死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第22話

 冬の最中、一年でもっとも昼の時間が短い日を前年の終わりとし、その翌日を新年の始まりの日とすることで、帝国の暦はつくられている。

 年が明け、新しい一年が始まった。

 

 流行り病は徐々に終息しつつあり、狩猟ギルドの酒場にも人が戻った。

 テリサは「みなさんもっと飲み食いしてください。さあ、わたしにお金を捧げるのです」と労働に忙しい。

 

 ブラック・プティングの討伐後、大々的な森の調査が行われ、狩人たちは軒並みそれに動員された。

 領主から支払われた報酬によって、ギルド員たちの懐は暖かい。

 

 酒場は毎日大入りで、普段はあまり注文されないような高い酒がばんばん注文されているらしい。

 テリサは臨時雇いのウェイトレスも動員して、懸命に注文を捌いている。

 

 いいことばかりではない。

 新年を祝う祭りは、中止となった。

 

 領主としては、是非ともこれを例年通りに執り行い、城塞都市エドルの無事をアピールしたかったところであろうが……。

 

 単純に、人手が足りなかった。

 生き残った貴族たちは毎日徹夜でブラック・プティング戦の後始末を行ない、過労で倒れる者が多数出る始末なのである。

 

 壊れた壁を修理するのも、巨大な魔物を解体して埋めるのも、雪が降り積もるなかあちこちに連絡するのも魔術師たちの仕事なのだから、仕方がない。

 そもそも黒竜討伐部隊に加わった魔術師たちが全滅したせいで、各家、魔術師の数が足りないのだ。

 

 加えて、大量の書類仕事が発生している。

 生き残った高貴な人々は、明日のために地獄のデスクワークをこなしているのであった。

 

 目もとに深い隈をつくったメイテルが「ところであなたの弟子、書類仕事とか得意そうではありませんか」と不穏なことをいってきたので全力で断ったのも、いまとなってはいい思い出だ。

 親心として、リラには是非とも健康に育って欲しい。

 

 まあそんな彼女は現在、土木関係の魔法が得意な魔術師のひとりとして、町を囲む壁の修復にいそしんでいるのだが……。

 多才なヤツは、大変なのである。

 

 

        ※※※

 

 

 さて、弟子と違い非才なおれは、今日もギルド一階の酒場で杯をあおっている。

 席はどこもいっぱいだから、当然のように相席だ。

 

 今回、テーブルを囲むおれ以外の三人は、いずれも狩人だった。

 壮年の男がひとりと、まだ子どもといえるような少女がふたりである。

 

 少女たちは、少しだけ魔法が使えるとのことであった。

 貴族の血が拡散した結果、魔臓を備えた平民も在野に多くいる。

 

 彼らの多くはその才能を開花させることがなく生涯を終えるが、運よく魔力の引き出し方を学んだ者たちの多くが、その才を生かす道を選ぶこととなる。

 ふたりは孤児で、今年の春に雪解けを待って孤児院を出ることになっているとのことであった。

 

 孤児院にいる間に熟練の狩人に弟子入りし、自分たちだけで生きる術を学んでいる最中なのだ。

 一年前に孤児院で魔臓の検査を受けた際、体内で魔力を循環させるに充分な魔臓があると見込まれ、最低限の訓練を受けることができたらしい。

 

 このエドルの孤児院でわざわざ魔臓の検査をしてくれる孤児院は少なく……。

 というか領主の妹であるメイテルが運営する孤児院のみである。

 

 だから、自分たちは幸運なのだ、とふたりは語る。

 

「おかげでわたしたち、魔法で身体能力を強化したり身体を温めたりできるようになりました。まだ見習いですけど、冬でも森でお仕事ができる人は少ないから頼もしい、ってギルド長に褒められました」

 

 きらきらした目でそう語る、ふたりの少女。

 

「でも、ふたりとも弓の才能はあんまりないみたいで……。だから罠猟をメインに、師匠からいろいろ学んでいるんです」

 

 壮年の男が、このふたりの師匠である。

 彼はギルドの古株で、以前、事故で妻と娘を亡くしていた。

 

