死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第31話 高速街道と鉄角馬車2

 鉄角列車は高速街道を南に向かって走る。

 普通の馬のやや速足程度の速度だ。

 

 だが魔法で強化された鉄角馬車は、じつに日の出から夕方まで、ずっと同じ速度で走り続けることが可能であった。

 この日の出から夕方までという数字も鉄角馬が背負った魔力タンクの容量次第である。

 

 途中の駅で魔力タンクを交換することで、さらに走り続けることができる。

 とにかく頑丈に品種改良された馬なのだ。

 

「竜は」

 

 窓の外で流れる景色をずっと眺めていたマイアが、唐突に、呟いた。

 馬車は草原を抜け、森のなかに入っている。

 

「竜は、百年後を生き残ることができるのでしょうか」

 

 いってから、はっとした様子でおれの方を向く。

 少し頬を染めて、口をぱくぱくさせる。

 

 なにを馬鹿なことを口走った、とでも思っているのか。

 あるいは、なにを子どもっぽいことを、か。

 

 たいていのヒトにとって、竜とは真剣に敵と考えるに値しない、物語のなかにのみ存在する悪意にすぎない。

 

 みかけよりずっと大人びている、あるいは実際に齢を重ねている彼女。

 普段は子どもらしさをみせない少女が唐突にみせたその幼い表情に、おれの隣に座るリラがにやりとしてみせた。

 

「いいんじゃない。マイアちゃん、そんなに照れなくても」

「リラさま、わたくしは照れているわけでは……いえ、あの、その」

「でも師匠は、竜を退治したことがあるんだよ」

「あ、はい」

 

 いまそんなことをいうなよ、馬鹿弟子。

 なぜ自慢げに鼻の穴をおおきくしている、馬鹿弟子。

 

 おれはおおきく息を吸って、吐く。

 竜、か。

 

 魔物の頂点、ともいわれる化け物のなかの化け物だ。

 それだけではなく、竜という生き物にはもうひとつの側面もある。

 

 知的生物。

 ヒトと言葉を交わすことができる生き物。

 

 かつてヤァータは、知的生命体に奉仕することが己の喜びであると語った。

 そして、こいつの主張する知的生命体には、竜のような生き物も該当すると。

 

 それを聞いてから、つい考えてしまったのだ。

 ヒトと竜がわかりあう道もあるのではないか、と。

 

 実際に、過去には竜がヒトを支配する国が存在した。

 まあ、それは竜が一方的にヒトを奴隷とし、搾取するだけの関係であったと伝えられているが……。

 

 竜に守られた国を、まわりの国々はひどく恐れた。

 それまで戦乱に明け暮れていたその国は、平和を享受したという。

 

 庇護と抑圧は表裏一体だ。

 ちからがない国は、他国の狩場になるだけである。

 

 かの国を支配した竜には、そのちからがあった。

 圧倒的なちからが。

 

「昔、竜を倒すためには、ヒトの側によほどの覚悟が必要だった。強大な竜を仕留めるためには、充分な策略をもってするしかない。おれが赤竜を狙撃したときは、何百もの人々が囮として散っていった。竜を倒すというのは、いまでもそれくらいの難事だよ」

「ですが、竜は数が少ない。対してヒトは増え続ける。狙撃魔術師も増えていくでしょう」

「そうだな。だから現代においてヒトの生存圏と竜の生存圏がぶつかった場合、竜が勝つ場面は次第に減っていくだろう。帝国の外でもそれは変わらないし、歳月の経過はヒトの有利に働く。いちど技術として確立したものは、世代を経ても、よほどのことがない限り消えることがない。それがヒトの強さだ」

 

 マイアは窓の外をみつめながら、真面目くさった顔でうなずいてみせる。

 いま彼女がなにを考えているのか、おれにはさっぱりわからなかった。

 

「強大さでもってヒトを退けていた魔物を狩るために生まれたのが、狙撃魔術師だ。ヒトの生存圏が拡大し、あちこちで強大な魔物たちとぶつかっていた。ヒトは勝ち続けた。結果、いまがある。この状況を覆すには、魔物の側におおきなテコ入れが必要だろうな」

「師匠、普段からそんなこと考えてるの?」

 

 ヤァータと思考実験を繰り返した結果だ。

 おれは別に物知りってわけじゃないが、相棒たるヤァータはその方面においてちょっとしたものなのである。

 

 とはいえ、正直にそのことを語るわけにはいかない。

 どうせ信じちゃくれないだろうしな……。

 

「テコ入れ、ですか」

「ああ、マイア。たとえば魔物が狙撃魔法への対策を手に入れたら、どうだ。もっともこの方法は、狙撃魔術師もいずれ対策をするだろう。いたちごっこだな」

「で、ありましょうね」

 

