死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第21話 黒竜の呪いと流行り病 完

 かくして、ブラック・プディングは討伐された。

 城塞都市エドルに多大な被害を残して。

 

 崩れた壁の復旧、斃れた者たちへの保証、人々の慰撫……。

 メイテルさまも、頭の痛いところだろう。

 

 そもそも、未だ疫病は続いている。

 黒竜の脅威も健在である。

 

 それでも。

 いまだけは、皆と喜びを分かち合うべきだろう。

 

 護衛の者たちが歓声をあげるなか。

 おれは、未だ先端が熱を放っている長筒を下ろした。

 

「師匠、師匠! やったね! さすが師匠!」

 

 とたん、喜色満面のリラが飛びついてくる。

 体当たりといってもいいくらいの衝撃があって、身体がぐらりとよろけ、かろうじて踏みとどまる。

 

「あっ、ごめんなさい」

「いや、いい」

 

 はしゃいだことを恥じているのか、赤面して頭を下げるリラ。

 ははは、普段は賢く立ちまわっていても、まだまだ子どもだ。

 

「問題はないか」

「問題?」

 

 リラはきょとんとして小首をかしげた。

 おれは彼女が放り出した長筒を回収し、砲身に歪みがないか、ひび割れがないか確認してから彼女に返す。

 

「大丈夫だな。すぐにでもまた使えるだろうが、あとでいちおう、再点検はしておこう」

「はい、師匠。狙撃のあとも、次のことを考えろ、ってことだね」

「ことに今回は、な」

 

 おれは森の方を眺めた。

 分厚い鈍色の雲が割れて、隙間から青空が顔を覗かせる。

 

 弱々しい日差しが、ブラック・プディングの無残な死骸を照らしていた。

 そして……無数のカラスが、エドルの崩れかけた壁とこの別邸のまわりを遊弋している。

 

 彼らは死肉を漁る機会をうかがっているのだろうか。

 それとも……。

 

「あ、あれ。繋がらなくなっちゃった」

 

 テテミッタが戸惑った様子で左耳をとんとん叩く。

 さきほどまで騎士や貴族たちと繋がっていた伝声の魔法(メッセージ)が途切れたようだ。

 

「すまないが、メイテルさまに今後の指示を仰いでくれ」

「はっ、はいっ。直接、指示を確認してきます!」

 

 若き魔術師は、慌てた様子で屋上から飛び降りた。

 赤毛を揺らして木の葉のようにゆらゆらと揺れながら、除雪された中庭に着地。

 

 いちどこちらを振り仰ぎ、笑顔でおおきく手を振ってから、猪もかくやという速さで森の方へ駆けていく。

 若い子は元気だなあ。

 

 護衛の若者たちも、互いに手を叩いたり抱き合ったりしている。

 皆が、戦いが終わったことに心から安堵していた。

 

 さて、と……。

 空を舞うカラスの一羽が、おれのもとへ下りてきた。

 

 ヤァータではない。

 ほかの個体よりひとまわりおおきな、赤い目をしたカラスであった。

 

 カラスは屋上の出入り口の屋根に立つと、おれとリラを見比べて、おおきくカァと鳴いた。

 リラが、さきほどとはうってかわり、緊張した面持ちで呟く。

 

「使い魔だね」

「ああ、だろうな」

 

 ヤァータと視界を共有した際のことだ。

 異様な熱量を持つカラスが、ブラック・プディングから少し離れた太い木の枝にとまり、じっと別邸の方を眺めていることに気づいたのである。

 

 ヤァータはそのカラスの熱量を調査し、尋常ではない個体であると識別し、おれに判断を仰いだ。

 おれの結論は、捨て置け、であった。

 

 いまはブラック・プディングを倒すことを優先するべきである、と。

 そう判断したのであるが……。

 

 戦いは、終わった。

 そして異常な熱量を持つというカラスは、おれのもとへやってきた。

 

「我は戦士の健闘を讃えよう」

 

 カラスが、少し聞き取りにくい、しわがれた声でそう告げた。

 さきほどまで喜んでいた護衛の若者たちがざわめき、リラが眉をひそめる。

 

「師匠、これって」

 

 おれは軽く片手をあげて、護衛たちとリラを黙らせる。

 ある程度、予想していたことではあるが……。

 

 それでもやはり、おれは驚いていた。

 黒竜はずる賢く、油断ならぬ性格で、慎重であると聞く。

 

 ならば己が送り込んだ魔物がこの町と戦う様子を観察していてもおかしくはない。

 ない、のだが……。

 

 ではなぜ、こいつはわざわざおれにコンタクトをとってきたのだろうか。

 あげくに、健闘を称えてくれるとは。

 

 ありがたくて涙が出そうだ。

 護衛の者たちが、慌てて剣を手に、カラスに詰め寄ろうとした。

 

「皆、動くな」

 

 おれは鋭くそう告げる。

 相手に敵意はない、とみてとったのだ。

 

 はたして護衛の若者たちは、立ち止まって困惑した様子でおれを振り返る。

 おれはゆっくりと首を横に振ってみせた。

 

「貴重な、相手からの接触なんだ。情報を引き出したい」

「で、ですが……」

「どのみち、その使い魔はきみたちの手に負えるような相手じゃないよ。いざとなれば、おれとリラがやる」

 

 しぶしぶ、といった様子で引き下がる護衛の者たち。

 実際のところ、万一、なにかあった場合に対処するのはリラひとりなのだが……まあ、こういっておかなければ彼らも引っ込みがつかないだろう。

 

