死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第28話

 四十歳の狙撃魔術師のおれと、その弟子である十五歳のリラ。

 マイアと名乗る、外見年齢は十二歳程度の少女。

 

 この奇妙な三人での旅が始まってから、しばし。

 おれたちは、とある人口五十万人ほどの都市にたどり着いた。

 

 その都市には、城壁がない。

 ずっと昔はあったらしいが、いまはその跡すら見当たらない。

 

 帝国に飲み込まれてから月日が経ち、帝国南方の交易拠点として発達し続けた結果、膨張した人口を支えるべく、不経済な城壁というものを自ら取り壊すに至ったのだという。

 以後も人は増え続け、都市は発展していった。

 

 結果、人口五十万という、帝国でも有数の都市が生まれた。

 かつてこの地を治めていた男爵は、いまや有力な侯爵家のひとつとして数えられている。

 

 

        ※※※

 

 

 マイアは、初めて見た都市の光景に、ぽかんと口を開け、濁った紅の目をおおきく見開いていた。

 夕日を浴びて、大通りを行き交う人の列は途切れることがない。

 

 道の両脇には無数の露店が立ち、湯気と共にかぐわしいスープの匂いや甘い匂いが入り混じって漂ってくる。

 客引きの女の高い声、露店の店主と客の交渉の声、喧嘩の怒号、笑い声、子どもの声……。

 

 人里離れた山育ちの少女は、さまざまな音の洪水に呑まれるように、ぼうっとその場に立ち尽くす。

 

「あぶないよ、マイアちゃん。ほら、こっち」

 

 リラがその手を引いて、道の中央から脇に連れていく。

 マイアは、おとなしくそれに従った。

 

 髪の色も顔立ちもまるで違うが、こうしているとまるで姉妹のようだ。

 微笑ましい光景に、思わず笑みが浮かぶ。

 

「何故、笑う?」

 

 マイアがこちらを向いて、こてんと首を横に傾けた。

 不快に思っているわけではなく、純粋に不思議に思っているようだ。

 

「仲がいいな、と」

「うむ。わたくしとリラは、仲がよろしい」

 

 えっへんと胸を張るマイア。

 リラも、その横で真似して胸を張る。

 

「そうだぞー、仲がいいんだぞー。ししょー、羨ましいですかー?」

「ふたりの子どもを引率する親の気分だよ」

「ちょっとちょっとーっ、わたしまで子どもってどういうことですかーっ!」

 

 どうもこうも、そういうことだよ。

 口を尖らせて抗議するほどのことじゃないだろうに。

 

「リラ、そのままマイアの手を引いて、ついてきてくれ。宿をとる」

「あ、はい。師匠はこの街、来たことあるんですね」

「だいぶ前に、な。宿のあとは、ギルドだ。面倒は日が暮れる前に片づけておきたい」

「そうですねえ。荷物も預けたいですし」

 

 狙撃魔術師の装備は、けっこうかさばる。

 特に長筒と魔力タンクだ。

 

 旅の間は、ふたり分のそれらを荷馬の背に預けていた。

 この都市にたどり着いた時点で荷馬は売り払い、いまおれとリラはでかい荷物を背負って歩いている。

 

 ちなみに、おれが重そうにしているのをみて、マイアが……。

 

「荷物、わたくしが持ちましょうか」

 

 と純度百パーセントの親切な言葉をかけてきたものの、丁重に断った。

 物体の重さを操る魔法が得意とおぼしき彼女であれば、魔力タンクも軽々とかつぐであろうが……。

 

 おれにだって世間の皆がみる目というものを少しは考慮するのだ。

 もっともその後おれがへたばっていると、それみたことかと濁った赤い目でみつめられてしまった。

 

「悪いな。おれにも意地がある。それに、これは仕事道具だからな」

「弱い者が、強い者を頼る。なにを悩むことがありましょう」

「そういうところだ」

 

 貴族の娘なのに荷物持ちも厭わないという点を奇妙と考えるのは、貴族とつきあいのない平民の思考だ。

 ちゃんとした教育を受けたあいつらは、自分たちが平民に対して種として優越していることをよく理解している。

 

 自分でできることは自分でした方が効率的だということをわかっているから、油断していると平気で従者の仕事を奪っていくのである。

 メイテルあたりは、特にそうだった。

 

 それでは従者が困るんだよ、といっても聞きやしない。

 伯爵に叱られるといわれても、では適当にごまかしておきます、と返すのだから、本当にああいう人はさ……。

 

 もちろんそれは、なにかと余裕のない辺境だから、というのもあるだろう。

 帝都ではもっと格式とか儀礼とかが重視されていると聞く。

 

 文化の中心から離れるほどに、そういった面倒くさいあれこれよりも、実利の方が重視されるという話である。

 そして目の前の少女は、どこかの山の中に引きこもっていた貴族の一族の末裔であるようだった。

 

 故に、いっけん華奢で小柄な己が中年男性の荷物持ちをすることにまったくためらいがないのだ。

 困る。

 

 いや、その気持ちは嬉しいけどね?

