死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第35話 高速街道と鉄角馬車6 完

 境魔結晶は、極めて珍しい宝石――鉱物の結晶だ。

 そもそも、本来はこの世界の物質ではないらしい。

 

 別の世界からこちらの世界に漂流してきた不安定な物質が、長い歳月を経て安定化した存在であるという。

 この安定状態では、ある種の魔物だけが好む特有の魔力を放射している。

 

 もし境魔結晶に関する研究が禁止されていなければ、いまごろはそういった魔物を飼い慣らす技術が発展していた可能性がある、とも聞いたことがある。

 また、この境魔結晶を触媒とすることで、容易かつ安定的に空間から特殊なちからを引き出すことができるのだとか。

 

 ヤァータによれば、極めてエネルギー変換効率がいい、とのことだが……。

 おれには、発電がどうのとかはよくわからない。

 

 しかし現在、境魔結晶そのものの存在が一般には秘匿されている。

 そのため、帝国ではたいして研究が進んでいない。

 

 今後も、発展の見込みはあまりない。

 仕方がないことだ。

 

 境魔結晶を触媒として行使される召喚魔法によって、悪魔が呼び出されたときの被害を考えるならば。

 悪魔は、出現した瞬間から周囲の空間を書き換え、瘴気と呼ばれる魔界の大気を生み出すことで、この世界を別の世界――。

 

 一般に魔界と呼ばれる世界の法則に順応させていく。

 時と共にその半径は広がり、この世界の生き物では生きていくことができない空間が広がり続ける。

 

 かつて、リラが巻き込まれた事件で悪魔サブナックを倒したとき。

 二日間で、山ひとつ分の帝国領土が瘴気の沼に沈んだ。

 

 いまも、その地は草木一本生えぬ不毛の地となっているという。

 ちなみにおれは、あのとき瘴気の外から狙撃したのだが……。

 

 あと一日遅れていれば、瘴気の外に狙撃ポイントを確保することができなかっただろう。

 詰んでしまっていた、ということだ。

 

 無論、その場合も帝国は、狙撃魔術師以外の手段を用いて悪魔の討伐を成し遂げただろう。

 それによって、どれほどの犠牲を出してでも、である。

 

 悪魔がこの世に出現するというのは、そういうことだ。

 いちばん効率的な対策は、可能な限り、出現させないこと。

 

 もし出現してしまったなら、全力を尽くして最速での討伐を目指す。

 あのときはたまたま、それができる狙撃魔術師たるこのおれが現場の近くにいたから、そうした。

 

 後詰めとして、帝国は周辺の上級騎士を出来る限り、集めていたという。

 彼らを突入させた場合の被害は、目を覆わんほどのものになったであろうが……。

 

 それでも、大地が魔界そのものになるよりはマシだ。

 実際に、かつてとある国で悪魔が召喚された際はその処理に手間取り、国ひとつまるごとが消えたという話である。

 

 そうならないためにも。

 最善の悪魔対策は、別の世界との通路が生まれる前に、対処することであると――。

 

 おれとヤァータは、さまざまな方法を検討していた。

 そして、いまがある。

 

 

        ※※※

 

 

 おれが放った一撃は、世界と世界を繋ぐ道を、それが細い糸の段階で粉々に打ち砕いた。

 異界の法則が広がる寸前、それはエネルギーの供給源を断たれて消滅する。

 

 鈍い音が響いて、先頭の馬車が地面に転がった。

 潰れた馬車のなかから、ひとり、ふたりとおっかなびっくりという様子で客たちが出てくる。

 

 最後尾の馬車からは、騎士が先頭に立って現れ、周囲の様子を窺ったあと、改めて客を外に出していた。

 あれほどの襲撃であったにもかかわらず、人的な被害は最小限であったようである。

 

 後に判明したのだが、まったくない、というわけではなかった。

 なぜ悪魔召喚の儀式が始まったのか、といえば、境魔結晶は先頭の馬車の客が隠し持っていたからなのだ。

 

 その客は、なにをトチ狂ったのかそれを用いた儀式を始めた。

 先頭の馬車の騎士は、止むを得ず、これを斬り捨てたのだという。

 

 しかし儀式は中断されず、騎士は拡張する異空間から客を守ることに専念せざるを得なかった。

 当時、騎士は外部の状況をある程度、把握していて――おれが狙撃の体勢にあったことを理解していたからであるらしい。

 

「あなた方のことは、昨日の騎士から申し送りされておりました。いざというときは頼りにしてよい方々だ、と。もしこのことを聞き及んでいなければ、乗客を見捨ててでも悪魔の召喚の阻止に動かざるを得なかったでしょう」

 

 と、たいへんに感謝され、小声で「魔弾の射手殿」と囁かれた。

 なるほど、周囲の手前、こういってはいるものの、おれの経歴は承知の上、故にこそ信じ、任せてくれたということか。

 

