死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
雪解けを待って、おれと弟子のリラは城塞都市エルドを出た。
しばしの時が経ち、旅に同行者ができた。
黒ずくめのドレスをまとった、みてくれは十二歳かそこらの少女である。
艶やかな長い黒髪と、ルビーのように紅い瞳の持ち主だ。
リラが驚くほどの魔力と魔法の腕。
そして、おれたち全員が呆れるほどの世間知らず。
そのふたつを併せ持った、どこぞのご令嬢にして凄腕の魔術師。
おれが知る彼女は、そんな人物である。
なぜ、彼女が同行者となったのか。
その経緯について、話をしよう。
※※※
春の始まり、人口わずか千人ほどのさびれた町。
昼日中、その表通りにて。
おれたちがみつけた彼女は、ひと目でわかるほど高級な黒いドレスをまとって、ひとりでてこてこと歩いていた。
そして、ごろつきに絡まれていた。
貴族の令嬢がそこにいるとしても、たったひとりで、しかも怖がるでもなく興味深そうに周囲をきょろきょろしていたのだから、奇妙なことこのうえない。
それでも絡んでいったごろつきは、よほどの勇気の持ち主か。
いや、ただの馬鹿だったのだろうが……。
ごろつきの言葉が聞こえているのかいないのか、少女は目の前に立ちふさがったごろつきの横を通り過ぎようとした。
「おい、待ちな、お嬢ちゃん」
ごろつきの手が伸びて、彼女の肩に触れる。
軽い気持ちで話しかけ、あわよくば裏路地にでも連れ込もうと、不埒な考えを持っていたのだろうか。
だが、次の瞬間。
ごろつきの身体が宙を舞った。
我関せずとふたりのやりとりを無視していた通行人たちも、おれとリラも、思わず立ち止まって空をみあげる。
抜けるような青空だった。
しばしの滞空の後、ごろつきは地面に頭から落下した。
骨が折れる不快な音が響き、動かなくなる。
少女は自分に触れようとしたごろつきにまったく興味を示さず、その場を立ち去ろうとして……。
ごろつきの仲間らしき、数名の男たちが「おい、てめぇっ」と少女に駆け寄る。
「身の程知らずだなあ」
リラが、ぼそりと呟いた。
「ただの平民が、敵うはずがないのに」
彼女のいう「平民」とは、つまり魔臓を持たぬ者、ということだろう。
そして周囲から浮いた黒いドレスの少女は、その能力においても、こんな場末の通りには場違いな存在であるということだ。
「なんの魔法を使ったのか、みえたのか」
「みえなかった」
「それは、すごいな」
以前リラは、相応に近くであれば魔力の流れを読むことができるといっていた。
一流の魔術師は、魔法の発動の兆候を見逃さないらしい。
同時に上手い魔術師ほど、魔法の発動を悟らせないのだと。
最上の魔術師とは、魔法を使ったことを誰にも気づかせない者であると。
いまの少女は、おそらくは身体強化の魔法を短縮発動したのだろうか。
いや、腕を動かした様子はないから、慣性制御魔法の一種だろうか。
ひょっとしたら、外見から想像される通りの年齢ではないのかもしれない。
一部の魔術師は、魔法によって身体をつくり変え、何百年も生きるという。
彼らが用いる秘儀について知る者はほとんどいない。
リラも、詳しいことは知らないと以前にいっていた。
黒いドレスの少女に触れた男たちが、次々と宙を舞った。
周囲の人々は、なにが起こったのかわからず、ぽかんとして突っ立っている。
無理もない。
彼らは普段、魔術師とはなんの関わりもなく生きているのだ。
この程度の町であれば、貴族は領主とその家族がせいぜい。
正式な魔術師としての訓練を受けているのは、よくてその当主と後継者くらいだろう。
魔術師が、真に貴族と呼ばれる者たちが、そもそも魔臓を備えそのちからを生かすための訓練を施された者が、いかに自分たちとは隔絶した存在か。
そのことを認識しているかどうか。
例えるなら、そう。
あそこにいる少女は、魔物がヒトの皮をかぶっただけの存在に等しい。
真の魔術師とは、そういうものなのだ。
彼らが社会に受け入れられていて、魔物たちが社会から排斥されているのは、単純に魔術師と呼ばれる者たちも平民たちとおおむね同様の社会性を保持していて、共感を持って接しているからにすぎない。
故に、世間知らずの魔術師という存在は、危険なのだ。
彼らがその牙をところ構わず向けるというなら、それは魔物とどこも変わらないのだから。
「ねえねえ、師匠」
リラが訊ねてくる。
顔にはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「わたしが声をかけても、いいかな」
「危ないぞ」
「ああいう子、学院で慣れてるから」
