死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第2話

 おれが現在ヤァータと呼んでいる存在に出会ったのは、二十五歳のときだ。

 帝立学院から放逐され、恋人を失い、自暴自棄になっていたころのことである。

 

 死にかけたおれに、ヤァータは、二択を迫った。

 おれがヤァータに奉仕されるか、あるいはこのまま死ぬか。

 

「おれが死を選んだ場合、おまえはどうする」

「あなたというサンプルを失うのであれば、文明の救済は喫緊の課題と判断いたします。文明接触の段階を飛ばし、この星の知性体全体に奉仕するといたしましょう」

「全体に……奉仕?」

「すべての知性体を我々の管理下に置きます。我々は彼らに対して永遠に奉仕することができます。完璧な計画でしょう?」

 

 自信満々といった様子で、ヤァータはそういいきった。

 そのときのこいつの身体はいまのカラスではなく、もっと異形の形態をしていたのだが、なぜかえっへんと胸を逸らす幼児を想像させるほど、それは幼稚で無垢な態度にみえた。

 

 問題は、その幼稚な存在が、己の行動になんの枷もなく欲望にまかせて動いた場合、その目的を達成してしまいそうであったことである。

 おれは自分自身の命なんてとうに諦めていたが、恋人はよく、おれに「この世界も捨てたものじゃないよ」といっていた。

 

 彼女が好きだった世界を失うよりは、と思った。

 おれはこの存在に奉仕されることを受け入れた。

 

 以来、おれは死ねなくなった。

 惰性で生きて、十五年が経った。

 

 おれは四十歳になっていた。

 

 

        ※※※

 

 

 おれが現在、拠点としている城塞都市エドルは、帝都から馬車で二十日ほどの距離にある、豊かな森に囲まれた辺境の町だ。

 人口はたぶん五千人くらい。

 

 堅牢な壁に囲まれた町のなかには農民も多く住み、鍬を片手に日の出と共に開く門を出て、町の周囲につくられた畑に出かけている。

 もちろん付近のすべての民が町の内側で暮らしているわけではなく、酪農にいそしむ人々や少し離れたところに農地を持つ者は町の外に家を構えていることもある。

 

 とはいえ、それは危険と隣り合わせだ。

 森には魔物が身を隠す場所が多く、陽光神の加護が行き届かない。

 

 昨日の夕方、挨拶した羊飼いの家が、朝になってみたら魔物の群れに襲われて羊ともども全滅していた、みたいな話も年にいちどくらい聞く。

 まあ、そのうちの何割かは、魔物を装った野盗かもしれないが……そんな感じで、町の外における治安の悪さに関しては、帝都周辺の比ではない土地柄であった。

 

 で、ひとたび事件があれば、領主さまの直接の配下である衛兵隊だけでなく、おれが所属する狩猟ギルドの方にも話が来る。

 

 その日。

 おれはいつものように昼からギルドの一階の酒場の隅で安酒をあおり、ウェイトレスの少女テリサに呆れられていた。

 

「狙撃さんは、いつになったら次のお仕事をするんですか」

「さあ、どうするかねえ」

「いつまでもお酒ばっかり呑んでいたら、駄目な大人になっちゃいますよ!」

「だいじょうぶだ、もう駄目になっている」

「もうっ! そんなんじゃ、またギルド駄目男ランキング一位になっちゃいますよ!」

「また、ってなんだよ。あと、いまは一位じゃないんだな、おれ」

「いまの一位は四又かけていたのがバレて雲隠れしたジェッドさんで、二位は奥さんの実家から借りたお金で娼館に通っているのが判明したザギさんです。狙撃さんは三位ですね」

「一位と二位がヤバすぎないか? というかおれが不在だった間にあいつら……」

 

 そんな、至極どうでもいい話をしていると。

 入り口の扉が乱暴に開かれ、痩身の若い男が駆け込んできた。

 

「鉄熊団が森の魔獣にやられた!」

 

 そのときギルドの一階にいたのは、おれを始めとした中堅ギルド員が五、六人ほどだった。

 そのうちのひとりが片眉を吊り上げて立ち上がる。

 

「ジオル、やられたのは誰だ? また若い衆がひとり、ふたりくたばったか?」

 

 鉄熊団はこのエドルでも有数の大規模なグループだ。

 まだ尻が青いひよっこから引退寸前の白髪が生えたようなロートルまで、合わせて三十人近くが在籍している。

 

 森の魔物を組織的に、定期的に間引くのが主な仕事で、ローテーションを組み森に分け入っていた。

 そのぶん、まだ狩猟に慣れていない若手が怪我をすることは珍しくないのだが……。

 

「そうじゃねえ。やられたのは団長も含めた、主力の大半だ!」

 

