死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第29話

 帝国では完成された流通網が存在し、辺境においても金さえ出せばたいがいのものを手に入れることができる。

 ことに食材に関しては、高額ではあるが魔法による冷凍保存技術の発達により、帝国のどこでも新鮮な海の幸を手に入れることすら可能となった。

 

 とはいえ、交通の要衝である大都市でなければ手に入りにくいものもある。

 たとえば、新鮮な情報だ。

 

 おれたちがしばし滞在することとなったこの都市では、帝都における流行や噂話が、さほど間を置かず入ってきていた。

 

「東の方で、また戦が始まるかもしれないな。とりあえず、東方に行くのは諦めよう」

 

 翌日の昼過ぎ。

 いくつか酒場をまわり噂話を集めた後、おれはそう結論を出した。

 

 宿の一室にリラとマイアを集め、行き先を検討する。

 ふたりの少女は、甘い匂いのする肉串を頬張りながらうなずいてみせる。

 

 情報収集の途中、立ち寄った、大通りの屋台で買ったものだ。

 昼時の大通りは誘惑が多い。

 

 おれたちの旅にはいくつかの目的があるものの、順序は決まっていないし、なんならそのすべてを達成する必要すらない。

 まずは安全第一、である。

 

 そもそも、旅に出たいちばんの理由は、黒竜に目をつけられた一件のほとぼりを冷ますためなのだから。

 で、最初は東方に赴き、西側では得られない独特の雰囲気をマイアにみせようかと思っていたのだ、が。

 

 帝国の領土のさらに東では、小国が乱立している。

 そのさらに東に位置する強大な国と帝国との微妙な力関係の変化が、現在、かの地を混乱させているようなのだ。

 

 混乱、ということはつまり、戦禍が広がっているということである。

 間に挟まれた小国としてはご愁傷様であるが、ヤァータによれば緩衝国というのは往々にしてそういうものであるらしい。

 

 メイテルから預かった手紙の一枚は、そういった小国に住むとある人物に向けたものだが……。

 もとより、無理はするなといわれている。

 

 場合によっては、信頼できる者に配達を頼んでもいいだろう。

 トラブルメーカーを連れてそんな場所に赴く意味も、そんなリスクを冒す理由もない。

 

「戦に巻き込まれては困る、ということでしょうか」

 

 そのトラブルメーカーことマイアが、たっぷりの蜂蜜で固められた棒状の飴をかじりながら訊ねてきた。

 これも、彼女たちが屋台で買ったものである。

 

 もっというと、マイアが飴の屋台の前でぼうっと眺めていたところ、リラがためらわずに自分と彼女の分を購入した。

 おれの分はどうする、と目で訊ねられたので、即座に首を横に振ってある。

 

 昼飯といっしょにダダ甘いものを食べるとか、若い胃袋は命知らずだよな……。

 

「もちろんそれもある、が。紛争地帯では、まともな狙撃魔術師の仕事なんてとうてい望めないからな」

「師匠、まともじゃない仕事はある、ってこと?」

「あるぞ。敵の指揮官とか王とかを狙撃しろ、とかいってくる輩がうじゃうじゃ」

「うへえ……」

 

 リラがげんなりした表情になる。

 彼女もおれも、いまさらヒトを殺すことに忌避感を抱くようなタマではないが、だからといって好き好んでこの長筒を魔物ではなくヒトに向けたくはない。

 

 おれの技術は、魔物を始末するために磨かれてきたものだ。

 専門外の仕事を請け負う意味は薄いし、勝手が違う仕事はえてしてミスを誘う。

 

 これは、業界の常識なのだが……。

 あっという間に飴をかじり終えたマイアが、棒の端にこびりついた欠片を未練がましく舐めとりながら口を挟む。

 

「なぜ、王を狙撃することは嫌なのでしょうか。警戒が強く、難しいからですか?」

「そうじゃない。狙撃魔術師は魔物を狙うから狙撃魔術師なんだ。そんなに気に入ったなら、あとでもう一本、買ってやろうか」

「いえ、次はわたくしの金で。ふむ……魔物の方がおおきくて狙いやすい、という意味ではなさそうですね」

 

 こいつがヒトの世の常識に疎いのはいまさらの話であって、あまり驚きもない。

 なお、今朝のうちにこいつは手持ちの宝石のひとつを売り払い、帝国のお金に換えていた。

 