 こんな街中で、奴隷でもない少女に荷物持ちをさせて自分は身軽に、ってのは、さすがにねえ……。

 

「ししょー、また面倒なこと考えてるー?」

「ふむ、面倒なのですか、リラ?」

「うん、あのね、マイアちゃん。男って、見栄を張りたがる生き物なのさー」

 

 リラが、マイアの耳に顔を近づけ、こそこそ話をしている。

 全部聞こえているが。

 

 ちらちらとこちらをみているから、ああしておれをからかっているのだ。

 ろくでもない弟子である。

 

 ここで反応したら負けだ。

 無視に限る。

 

「さっさといくぞ」

 

 おれは宿に向かって歩き始めた。

 ふたりの少女が、てこてこついてくる気配がある。

 

 

        ※※※

 

 

 大通りから一本入って少し歩いたところにあるその宿は、二階建てで、ごく普通のつくりにみえた。

 だがリラはひと目みて、なるほどとうなずいてみせる。

 

「強固な結界が展開されてるね」

「さすがに、わかるか」

 

 貴族が泊まるような高級宿よりも、よほど高い宿泊料が必要な場所なのである。

 値段の大半は、幾重にもほどこされた魔法的な防護によるものだ。

 

 そのぶん、安全に休むという点ではこの街でも随一であった。

 

 おれたちには秘密が多い。

 万一のことも考えて、宿泊施設には金を使うことにしたのであった。

 

 おれとリラは、宿に荷物を置き、マイアを留守に残して、こんどは狩猟ギルドに向かおうとした。

 マイアが、そんなおれの服の端を掴む。

 

「わたくしも、ついていきます」

「きみはギルド員じゃないから、報告義務もないんだぞ」

 

 狩猟ギルドのギルド員には、支部がある町についたらその旨を報告する努力義務がある。

 入りたてで実績がない者ならまだしも、おれのような充分に実績を積んだ狙撃魔術師の場合、これはかなりの強制力があるものとなるのだ。

 

 そりゃあ帝国としちゃ、魔物への切り札になる狙撃魔術師の現在位置を把握しておきたいよなあ。

 そのぶん、自由にやらせてもらっているという部分もあるのだから。

 

 国外からの要請にも、帝国の目を気にせず動いていいことになっているとか、その代表的なものである。

 そのへんを厳密に管理するより、個々人に好きにやらせた方が結果的に技術の発展に繋がる。

 

 それが結果的に帝国のちからを増すことになる。

 とか、以前そんな話を聞いたことがあった。

 

 それがどこまで本当かは知らないけども。

 とにかく、ギルド員である利点は数多あるが、同時に義務も発生するということである。

 

 だがそれは、あくまでもギルド員に対するだけのもの。

 ただの同行者であるマイアは関係ない。

 

 だいいち、未だにいろいろ危なっかしいところのある彼女である。

 荒くれ者の多い狩猟ギルドに連れていくのは、なにかと心配なのだ、が……。

 

「行ってみたいのです」

 

 まるでスネるように、口を尖らせ、濁った赤い双眸でおれをみあげる。

 普段は大人びた口調のくせに、なぜそこで幼児化するんだ、おまえは。

 

「興味本位で覗いても、面白いことはなにもないぞ」

「魔物を倒すひとたちが集まっているのでしょう?」

「そうだ。きみのような者にふさわしい場所じゃないな」

「彼らの敵となるつもりは、ございません」

 

 敵って、あーた。

 いやまあ、こいつが荒くれ者をゴミのように始末するところは、この短い旅の間ですでになんどかみているのだが……。

 

 だからといって、狩猟ギルドでそれをおっぱじめられても困るのだ。

 

「みだりに魔法を使わない。暴れない。人を傷つけない。なにかいわれても、無視する。おれとリラが対応するから。そういう前提なら、連れていってやってもいい」

「まるでわたくしを、常識がないみたいにおっしゃるのですね」

「えっ」

 

 おれとリラが、揃って声をあげた。

 マイアは、こてんと首を横に傾けた。

 

 

        ※※※

 

 

 そして、しばしののち。

 おれたち三人は狩猟ギルドの前にいた。

 

