死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第20話 黒竜の呪いと流行り病6

 小山のごとき醜悪な赤黒い肉の塊、ブラック・プティング。

 ヒトによってそう名づけられた魔物が、冬の森をゆっくりと這いずりながら、城塞都市エドルに近づいてくる。

 

 巨体に押しつぶされた木々が、きしんだ音を立てて倒れ、そのまま引き潰されていく。

 森の外の小高い丘で頂上付近の雪が崩れ、ちいさな雪崩が起き、雪煙が舞った。

 

 まだ遠く離れているというのに、地面が小刻みに振動しているのだ。

 おれはその光景を、エドルのそばに建てられた丘の上の伯爵家別邸、その屋上から眺めていた。

 

 森のはずれでは、二十人の騎士とその五倍の従者たち、そしてメイテルと彼女の従者たちが待機している。

 騎士は着ている革鎧こそばらばらながら、皆が揃いの穂先が黒い投げ槍を握っていた。

 

 従者たちは無手で、雪上で少しでもその身を隠すためか、全員が白い布を頭からかぶっている。

 果たして、ブラック・プティングを相手にそのような用心にどれほどの意味があるかはわからないが……まあ、やらないよりはマシ、といったところだろうか。

 

 彼らに対して、儀式用の金属鎧をまとったメイテルが檄を飛ばす。

 その声はおれには聞こえないものの、おそらく故郷を守るために奮起せよ、とでもいっているのだろう。

 

 人を死地に赴かせるには、理由が必要だ。

 それが守るべきものを背負った人々ならば、なおのこと、戦うべき理由をいま一度、思い起こさせてやるべきだ。

 

 貴族は、幼いころから、配下の者たちにその覚悟を決めさせるための教育を受けて育つ。

 かつてあいつが、そういっていた。

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら。

 あいつは、「命を賭ける理由なんて、自分のためだけで充分だよ」となんどもいっていた。

 

 その彼女は、最後におれを守るため戦い、死んだ。

 彼女のなかに、どのような納得があったのだろうか。

 

 メイテルが、手にした杖を高々と掲げる。

 作戦開始の合図だった。

 

 二十人の騎士は、一斉に森のなかへ突入した。

 少し遅れて、百人の従者たちが続く。

 

 森の淵の木々の上に登った貴族の魔術師六人が、朗々と詠唱を始める。

 ブラック・プディングの表面に浮き出た無数の顔が、前進してくる騎士たちをそれぞれ見据え、きょろきょろと動いた。

 

 まだ攻撃は始まっていないが、騎士たちに興味を抱いたのか、それとも脅威を覚えたのか……。

 正面の三つほどの顔が、おおきく口を開いた。

 

 耳を弄する咆哮が響き渡る。

 直後、それらの口から白い巨大な魔法弾が撃ち出された。

 

 魔法弾は雪の積もった地面に着弾し、森のあちこちで爆発が起こる。

 

「あんなものを喰らったら、ひとたまりもないぞ」

 

 おれの護衛についている若い衛兵のひとりが、怯えた声を漏らす。

 魔力を持たない彼らが何人集まっても、あの魔法弾の一発で全滅してしまうことは明らかだった。

 

 大型の魔物との戦いにおいて、魔臓のない者など、最初から戦力外なのだ。

 

 さて、ブラック・プディングの魔法弾による爆煙で視界が遮られたが、はたしてこの一撃をどれだけの者たちが生き延びただろうか。

 冷たい風が吹き、煙が晴れる。

 

 森のなか、積もった雪の上を高速で駆け抜ける騎士たちの姿があった。

 

 ほぼ全員が、いまの攻撃をくぐり抜けたようである。

 衛兵たちが、安堵の息を漏らす。

 

 騎士の従者たちは、爆発のはるか手前で動きを止め、罠の作成に入ったようだ。

 彼らの安全を確保するためにも、騎士たちが派手に動く必要があったのだろう。

 

「間合いの把握が上手いな」

 

 おれは呟いた。

 

「これまでのデータもあるんだろうが、魔物の攻撃が届かないギリギリのところまで踏み込んで、そこから一気に動いたんだ。だから、皆が無傷だった」

「メイテルさまの指揮の賜物です」

 

 おれたちのサポート役をする若い女性魔術師、テテミッタが語る。

 

「走るタイミング、止まるタイミングを完璧に把握されておりました」

「聞いたのか」

「はい。伝声の魔法(メッセージ)が、わたしを含めた全体に」

 