 これで、当座の資金には苦労することがないだろう。

 魔導具を購入しよう、などと考えるなら、また話は変わるのだが……。

 

「ヒト同士の殺し合いなんて、それが好きな奴らで勝手にすればいい」

 

 おれはそう吐き捨てる。

 

「縄張り争いは、生物の本能のようなものでしょう?」

「その本能を抑制する術を学んできたからこそ、ヒトはこれだけ大地に広がった、という見方もできる」

 

 まあこれは、ヤァータの受け売りだが。

 はたしてマイアは、濁った紅の瞳でじっとおれをみつめてきた。

 

 この瞳でみつめられると、いつも落ち着かなくなる。

 別に、魔力が込められているわけではないらしいが……。

 

「ヒトは同族殺しを厭う、という話でしょうか」

「そんな感じだと思ってくれていい」

 

 しかし、こいつ。

 まるで、自分がヒトじゃないみたいな話し方をするな。

 

 事実、そうなのだろう。

 ヒトとはなにか。

 

 神話の物語にあるように、かつて神が平民と交わって生まれたのが貴族ならば。

 本来、平民こそがヒトであり、おれを含めた魔力を操る者たちはその範疇に入らないのではないか。

 

 そもそも人里離れた領地で、まわりに平民がいっさいいない状況で暮らしてきた彼女にとってのヒトの概念は、おれたちが考えるものといささか異なっているに違いない。

 帝都の学院においては、魔臓を持つ者と持たぬ者は別の生き物である、と過激な論を振りかざす者とていると聞く。

 

「実際のところ、狙撃魔術師がこれだけ増えたのは、狙撃魔術師じゃなければ満足に殺せないような魔物がいるからだ。ヒトを殺すだけなら、こんな技術は必要がない」

「それは、道理」

「そういうわけだから、おれたちは東に行かない」

「じゃあじゃあ、師匠、どこに行くの?」

「とりあえず、南かな。シグル大森林のはずれに、ちいさな町がある」

「南、かあ……」

 

 ここからだと、高速街道を通る鉄角馬車で三日、それから徒歩で数日といったところか。

 普通に徒歩だけで行くなら夏になっているだろうが、帝国の東西南北を貫通する高速街道を鉄角馬車で駆け抜ければ、あっという間である。

 

 そう、この都市のすぐ近くに、高速街道の入り口があるのだ。

 わざわざここに来た理由のひとつであった。

 

「高速街道、とは?」

「鉄角馬と呼ばれる、魔法で強化された馬が牽引する馬車があってな。それが走るために整備された街道は、帝国でも二本しかない。今回はそのうちの一本、南北街道を使う」

「なる、ほど?」

 

 マイアは首を横に傾けたまま、目をぱちくりさせている。

 なにがなんだか、いまひとつわかっていない様子であった。

 

「速く目的地にたどり着きたい、ということですね」

「まあ、そうだな」

「飛べばいいのでは」

 

 飛べるのか、おまえ。

 いや、山賊をぽんぽん宙に放り投げていたから、その応用でいけるのかもしれんが。

 

 飛行魔法を使える魔術師は少ない。

 それになにより……。

 

「帝国のたいていの領地では、飛行魔法の行使が禁止されている。各地の貴族からしたら、敵対行為にしかみえないからな」

「空からだと、なにもかも丸見えだからねー」

「飛べる使い魔は制限されていないようにみうけられますが」

 

 マイアが、近くのテーブルの上で餌をついばんでいる三本足のカラスに視線をやる。

 我が使い魔たるヤァータは、我関せずとばかりにこちらに背を向けたままであった。

 

「本音では、それも規制したいだろうけどな。現実問題として、どいつが使い魔かわかる奴なんて少ない。せいぜい、露骨にやるな、と釘を刺すくらいしかできないんだ」

「それでも、やりすぎればコロコロされるみたいだよ」

「隣の貴族とやりあってたりする、神経をとがらせている土地では特に注意だな。そういうのもあって、おれは東に行きたくない」

 

 あと、おれは空を飛べないからね。

 リラが飛行魔法を使えるのは、雪魔神と戦ったときに知ってるけど。

 

 でも、あれも長時間は無理だろう。

 一般的に知られている飛行魔法は、極めて魔力を消耗するのだ。

 

 マイアの場合、魔力の消耗が少ない魔法を知っていてもおかしくはないのだけど……。

 そういったオリジナリティの高い魔法は、基本的に秘匿されるべきものである。

 