 ふたりが自分の娘のようにみえているのだろう。

 うんうん、わかるよ、その気持ち。

 

「なんだ、狙撃の。おれのことをじっと見つめやがって。気持ち悪い」

「いや、まあ、な。優秀な弟子たちで、なによりじゃないか」

 

 師匠であるその男が、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「冬に動けるやつは貴重だからな。こいつらがモノになってくれれば、おれたちが楽をできるってもんだ」

 

 それは、ある程度本音だろう。

 他所では冬の森に多くの狩人が入っていくところもあるらしいが、この地において冬の森はひどく危険だ。

 

 山脈付近の魔物が餌を求めて森の浅層まで出てくるという事情がひとつ。

 雪に足をとられ、魔物から逃げることが難しいというのがもうひとつ。

 

 だからこそ、魔法が使える狩人は重宝される。

 それがたとえ、基礎の基礎程度であっても、だ。

 

「狙撃の。そんなことより、おまえさんの弟子はどうした。最近、全然姿をみないじゃないか」

「リラのやつは器用だからな。いまは壁の修理だよ。あれだけは、一刻も早く元に戻さなきゃいけないってことでな……」

「お貴族様のお仕事じゃないか。たいしたもんだ」

「まったくだ。おれなんかと違ってな」

 

 笑って、エールを飲み干す。

 近くの臨時雇いのウェイトレスにおかわりを頼んだ。

 

「あと、鞭角鹿の串焼きを八本、山菜のサラダも頼む」

 

 来た料理は、おれのおごりとして皆に振る舞った。

 少女たちが、嬉々として串焼きを頬張っている。

 

 鞭角鹿は、馬よりひとまわりおおきな体長と鞭のようにしなる長い角が特徴の魔物だ。

 草食ながらひどく獰猛で、人であろうと熊であろうと、みつけ次第、長い角を振りまわして襲いかかってくる。

 

 反面、肉が非常に柔らかく、熟成させなくても美味と評判なのである。

 ブラック・プティングに怯えて里に降りてきた鞭角鹿が数頭いたらしく、討伐されたこれらの肉をギルドが仕入れ、お得な値段で提供されていた。

 

 他にも森の外に逃げた生き物は多いらしくて、近隣の集落では村人たちが総出で駆除にあたっているとか。

 森の秩序は、今回のことでめちゃくちゃになってしまった。

 

 冬眠していたはずの熊や兎、それらに似た魔物たちが、森からだいぶ離れた村の付近に出没しているという。

 連絡が途絶えた小規模の集落に騎士が赴いてみたら、全滅していたという痛ましい話もあった。

 

「ところで、狙撃の」

「なんだ」

 

 少女たちが肉に目の色を変えているうちに、と壮年の男がおれに顔を近づけ、声を落とす。

 

「黒竜と話をしたってやつ、おまえだろう? 黒竜は、やはり流行り病とは……」

 

 なんでおれにそれを聞くんだよ。

 いや、おれと黒竜の会話は若手の衛兵たちも聞いていたから、そのへんから漏れたんだろうが……。

 

 いちおう箝口令が敷かれたんだがなあ。

 おれは肩をすくめてみせる。

 

「ご領主様の発表の通り、無関係なんじゃないか」

「おまえの口から聞きたい」

「おれには嘘を見破る技術なんてない。ご領主様がおっしゃったなら、そうなんだろうさ」

 

 これも本音である。

 男はおおきく息を吐いて、「そうか」と呟いた。

 

「どうしたんだ、急に」

「おれの妻と娘が病で亡くなった、って話は知っているだろう」

「ああ」

「あの病も、誰かが流行らせたものだったなら……。おれも、その誰かを憎むことができたのかな、と……ふと、な」

 

 なるほど。

 病を憎んでも、その怒りのぶつけどころなどどこにもない。

 

 だが、黒竜が病の源だというのなら、黒竜を憎むことができる。

 やるせない気持ちの行き所、というのがみつかる。

 

 貴族たちが黒竜討伐の旗を掲げた理由のひとつには、そういった感情もあったのかもしれない。

 憎まれる方としては、たまったものじゃないだろうが……。

 