 そのジオルと呼ばれた男の言葉に、酒場の雰囲気が変わった。

 皆が話をやめて、酒の入った木製のジョッキを机の上に置く。

 

「生き残りが三人、治療院に運ばれた。いま鉄熊団の留守番たちが事情を聞きにいってるが、どうも特異種が出たらしい」

「特異種……最近、森の生き物が興奮していたのは、そういうことか」

「前に出たのは七年前だったか?」

「六年前じゃねえか? ガガッツォが死んだ年だろ」

「あのときは春先だったよな。秋のいまごろになって……」

 

 口々に語り始める、酒場の中堅たち。

 そこに、太った人物がひとり、二階から階段をきしませて下りてきた。

 

 口髭を蓄えた、左腕のない壮年の男だ。

 ウェイトレスのテリサが「お父さん!」と叫んだ。

 

 そう、彼こそこの町の狩猟ギルドのギルド長にしてテリサをひとりで養育しているナイスダディ、隻腕のダダーである。

 若いころは神業じみた弓の腕で有名だったというが、十二、三年前に地竜に左腕を喰われ、引退した。

 

 それでもこの町の狩猟ギルド員は皆、彼の知識と知恵に一目置いている。

 ついでに、テリサをまっすぐに育てたその養育の手腕にも、だがまあそれはひとまず置いておこう。

 

「ギルド長」

「おまえの大声は聞こえていた。上で詳しい話を聞かせろ」

 

 汗だくで駆け込んできたジオルに、ダダーは己の豊かな白髭を揉んで、ゆっくりとうなずいてみせる。

 それから、酒場の隅で目立たないようにしていたおれの方を向く。

 

「おい、狙撃の」

「あのなあ、隻腕の。おれの名前は……」

「使い魔持ちの魔術師が出払ってるんだ。おめえの使い魔のカラスで、森の偵察を頼みたい。ざっくりと、でいい」

「わかった」

 

 おれは顔をしかめてジョッキを持ち上げると、残った酒を呑み干した。

 席を立つ。

 

「報酬は色をつけろよ」

 

 おれはギルドを出て、長年拠点としている宿に戻った。

 

 

        ※※※

 

 

 使い魔、とは魔術師が契約した動物や魔物の総称だ。

 ある程度以上の魔術師であることの証のようなものでもある。

 

 正確には魔術師の世界において、従属契約魔法というものを行使した対象のことを使い魔と呼び、一般に使い魔と呼ばれる存在のほかにもさまざまなパターンがあるのだが……。

 そのあたりは置いておこう。

 

 使い魔となった存在は知性が大幅に上昇し、主である魔術師との対話が可能となる。

 魔術師は使い魔との間に魔力の繋がり(パス)を得る。

 

 この魔力の繋がり(パス)を通じて、魔術師は離れた場所からでも使い魔の五感を利用することが可能であった。

 今回、ギルド長のダダーは、これを利用して森を偵察して欲しい、と依頼してきたのだった。

 

 おれの使い魔ということになっているヤァータは、三本足のカラスである。

 なんでもヤァータをつくった奴らにとっては神聖な存在の象徴とかで、ヤァータという名前もその存在に由来しているのだとか。

 

 宿でおとなしく留守番をしていたこのカラスに森の偵察を頼んでみたところ、快く承諾してくれた。

 

「っていっても、おれとおまえの間には魔力の繋がり(パス)がないんだよな。どうやって情報を伝えようか」

「そういうことでしたら、ご主人さま、こちらをお使いください」

 

 ヤァータがその口から、赤い宝石がはまった指輪を吐きだした。

 おそるおそる手にとってみれば、さっきまでこいつの口のなかにあったはずなのに、それは乾いていて……しかも赤い宝石は、自分自身で淡い光を放っている。

 

「なんだ、これは」

「ご主人さまに理解しやすい概念に落とし込みますと、音声伝達の魔法が込められた指輪です。わたしと連絡をとる際には、これに話しかけてください」

「お、おい」

 

 いいたいことだけいうと、ヤァータは窓の格子の隙間から器用にその身をひねって抜けだし、翼をはためかせて空に舞い上がった。

 おれはやれやれ、とため息をつく。

 

「ご主人さま、まずは森の東部からでよろしいでしょうか」

 

 指輪の赤い宝石がちらちらと点滅し、ヤァータの声が響いた。

 おれは指輪を顔に近づける。

 

「おれの声が聞こえているか?」

「はい、ご主人さまの音声は明瞭です」

「なるべく高度を上げて、森の奥に異常がないか確認してくれ」

 

 少し驚いたが、ヤァータといっしょにいると、こういうことにも慣れてくる。

 おれはヤァータにいくつか指示を出して、しばらく待った。

 

 

        ※※※

 

 

 しばしののち。

 おれはヤァータから得られた情報を手土産にギルドへ戻った。

 