 あの狙撃は一か八かの賭けだったのだから、そこまで信じられても困るのだが……。

 過大評価は、万一、失敗したときに被害が拡大してしまうのだから。

 

 そしておれたちの仕事は、必ずしも成功率が高いものばかりではない。

 ことに悪魔退治において、帝国は成功率よりも解決までの速度の方を重視した戦略を立てている。

 

 まあ、そのあたりの塩梅を現場の騎士たちに説明しても仕方がないか。

 要はそれ、騎士を使い捨てるということだからな……。

 

 最後尾の馬車の貨物部からも、同じ客が運び入れたとおぼしき境魔結晶が発見された。

 これで、中央の馬車だけが魔物に狙われず、両方の馬車だけが狙われた理由も判明したというわけだ。

 

 なぜ、その客が境魔結晶を運んでいたのかは結局わからずじまいだが……。

 ついでにいえば、どうしてその客が、唐突に悪魔召喚の儀式を始めたのかも不明なのだが……。

 

 ともあれ、災禍は去った。

 山砕き蟲(クラッシュビートル)たちも逃げ去り、戻ってこなかった。

 

 魔物たちの本能が、悪魔の召喚をひどく恐れたのか。

 それとも別の理由があるのかは、不明である。

 

 ほどなくして、マイアが駅の駐在部隊を連れて戻ってきた。

 彼らは予備の鉄角馬車も持参していたから、速やかに荷物と乗員を乗せ換え、出発する。

 

 日が沈んでしばし、おれたちは駅に辿り着いた。

 それでようやく、皆が休むことができた。

 

 もっとも――明日、早朝に出発というわけにはいかないようだった。

 帝国上級騎士の権限により鉄角馬車の運航は一時停止となり、事件の調査が優先されることとなったのである。

 

 おれたちだけでなく、三台すべての馬車の乗客が尋問を受けることとなった。

 ことの重大さを鑑みれば、仕方がない。

 

 懸念のひとつであったマイアの処遇については、すみやかに鉄角馬を救助し駅に第一報を入れた彼女の功績もあり、たいしたことは聞かれなかったという。

 おれとリラも、過去の悪魔退治の経歴が判明したため、むしろその狙撃をたいへんに感謝されこそすれ、深い追求はなかった。

 

 うん、実際のところ今回、おれたちが悪魔召喚に関わる理由なんて、なにひとつないからね……。

 かろうじてあるとしたら売名行為だが、おれにもリラにも、いまさら名を上げる意味がなにひとつない、というのは尋問した者も理解している。

 

 それでも尋問を受けたのは、尋問官があらゆる可能性を検討し、どれほど可能性が低いものも捨てない、という方針だったからである。

 なにせ、今回のテロじみた一連の事件、なにもかもが意味不明なのだ。

 

 まあ、そうだよな……。

 そもそも、ご禁制の境魔結晶をこんな無造作に運ぶ奴がいるなんて思わないもんな……。

 

 かくして、事件の背後になにがあるのか、さっぱりわからなかったが、この件についてはこれで終わりだ。

 おれとしては、これ以上、この件に深入りしたくなかった。

 

 政治とか陰謀とか、嫌いなんだってば。

 本当に勘弁して欲しい。

 

 

        ※※※

 

 

 取り調べの初期、おれたちは互いに隔離されていた。

 口裏合わせの防止だ。

 

 それも最初の数日で終わり、その後、改めて同じ宿に移された。

 そのとき、マイアと少し話をした。

 

 彼女は己の失策を悔やんでいた。

 実は彼女、初日の時点で、先頭の馬車と最後尾の馬車から不思議な放射が出ていることに気づいていたのだという。

 

「ですが、わたくしにはそれがなにを意味するのかわかりませんでした。指摘してもいいものなのかどうか、それすら、わかっておりませんでした。皆が気にせぬことであるなら、あえて指摘するべきではないのでしょう、と当時のわたくしは、そう考えていたのです。どうやら、おおきな勘違いをしていた様子。このことは、帝国の方々には申しておりません。こうしておふたりにだけ打ち明けた次第です」

 

 淡々と、いつものように濁った赤い双眸でまっすぐおれをみつめながら、外見年齢十二歳かそこらの少女はそう語る。

 いつも通り、彼女なりの常識に従って動いていたようで、その点については安心できた。

 

 彼女に悪気なんてひとつもないことは、おれもリラもよく理解している。

 だが、おれたちを尋問する帝国上級騎士たちも同じ理解でいるとは思えない。

 

 だから、彼女が尋問に際してこの点を黙っていたことについては「よくやった」と思いこそすれ、思うところはいっさいない。

 というかそんな、普通の奴はみえないような放射までみていたなんて、はたして相手が信じてくれるかどうか……。

 