 無理に暴こうとしたら、殺し合いになってもおかしくはない。

 この子に、そういった一般常識が通じるかどうかも、これまた怪しいところではあるのだが。

 

「ねえねえ、マイアちゃん。燃費のいい飛行魔法を知ってるの? 教えてくれない?」

「わたくしの扱う程度のものであれば、喜んで。あなたの魔法も教えていただけますか?」

「もっちろん! わーい、嬉しいなあ」

 

 特に問題ないらしい。

 リラの社交性の高さには恐れ入るばかりである。

 

 まあ、女性ふたりで友好を深める分には問題ないだろう。

 肩身の狭い男は退散するか。

 

「南方に向かう前提で、買い出しをしてくる。ついでに、なにか買ってきて欲しいものはあるか?」

「え、ししょー? わたしが行きますよ? わざわざししょーが行かなくても」

「こういうのは、旅慣れたおれに任せておけ。マイアの相手を頼む」

 

 言葉には出さず、マイアをひとりにするな、と目配せをする。

 リラは、ああ、とうなずいてみせた。

 

 彼女とて、理解しているのだ。

 都市のただ中でこの小柄な少女をひとりにさせた場合、どんな惨事が待っているかわかったものではない、ということを。

 

 いや、この部屋でじっとしていてくれるなら、いいけどね。

 それでもなにか起こしそうなのが、こいつなのである。

 

 外見がなー、ほんとただの小娘にしかみえないからなー。

 そういう意味ではリラも同じだが、彼女は暴力の限度を知っているので問題ない。

 

 この場合、手を出してきた相手を骨折程度で済ませる、というくらいの意味である。

 どうせ、馬鹿は痛い目をみなきゃわからないから、それでいいのだ。

 

「行くぞ、ヤァータ」

 

 カラスはおれの声に顔をあげると、ぱたぱた飛んで頭の上に着地する。

 使い魔と共に、おれは宿を出た。

 

 

        ※※※

 

 

 実際のところ、リラたちの目から離れたところでヤァータと話がしたかった、というのも買い出しに行く理由であったりする。

 今回の旅は、いろいろと気を遣うことが多い。

 

 ヤァータと出会ってから、これほど他人と共に行動したことはなかった。

 勝手が違って、戸惑うばかりである。

 

「シグル大森林におまえの分身体を飛ばせるか?」

「衛星上からの観察だけでは情報が足りない、ということでしょうか」

「現地でなにが起こっているか、あらかじめ知りたい。さっきギルドの二階で軽く聞いてみた限りでは、現地の貴族同士で軽いもめごとが起こっているくらいらしいが」

「わかりました。ですが、現地に到着するまでは分身体(ドローン)の情報を受けとれませんよ」

「現地入りしたときに少しでも情報が入れば、それでいい」

 

 胸騒ぎがするのだ。

 なぜか、行く先々で問題が起こるような気がしてならない。

 

 だから、先手を打つ。

 用心しすぎて空振りになる方が、不用心に危険に足を踏み入れるよりずっとマシである。

 

 狙撃魔術師として長く生きている者ほど、そのことをよく理解しているものだ。

 

「具体的に、どのような情報を集めますか?」

 

 ヤァータの問いに、通りを歩きながら答えていく。

 通りすがりの者には聞こえない程度に声を落としているから、まあ、あまりへんな目ではみられないだろう。

 

 ときどき、ちらりと振り返る者がいるけれど……。

 カラスを頭の上に乗せている以上、そればっかりは仕方がない。

 

 たとえば蛇が使い魔の魔術師なら蛇を首に巻いてたりするから、都市部ではそういった光景も珍しくはないはずなのだけども。

 それでも、平民ばかりの場所を歩いていると、多少なりとも目立つことは避けられない。

 

「とりあえず、適当な店に入るか……」

「そうですね。魔道具を扱う店が、この近くにありました」

 

 ヤァータとは、以前にこのあたりをうろついたことがある。

 もう十年近く前のことだ。

 

 その頃の地理などおれはとうの昔に忘れてしまったが、こいつの頭脳は過去をけっして忘れないらしい。

 便利なものであった。

 

 おれたちは複雑に路地を折れ曲がり、地元民でもみつけにくいような看板も出ていない店に入る。

 さて、ここで買うべきものは、と……。

 

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