 三階建てで、石造りの頑丈な建物だ。

 その両開きの扉を、ゆっくりと押し開ける。

 

 ひとの背丈の倍ほどもある店内では、天井からぶら下がった橙色の魔法の明かりがいくつも室内を照らし出していた。

 夕日が地平線の彼方に沈もうとしているこのとき、一階の酒場は五十席ほど、それが満席である。

 

 雑多な料理の臭いが立ち込めて、腹が鳴りそうだった。

 なにせ、屈強な男たちがガツガツとテーブルの皿の上の肉やら魚やらをたいらげている最中なのだから。

 

 だが。

 その半数以上が、入ってきたおれたちに一斉に顔を向ける。

 

 にぎやかだった店内が、静まり返る。

 ひそひそと、おれたちの顔を窺いながら話す者たち。

 

 これほどの都市でも、さすがに余所者は目立つか……。

 目立っているのは、おれの背後にいる少女ふたりのせいかもしれないが。

 

 この建物、狩猟ギルドの受付は二階で、三階は宿となっていた。

 おれたちは客を無視して、二階への階段に向かうも……。

 

「なんだぁ、このガキ」

 

 さっそくそんな声が聞こえ、慌てて振り向く。

 マイアが足を止めていていた。

 

 彼女の近くのテーブルで、巨漢の男がいましも椅子からその身を持ち上げるところだった。

 男は赤ら顔で、マイアを見下ろす。

 

 にやにやと、嫌らしい表情をしていた。

 

「おいおい、辺境じゃ、こんなガキでもギルド員になれるのか?」

「わたくしは、ただの見学です。あなたは狩人ですか?」

「ここは物見遊山に来るようなところじゃねぇんだよ」

「どちらかと申しますと、敵情視察、でしょうか」

 

 おいこら、なにいってやがる。

 そばのリラがけらけら笑って……おまえも笑ってるんじゃないよ!

 

「あっはっは、敵情視察、ときたか。覚えたての言葉を使いたかったのか?」

「それも少々、ございますね」

 

 表情を変えずにのたまう、外見年齢十二歳、実年齢不明の少女。

 馬鹿にされた、と思ったのか、赤ら顔の巨漢は悪態をつきながら目の前の人物に手を伸ばす。

 

 危ない。

 この男が。

 

 おいばかやめろ死ぬぞ。

 そう思った、のだが。

 

 マイアは微動だにせず、ただじっと、その濁った赤い双眸で男をじっとみつめた。

 男は、手を伸ばしたままのポーズで、まるで石になったかのように動きを止める。

 

「う……あ……が……っ」

 

 その口が、ぱくぱくと空気を求めるように動く。

 男の全身から脂汗がしたたり落ちる。

 

「すっご」

 

 リラが感嘆の声をあげ、それからはっとして、ぽんとマイアの肩を叩く。

 

「マイアちゃん、それくらいにしとこ?」

「はい」

 

 マイアが視線を切る。

 すると、男はがっくりとその場に頽れた。

 

 酒場が、しんと静まり返っている。

 マイアはすたすたと歩いて、おれを追い越した。

 

「参りましょう」

「あ、ああ。いま、なにをしたんだ」

 

 彼女に追いついて、階段を登りながら訊ねる。

 マイアに代わって、リラが口を開いた。

 

「目に魔力を込めて、疑似的な魔眼をつくりあげたんだね。綺麗な魔力の動かし方だったなあ」

「魔法を使ってはならぬ、と申されましたので」

 

 疑似的な魔眼って。

 そんなものがあるなんて聞いてないが?

 

「すごいよねー。マイアちゃん、あとでいろいろ聞かせて欲しいな!」

「わたくしに語れることであれば」

 

 う、ううん、いいのか? いやでも、比較的穏便にことを納めたわけだし?

 ギルドの二階に上がりながら、おれはなんども首を振った。

 

 

        ※※※

 

 

 なお、その後。

 二階にあがったおれたちはギルド長じきじきに出迎えられ、「あまり揉めごとを起こすな」と小言を頂いた。

 

 ついでに、マイアは狩猟ギルドに登録するよう誘われ、彼女はそれを快諾した。

 これで彼女も、帝国内において通用する身分を手に入れたこととなる。

 

「おまえさんみたいな飛び切りの厄種は、突き放すより目の届くところに置いておきたいものさ」

 

 そんなことをギルド長にいわれたマイアは、よくわかっていない様子で……。

 

「この地の文化はよく存じております。可愛いは罪、というものですね」

 

 と、しきりにうなずいている。

 ギルド長もおれもリラも沈黙し、あえて訂正は入れなかった。

 

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