 メイテルを中心とした、騎士と貴族の魔術師たちを繋ぐ伝声の魔法(メッセージ)(ネットワーク)だ。

 今回の作戦の要となる、相互伝達手段である。

 

 ちなみにこの魔法、特定の魔導具を所持し、鍵となる魔法を発動させることで(ネットワーク)に入ることができる。

 魔導具だけでも、鍵の魔法だけでも駄目。

 

 戦争に用いることを前提とした魔法だから、ということらしい。

 ちなみに鍵の魔法の発動には、起点となるメイテルさまが任意に決めた暗号が必要である。

 

 ヤァータにいわせれば「ネットワークのセキュリティは最低限のリテラシーです」とのことだが、(ネットワーク)に入れないおれには関係のないことだ。

 単純に、おれは狙撃魔法以外の魔法を使えないからな……。

 

 で、ほかの魔法を使えないおれはともかく。

 リラがその(ネットワーク)に入っていないのには、理由がある。

 

 狙撃魔術師は、魔力タンクに魔力を貯める間、ほかの魔法を使えないからだ。

 厳密には、おれもリラも暖房の魔導具や代謝抑制の魔導具などを起動させているのだが……それはあくまで、魔道具という補助があってのことだ。

 

 リラがいくら天才でも、狙撃魔法と同時に伝声の魔法(メッセージ)を使うのは無理なのである。

 だからこそ、テテミッタのようなサポートの人材が必要なのだった。

 

 エドルの壁の上で待機しているほかの狙撃魔術師たちも同様である。

 さて、ブラック・プティングの第一射を、騎士たちは無事に回避できた。

 

 しかしまだ、彼我の距離は百歩ほどもある。

 雪上で、騎士たちの姿はひどく目立った。

 

 このままでは、第二射のいい的だ。

 ここで、森のすぐ外で待機していた魔術師たちの魔法が発動した。

 

 霧の魔法だ。

 ブラック・プディングの周囲の雪が溶け、霧となって周囲の広い範囲を包み込む。

 

 こちら側も魔物の姿が視認できなくなるというデメリットがあるものの、時間を稼ぐには充分。

 そのはずだったのだが……。

 

 巨大な魔物についた無数の口が、悲鳴のように耳障りな声をあげる。

 ブラック・プティングを中心として猛烈な突風が発生し、霧が勢いよく吹き飛ばされた。

 

 魔物は視界を奪われることを厭い、すぐこれに対応してみせたのだ。

 視界が晴れた。

 

 騎士たちは、思ったよりずっと敵に肉薄していた。

 二十歩ほどの距離だ。

 

 肉体強化魔法を使い、全力で距離を詰めたのだろう。

 ブラック・プティングの表面に浮かび上がった顔たちが、一斉に騎士たちの方を向く。

 

 猶予はない。

 騎士は一斉に立ち止まると、ブラック・プティングめがけ、手にした黒い槍を投擲した。

 

 それらは綺麗な放物線を描き……。

 あらかじめ魔物の結界に同調した加護を付与された槍は、結界をたやすく貫いて、次々とぶよぶよの肉塊に突き刺さる。

 

 それはブラック・プディングの巨体に比してあまりにも矮小な攻撃で、奴にとっては羽虫に刺された程度の痛みであろう。

 だが、それでよかった。

 

「撤収!」

 

 メイテルの声が魔法で拡大され、森に響き渡る。

 騎士たちは、素早く身を翻し、散開してブラック・プディングから距離をとろうとする。

 

 彼らの背に対して、無数の魔力弾が放たれた。

 何人かの騎士は見事に避けきったものの、運か実力に欠けた数人が魔力弾に撃ち貫かれる。

 

 絶叫が風に乗って森の外まで届き、彼らが倒れ伏す。

 真っ白な雪の上の赤い染みとなる。

 

 おれの場所からでは騎士たちの顔はわからないし、もとより彼らの区別もつかないが……。

 彼らはいずれも、己の領地とする村を持つ者である。

 

 エドルが破壊されれば、周辺の村も立ちいかない。

 故に、これは命を賭けるに値する戦いだ。

 

 ひとりの騎士が、近くで倒れた別の騎士を助け起こす。

 別の騎士が、撤退を援護するためか、立ち止まって背負った弓を手にすると、素早く矢をつがえて立て続けにブラック・プティングに放った。

 

「あれ、あの弓を持った騎士」

 

 おれと共にその光景をみていたリラが呟く。

 

