死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

30 / 59
第30話 高速街道と鉄角馬車1

 魔法で強化された特殊な馬、鉄角馬。

 これを用いた鉄角馬車。

 

 それをはじめとした特殊な乗り物だけが交通を許された、特別な街道がある。

 正式名称、帝国高速馬車専用街道。

 

 一般には、ただ高速街道と呼ばれる。

 帝国と東西南北に結ぶ、情報と物資の動脈ともいうべき街道の名が、それだ。

 

 冬の間、高速街道の北方においてはその利用が著しく制限されていた。

 いちいち降り積もった雪を排除するよりも、行き来する乗り物を制限する方がコストがかからない、と判断されているためである。

 

 そのせいで帝都とおれたちが滞在していた地方では、冬の間、おおきな情報格差があったわけだが……。

 春が訪れてしばらく、その制限も解除されて久しい。

 

 いまなら鉄角馬車を使って、南方の駅まで三日で辿りつくだろう。

 おれたちがたどり着いた都市のすぐ近くには、高速街道の最北端の駅が設置されているのだから。

 

 

        ※※※

 

 

「ほわあ……」

 

 マイアは、ぽかんとおおきく口を開けたまま固まった。

 生まれて初めて鉄角馬車の前に立ったときのことである。

 

 鉄角馬は、馬といっても強化魔法に最適化され品種改良されてきた、特殊な種族だ。

 その名の由来である、頭の上におおきく突き出した鈍色の巻き角は、背に搭載された魔力タンクから供給される魔力を帯びて、ぱちぱちと紫電を放っている。

 

 体毛は墨を塗ったように真っ黒で、その全身は普通の馬よりひとまわり以上もおおきい。

 そして瞳は、黄金色に爛々と輝き、まっすぐに前だけをみつめている。

 

 そんな馬が、四頭。

 朝日を浴びて横一列に並び、馬丁たちに腹部の毛を整えられていた。

 

 彼らに牽引されることになるのが、鋼鉄の家、とでも形容するべき八つの車輪がついた巨大な箱である。

 以前、ヤァータが「バスのようですね。いえ、列車でしょうか」といっていた。

 

 その箱が、三台も連結し、縦一列となって鉄角馬に繋がる時を待っている。

 いったい、総重量ではどれほどになるのか。

 

 しかし鉄角馬は、魔力に強化された全身によって、それを苦も無く引いてみせる。

 無論、こんな重いものを走らせれば、普通の道ではたちどころに陥没してしまうだろう。

 

 だから鉄角馬車が走る高速街道もまた、特別製だ。

 前方に広がるのは、特殊な魔法によってコーティングされた黒い石、それが敷き詰められた、大人が渡って二十歩以上はかかりそうなほど幅広い、平坦な道である。

 

 それが延々と、地平線の彼方まで続いているのだ。

 この道をつくるために、いったいどれほどの土木魔術師が投入されたのか。

 

 そしてこの道を維持するために、帝国はどれほどの財貨を投入しているのか。

 いずれにしても、この街道こそが帝国の繁栄の礎であることは間違いない。

 

 故に、この街道を通ることを許されている乗り物には、庶民であればとうてい手も出ないような税金がかかってしまう。

 大量の荷を帝国の隅々まで運ぶことで、それすらもペイしてしまう。

 

 圧倒的な輸送力、その源こそ、この鉄角馬車なのであった。

 無論、馬車が運ぶ荷のなかには人も存在し……。

 

 おれは高い金を払って、南部行きのチケットを三人分、あらかじめ購入してある。

 もちろん弟子のリラに金を払わせる気はない。

 

 マイアの場合は、「これを路銀に替えていただければ」と懐からやたら高価そうな宝石をとり出してきたが、さすがにもったいないと断っている。

 ちなみにその宝石、リラが「魔力がこもってる。学院に持っていけば、いくらになるかわからないよ」といっていたので、ここで売り払わなくて正解のようだ。

 

