死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第23話

 春の訪れを前にして流行り病が収束に向かったのは、領主の対策が効果的だったからだ。

 別邸を病床としてまるまる確保したうえで迅速に隔離措置を行った。

 

 ヤァータがいうには、本来、こういった感染症は貧困層の間におおきく広がり、またたく間に手がつけられないことになるのだという。

 まずそこを徹底的に叩いたのが、功を奏した。

 

 加えて、医療魔術師たちの献身があった。

 彼らは昼夜を徹して魔法を用いた病の解析を行い、わずかの間に、ある程度は効果のある薬をつくり出した。

 

 リラは解熱剤を量産したくらいだが、これも体力のない者には助かったことだろう。

 で、医療魔術師たちの意見をリラから聞いた限りでは……。

 

「あれは呪いなんかじゃなくて、ただの病だよ。黒竜さんは、とんだとばっちりだったね」

 

 とのことである。

 あの使い魔の言葉は、専門家からも裏付けを得られたかたちだ。

 

 もう少し早く貴族たちの間にその事実が広まっていれば、黒竜討伐部隊なんてものは組織されなかっただろう。

 その後のブラック・プティング事件もなかったかもしれない。

 

 あのとき医療魔術師たちは治療薬の発見に懸命だったのだし、いまとなっては、なにもかもが遅いのだが……。

 黒竜の討伐を推進した貴族たちは、おおきく政治的な地位を落とした。

 

 発言力の面でも、純粋なちからとしても、そして資金面でも。

 領主との間にどういう取引があったかは知らないが……。

 

 ことがすべて終わった後、推進派の貴族たちはエドルの復興のため、惜しげもなく財貨を投入したのである。

 彼らは有望な魔術師を多数失ったうえに、信用も失墜した。

 

 せめてそれくらいしなければ町にいられない、というところまで追い詰められていたのかもしれない。

 メイテルには、あえてそういう貴族社会のことについては聞いていない。

 

 そんなもの知りたくないし、関わりたくないからだ。

 おれのことなんて、なるべく放っておいて欲しい。

 

 

        ※※※

 

 

 新年からしばし、相変わらず厳しい冬のある日の午後。

 おれがギルドの一階の酒場でひとり呑んでいると、珍しい顔がやってきた。

 

 狩人ではない。

 それどころか、身なりのいい少女である。

 

 テテミッタ。

 ブラック・プティングとの戦いでおれとリラのサポートをしてくれた、魔爵家の娘だ。

 

 年はリラより少し上だが、地方の学院にまだ在学中。

 たまたま帰省していたタイミングで、ブラック・プティング騒動に巻き込まれた、なんとも運の悪い女性である。

 

 もうとっくに、学院に戻っていると思ったのだが……。

 少し疲れた様子でおれに挨拶してきた彼女に、向かいの椅子を勧める。

 

 今日の酒場は人が少ない。

 少し離れた卓の中年狩人たちが、貴族の娘とおぼしき格好をして酒場に入ってきた若い女性など関わり合いになりたくない、という雰囲気で目をそらしている。

 

「どうしました、テテミッタ嬢」

「あはは……あのときみたいに、気軽に話してください。いえ、ちょっと、いろいろありまして……」

 

 苦笑いして、疲れた様子で肩を落とす。

 おいおい、厄介ごとの臭いがするぞ……。

 

 とはいえ、おれからすれば彼女はまだまだ子どもだ。

 いちおうは知己であり、あの戦いでは彼女に助けられてもいる。

 

 話くらいは聞いてやろう、と着席を促したあとテリサを呼び、彼女のぶんの注文をする。

 おれのおごり、ということでちょっと質のいい葡萄酒と秤熊の腸詰めを頼んだ。

 

 彼女は申し訳なさそうに縮こまっていたが、注文していた料理が届くと、その香ばしい臭いに刺激されたか腸詰めにかぶりつき、葡萄酒を一気にあおる。

 とうてい貴族のご令嬢とは思えない豪快な食べ方で、またたく間にそれらをたいらげてしまった。

 

 うんうん、食欲旺盛なのはいいことだ、とその食いっぷりを眺めていたおれは、テリサを呼んで料理と葡萄酒のおかわりを頼んだ。

 メモを片手に注文をとる彼女に小声で「少し薄めて」とつけ加える。

 

 テリサは「酔いつぶすつもりじゃないんですか」と首をかしげた。

 おいこら。

 

「わかりました、それじゃ注文を繰り返しまーす」

 