なるほど、と納得してしまった。
帝都の学院にはさまざまな魔術師候補が集まってくるし、そこに籍を置く教授たちだって、一癖も二癖もある人物ばかりだからである。
こういった場合の対処法も、きちんと存在するのだろう。
彼女なら、その対処法を習得していてもおかしくはない。
「気をつけろよ」
「うん!」
おれの許可を得たリラは、てってって、と黒いドレスの少女の後ろから近づくと、その肩にぽんと手を載せた。
「ねえねえ、お嬢ちゃん――っとっ」
謎の少女の肩に手が触れたその瞬間、リラの身体がふわりと宙に浮く。
まるで、体重が無くなったかのようだった。
やはり、慣性制御系の魔法か。
かなり難易度の高い魔法ということくらいしか、おれは知らないのだが……。
リラは、これまでの男たちと違い、そのまま上空にすっ飛んでいったりはしなかった。
彼女がなにごとか呟き、その両脚が、泳ぐように宙を掻く。
「ふう――っと」
体重が戻ってきて、リラは地面に両脚をついた。
黒いドレスの少女が立ち止まり、振り向く。
その紅玉のような瞳が、なぜだかどろりと濁っているように思えた。
おれの背筋に、冷たいものが走る。
「どういったご用件でしょうか?」
少女が、声を出した。
みかけよりも少し低い、落ち着いた声をしていた。
リラが、少し苦笑いしている。
少し膝を折ってかがみ、少女と視線を合わせた。
「あのね、お嬢ちゃん。いくら平民が鬱陶しくても、人様の領地で片っ端から殺すのは、よくないことなんだよ」
黒いドレスの少女から溢れていた威圧感のようなものが、ふっと消えた。
同時に彼女は、こてんと首を横に傾けた。
「わたくしは、邪魔な方々を空に飛ばしただけです」
「平民はそれだけで死ぬの。魔臓を持ってない人、魔法を使えない人は。頭を下にして落ちたら、それだけでね」
黒いドレスの少女は、怪訝な表情をする。
「その程度で?」
「お嬢ちゃんのまわりの人は平気だったのかもしれないけど、ここはお嬢ちゃんの領地じゃないでしょう?」
「ええ」
「お嬢ちゃんは、どうしてこんなところを歩いているの? 危ないよ?」
あくまで危ないのはまわりの人々であるが、まあそこはいわなくてもいいだろう。
ちなみに、通りにはすっかり人影が消え、建物のなかから怯えたようにこちらをみる気配がするだけとなってしまっている。
あ、遠くからばたばた駆けて来る音がするな。
誰かが自警団を呼んだのだろう。
「わたくしは……」
黒いドレスの少女の視線が、つかの間リラから逸れた。
おれのことは興味なさそうに、視線は宙を彷徨い――一点で、止まる。
上空を舞うおれの使い魔ということになっている黒いカラスを、じっとみつめていた。
うん? この子、ヤァータが気になるのか?
おれはヤァータに合図をした。
ヤァータが降りてきて、おれの手の甲に止まる。
心なしか、この表情もわからないカラスが、いまだけはひどく困っているようにみえた。
たぶん気のせいだろう。
「あ……っ」
少女は、あんぐりと口をおおきく開けて、おれとヤァータと交互にみつめた。
どうやら、カラスのことがとても気になる様子である。
おれの使い魔ということになっている三つ足のカラスは、ふたたび翼をはためかせ、少女のもとへ飛んでいった。
少女が両手を手を伸ばす。
ヤァータは、少女が差し出した両の掌の上に舞い降りた。
「え、えっと……お嬢ちゃん、カラスに興味があるの?」
「う、あ……んっ」
黒いドレスの少女は、リラの言葉に対し、白い肌の顔を真っ赤にして、こくこくとうなずいてみせる。
どうしてか、ヤァータがため息をついたような気がした。
きっと、これも気のせいだろう。
それよりも……。
体格のいい男たちが、緊張した様子で駆け寄ってきている。
こちらへの対処が、いまは重要だ。
この町の自警団たち。
革鎧をまとい、剣を抜いた者たちが五、六人。
ひどく慌てた様子でやって来ると、少女の後ろに倒れているごろつきたちをみて、戸惑った様子で足を止める。
黒いドレスの少女と、その彼女の前にいるリラ、そこから少し離れたところにいるおれを交互にみる。
おれとリラは、長筒を布にくるみ、背負っていた。
狙撃魔術師という存在は知らなくても、ただの狩人にはみえないだろう。
なによりも、通報者によって、黒いドレスの少女が貴族であり、凄腕の魔術師であるということは理解しているに違いない。
それでも怖気づかずに、命懸けでやってくるのだから、たいしたものであるが……。
「ガリス一家の奴らが……」
ひとりが、ぼそりと呟く。
なるほど、このごろつきたちは町でも札付きのワルというところか。
それから、自警団の男たちは我に返る。
