死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
しばらくはゆっくりペースですので、まったりお付き合いください。
旅先で出会った、十二歳かそこらにみえる黒いドレスの少女。
彼女は名を問われ、しばし迷うように視線を宙に彷徨わせた末……。
「マイア、と呼んで欲しい」
と告げた。
ほぼ間違いなく、本当の名前ではない。
逡巡と思われた間で、通り名を考えていたのだろう。
真の名を用いて呪いをかけられる、と信じる者もいるから、彼女がそういう地域の出身なら当然の用心である。
もっとも、そういう呪いの魔法が実際にあるかどうかは、我が弟子にして帝都の学院を首席で卒業したリラも知らないという。
「では、マイアと呼ぼう。きみはどこから来たんだ。帝国の貴族ではないよな? 庇護してくれる者はいないのか」
そう訊ねてみたところ。
「庇護……?」
彼女は、首を横に傾けた。
「きみと共に旅をしている人はいるのか?」
「わたくしは、ひとりで旅をしております」
「ぶしつけな質問になるが、きみの家族は?」
「父は、少し前に亡くなりました。弟も。わたくしには、もう家族がおりません。故に、旅に出ました」
彼女が貴族の娘だとすれば、おそらくはその領地は親戚に取られ、彼女ひとり追い出されたのか。
そういった意味での、「もう家族はいない」ということくらいは、おれにもわかる。
「悪いことを聞いた」
「構いません。我らは自然の営みのなかで生まれ、いつか死ぬもの。死は悲しむものではない、と……父には、そう教わりました」
表情を変えず、少女は語る。
濁ったルビーの双眸が、じっとおれをみつめてくる。
己を追い出した者たちを恨んでいる様子がない。
それが善性によるものか、それとも俗世に対する興味の薄さが故か。
まともな人づきあいの経験を得てきた様子がないところから考えるに、後者であるように思える。
だとしても、ひとたび「平民は魔術師ではない」と理解してからの彼女は、相応に相手を気遣うようになった。
もっともそれは、害意に対して鈍感という意味ではない。
たとえば、彼女と出会った翌日のことである。
次の町を目指して三人で街道を歩いていたところ、おれたちは野盗に出くわした。
※※※
当時、おれとリラは、次の町にたどり着いた時点でマイアと別れるつもりだった。
彼女にも目的があるだろうし、おれたちだって目指す場所がある。
しかし、狭い森道で、下卑た笑い顔をみせる男たちが前後から道を塞いだとき。
マイアは、「あれは不快です」とはっきり宣言したうえで、おれやリラと問答する間もなく、彼らを始末してみせた。
彼女が右手をひと振りすると、十人以上の男たちは一斉に地面から浮き上がり――。
彼らはまたたく間に木々より上に飛び上がったかと思うと、こんどは頭から落下をはじめ――。
ぐちゃり、と地面に突き刺さったオブジェとなるまで、ひと呼吸かふた呼吸といったところである。
魔術師がそのちからを十全に発揮できれば、平民の野盗など何人いようと関係なく始末できるのだ。
それはリラも認めるところで、おれもここまでの旅で彼女の魔法にずいぶん助けられてきた。
そもそも、もしおれひとりであれば、護衛もなしにこんな辺境の、治安の悪い場所には足を踏み入ることなどしない。
狙撃しかできないからな、おれ……。
これまでは、どうしてもこういう場所を通るなら、相応の護衛をつけるのが常であった。
リラは「師匠を守ってあげられる。わたしが師匠の役に立てる。嬉しいです!」とご満悦なのだが。
だからといって、自分たちから危険な場所に向かうなんて気はない。
それでも勝手にやってくるのが、危険というものだ。
そしてヒトの悪意というものは、だいたいにおいて、自分より弱いとみなす者の前に現れるものである。
まあ、今回の場合、そのヒトの悪意ってやつは完全に相手を間違えていた。
彼らは、赤子の手をひねるより簡単な仕事だとばかりにおれたちの前に立ちふさがり、ひとりの魔術師によって、たやすくひねり潰された。
マイアは野盗をたったの腕のひと振りで始末してみせたあと、おれの方を向く。
「わたくしに粗相がありましたら、遠慮なくおっしゃってください」
「粗相、ってなあ。いや、別に問答無用で殺したことは問題ないと思うぞ」
「それは重畳」
所詮は、隊商を襲う度胸もないような奴らだ。
こちらが三人、というだけで姿を現わすような、愚かな輩だ。
ここで殺しておかなければ、ほかの旅人たちに災禍を振りまいたことは明らかである。
捕縛して手近な村や町まで連行する、というのも面倒だし、なによりこいつらが村や町とずぶずぶの関係だった場合、厄介なことになる。
特に辺境の村では、暇なときに山賊に変身する村人、というのがけっこういたりするのだ。
余所者に対する敵意が高い上にバレなきゃなにをしてもいいと思ってるからな、あいつら……。
帝国でも、他の国でも、野盗の扱いなど大差ない。
だから殺すこと自体には、なんの問題もない。
気になるのは、マイアがそういった常識……。
つまり、殺していい相手と悪い相手を見極めていたのかどうか、である。
「コミュニケーションをとりました」
軽く訊ねてみたところ、そんな返事がきた。
こんどは、おれとリラが首を横に傾ける番だった。
「適切なコミュニケーションによって、わたくしたちは状況を打開することができました。コミュニケーションが不適切であった場合、なんらかの損失を被った可能性があります」
「まあ、あんなツラで現れた奴らが善意を持っているとも思えんし、微妙に間違っていないから困るな……」
言葉遣いがやや独特ではあるものの、そのあたりは摺り合わせていけばいい。
