は、間もなく森のはずれに到着するだろう。

 おれとリラは長筒を握り直した。

 

 

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