死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第3話

 宿で留守番をしている使い魔ヤァータと合流するべく酒場から出ると、小柄な人物が駆け寄ってきた。

 幅広の三角帽子をかぶり、赤いローブに身を包み背丈より長い杖を持った、金髪碧眼の少女だ。

 

 先日、十五歳になったばかりにもかかわらず、いささかちんちくりんで発育が残念なことが玉に瑕。

 しかし人好きのする、いつも笑顔で元気の塊のような人物である。

 

「師匠! 特異種の討伐に参加するんですよね。わたしも同行させてください」

「なんどもいってるが、おれは師匠じゃねえ。リラ、どこで嗅ぎつけた」

「わたし犬じゃないもん! 師匠のいじわる!」

 

 少女は、むーっ、と頬を膨らませ、長い杖を振りまわして抗議してくる。

 

「おいこら、魔術師の命をそんな風に振りまわすもんじゃない」

「あ、ごめんなさい、師匠」

 

 素直か。

 いや、その年で素直は美徳ではあるけど。

 

 彼女が手にしている杖は、焦点体と呼ばれる魔法の発動の起点となる魔道具だ。

 たとえば火球の魔法を放つ場合、この杖の先端から火球が飛び出る様子をイメージし、魔法を発動することで制御を容易にする。

 

 おれの場合、狙撃用の長筒がこれに当たる。

 それはさておき……。

 

 このリラという元気な少女は、帝都の学院を飛び級かつ主席で卒業したエリート中のエリートである。

 どんな魔法を専門にすることもできる、卓越した才能の持ち主だ。

 

 にもかかわらず、彼女は狙撃魔術師を志し……。

 なぜか、このおれに師事しようとしている。

 

 おれの魔法の才能なんて、学院を放逐される程度なのに。

 ヤァータのおかげで、なんとか狙撃を百発百中で成功させているだけだというのに。

 

 かといって、ヤァータのことを説明するわけにはいかない。

 この自称、別の星から降ってきたご奉仕ガラスのことが公になれば、厄介ごとが山ほど押し寄せてくるのは火をみるより明らかであった。

 

「と、とにかくですね! わたしも特異種の討伐に参加したいんです!」

「そうか」

「わたし狩猟ギルドに入ってません!」

「そうだったっけ?」

「はい! だって師匠、紹介状書いてくれなかったじゃないですか! そのままふらっといなくなっちゃって」

「いや、そりゃ……おまえの紹介状を書いたら、なし崩し的に弟子にさせられそうでさぁ」

「そのつもりでした!」

「罠かよ」

 

 少しは悪びれて欲しい。

 だいたい、別に狩猟ギルドは紹介制ではない。

 

 どんな流れ者でも、まあ犯罪者としての経歴さえなければ、きちんと講習を受け、規定の手数料を支払うだけで登録できる。

 ギルド員の紹介状があれば、そのあたりをスキップできるというだけだ。

 

「だから、師匠が戻ってくるまで待っていたんですよぉ」

「しつこい奴だなあ」

「諦めませんからね! わたし、知ってるんです。今回師匠が討伐した相手って……あ、これいっちゃ駄目ですか?」

「駄目に決まってるだろうが。つーか往来で大声を出すな」

 

 幸いにして、ギルドの前を行き交う人々はおれとリラの会話なんて気にも留めてない。

 とはいえ、どこで誰が聞き耳を立てているかわかったもんじゃなかった。

 

 こいつは帝都になんらかのツテがあるらしく、事情通だ。

 おれのことを探し出したのも、そのツテを利用してのことらしい。

 

 こんな面倒なやつにおれのことを漏らしたのは、いったい誰なんだか……。

 リークの経路がわかったら、絶対に締め上げてやる。

 

「そもそも、おれは特異種討伐の本番には参加しないぞ」

「え、そうなんですか」

「頼まれたのは、使い魔で偵察することだけだ」

 

 広大で障害が多い森のなかで、巣が判明しているわけでもない特定の対象を待ち伏せして狙撃するのは極めて困難だ。

 今回はおれ向きの仕事ではない。

 

「そんなぁ。せっかく師匠の活躍がみられると思ったのに」

「特に隠すような情報じゃないから明かすが、相手は竜混じりらしい。知恵がまわる。おまえも、飛び入りで参加しようなんて気は起こすなよ」

 