 すべてを理屈だけで割り切ることができる者は少ない。

 それが、ヒトである。

 

 年をとっても……いや、年を経ればこそ。

 積み重なった気持ちの厚みは、いっそう重いものとなる。

 

 おれがあいつを失ったときは、どうだっただろうか。

 ああ、そうだ。

 

 自分自身のちからのなさ、無力さに苛まれ……しかし、それはすべて、おれ自身に向かっていた。

 仇である悪魔はあのとき滅ぼしてしまったから、ほかに怒りをぶつける相手もいなかったのだ。

 

 もしそうでなくて、あいつを病で失ったとしたら。

 おれは、あの後、どうしていただろうか。

 

 首を振る。

 いまさら考えても仕方がない。

 

 新しいエールが入った杯を、ぐいとやる。

 このやるせない気持ちごと、押し流す。

 

「まだ腹に入るなら、おれの分の串焼きも食ってくれないか」

「え? いいんですか、狙撃さん」

「思ったより脂が重たくてな……」

「わっかりました! いただきますっ!」

 

 少女たちの清々しい食いっぷりをみているだけで、満たされるものがある。

 

 

        ※※※

 

 

 エドルの周囲のいくつかの村では騎士が代替わりし、それに伴って狩人の何人かが故郷の村へ戻っていった。

 新しく、騎士の従者としてとり立てられることになった者たちである。

 

 三男、四男だった彼らは、上の兄たちが死んだり戦えなくなったため、急遽、家に呼び戻されたのだ。

 腕がよくて稼げる狩人だったとしても、しょせん狩猟ギルドの者たちは明日をも知れぬ身にすぎない。

 

 きちんと俸禄がある従者という立場には、たいそうな魅力があるのだろう。

 無論、実家からの要請を断って町に残った者もいる。

 

 その多くは、この町で家庭をつくり、足場を固めていた者たちだ。

 実家としても、いちど手放した彼らに対して強い態度に出ることはできない。

 

 そういった者たちは、ギルドにそれなりに己の腕を認められているのだから。

 

 それでも全体としては、かなりの腕利きがギルドを離れたことになる。

 ブラック・プティングとの戦いで命を失った狩人も多いから、ギルド全体での損害はかなりのものであった。

 

「そんなわけでな。狙撃の、おまえさんの仕事じゃないのはわかっているが、森の巡回を頼めないか」

 

 酒場で呑んでいたおれは、ギルド長のダダーによって二階に呼び出され、そんな要請を受けた。

 彼はおれが狙撃魔術師としてどういう仕事を請け負っているか、そのすべてを知っている数少ない者のひとりだ。

 

「おれが断ったら?」

「少し不安だが、若い奴らに任せるしかないな。おまえは知らんかもしれんが、罠猟を覚えたての、少し魔法も使えるガキたちがいる。あいつらなら、森の浅層くらいは……」

 

 おれは舌打ちした。

 

「わかった、おれがやろう」

「いいのか。いや、頼んだおれがいうことじゃないが」

「あんたがいうなら、それほどのことなんだろうさ。こいつは、冬の森を知らない新人にあてがう仕事じゃない」

「助かるよ、恩に着る」

「いつも便利に使われるってことなら勘弁だが、いまが非常時なのはわかっているつもりだ」

 

 携帯用の暖房の魔道具なども、魔臓のある者でなければ使えないから、冬の森で快適に動ける者の数は限られてくる。

 おれは魔法を使えないとはいえ、狙撃のために何日もじっとしている都合上、こうした魔道具の用意はある。

 

 それに、弟子のリラが汗水垂らして毎日働いているというのに、師匠のおれがこうして日々呑んだくれているというのも体裁が悪い。

 たまには身体を動かさないとな……。

 

「この冬の間だけだろう?」

「ああ。慣れないことなんだ、無理はするなよ」

「誰にいっている。自分の無能さは、おれがいちばんよくわかっているさ」

 

 苦笑いするダダーにそう告げて、おれは依頼書にサインを入れた。

 

 

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