死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第33話 高速街道と鉄角馬車4

 馬車が雷鳴鷹の襲撃を受けていた間も、馬車を牽く四頭の鉄角馬は迎撃を騎士に任せきり、いっこうに速度を緩めていなかった。

 蹄でちから強く地面を蹴り、いかなる障害にも動じず、まっすぐ南を目指し続ける。

 

 雷鳴鷹の音波攻撃で負傷した者たちは、隣の馬車から跳躍してきた帝国騎士たちに魔法の治療を受けた後、「協力に感謝する」とのねぎらいの言葉を貰って客室に戻った。

 リラは数人の男たちから声をかけられていたが、彼女はそれを適当にあしらった様子である。

 

 我が弟子については、まったく心配していない。

 むしろ、男の方が下手なことを漏らさないか心配なくらいである。

 

 特に「きみの師匠、全然活躍してなかったよね」とか口走ろうものなら、馬車の屋根から外に蹴り出されかねない。

 あいつ、自分のことに関しては我慢がきくかわりに、自分の身内に対する侮辱には沸点低すぎるからな……。

 

 弟子を視界の隅に収めながら、おれは騎士のひとりと少し話をした。

 彼らはマイアがアドリブで行使してみせた静音の魔法に興味を示したのである。

 

 おれは、彼女が野生の才能ある魔術師であること、幼くして父を失いひとりで旅していた彼女に帝国の常識を教えている最中であることを手短かに説明した。

 騎士たちは顔をみあわせた後、代表のひとりが、連絡先を記したメモを差し出してきた。

 

「その子が望むのでしたら、帝国は帝都の学院への入学について充分に考慮するでしょう」

 

 つまりは、まあ。

 危険人物にはきちんと紐をつけておけ、と暗に命じられたわけだ。

 

 おれは別に必ずしも忠実な帝国民というわけではないが、それはそれとして帝国の平和とそこに住む人々の安寧を人並みに願っている。

 国が荒れて民がどれほど困るかは、各地を旅してよく知っているつもりだ。

 

 そのうえで、マイアに足りないのはコミュニケーションのプロトコルであると認識している。

 本人には、コミュニケーションをとる気が充分にあることも。

 

 ……たぶんね。

 それはそれとして、騎士のメモはありがたく受けとり、その場でマイアに渡した。

 

 屋根から梯子で内部に戻り、客席に戻ったあと。

 

「わたしの方がいいコネがあるよ!」

 

 リラがそう、マイアの頭を抱き寄せ黒髪を撫でながらいっていたが……。

 

「マイアちゃんはわたしが先にみつけたんだからっ!」

「なにを競ってるんだ」

「わたしの推薦なら、きっと教授たちも一目置いてくれるよ!」

「逆にめちゃくちゃ警戒されそうなんだが?」

 

 我が弟子がマイアをいたく気に入ってるのは、わかるんだけどな。

 

 

        ※※※

 

 

 その日はそれ以上、なにごともなく。

 西の空が茜色に染まる前に、馬車は駅に滑り込んだ。

 

 駅となっている村は、森のはずれにあった。

 頑丈な壁に囲まれ、村人の半数が騎士と従者、およびその家族という、辺境の砦もかくやの守りである。

 

 有事には補給の拠点となるらしく、地下には巨大貯蔵庫が存在し、そこで食料と各種軍需物資を凍結保存しているのだとか。

 おれたちは馬車を追い出され、馬車の等級に従った宿に向かった。

 

 馬車はこれから、整備のスタッフが徹夜で点検を行い、早朝に別の鉄角馬が牽いて出発することになる。

 一日を駆け抜けた鉄角馬たちはここで同僚と交代し、数日の休暇を得るのだという。

 

 頑丈な鉄角馬ではあるが、やはり休ませながらの方が怪我もしにくいし、長持ちする。

 統計上でもそれは判明しているし、もっというのなら、帝国は鉄角馬を必要数よりだいぶ多めに抱えているのだ。

 

 有事に軍の荷を牽かせるためである。

 いざというときの備えも考えれば、この頑丈で強靱な馬たちは何頭あっても不足することはない。

 