 こいつがまとっている赤いローブは、帝都の学院の卒業生に贈られるものだ。

 この年でそいつをまとっている、というだけで、それを知っている者にとっては瞠目するべきことである。

 

 うちのギルド長も、おれにつきまとっているこいつのことは知っていた。

 腕が立つ魔術師であることも。

 

 こいつが参加したいといえば、一も二もなく受け入れるだろう。

 そもそも狩猟ギルドは、優秀な者なら性格によほどの難がなければ誰でも歓迎する方針だからだ。

 

 リラは社交性に関してはケチのつけようがない人物だ。

 たぶん貴族の出なのだろう、マナーの類いもしっかりしている。

 

 貴族の出、というのは場所によっては敬遠されがちだが、学院の出で、女性で、しかも魔術師ともなれば話が違ってくる。

 この帝国においては、それが実家で継承権のない子女にとって成り上がるための有力な手段として昔から奨励されていたからだ。

 

 実際のところ、魔法の才能というのは親から子へ受け継がれる部分の要素が大きいという話である。

 貴族は力を求め、記録に残っている限り昔から、優秀な魔術師を己の血脈にとり込んできた。

 

 そんななかでも当たりはずれはおおきい。

 しかし、はずれ扱いされた者たちでも、一般人との魔法における才能差は著しいのだった。

 

 で、まあ市井に流れたそういった魔法の才の血は、歳月の経過によって徐々に末端まで広がっていき……。

 いまでは、平民であってもそこそこの……百人にひとりや千人にひとりの確率で、魔術師と呼ばれるほどの魔力の持ち主が生まれるまでに至っているのだ。

 

 ギルド長のおれに対する扱いが微妙に雑なのも、そういった関係で……いや、あれはどうなんだろうな。

 単に昔馴染みの気安さってだけな気もする。

 

「わかりました! 手柄を立ててみせます!」

「だからやめろって。こういうのは狩りのベテランに任せておけ」

 

 ぐっと拳を握って決意する少女に、再三、念を押す。

 わかってくれればいいんだが……うーん、こいつほんと、ひとの話を聞いてないときがあるからなあ。

 

 

        ※※※

 

 

 城塞都市エドルは帝国の一都市であり、この地とその一帯を治めているのがエドル伯爵家だ。

 二百年ほど前の内戦で手柄をあげてとり立てられた初代エドルから十世代近く、地道にこの地方を発展させてきた立役者が、この家である。

 

 帝国の歴史そのものが千年以上で、名家と呼ばれる家々はそれ以前から家系図を誇っていたりするのではあるが、このエドル家はそういった家々と婚姻を結び、貴族の濃い血を少しずつ受け入れて、同時にこれら各地の有力な勢力とのよしみを結んでいった。

 結果として、現在の安定があるのだという。

 

 おれはその日の夕方、伯爵家の別邸に招かれていた。

 町の外、小高い丘の上にある別邸は、深い堀と高い塀に囲まれた、ちいさな砦だ。

 

 東を向けば町が一望できる。

 北から西にかけて広い範囲で、広大な森が広がっている。

 

 森から町に魔物が押し寄せた際、この別邸に一軍を配置し、町とこの丘から魔物たちを挟撃する。

 あるいはこの別邸を砦として運用し、ある程度魔物の群れを間引くことで、町の守りを楽にする。

 

 実際に七十年前の大氾濫ではこの砦に立てこもった兵百二十人が大戦果を挙げたという逸話もあった。

 たぶんだけど、この別邸と町は、地下で繋がっているんだろう。

 

 ここに招かれるのは、初めてではない。

 ここの主である、今年で三十三歳となる女性と会うのも、初めてではない。

 

 屋敷の奥の一室に招かれ、豪華な調度のもと、その人物が手ずから淹れてくれた紅茶を飲むのも初めてではなかった。

 

 メイテル・エドル。

 エドル伯爵家の現当主の妹にあたる人物である。

 

 女性ながら騎士としての訓練を積み、城塞都市エドルの外の戦術的要衝であるこの屋敷を任されている傑物だ。

 二児の母でありながら、おれが初めて会ったころと変わらず、すらりとした身体つきを維持している。

 

 たまに女性らしいドレスで着飾っていることもあるが、今日の彼女は、男性の騎士が着るような武骨な革鎧をまとい、腰に細剣を差していた。

 そんな格好で、自ら紅茶を淹れておれに提供してくれるのである、緊張せざるを得ない。

 