 マイアは「この程度であれば、他にもいくつか」といい出したので、ふたりで慌てて彼女の口をふさいだ。

 どこで誰が聞き耳を立てているかわからない。

 

 それを聞いた者がよからぬ欲望にかられ、ことに及ぶとも限らないではないか。

 その場合、可哀想な目に遭うのはその強盗あるいは泥棒ではあるのだが……。

 

 あえて不幸の種を蒔くことはあるまい、という善良なおれとリラの配慮である。

 閑話休題。

 

 さて、ここは大都市のはずれ、駅と呼ばれる鉄角馬車の北の終着点だ。

 この馬車に乗り込むべく、おれたちは早朝のこの地にやってきた。

 

 と――馬丁たちが驚きの声をあげる。

 みれば、頭がよくおとなしいはずの鉄角馬たちが馬丁の制止を振り切り、こちらにやってくるところだった。

 

 リラが、おれをかばうように一歩、前に出る。

 マイアが、さらにその前に進み出た。

 

 四頭の鉄角馬は、黒髪の少女の前までくると、まるで跪くように四本の脚を折り、頭を垂れる。

 

「んっ」

 

 マイアはご満悦といった様子で、そんな彼らの頭を、一頭ずつゆっくりと撫でた。

 慌てて追いかけてきた馬丁たちが、そんな光景にぽかんとなっている。

 

「よし、よし。おまえたちは、わたくしが守ってあげます。心配することは、なにもありませんよ」

「はぁ……こいつらが外部のモンに懐くの、初めてみたよ。お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

「なにも、問題はございません。この子たちは、ただわたくしに挨拶をしたかっただけの様子。どうか、怒らないでやってください」

「お嬢ちゃん、よほど魔力の高いお貴族さまなのかい? いや、いい。そういうことを聞くのはマナー違反だな」

 

 よい旅を、といって、馬丁たちは立ち上がった鉄角馬たちの轡を引き、もとの場所に戻っていった。

 おれとリラは安堵の息を吐く。

 

「竜を前にして、天馬たちは頭を垂れるっていうけど、そういう感じかなー、あはは」

「生物としての格の違いをみせつけた、という感じはあるな」

 

 マイアは、じっと己の手をみつめていた。

 先ほど、鉄角馬の頭を撫でていた手だ。

 

「どうした」

「あの子たちの毛が、温かかったのです。撫でると、とても気持ちがよかった」

「これまで、ああいう風に撫でたことはなかったのか」

「弟の頭を撫でたことはありましたが……」

 

 それはちょっと違うんじゃないかな、とおれは思ったが、賢明にも口には出さずにおく。

 この子の弟が馬だったわけでもあるまいに。

 

 気をとりなおして。

 

 おれたち三人は、係員にチケットをみせ、三連結されたうちの真ん中の箱に乗り込んだ。

 ちなみに先頭の箱が一等席、二番目の箱が二等席、三番目の箱が三等席となっている。

 

 一等席と二等席は、おおきな違いがない。

 チケットに戦闘義務が付随しているかどうか、それだけである。

 

 すなわち二等席では、馬車が襲撃を受けた場合、最低でも一行のうちひとりは迎撃の人員として加わる義務があるのだ。

 無論、それなりに戦える人員であると各ギルドから承認された者であることが最低条件である。

 

 先日、狩猟ギルドに赴いたのは、この承認を得るためでもあった。

 有事においては、無論、おれとリラが出る。

 

 マイアは待機、ということになっているが……。

 実際のところ、おれなんかよりマイアの方がよっぽど強くて役に立つんだよなあ。

 

 まあ、そこは考えないことにして。

 二等席では四人がけの椅子がついた個室がそれぞれに用意されており、おれたち三人は個室をひとつ、旅の間、まるまる使うことになる。

 