 マイアは、今日一日を頑張った鉄角馬たちのもとへ自ら赴き、また跪く彼らの頭を撫でてやっていた。

 厩舎の者たちが、また目を丸くして驚いている。

 

「たまに、いるんですよね。生き物に懐かれる子が。あの子の場合、また少し違う気もしますが……」

 

 謝罪するおれに、スタッフのひとりがそんなことを語っていた。

 たしかに、マイアのそばで頭を垂れる鉄角馬たちの様子は、まるで王に拝謁する臣下のようにもみえる。

 

 マイアの方も、臣下に対して労うがごとく、堂々とした態度で鉄角馬の立派な角のまわりを撫でているのであった。

 なんなんだろうね、いったい。

 

 宿の部屋は、男女別にしてもらった。

 おれはひとり……いや正確には使い魔と一対一になったあと、ヤァータに話しかけた。

 

「なにか異常は?」

「あれほどの雷鳴鷹の群れが発生した理由が判明しました。レイヴィル連邦の奥地にて、大規模な森林火災が発生したのです」

 

 レイヴェル連邦は帝国よりずっと東方にある、緑豊かな国々だ。

 森人族や巨人族といった異種族が多く暮らし、彼らが思い思いの国をつくっているが、個々の国にはたいしたちからがない。

 

「焼け出された大型の魔物が複数、暴走を起こし、玉突き事故で魔物の棲息域全体がおおきく変化しました。飛行型の魔物は、その大半が飢えた状態で、他の地に大規模な移住を開始した模様です」

 

 飛行型以外の魔物は、現地で暴れる側にまわった、ということか。

 たいへんな災害だが、まあこんなものは大陸のどこかで毎年、一度や二度は起こるものである。

 

 上手く対処できれば初動で鎮圧されるし、対処できなければ国の枠を超えた活動が必要となることになる。

 帝国も、必要とあらば狩猟ギルドを動かすことだろう。

 

 本当に危機的な状況になれば、帝国の遠征軍が出る。

 だがそうなった場合、ことのついでで国のひとつやふたつ、簡単に蹂躙されてしまうだろう。

 

 将来に禍根を残すよりは、と徹底的にやるのだ。

 他国の領地であるなら、なおさら遠慮がない。

 

 その地が不毛の野原となるまで、破壊し尽くす。

 それが結果的に帝国の威信を保ち、周辺諸国に恐怖と教訓を植えつけることとなることを、帝国はよく知っていた。

 

「ひょっとして、あんなものが、他にも?」

 

 幸いにして、さきほどの襲撃地点から東側は延々と深い森や険しい山脈が続く、人里離れた未開の地。

 雷鳴鷹の群れに潰された集落は、そう多くないだろうと考えられた。

 

 奴らが都市部に向かわず、途上で鉄角馬車が通りがかったのは運がよかったのか、悪かったのか。

 ちからの弱い地方貴族では、いささか分の悪い相手であるからなあ。

 

「帝国に来た群れは、あれだけです。他の魔物の集団はいくつかの小国に流れました」

「潰されそうな国が出てくるようなら、また報告してくれ。おれたちがなにかするというわけじゃないが、その情報で帝国内部に動きが出るかもしれない」

 

 東方は、ただでさえ小国が乱立し、戦乱に明け暮れている。

 今回の一件で、事態はますます混迷をきたすだろう。

 

 所詮、他人事だ。

 そもそも、おれにできることなぞ、ほとんどない。

 

「明日から、馬車の周辺を警戒いたしますか?」

「いや、それはいい。帝国上級騎士は、そこらの地方領主よりも、よほど頼りになる奴らだ。こちらにはリラもいる。マイアも、人を助けるためにちからを尽くした。あいつにとっては、ヒトより馬だったみたいだが……」

「では引き続き、南方に注力いたします」

 

 三つ足のカラスは窓から夜空に飛び立った。

 闇に溶け、その姿はたちまちみえなくなる。

 

 

        ※※※

 

 

 翌日、日が昇る前に起きて、宿が出してくれた朝食をとり、馬車に向かう。

 昨日とは別の鉄角馬が四頭、またマイアのもとへやってきて、傅くように脚を折り、頭を垂れた。

 