怯えた、しかし断固とした顔で、黒いドレスの少女を睨む。
「お、おまえ! 動くな、おとなしくしろ! この町の治安を預かる我らが――」
たとえ声がうわずり、腰が引けていても、彼らは平民であるからして、それは仕方のないことだろう。
本音では、きっと頭のおかしい魔術師なんぞ相手にしたくもないだろうが……。
もう少しおおきな町、あるいは交易が盛んな主要街道沿いの町なら、魔術師への対応もマニュアル化されているに違いない。
しかし、さびれたこの町においては、そういったトラブルもこれまでなかった様子であった。
仕方がない。
おれは彼らの前に進み出た。
「あー、失礼」
「な、なんだ、きさま、怪しい奴――」
「自分たちは、怪しい者ではありません。エルド伯爵より身分を保証されております」
懐からとり出した羊皮紙を、リーダーとおぼしき男にみせる。
「こ、これは! 失礼いたしました!」
自警団のリーダーとおぼしき者は、怪訝な表情で羊皮紙を受けとり、そこに記された家紋と署名をみて顔色を変える。
なにせそこには、城塞都市エルドを預かる伯爵家の家紋と、メイテルの名が記されているのだから。
エルドを出る前に、メイテルから貰ったものだ。
エルド伯爵家がこの者の身分を保証すると記されたもので、つまりおれは伯爵家の身内であるという証である。
「あなたのこれまでの功績から鑑みて、これくらいのことはさせてください」
メイテルはそういって、この羊皮紙を押しつけてきた。
おれの身分を証明するだけなら狩猟ギルドの証明書もあるのだが、やはり貴族のものとでは価値に雲泥の差が出てくる。
せっかくだ、ここで役立たせてもらうとしよう。
実際に、効果は抜群だった。
「お騒がせして申し訳ない。ここは、わたしたちに任せていただけませんか」
「し、しかしですな。通報によれば、そこの者は無関係の民を……」
「対魔術師用の魔道具はお持ちですか?」
自警団の者たちは、押し黙ってしまった。
まあ、そういった高価な装備をこの程度の町の自警団が揃えられるはずもない。
「わたしは一部始終をみておりました。そこに転がっている者たちは皆、許しなく彼女の身体に触れた不埒者たちだ。どうも、この子は世間知らずの様子です。こちらで、よくいい聞かせておきますので、どうか寛大な処置をお願いしたい。すぐに町を出るよう、説得いたしますので……」
そういって、小銭というには少々おおきな額をリーダーとおぼしき者に握らせた。
彼は、苦渋の決断とばかりに顔をしかめたあと、「すぐにですよ! あなたを信頼してお任せするのです、頼みましたぞ!」と告げて背を向ける。
彼らが立ち去ったあと、おれは改めて、リラと黒いドレスの少女の方へ振り向いた。
黒いドレスの少女は、ヤァータにすっかり興味しんしんの様子で、その細い指で翼をつっついたり、頭を撫でたりしている。
ヤァータは忍耐強く、少女のされるがままになっていた。
なにかとてもいいたそうにしているが、そこをぐっとこらえて、普通の使い魔を演じている様子である。
リラは苦笑いして、カラスと少女の戯れを眺めていた。
「師匠、それで、どうするの」
「とりあえず、約束してしまったからな。その子といっしょに町を出る」
「次の町にたどり着く前に夜になっちゃうよ」
「野宿もやむなし、だ。なあ、きみ。ついてきてもらえるか」
黒いドレスの少女が、おれをみあげた。
またルビーの瞳に、どろりと濁ったものが宿っているような気がした。
「そうですか」
その唇が、ちいさく動く。
「視覚でヒトを見分けるのは、難しいものですね」
「普段は魔力で見分けていたりするのか?」
「ええ。父が、そうするようにと」
あっさりと首肯された。
リラをみれば「あー、うん、あるよね、そういうこと」とばかりに腕組みしてうなずいている。
ねぇよ。
ヒトならちゃんと両目を使えよ。
くそっ、これだから貴族の上澄み連中は!
※※※
その日は結局、町の外で、謎の少女と共に野宿をした。
少女は、おれとリラのいうことを素直に聞いて、興味深げな様子で野営を手伝ってくれた。
「わたくしは、寝なくても問題ございません。おふたりが寝ている間、ずっと見張りをしていてもよろしいのですが……」
といっていた彼女であったが、さすがにそれはどうかということで交代で眠ってもらった。
「野に入りては野に従え、と申します。わたくしも、この地の者たちの作法に従いましょう」
おれとリラがその少女と出会った経緯は、以上の通りである。
それから多少のあれこれがあって……。
短いつきあいだと思っていたが、そうはならなかった。
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