 テリサはぺろりと舌を出して、カウンターに駆け戻る。

 ったく、ガキがませた真似を……。

 

「ご、ごめんなさい、わたしとしたことが、はしたない食べ方を……」

「ここでマナーを気にするような客はいない。それより、話を聞かせてくれないか」

「あの、それが……実は……」

 

 彼女は、話しにくそうにしながら、ぼそり、ぼそりと語り始めた。

 簡単にいえば、そう。

 

 自分の将来が消えた、という話を。

 

 

        ※※※

 

 

「復学は無理そうなんです」

 

 これ以上は学院に通えない、という。

 問題は単純。

 

 実家に金がなくなったから。

 そう、彼女の実家である魔爵家は今回の一件で完全にやらかした側だったのだ。

 

 七つ上の兄を含め、多くの親戚と使用人が亡くなった。

 いずれも優秀な魔術師や、長年その補助をしてきた家系の者たちである。

 

 加えて町の復興に際して、本当にどこからどこまでも金を絞り出してしまった。

 春には、使用人の大半を解雇しなければならないほどであるとのことだ。

 

 帝都の学院であれば、また事情は変わるだろう。

 あれは帝国全体で優秀な魔術師を増やす、という目的でつくられた場所であるから、生徒が優秀であればさまざまな奨学金で援助してくれる。

 

 まあおれはそんな機関から弾かれた落ちこぼれなわけだが……。

 そんなことは、いまはいいんだ。

 

 彼女が通っていたのは、地方の学院である。

 無論、魔術師を増やすという目的は同じでも、お金の問題はもっとシビアになる。

 

 もちろん本当に優秀なごくごく一部なら、また話は別なのだろうが……。

 

「わたしは、それほど優秀じゃありませんから」

 

 彼女は、目を伏せてそう語る。

 まあ本当に優秀な人物なら、帝都の学院に通うからなあ。

 

 地方に通っているという時点で、そのあたりはお察しである。

 勘違いして欲しくないのだが、学院に通って高学年になっている時点で充分優秀だし、おれなんかより優れた魔術師なのである。

 

 単純に、世の中、上には上がいるということだ。

 

 あ、リラの話はやめような?

 あいつは本当に頂点も頂点、帝都の学院の記録を塗り替えるレベルの常識外れだから。

 

「お金を稼ぐ必要があるんです。実家を助けるために。あわよくば、わたしがもう一度、学院に通う費用を捻出するためにも」

 

 テテミッタは気をとりなおし、背をまっすぐに伸ばす。

 おれと視線を合わせ、青い目にちからを込める。

 

「魔物を狩るのが近道だと考えました」

 

 学生だったとはいえ、彼女は魔術師だ。

 基礎的な魔法の実力が及第点以上であることは、先日、彼女をサポートを受けたおれがよく承知している。

 

 その魔法の技を生かした仕事につくことで、上手くいけば彼女が望むだけの金額を稼げることだろう。

 もっとも……。

 

「魔法を生かした仕事なんて、いくらでもある。わざわざ狩りを選ぶ必要はないんじゃないか」

「ですが、錬金術や治療魔術師としての仕事、土木魔術師としての仕事には学院卒業の資格がないと……」

「そういえば、あのへんはギルドがしっかりしていたな」

 

 抜け道もないわけではない。

 裏の世界では、資格など関係がない。

 

 しかし、まっとうではない身分の者ならともかく、貴族家の令嬢が既得権益と対立しては本末転倒である。

 彼女の家が傾いたのは、見栄とか名誉とかを優先して限界まで身銭を切ったからなのだから。

 

 その見栄と名誉を捨てるような方策はナシというわけだ。

 あくまでも、きれいなお金でなくてはならない。

 

「貴族ってのは面倒だな」

「はい、面倒なんです……」

 

 思わず呟いたら、ちからなく同意されてしまった。

 テテミッタは苦笑いしてみせる。

 

「学生の身の上でも、学院が紹介するアルバイトなら大丈夫なんですが……」

「その学院に通えない以上、それもできない、と」

「あれ、学院が中抜きしてますからね」

 

 世知辛い話である。

 学院側としても、生徒の身分を保証する以上、得るものが必要ということなのだろうけれども。

 

「だが、なんでおれに? おれは狙撃魔術師のことしか知らないし、きみは狙撃魔術師に向いてないだろう」

「はい、向いてないとはっきりいわれました。メイテルおばさまに」

「メイテルさまか……」

 