 現に、冬に戦ったブラック・プディングには、狙撃魔法への対策が施されていた。

 マイアもなにか思い当たるフシがあるのか、しきりにうなずいている。

 

「次に考えられる対策としては、団結だな」

「団結」

「魔物といっても、彼らは個々に独立した存在で、互いでも争っている。そのうえでヒトとも敵対していた。これをやめる。対人類で共同戦線を張る、魔物同盟を誕生させるというわけだ」

「同盟。それは……実現すれば、たいそう厄介でありましょうが……」

「ああ、なかなか難しいだろうな。ヒトの強みは、協調性だ。魔物にそんな協調性があったなら、とっくに大陸は魔物たちのものになっている」

 

 竜がヒトを支配した国の話を、また思い出す。

 頂点に立つ竜たちは、ヒトという奉仕種族を上手く使い栄えたという。

 

 だが、この国は長続きしなかった。

 竜は三体の子を産んだが、この子らは相争い、ついには親竜にも刃を向けたのである。

 

 最終的に、竜同士の争いにつけ込んだ他国からの介入もあって、すべての竜が討たれた。

 その間にヒトは多くの犠牲者を出したが、最後に生き残っていたのはヒトであった。

 

 竜の子らが争ったのはヒトたちの陰謀であった、という説がある。

 竜にはそもそも協調性などなかった、と主張する学者もいる。

 

 いずれにせよ、竜が滅んだあと長い戦乱の時期が来て、関係する人々の記録も失われた。

 それこそ、竜が統治していた時代がもっとも平和であった、とかの地で伝わるくらいには、いまも混乱が続いている。

 

 周囲の諸国もまた、その戦乱のなかで滅びた。

 真実は闇のなかだ。

 

 竜以外の知性ある魔物も、彼らはその強大さに比例して、強い自我を抱えている。

 故に、彼らが団結しヒトに当たる、という事例はひどく少ない。

 

「みっつめ。これはあまり考えたくないことだが、外の世界から戦力を招き対抗する。悪魔とかな」

 

 リラが顔をしかめた。

 彼女は学院時代、同級生が不用意に呼び出した悪魔によってさんざんな目に遭っている。

 

「悪魔。あれらは、己の周囲を、あれらの世界の法則に書き換えます。生存圏を争うに際し、これほど不適切な手段はないでしょう」

 

 マイアは冷静に問題点を挙げてみせた。

 彼女の言葉の通り、争っている生存圏そのものを異界化させ台無しにしてしまっては意味がない。

 

「だが、ヒトに負けるよりはまだマシ、と考えて実行する奴はいるかもしれない。実際に、かつて人類の国では、形勢不利になった側が召喚した悪魔によって共倒れになった、という事例がなんどか記録されている」

「愚かの極みですね」

 

 なんとも手厳しいが、まったくもって彼女が吐き捨てた言葉の通りである。

 

「やはりヒトは、対界協定(アライアンス)を忘却したということでしょう」

「うん?」

 

 マイアがなにか呟いたが、よく聞き取れなかった。

 少女は首を横に振り、気にするなと先を促す。

 

 いや気になるんだけど。

 まあ、彼女が黙っていたいというなら、無理に聞き出すこともあるまい。

 

「四つめ」

「まだ、あるのですか」

「思いつくのは、これが最後だな。対立ではなく同化してしまう、という方法だ」

「同化」

「教会はまあ、いろいろいっているが。帝国において、ヒトとはなにかという定義はない。たとえば、竜が『おれはヒトだ』といって皇帝に従属すれば、帝国貴族の仲間入りを果たすことも可能かもしれないということだ」

 

 マイアはその言葉に、おれを振り返った。

 濁った眼をおおきく見開く。

 

「竜が、ヒトとして扱われる。可能な方法なのですか?」

「過去に亜人種のいくつかで、そういった方法を用いて帝国の貴族を増やした実績があるな。たしか巨人もいたし、翼が生えた種族もいたし、角つきもいたし、口から火を吐く種族もいた。四つ足でちょっとばかり図体がでかくても問題ないかもしれん」

「あー、詭弁だけど筋は通ってるねえ」

 

 リラが、あははと笑う。

 彼女は冗談のたぐいだと捉えたようだ。

 

 当然だろう。

 おれだって、ヤァータの言葉がなければハナから考慮しないような可能性である。

 

 マイアは違ったようだった。

 口もとに手を当て、うつむいて考え込む。

 

「なんとも、奇抜な発想をなさる。しかし、そう……なるほど、理屈は正しい」

「あまり真剣に捉えてくれるなよ。陛下には陛下のお考えがあるだろう」

「現状において、あくまで机上の空論なのは、承知。ですが百年後であれば、どうでしょう」

「あー、そういうことか。いまから議論を深めておけば、いざ滅びかけた種族が降伏するってときにもいろいろと、か」

 