 馬丁たちは二度目とあって、呆れた様子でその光景をみている。

 普段、極めて従順な馬たちが、まるで真の主をみつけたとでもいうかのようにマイアのもとへ集まるのだから、苦笑いするしかない、というところだろう。

 

 昨日とは違う上級騎士たちが、一号車と三号車の前部についた乗務員用の扉に入っていく。

 騎士たちの馬車護衛任務もまた、一日交代なのである。

 

 全員が乗り込んで待つことしばし。

 重い鉄角馬車が、きしんだ音をたてて動き出した。

 

 村を囲む高い壁から出たところで、周囲が茜色に染まる。

 曙光が東の地平の彼方から顔を出すところだった。

 

「ふむ、ふむ」

 

 マイアは相変わらず、かじりつくように窓に顔を寄せている。

 まるで、通りすぎる景色のすべてをその眼に焼きつけておこうとしているかのようだった。

 

「マイアちゃーん、ししょー、わたしは少し寝るねー」

 

 昨日と同様、扉のそばに陣取ったリラは、毛布を頭からかぶると反対側の椅子にぐてっと脚を投げ出す。

 

 たちまち、寝息をたて始めた。

 よほど寝不足だったのか。

 

「マイア、同じ部屋だっただろう? こいつ、寝つきが悪かったのか?」

「夜に、宿の外を歩きまわっていた様子です」

「おれはなんの指示も出していないぞ。散歩、か?」

「ただ眠れなかったのかもしれません」

 

 起きたら聞いてみるとしよう。

 子どもっぽいところがある……というかまだ子どもとさして歳が違わない彼女のことだ、ひょっとしたら、ただの好奇心で外をみてまわっていた可能性も充分にある、が。

 

 なんとなく、それだけではない気がするのである。

 なにか考えがあってのことなら、情報は共有しておきたい。

 

 本当に問題を抱えていたなら……。

 まあ彼女のことだ、自分から話すだろうとは思うのだが。

 

 

        ※※※

 

 

 昼ごろになってようやく目覚めたリラは、うーんと伸びをして、こちらをみる。

 おれの表情がどれほどわかりやすかったのか、えへらと笑ってみせた。

 

「ししょー、わたしの夜の徘徊について、聞きたいんですよね?」

「察しがよすぎるだろ」

「よく気づく素敵な女なのです! いいお嫁さんになれますよ、きっと!」

「いい嫁は、夜に徘徊してあれこれ探らない」

「そこはほら、秘密の味は蜜の味、と申しますか……」

 

 言い訳がくどい、減点一。

 さっさと説明しろ。

 

「あー、えーとですね。なんと申しますか、勘が働いたんですよ、こう、ですからちょっと」

「ちょっと?」

「馬車の荷物に、なにかあるんじゃないかって。夜ならわかるかなーと思ったんですが、夜も警備が厳しくて……結局、諦めて戻ってきました」

 

 なにかあるんじゃないか、って、なんだよ……。

 いやまあ、無茶なことをせずにさっさと撤退したのは偉いが。

 

 そのことを先に話してくれたなら満点だったが。

 いやでも、うーん、勘が働いた、か。

 

「具体的に、どんな違和感だ?」

「あんな雷鳴鷹の群れが、たまたま馬車の通過時間にあそこを通りがかるなんてこと、あるのかなって」

「それはおれも少し考えた。だが、偶然で片づけられることに必然を求めるのはどうかと思うぞ」

「ですから、懸念を解消するためにも積み荷を、と思ったんですけど。うーん、やっぱり考えすぎですかねえ」

 

 そうそう、考えすぎだ、考えすぎ。

 まあ、もし積み荷になにかあるとしたら……。

 

「今日も襲撃があったりしたら、真剣に考えてみてもいいかもしれないな」

「そう、ですねえ。さすがにそれは、確率的にも考えにくいことですし」

 

 偶然がいくつも重なれば、それは必然だ。

 ヤァータが以前にいっていた言葉である。

 

 

        ※※※

 

 

 結論からいうと、二度目の襲撃はあった。

 

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