 馬車のなかには、同じおおきさのスペースがほかに五つ、狭い通路を挟んで三つずつ並んでいる。

 なお三等席には椅子すらなく、ぎゅうぎゅう詰めで、ずっと立ちっぱなしらしい。

 

 それぞれの箱の前半分がこういった客用のスペースであり、後ろ半分は貨物室だ。

 先頭の箱の一番前にだけは乗務員用のスペースがあるというが、おれはそっち側のことをよく知らないので割愛とする。

 

 箱の内部は木造りで、狭い通路の左右に鍵つきの扉が並んでいた。

 おれたちはチケットで指定された番号の扉を開けてなかに入る。

 

 ふたりがけの椅子が向かい合っている個室。

 その奥の真ん中にあるひとつきりの窓には透明なガラスがはまっていて、外の景色が見渡せる。

 

 おれたちは荷物を棚に置いて、それぞれ椅子に座った。

 ちなみに、窓際にはおれが座り、その隣にはリラが、おれの対面、もうひとつの窓際にはマイアが座ることとなる。

 

 理由は、防犯対策。

 そしておれの安全のためである。

 

「だって師匠、突然襲われたら対処できないから。こうして囲っておいた方が安全でしょ」

「正論はヒトを傷つけることもあるんだぞ」

「師匠、いまさらそんなことで傷つくひとじゃないもん」

 

 それはまあ、そうなんだが。

 おれは、ひとにまかせられるところは全力で任せるタイプの男だぞ。

 

 マイアもうんうんと首を縦に振っている。

 

「守りはわたくしたちにお任せを。適材を適所に配置する。それが長く生きる秘訣、と父から教わりました」

 

 世間体ってものを考慮しなければ、まあそうなんだけどさあ。

 

 

        ※※※

 

 

 かくして出発の時刻が来て、かん高い笛が鳴る。

 鉄角馬車が、ごとりと音を立てて動き出す。

 

 窓の外の景色が、すべるように横へ流れていく。

 いちど駆け出してしまうと、思ったほどの揺れはない。

 

 馬車の車体の、衝撃を吸収する構造にその秘密があるらしい。

 マイアは興味津々といった様子で、窓にかじりつくようにして高速で移り変わる外の風景を眺めていた。

 

「そんなに珍しい景色でもないだろうに」

「空の上からではなく、地上で、しかもわたくしは座っているのに、景色はかくも移り変わる。なんとも奇妙な感覚を覚えてしまいます」

 

 なるほど、自分が普段、飛んで移動するような魔術師であるからこそ不思議に思うということか。

 驚き方が極めてレアであるが、この少女がやることなすこと規格外なのはいつものことだ。

 

 実際のところ、鉄角馬車に乗るよりも、一流の魔術師が自らの足で駆ける方が何倍も速い。

 空を飛べばさらに早く、目的地に到着するだろう。

 

 辺境では貴族たちが実際に高速で駆けて移動するため、わざわざ交通機関を発達させる必然性が薄いという。

 エルドで冬季も街道の整備にコストをかけているのは、それとは別の理由、つまり治安の安定と民の安寧を願うが故である。

 

 帝国は、貴族だけで国がやっていけるわけではないことをよく理解している。

 この鉄角馬車のような大量輸送手段をつくり、高い維持コストを払っているのも、そういった為政者の意向によるものだ。

 

 ほかの国では、こういった考え方を理解しない貴族が幅を利かせていることも多いという。

 そういった国がどれほどのちからを持っているのかといえば……。

 

 現状、帝国がかくも周辺諸国に睨みをきかせ、それらの国がいっこうに台頭して来ないあたりからお察しといえるだろう。

 

 貴族は、生物として圧倒的な強者である。

 だが万能ではない。

 

 おれは、窓の外で流れる景色をじっとみつめるマイアに、そういったことを語ってみせた。

 なんとなくだが、彼女にはそれを知っていて欲しかったのだ。

 