「もっと肩の力を抜いて、紅茶を味わって欲しいものですね」

「無体なことをおっしゃらないでください、メイテルさま」

「ここにはふたりしかいませんよ。敬語は必要ありません。昔のように、気楽に話をして欲しいですね」

「あなたが十代の女の子だったころ、おれはあなたがどこの誰だか知らなかったんですよ」

「姉さんの紹介で、ですね」

 

 おれと彼女が初めて顔を合わせたのは、おれが学院を放逐された少しあと。

 たしか二十二歳か二十三歳のころだった。

 

 おれの恋人が、とある町で偶然出会ったメイテルをみて、その名を呼んだのである。

 メイテルは目を丸くして「姉さん」と返した。

 

 ふたりは実の姉妹だった。

 

 後に判明したことだが、おれの恋人は、エドル伯爵家の一族であるというその身分を隠して、おれとふたりきりで旅をしていた。

 そしておれは、彼女が薄々は高貴な血筋であると知りながら、そのことから目を背けていたわけである。

 

 その彼女の亡骸は、現在、この地の一族の墓に埋葬されている。

 おれが、この地を魔物に蹂躙されて欲しくないと願う理由のひとつだ。

 

 互いに茶菓子をつまみながら紅茶を二杯ほど飲んだあたりで、彼女から本題を切り出した。

 

「あなたの使い魔が得た森の情報について、話をいたしましょう」

「まだギルドにも報告していないんですが」

 

 そもそも、彼女の配下がおれの宿の前で待機していて、ほぼ強制的に連れて来られたのである。

 貴族の招きを断るような地位も度胸も、おれにはない。

 

「ダダーにはこの後、わたしの方から会いに行く予定です」

「もうすぐ夜ですよ。こんな時期に、この屋敷をひと晩空けていいんですか」

「夜半には帰って来ますよ」

 

 あ、こいつめ。

 町と屋敷を繋ぐ通路があることを、隠そうともしていない。

 

「あなたも来ますか?」

「勘弁してください」

 

 メイテルは微笑み、おれはそっと下を向いた。

 彼女が笑うと、少しだけありし日の恋人の笑顔を思い出し、胸の奥に痛みが走る。

 

「狙撃の、とか狙撃さん、と呼ばれているそうですね。狙撃さん、どうしましたか、顔をあげてください」

「からかわないでください。――偵察の話、ですよね」

「ええ」

「結論からいいますと、森の浅層に特異種とおぼしき魔物の姿は発見できませんでした。報告がたしかならかなりの大型ですから、そうそう隠れられるとは思えません」

「つまり、浅層からは撤退した、と。今夜、特異種が付近の集落を襲う可能性は低いのですね」

「確実、とまではいいませんが、おおむねそう考えてよろしいかと」

 

 メイテルは「よかった」と胸に手を当て、安堵の息を吐いた。

 彼女が平民の身の安全に心を砕いていることは、おれもよく理解している。

 

「ですが特異種が森の深層に逃げ帰って、二度と戻ってこない、ということでは困りますね」

「戦わずに済めば、それがいちばんでは? 戦えば、狩猟ギルドに犠牲者が出るかもしれません」

「ですが民がいつまでも心安らかに眠れないようでは、統治に支障をきたします。狩猟ギルドの者が平素、森に立ち入ることを許可しているのは、こういった事態に際し、率先して血を流してもらうためなのです」

「統治者としては、そうなるのですね」

 

 おれは窓の外から夕日に染まる城塞都市を眺めた。

 あの都市の中心にある領主の屋敷、その一角に、この地の貴族が眠る墓がある。

 

 彼女は、そういう統治者の論理を嫌って家を出たという。

 だが同時に、その論理があってこそ、この地の平穏があるのもたしかなのだった。

 

「明日は、朝からもう少し奥を偵察してみます」

「我が家が抱える魔術師も動員して、手分けをいたしましょう。鷹の使い魔を使う者がいます。奥の方は彼に任せるとして……」

 

 おれと彼女は、日が暮れるまで打ち合わせを続けた。

 結局、その日は町に戻ることができず――おれはこの町はずれの屋敷に一泊することになる。

 

「それとも、わたしと共に町へ参りますか? 一族しか知らない道ですが、あなたなら……」

「ここで一泊させてください!」

 

 そんなでかい秘密を抱えさせられるなんて、死んでもごめんだ。

 なおメイテルは、ひとりで抜け道を使い、夜のうちに町に行って、朝までには戻ったようであった。

 

 

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