 この町の魔爵家は、伯爵家の分家である。

 現伯爵の妹であるメイテルは、彼女にとって相談しやすい叔母なのだろう。

 

 メイテルも彼女の実家と政治的に対立していたとはいえ、それと個々人のつきあいは別だ。

 それに目の前の少女は、先日の戦いで、己のできる限りの貢献をしてみせた。

 

 おれはため息をつく。

 メイテルの紹介、となれば無下にもできない。

 

 彼女にはおおきな借りがいくつもあるのだ。

 そのなかでも最大のものは……。

 

 毎年、伯爵家の一族しか入れない土地に赴き、あいつの墓に挨拶するための便宜を図ってくれたこと、だろうか。

 このことについては伯爵様もご存じだそうだが、本人と会ったことはない。

 

 さて、と……。

 観念して、まずは彼女の適性について探ることにする。

 

「ちなみに、これまで魔物を狩ったことは?」

「学院の実習で、いちおう……。あとは寮に忍び込んできた、鱗ねずみを退治したくらいです」

 

 鱗ねずみは、一般的に錬金術の実験で用いられる、小柄だが頑丈で素早く、食欲旺盛な魔物である。

 各地の学院でよく脱走し、騒動を起こすことで有名だ。

 

「どうやって仕留めた?」

粘着灰の魔法(スティッキーアッシュ)で動きを止めて、ハンマーでこう、えいっ、と」

 

 テテミッタは両腕で得物を持ち上げ、振り下ろす真似をしてみせた。

 酔いのせいか、動作がやけに大袈裟だ。

 

 ちなみに粘着灰の魔法(スティッキーアッシュ)は、ねばねばした灰を生み出し、相手の動きを止める初級の魔法だ。

 あらかじめ触媒となる灰をばらまいておく必要があるものの、簡単な術式の割に効果が高い。

 

「攻撃魔法は使えないのか?」

「基礎的な魔法は使えます。でも、粘着灰の魔法(スティッキーアッシュ)って便利じゃありませんか?」

「あらかじめ仕掛けをほどこせるなら、な。狩りでは獲物の反撃がある。とっさに身を守る手段は必要だ」

「わかりました、いつでも使えるよう練習、ですね」

 

 まあ、そのあたりは後々でもいいだろう。

 おれはその後も、彼女ができること、できないことを確認していく。

 

 基礎的な魔法については思った以上に幅広く使えるようだった。

 ただし、少し難しい魔法についてはまだこれから、というところであり、実戦での使用はおぼつかないだろう。

 

「狩りのチームでなら、便利屋として活躍できるかもしれないな」

「チーム、ですか」

「単独で動く狩人もいるが、チームを組む者たちもいる。この町でも、常にチームを組んでいる者は割といる」

 

 たとえば、女癖が悪いことで有名なジェッドである。

 彼の場合、便利屋としてだけでなく交渉を得手としていて、彼が入るだけで報酬が一割、二割は上がるといわれていた。

 

 妻が五人もいて、彼女たちをきちんと養えるだけの実力者である。

 なお六人目が増えそうだとかいう噂もあるが、真偽は定かではない。

 

 目の前の少女には絶対に近づけないようにしよう。

 うん、本当にあいつはね……。

 

「チームでの動き方や森での常識なんかを教えてくれるやつは、紹介できる。ただし、その狩人にはすでに、ふたりも弟子がいる。孤児院の出身できみより年下だが、きみが一番下の弟子、ということになる。貴族としてじゃなく、ひとりの新人として、平民の教えを受けられるか?」

「はい、がんばります! もともと、学院ってそういうものですし……」

「ああ、まあ、そうだな……。あそこは、そういうところか」

 

 魔法には、才能が必要だ。

 個々人で、才能にはおおきな差がある。

 

 故に学院は、リラのように傑出した者のちからを尊ぶ。

 それこそが帝国を拡張させるなによりの方法であると、歴代の為政者は考えたのである。

 

 彼女も、その実力主義の世界に染まっているようだった。

 自分から謙虚に学びにいけるなら、話は早い。

 

 おれはひとまず彼女をその場に残し、二階に上がった。

 なんにしても、まずはギルド長のダダーに話を通す必要がある。

 

 幸いにして、ダダーは今回の件について、伯爵家から、というかメイテルから連絡を受けていたようだった。

 きちんと根回しができていて偉い。

 

 ……なんでおれには根回しされてないの?

 いいけどさあ。

 

 かくして、ひとりの新人狩人が誕生する。

 彼女が一流になるかどうかは……。

 

 まだ、わからない。

 

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