「有象無象の虫けらを侮ってはならぬ、とそうおっしゃりたいわけですね」

「そこまではいってないが」

「よく存じております。わたくしが旅に出たのは、彼らと共に暮らすことで彼らを理解したい、と願ったからでもあるのです」

 

 窓ガラスに映る少女の赤い瞳は、相変わらず濁っているようにみえた。

 彼女がそのちいさな身体に抱える想いは、はたしてどのようなものなのか。

 

 おれなどの言葉がどれほど彼女に通じるのか。

 こんご彼女が生きるための、せめてもの一助となればよい、と願うのみである。

 

「百年後」

 

 はたして、マイアは呟く。

 

「この地の民は、どれほど発展しているのでしょうね」

「おれなんかには、さっぱりわからん。ひょっとしたら、厄災のような魔物に襲われて全滅しているかもしれん」

「狙撃魔術師たちが、なんとかするでしょう」

「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。狙撃魔術師で竜を滅ぼせても、もっと厄介なやつが侵攻してくるかもしれない」

 

 実際におれたちが昨冬、あの雪山で出会った雪魔神はその可能性を持った輩であった。

 人類が未だ到達したことのない北の大陸には、あんなものが何百体も生息しているという。

 

 人類の生存権の外側は、未知に溢れている。

 なんでも知っているようにみえるヤァータがそういうのだから、実際にそうなのだろう。

 

「大半の奴らは、百年後のことなんて考えても仕方がないと思っているさ。自分が死んだあとのことなんて考えるのは、領地を持つ貴族だけだ」

「なるほど、道理」

「だがね。そういう視点を持てる、というのはいいことだと思うよ」

「いいこと、ですか」

「先のことを……未来を考えるほど、いまの自分は無体なことはできなくなる。将来に残る遺恨を考えてしまう。その場限りの無法は、働きにくくなる」

「それもまた、道理」

 

 彼女には、帝国まるごと敵にまわして平然としていそうな、浮世離れした危うさがある。

 その結果について、まるで頓着しそうにない。

 

 彼女の意識に、未来についての感覚を植えつけておくのは、だからきっと意味のあることに違いなかった。

 百年後、というのはいささか先のことすぎて、おれの方に実感がないが……。

 

 百年後、おれが生きているかどうかはヤァータのみぞ知ることである。

 どちらかというと、そんな先のことは考えたくない、というのがおれの実感だ。

 

「あのね、マイアちゃん。統計の話、していい?」

 

 リラが口を挟んできた。

 去年まで帝都の学院に通っていた彼女は、帝国の最新の情報をよく知っている。

 

「この三十年でね、帝国の人口は倍に増えているんだよ」

「倍、ですか。たった三十年で」

 

 マイアが息を呑んでいる。

 帝国の発展は知っていたが、人口が倍に増えているというのはおれも初耳だった。

 

「領地のあちこちで暴れていた魔物が片っ端から退治されて、森を切り開いて畑にしやすくなったから、というのが公式見解なんだ」

「狙撃魔術師、ですか」

「それだけじゃないけどね。厄介な魔物を退治する方法は、以前からあった。けど気軽に使えるものじゃなかった。それが、三十年前あたりを境に変化した。ヒトはいろいろな方法で森を、山を切り開いていった。結果、ヒトはぽこじゃか増えた」

 

 リラは淡々と、細かい数字を挙げていく。

 若いやつは記憶力があって羨ましいことだ。

 

「だからね、マイアちゃん。良くも悪くも、百年後のわたしたちは、きっといまからじゃ想像もつかないほど変わっていると思うよ」

「変わって、いる」

「うん。そのへんのことに興味があるなら、帝都の学院に行ってみるのもいいんじゃないかな。きっと、マイアちゃんなら余裕で合格だから」

「――検討いたしましょう」

 

 少しためらいがちに、マイアはうなずいてみせる。

 そしてまた、濁った瞳で、飽きずに窓の外の景色を眺めるのだった。

 

 鉄角馬車は南へと、高速街道を爆走する。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。