 マイア、この外見の幼い少女は、しかし真剣に百年後のことを頭に入れて話をしている。

 それは彼女がなんらかの手段で百年後を生きる術を持っているからか、それとも単にこの者自身がそういう思考を常にしてきたが故の長い視野なのだろうか。

 

 その考え方は、ひどく異質であった。

 だが辺境でヒトとほとんど触れ合わずに暮らしてきた貴族の末裔と考えれば、そういうこともあるだろう。

 

「有意義な話を聞けました」

「そういってもらえると、おれも嬉しいよ」

 

 顔をあげた彼女の赤い双眸は。

 どうしてか、少しにごりが薄れているような気がした。

 

 

        ※※※

 

 

 さて、この二等席には戦闘義務がある。

 鉄角馬車が襲撃を受けた場合、護衛と共に戦う義務、ということだ。

 

 なぜ、そんなものがあるのか。

 帝国が誇る高速街道が、けっして安全とはいえないからだ。

 

 襲撃者のうちもっとも割合が多いのは、野生の魔物である。

 魔物たちが全力で駆ければ重い荷を引く馬車よりずっと速度を出せるし、なかには空から襲ってくる魔物や飛び道具を使う魔物もいる。

 

 高速街道は、なるべく東西南北を一直線につなぐため山や森を強引に切り開いてつくったものだ。

 故に非常に目立つし、鉄角馬車そのものも、内部は比較的静かなものの、これは防音魔法が張られているから。

 

 外からだと、けっこう派手な音を立てて移動している様子がまるわかりである。

 いちおう、魔物が嫌う臭いを散布したり一部では結界を張ったりして対策してはいるのだが、焼け石に水、といったところだろうか。

 

 襲ってくるのは魔物だけではなく、魔力持ちを含む山賊や、明らかに他国の間者とおぼしき者たち、果ては古代の自動機械なども何故か馬車に狙いを定めてくる。

 帝国がそれでも鉄角馬車を運行するのは、非常に高い水準を誇る護衛たちのおかげであろう。

 

 発表によれば、馬車に対する襲撃は十回の運航につき一度の割合で、年間の馬車損耗率はコンマ五パーセント以下。

 それも、損傷したもののなんとか駅までたどり着いた馬車を含むものであるという。

 

 完全に襲撃者に敗北し、全乗員と乗客が失われた例は、過去数年をみても一度か二度しかない。

 その帝国が発表した数字をどこまで信じていいかはわからないが……。

 

 帝国の外を旅すれば、頻繁に旅人が行方不明になっているとも聞く。

 移動する距離を考えると破格の安全性を誇っているといえるだろう。

 

 大半の戦闘においては、護衛たちだけで襲撃者を追い払ってしまう。

 だが三台のすべてを無傷で守ろうとすると、数の少ない護衛だけではできることに限界がある。

 

 故に、二等席の者たちが援護として出撃するのだ。

 その役目は、あくまでも帝国が誇る第六軍所属馬車護衛団の手伝いであった。

 

 

        ※※※

 

 

 窓の外を眺めていたマイアが「近づいてきますね」と呟く。

 直後。

 

 耳障りなかん高い角笛が馬車のなかで鳴り響く。

 おれたちは雑談をやめて、腰を浮かせた。

 

「十回に一度に当たっちまったか」

「ちょうどいい刺激だよ、師匠。マイアちゃん、来ているのは、なに?」

「鳥の群れ、ですね」

 

 ただの鳥ではあるまい。

 窓に顔を近づけ、マイアが指差す先を探す。

 

 東の空の彼方、黒い点にしかみえないものが、雲のように横へ広がりながら次第におおきくなっている。

 あれが、そうか。

 

 ずいぶんと数が多い。

 これはたしかに、一騎当千とはいえ数名しか乗っていない護衛たちだけで対処するのは困難だろう。

 

「打ち合わせ通り、おれとリラが出る。マイアはここで……」

「わたくしも参りましょう。あの者たちに、わたくしが守ると約束いたしました」

「あの者……鉄角馬のことか」

 

 あれは本当に馬と会話していたのだろうか。

 鉄角馬は賢いと聞くし、彼女なら馬と会話するくらいできても不思議ではない、となんとなく思ってしまう。

 

「心配せずとも、身を守る程度のことは苦も無く」

 

 それは心配していない。

 きみがまわりに迷惑をかけないか、正直そっちの方が心配なくらいだ。

 

 とはいえ……そもそもこの旅の目的には、彼女の協調性を向上させるというものもある。

 それを厭うて安全な場所に押しこめるのは、せっかくの機会を奪うことになりかねない、か。

 

「わかった。全員で屋根に上がろう」

 

 すでに、他の席でもばたばたと忙しそうな音が響いている。

 おれたちは準備を整えて、狭い廊下に出た。

 

 

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