 彼女やおれたちが疑われないなら、それでいい。

 面倒なんて避けた方がいいに決まっている。

 

 少女の姿をした、出自不明の凄腕の魔術師。

 それだけでも、帝国としては警戒するに値するのだから。

 

「明日には別の鉄角馬車を用意してくれるそうだ」

 

 結果がどうなったかはわからないが、駅での取り調べはすべて終了した。

 乗客は全員、解放される見通しだ。

 

「やっと旅を再開できる。まあ、おれたちは別に、急ぐ旅じゃないんだが」

 

 客のなかには、鉄角馬車で時を稼ぐ必要があった者も多いだろう。

 そのためにわざわざ高い金を払ったのだろうから。

 

 おれたちは違う。

 もとより、さしたる目的もない旅路であった。

 

 いちおう、南部でやるべきこともあるっちゃあ、あるんだが……。

 それは別に、急ぐべきことではないのである。

 

 そういう意味では、今回の騒動に巻き込まれた客のなかでは、おれたちはかなりマシな方といえるだろう。

 商取引で利用したという今回の客のひとりが、ものすごい額の損害だ、賠償しろと騎士に叫んでいたなあ。

 

 いや、そんなこといわれても騎士としても困るだろうけど。

 邪険にせず誠実に諭す方向で対応していただけ、偉いと思う。

 

 融通のきかない騎士なら、商人を切り捨てていたかもしれない。

 ことが悪魔に関わることなのだから。

 

 いや、この対応は、相手がこの鉄角馬車をよく利用するお得意様だから、なのかもしれないが……。

 あるいは帝国の利権にある程度絡んでいる商人なのか。

 

 そんな相手であっても、駅の帝国兵たちはいっさい忖度せず、毅然とした態度で対応していた。

 おそらくは帝都から指示が飛んでいる。

 

 その警戒は、けっして間違いではない。

 今回は、たまたま上手くいっただけだ。

 

 一歩間違えば、高速街道のこのルートは二度と使えなくなっていたことだろう。

 それ以上の災禍が発生した可能性も充分にある。

 

 帝国騎士は、自分の仕事を充分に果たした。

 おかげで、おれとリラは痛くもない腹を探られたわけだが……いちばん怪しいマイアが、その貢献のおかげもあって軽い聴取で済んだのは、もっけの幸いである。

 

「ひとつ、少し困った情報がある」

「え、なに、師匠。急に深刻そうな顔をして」

「境魔結晶を持ち込んだ商人なんだが、どうも鉄角馬車の常連で、よく南北を行き来していたそうだ」

「ししょー、それ、聞きたくなかったよ」

 

 リラが、とてもとても嫌そうに顔をしかめた。

 無理もない、これが初犯ではない可能性が出てきたのだから。

 

 つまり、すでに南部には相当数の境魔結晶が運び込まれているという可能性である。

 これは帝国上級騎士が尋問の際にぽろりと漏らしてくれた情報だから、確度が高い。

 

 いまからでも北に戻ろうかな、とも考えたが……。

 なんだかそれも、負けた気分になるな。

 

 まったく用事がない旅ならともかく、いちおうは南方に用があるのだ。

 別に、必ずしも厄介ごとに巻き込まれるとも限らない。

 

 むしろ、巻き込まれない可能性の方が高い。

 帝国の諜報は優秀だ、今回の事件の裏側も、ほどなくして調べがつくだろう。

 

 そうでなくても、現在、ヤァータが南部で網を張ってくれている。

 境魔結晶の特殊な放射については、ヤァータの計器では探知できないものであるとのこと。

 

 しかし極度の空間の歪みのようなものでも発生すれば、それは充分に感知できると保証してくれていた。

 そんな保証が役に立つときが来て欲しくはない。

 

 あくまでも、念には念を入れて、である。

 実際に、去年の冬はその用心が役に立った場面が多かった。

 

 本当に異常な頻度で災禍が発生していたからな……。

 

「わたくしとしては、もうしばらくこの駅に滞在しても構いませんが……。この甘い肉も、気に入っております」

 

 なお、足止めの間、マイアはそういいながら、もっしゃもっしゃと蜜で味つけされた干し肉をかみ砕いていたとのことだ。

 聴取のたびに、帝国上級騎士から貰うのだという。

 

 なんでも駅の近くの村が養蜂に取り組んでいて、特産品にしたいのだとか。

 子どもにはずいぶんと甘いな、上級騎士!

 

 おれも少し食べてみたが、甘すぎて駄目だった。

 リラも、ちょっとこれは……と一度で飽きてしまっている。

 

 他の客からもあまり評判はよくないそうだ。

 帝国、特産品づくりは失敗している気がする。

 

 




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