 先ほどとはうって変わって、ギルドの一階の酒場はぎっしりと人で埋まっていた。

 すべての席が埋まり、立っている者もいる。

 

 その全員の視線が、入り口の扉を開けたおれに集中した。

 思わず、びくっとなる。

 

「なんだ、狙撃か」

「なんだ、とはなんだよ、ジェロ。ずいぶんないいぐさじゃないか」

「それより、偵察の情報を教えてくれ」

 

 若いギルド員と軽口を叩きあおうとしたところ、渋面のギルド長、隻腕のダダーがカウンターの向こうから制止する。

 おれは肩をすくめて、人混みをかき分けギルド長のもとへ向かった。

 

 カウンターには町の周辺のおおざっぱな地図が広げられていた。

 おれはテリサが差し出してくれた羽根ペンを受けとり、地図にいくつかバツ印を記入する。

 

「獲物の姿はみえなかったが、森の一部の樹木がなぎ倒されている。ここと、ここ。あと、重いものを引きずったような道が森の奥に続いていた」

 

 地図を覗き込んだベテラン数名が、ざわめく。

 やはり巨人か、という呟きも聞こえた。

 

「特異種の正体がわかったのか」

「治療院にかつぎ込まれた奴らに聞いたところ、トロルのようにみえたそうだ。ただし、身の丈が普通の奴の倍くらいあって、どす黒い肌で、四つ手だったと」

「でかくて、黒い肌で、四つ手……」

 

 トロルは森の妖精、とも呼ばれる魔物だ。

 妖精、といっても悪妖精のたぐいで、身の丈が普通のヒトを五割増しにしたくらいの、太った緑肌の肉食巨人である。

 

 その怪力と鋭い爪はヒトを易々と引き裂き、異常なまでの再生力により、たとえ首を斬られるなどの致命傷を受けても、しばらくしたら再生してしまう。

 体内にある魔力循環器官、魔臓と呼ばれる心臓のそばにある臓器を破壊することが、トロルを仕留める唯一の方法であった。

 

 もっとも、それだけなら、中堅にとってはさほど厄介な魔物とはいえない。

 中堅狩猟者になるための試練、といわれている魔物がトロルなのだから、彼らにとっては狩れて当然なのだが……。

 

「加えて、口から酸を吐いたそうだ」

「まるで竜だな」

「竜混じりじゃないか、と疑っている」

 

 ギルド長の言葉に、おれは思わず唸り声をあげた。

 

 竜混じり。

 おれが先日討伐した赤竜もそうだが、高い知性を持った竜という生き物は、気まぐれに他種族との間に子をつくる。

 

 魔法で目当ての種族に変身し、交わるのだという。

 そうして生まれた存在は、一般的に竜混じりと呼ばれていた。

 

 本来の種族よりもはるかに強い力と知性を持ち、その多くは異形で、しかも親である竜の力の一部を引き継ぐ。

 酸のブレスを吐いたとなると、片親は黒竜だろうか。

 

 それにしても、トロルと交わるとは、また悪趣味な竜もいたものだ。

 いや、そもそも竜とは悉く悪趣味であるらしいが……。

 

「鉄熊団は、団長をはじめとした十人近くが生きたまま喰われたそうだ。ヒトの味を覚えたトロルは、いずれ里に降りてくる。その前に、なんとしても討伐せねばならん」

 

 ギルド長が険しい顔で告げる。

 

「ご領主様の意見を伺ったあとのことになるが……おそらく、特異種討伐の特別依頼を出すことになるだろう。強制はしないが、指名者はできるだけ参加して欲しい」

 

 それは実質、強制じゃないかと思わないでもないが……。

 周囲の様子は、そんなことをいい出せる雰囲気ではなかった。

 

 ギラギラと目を輝かせて「竜混じりの皮膚は、どれだけ高額で買いとってくれる」とさっそく交渉を始める者がいる。

 にやりとして「いちど竜混じりと戦ってみたかったんだ」と腕組みする者がいる。

 

 報酬をどう分けるか話している者がいる。

 誰が一番槍になるか、隅で喧嘩が始まっていた。

 

 おれはそっと、その場を離れようとして……。

 

「おい狙撃の」

 

 とギルド長に呼び止められる。

 おれはしぶしぶ足を止め、振り返った。

 

「なんだよ、隻腕の。トロルが相手じゃ、おれの仕事はないだろう」

「そんなに嫌がるな。おまえは使い魔だけ出してくれればいい」

「竜混じりのブレス持ちが相手じゃ、空からでも万一があるんだぞ」

「わかっている。遠くから偵察してくれるだけでも、こちらはありがたい。もちろん、報酬は割増しで出す」

 

 そこまでいわれては、これ以上ごねるわけにもいかない。

 やれやれ、はした金じゃ釣り合わないんだがなあ。

 

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