「わたしが、酒場で殴り倒したひとだ」

 

 矢はブラック・プティングを包む結界に弾かれ、まったく効果がなかった。

 それでも、相手の注意を惹くことには成功したようだ。

 

 弓を手にしたその騎士のもとに、次の魔力弾が集中する。

 派手な爆発が起こって、雪が舞いあがる。

 

 はたして、爆発のあと……。

 

「結構やるね」

 

 リラが、にやりとする。

 弓を手にした騎士が、雪上を飛ぶように駆け、撤退するところだった。

 

 どうやら、上手く切り抜けたらしい。

 あんな奴でも、騎士のなかでは上澄みということなのだろう。

 

 そのちからも、命を賭して戦友を守ろうとする心根も。

 彼の時間稼ぎのおかげで、仲間を助けた騎士も無事、ブラック・プティングから遠く離れることに成功している。

 

 騎士二十人のうち、十五人は生き残っただろうか。

 彼らの挺身によって、舞台は整った。

 

「観測班から連絡、来ました。探針、二十本すべての活動を確認。いけます!」

 

 テテミッタが弾んだ声で告げる。

 作戦の第一段階は成功したのだ。

 

 探針。

 騎士たちが投げた槍は、今回のために特別につくられた、ブラック・プディングの内部の魔力伝導を探るための針なのである。

 

 身体のあちこちに刺さったこの針から魔力の流れを辿ることで、立体的にブラック・プディングの内部の状況を把握することができる。

 動きまわる魔臓の軌道を多面的に把握するのだ。

 

「従者隊と狩猟ギルド班、罠の仕掛けが完了したとの報告。撤退します」

 

 彼女の言葉の通り、任務を終えた従者たちと狩猟ギルドの精鋭たちがブラック・プディングの進行方向から離れ、左右に散っていく。

 騎士たちの突進は、彼ら肉体強化魔法すらままならぬ者たちが仕事を果たすまでの足止めも兼ねていた。

 

 ブラック・プディングは、そうとは知らず、怒り狂った様子で魔力弾をあちこちに吐き散らしながら前進する。

 そして――罠に、かかった。

 

 木々と雪に隠された目の粗い網がぶわりと広がり、巨大な肉塊の全体を包み込む。

 網の四方の端が魔法で加速し、ブラック・プディングの後方、雪が削れて露出した地面に深く突き刺さった。

 

 森で魔物を捕まえるための仕掛け網の魔道具を超巨大にしたものだ。

 今回の目的のためだけに、錬金術師たちが徹夜でつくりあげた一品である。

 

 ほんのわずか、ブラック・プティングの動きを止める。

 ただそれだけにつくられた、渾身の仕掛けは見事に成功した。

 

「狙撃魔術師!」

 

 メイテルの命令が響く。

 少し遅れて、都市を囲む壁の上から虹色の光が放たれた。

 

 光はひと筋の糸となってブラック・プディングのもとまで伸び、その正面を貫く。

 白い光が目を焼いた。

 

 爆発。

 衝撃波がおれたちを襲い、別邸全体がおおきく揺れる。

 

 階下から、逃げることもできない患者たちの悲鳴があがった。

 

 普通の魔物であれば、跡形もなく消し飛ぶような一撃だ。

 しかし、爆発の煙が晴れたあと……。

 

 ブラック・プディングは、未だ健在だった。

 開いた穴から煙をたててはいるものの、潰れた顔の周囲の肉がじゅぷじゅぷと蠢き、ゆっくりと穴を埋めていく。

 

「そんなっ、ラクロおじさんが魔臓を外すなんてっ!」

 

 テテミッタが悲鳴にも似た叫び声をあげる。

 いま狙撃した者が、彼女の親類であるらしい。

 

 さぞや腕のいい狙撃魔術師なのだろう。

 メイテルが初撃を指名したことからも、それは窺える。

 

 本来ならば、この一撃で決まるはずだった。

 しかし、そうはならなかった。

 

「テテミッタ、状況は?」

 

 おれはそんな彼女に訊ねる。

 少女は、はっとわれに返って、ちいさくうなずいてみせた。

 

「結界の角度に、事前予想から変化あり。結界を貫通した際、わずかに軌道がずれた模様です。すぐに再計算して……」

「その暇はなさそうだ」

 

 ブラック・プティングの着弾点の周囲の顔が、七つ、おおきく口を開いた。

 反撃が、来る。

 

「第二射、第三射、急げ」

 