 おれは、改めて赤い目の大柄なカラスに向き直る。

 

「あんな醜悪なものを送り込んで、おれたちが悪戦苦闘している様子を観察しているなんて、ずいぶんと悪趣味じゃないか」

 

 リラが、おれの服の袖をぎゅっと握る。

 カラスは、黒い翼をおおきく広げ、ばさばさと羽ばたかせた。

 

「おまえたちとて、己の土地を無粋に踏み荒らす者に対しては相応の報復を行なうであろう? それが均衡というもの。違うかね?」

「先にこっちが手を出した、といいたいのか。答え合わせをしようじゃないか。流行り病は?」

「我の使者と病の流行、時期が重なっていたことは認めよう。だが、我は病とはなんの関係もない。我らの神、七つ首の天竜にかけて誓う」

 

 七つ首の天竜。

 一般的には、竜たちが信仰する神であるといわれている。

 

 おれは肩をすくめてみせた。

 竜が己の神に対して誓うことになんの意味があるのか、おれにはさっぱりわからない。

 

 もしそこに大切な意味があるのなら……。

 こいつ、みかけの態度とは裏腹に、ずいぶんと真面目じゃないか。

 

「どんな魂胆があって、そんなに誠実なんだ」

「誠実で、なんの問題があるだろうか。無駄な嘘や欺瞞は対立を深めるだけであろう?」

「道理だ。それだけに、気に入らない」

 

 黒竜は、その嘘や欺瞞こそ尊ぶといわれている。

 いまさら、殊勝な態度に出られても、これっぽっちも信用できない。

 

 カラスが、しゃがれ声で笑った。

 

「相も変わらず内輪揉めに忙しいおまえたちの常識では、そうなるのだな。実に面白い。我の言葉は、素直に、ありのままに受けとればよいのだ」

 

 内輪揉めに忙しい者たち、か。

 実際にその通りなのだから、なにもいい返せない。

 

 今回、黒竜のもとに討伐隊を送り込んだのも、一部の派閥が、疫病の責任を外に求めた結果である。

 実際に黒竜が疫病の原因である、と皆が皆、信じ込んでいたわけではあるまい。

 

 黒竜としては、とばっちりもいいところだ。

 まあそもそも、種として強靱で個々が強大なちからを持つ竜と違い、脆弱な生き物であるヒトは、群れなければ生きていけない。

 

 ヒトが集まれば、派閥が生まれる。

 意見の対立が生まれ、それを上手く調整できなければ、余所からみればひどくいびつな結論が飛び出てくる。

 

「衆愚のなかから、おまえのような傑物も生まれる。故に我はおまえたちを侮らぬ。讃える、とはそういうことだ」

「今回も偶然上手くいっただけで、見込み違いもいいところだ」

「ただの偶然が二度も続くものか」

 

 ちっ、特異種のトロルのときのことも知っているってことか。

 厄介なやつに目をつけられたな。

 

「そう心配するな。おまえが讃えられて喜べぬ個体であることは理解した。我は安堵したぞ」

「安堵、だと?」

「功を求めぬのであろう? そのような者は、わざわざ我を排除しに来ることもなかろう。おまえたちの言葉でいえば、枕を高くして眠れるというものだ」

 

 また、カラスは耳障りな笑い声をたてる。

 こいつはいま、なんといった?

 

 こいつは、黒竜は。

 おれが殺しに来ることを恐れていると、そういったのか?

 

 いや、まあいい。

 そういうことなら、おれがいうべきことはひとつだ。

 

「おれは自分の住処の平穏が第一だ。この地が荒らされなければ、ほかはどうでもいい」

「賢明なことだ。おまえは長く生きるだろう。ヒトの命の限りにおいて、ではあろうがな」

 

 はたしてそうかな?

 はっはっは、ヤァータめ、適当なところで死なせて欲しいんだがなあ。

 

「せいぜい、限りある生にしがみつくがよい」

 

 最後にそう告げて、カラスは空に舞い上がった。

 たちまち高度をあげて、周囲を舞う群れに紛れてしまう。

 

 おれは全身のちからを抜いた。

 その場に腰を下ろし、おおきく息を吐く。

 

「やれやれ、虚勢を張るのも苦労するよ」

「師匠、大丈夫?」

「全然、大丈夫じゃない。腰が抜けるかと思った」

 

 

        ※※※

 

 

 ブラック・プディングに破壊された壁の修復には、土木工事に長けた魔術師たちが総掛かりで二十日以上はかかる、と見積もられた。

 あのとき壁の上にいた者たちは、幸いにして魔術師のみで、皆が皆、上手く逃げ延びたという。

 

 逃げ足が早いのも、狙撃魔術師にとって大切な技能のひとつだ。

 領主お抱えの彼らは、じつに優秀な狙撃魔術師であった。

 

 騎士と従者たちの被害はおおきかった。

 生き延びた騎士の数人も、重い怪我の後遺症で戦えなくなり、代替わりしたという。

 

 こうして、ブラック・プティングとの戦いは終わった。

 おれは黒竜との会話の内容をメイテルに伝えた。

 

 彼女は少し考え込んだあと、「忘れなさい」とおれに忠告した。

 

「あのようなものに目をつけられたことを吹聴したところで、いいことなどひとつもありません」

「おれはただ、平穏無事に過ごしたいだけなんですがね」

「我々、この土地を預かる者たちとてそう思っています。なんとも、ままならぬものですね」

 

 互いにうなずきあった。

 いやはや、このようなトラブル、二度とごめんである。

 




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