逆にいうと、いまのまま彼女をひとりで突き放してしまうことにはおおきな不安がある。
「師匠……」
リラが、なにかを希うようにおれをみあげてくる。
我が弟子は、年下相手には、ずいぶんと世話好きな様子であった。
まあ、たしかに。
マイアは、ちからだけは強い無知な貴族の子どもだ。
ひょっとしたら本来の年齢は外見よりずっと上かもしれない、と思うこともあるが……。
だからといって、帝国の、あるいは大陸の一般的な常識を知らない、ということには変わりない。
それを導くのは、年長者の務めであろう、という点で師弟は一致した。
なに、おれとリラの旅は、そう急ぐものではないのである。
それに、第一……。
「マイア。きみは、目的があって旅をしているのか。この先、どの町に行くかを決めているのか、という意味でもあるが……」
「いえ、特にはございません。どの町でも、昨日のように追い出されてしまうのです」
そりゃそうだ。
リラがなにかいいたそうに、おれとマイアを交互にみる。
マイアは、またどんよりした目でおれをみあげた。
人々の対応を不思議がっているのは、間違いないようだった。
「きみの言葉でいえば、きみはまだ、この帝国における適切なコミュニケーションを身につけていない」
「なんと」
少女は驚きのあまり、ぽかんと口を開く。
「コミュニケーションは完璧であると、自負しておりました。不覚です」
リラが「えっ、そこから?」と思わず声に出す。
「よければ、しばらくおれたちと旅をしないか。きみに教えてあげられることが、多少はあると思うんだ」
彼女はしばし迷うように視線を彷徨わせた。
おれの頭の上でじっとなりゆきを見守っていたヤァータのところで、視線が止まる。
そういえば、昨夜もやたらヤァータに懐いて、その身をべたべた触っていたなと思い出す。
カラスが好きなのだろうか。
マイアが両手を差し出す。
ヤァータはおれの頭の上から飛び立ち、マイアの腕に抱えられるようにして止まった。
「よろしく、お願いします」
マイアはヤァータの頭を撫でながら、そう告げた。
その目つきが、少し和らいでいるような気がした。
※※※
黒いドレスの少女マイアが同行者となったのは、そういう次第である。
おれたちは、共に旅をするに際して、いくつか約束を決めた。
まずひとつ。
どちらかが別れるときが来たと思ったら、別れること。
ふたつめ。
互いに、問題だと感じたことは遠慮なく口に出すこと。
三つめ。
互いの詮索されたくない事情については、詮索しないこと。
あくまでも他人、というスタンスだ。
彼女はひとりで生きていくのに充分なちからがある魔術師であり、足りないのは知識だけなのだから、それくらい乾いた関係の方がいいと判断した。
「あと、基本的な方針として現地の貴族とは揉めるなよ。貴族は貴族と繋がりを持っている。後々、遺恨が残りかねない。厄介なことになる」
「わかります。わたくしも、父の領地での出来事を学びました。我らが領地に侵入した賊を退治したところ、賊の仲間はしつこく我らを付け狙ってきたのです」
「そうだ。貴族は体面を重視する。特にこの帝国の貴族たちは。厄介なところだ」
そう、この冬も。
おれは彼女と話をしながら、昨年の秋から冬にかけての出来事を思い返す。
あれも結局、貴族の体面の問題だった。
それが次第に、引くに引けない事態となり、最後には町の被害を極限までおおきくしてしまった。
つき合わされた黒竜としても、迷惑この上ない様子であった。
しかしヒトの社会とは、そういうしがらみを幾重にも積み重ねてこそ、成り立っているという側面もある。
これまでおれたちがいた辺境と、帝都に近いあたりでは、また少し違うところもあるのだが……。
まあそのあたりは、随時、対応すればいいだろう。
「貴族とは、基本的におれが話す。おれを信じてくれればいい」
「先日、武器を手にやってきた方々に、紙をみせておられましたね」
「ああ。他の貴族から身分を保障されている、という証だ。ああいうものがあるとないとじゃ、相手の対応がおおきく変わってくる」
「魔力をみせるだけでは、駄目なのですか」
「魔力がおおきいだけなら、魔物だって貴族になれるさ」
黒いドレスの少女は、どんよりした目でおれをみつめたあと、「道理」とうなずいてみせた。
「本来、魔物では貴族になれないのですね」
「学院で、ヒトと魔物を混ぜ合わせる実験とか昔はやっていたらしいけどねー。いまは禁止されてるよ。上手くいけば、魔物の魔力を無限に取り込んだ大貴族が生まれてたはず、とか聞いたよ」
リラが明るい声で、えげつない話をする。
いやまあ、そんな実験、禁止になって幸いだよ……。
「そもそもさ、師匠。魔臓を持ったヒトと魔物の違いってなんだろうね」
「知らん。おれは賢者じゃない」
「マイアちゃんは、どう思う?」
「そこになにか、違いがあるのですか?」
「おっと、そうきたかー」
「わかっているとは思うが、貴族や教会の前でそういうことをいうんじゃないぞ」
教会では、ヒトを「神から祝福を与えられし者たち」と定義している。
公の場でそこに疑念を呈することは、敬虔な信者や、神の子たる皇帝に唾を吐きかけることに等しい。
そのあたりのことを、かいつまんでマイアに説明する。
事情さえわかれば、賢明な彼女のこと、すぐに理解してみせた。
「心得ました。信仰の問題なのですね。であれば、上手くこなしてみせましょう」
実際のところ、このあたりについて詳しい話をすれば長くなるし、複雑な歴史的背景が絡んでくる。
いまのところは、彼女になにが問題のあることかを教え諭せれば、それで充分だった。
かくしておれたちは三人で旅を続けることになったのだ。
そう長い旅にはならない、と思っていた。
そのときは。