 拡声されたメイテルの冷静な声が響き渡る。

 命令に従い、エドルを包む壁の上にいる残りふたりの狙撃魔術師は、身を隠すことより己に与えられた命令を遂行することを優先した。

 

 二発の白い筋が、たて続けに放たれる。

 この短時間で、自分たちのカンだけで弾道を修正したのだろう。

 

 ブラック・プディングは二度、その身を貫かれ、体勢を崩すも――。

 七つの口は、ほぼ同時に魔法弾を放っていた。

 

 七発の魔法弾はいずれも都市を囲む壁に命中し、轟音と共にすさまじい爆発を起こす。

 幾重にも石を重ねて建てられた堅牢な城塞に、いくつもおおきな穴が開いた。

 

 壁の一部は、まるまる区画ひとつが消し飛んでいる。

 もちろん、その上にいた者たちなどひとたまりもないだろう。

 

「魔臓の破壊、認められず」

 

 固唾を呑んで戦いを見守っていたおれとリラのそばで、テテミッタが事務的に告げる。

 いや、その表情は青ざめており、声は少しだけうわずっていた。

 

「魔臓の軌道に誤差を確認。もういちど、今度こそきちんと軌道の計算を……」

 

 あまりの被害と敵の強大さにくじけそうになりながらも、さきほどとは違い、冷静であろう、と懸命に努力しているのだ。

 彼女はいずれ、いい魔術師になるだろう。

 

 それも、この戦いを生き延びることができれば、の話だ。

 おれとリラは彼女を急かすことなく、沈黙して再計算の結果を待った。

 

「魔臓の軌道計算終了。このパターンです」

 

 彼女が両手で抱えるブラック・プディングの透明模型、その内部の魔臓を示す球体が、球を真ん中で捻ったような螺旋軌道を描く。

 なるほど、これでは当てるのも容易ではない。

 

「師匠、わたしがやるよ」

 

 リラは、おれがなにかいう前に長筒を構えた。

 頭のなかで魔臓の軌道を計算しているのだろう、慎重に狙いをつけている。

 

「ヤァータ」

 

 おれは上空を透明化して旋回しているはずの、わが親愛なる使い魔に声をかけた。

 左手の腕輪が、かちかち、と光って反応を返してくる。

 

「この螺旋軌道は合っているのか」

 

 かちかちかち、かちかち、かちかちかち。

 この光の明滅は――。

 

 否、である。

 

「リラ、撃つなっ!」

 

 おれは舌打ちして、そう叫ぶ。

 しかし、わずかに遅かった。

 

 リラは長筒の引き金を引く。

 虹色の細い筋が、ブラック・プディングに向かってまっすぐに伸び――すさまじい爆発が起こる。

 

 これで、敵は屋上のおれたちを認識した。

 轟音のなか、おれは叫ぶ。

 

「ヤァータ! おれとリンクしろ!」

「はい、ご主人さま」

 

 次の瞬間、おれはヤァータとなって、上空を旋回しながらブラック・プディングの巨体を見下ろしていた。

 そして、みる。

 

 魔臓が螺旋軌道を描きながら、時に上に、時に下に、ゆらゆらと揺れている様子を。

 騎士たちの刺した探針の位置は、いずれもブラック・プディングの巨体の下方であった。

 

 多面的、立体的に捉えているといっても、上方からの視点がなかった。

 故に、魔臓の微妙な上下振動を探知できなかったのである。

 

 ヤァータは探針からのデータを勝手に入手し、加えて上空からの独自の解析も行なっていた。

 結果、おれの使い魔ということになっているこいつだけが、正しい情報を入手することになった。

 

 ブラック・プディングの注意が別邸に向けられる。

 その屋上にいるおれとリラに向けて、無数の顔が口を開く。

 

「させるかよ」

 

 リラの一撃で、ブラック・プディングを包む結界が破れている。

 カンだけで軌道計算を行なう。

 

 おれは長筒を構え、引き金を引いた。

 放たれた虹色の光は、まっすぐに伸びて、魔臓を的確に射貫いた。

 

 巨大な肉塊の魔物が、断末魔の声をあげる。

 

 

        ※※※

 

 

 しばしののち。

 ブラック・プディングと呼称された魔物は、魔臓を潰された後もその身を引きずって前進し、森のすぐ外まで進出した後……。

 

 ゆっくりと、巨体を雪の上に横たえ、動かなくなった。

 方々から歓声があがる。

 

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