死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
以上を念頭においてお読みください。
わたくしがマイアと名乗って、彼らと共に旅をして、しばし。
もともと優れていた我がコミュニケーション能力は、更におおきく向上したと自負している。
鉄角馬車の旅を通じても、有意義な知見を多く得られた。
多少のアクシデントも、充分な余裕をもって対処できた。
大成功の日々である。
さすがは、わたくしだ、尻尾が高い。※1
とある夜、暗い森のなか。
わたくしは胸を張って、三本足のカラスにそう報告した。
旅の途上、カラスとわたくしのふたりきりで落ち合って、話し合いをしたのだ。
なぜか、カラスがわたくしにいいたいことがありそうだったので。
わたくしは場の空気を読むのが上手いので、相手の話を聞いてあげようと思った。
コミュニケーション強者の余裕、というものである。
「もう少し、なんとかならなかったのでしょうか」
予想に反して、カラスは初手から辛辣であった。
しきりに首を横に振っているのは、首の運動をして筋肉を鍛えているからであろうか。
「なんとか、とは?」
「鉄角馬車を襲撃した
「一体程度であれば、可能でしょう。あれは硬い外皮と竜に匹敵する膂力の持ち主でありますが、所詮は地を這うだけの魔物、時間をかければすり潰せます。ですがあのときは、複数体が集まっておりました。準備なしであれらすべてを片づけるのは、いささか難しい。なにより、優先すべきことがございました」
「優先? それは……」
「我に頭を垂れたものたちがおりました。かの者たちを、主の名において守ること。それはなによりも優先するべきことでありましょう?」
カラスはしばし硬直した。
赤い目を、幾度かぱちくりさせる。
「鉄角馬たちのことですか?」
「無論」
「彼らはあなたの配下となることを誓ったが故、あなたには彼らを優先して守る義務がある、と認識した。そういう理解でよろしいでしょうか」
「その理解で間違いありません」
カラスは、なぜかおおきなため息をついてみせた。
わたくしは、首をこてんと横に傾けた。
「難しい話でしたでしょうか。説明が必要であれば、遠慮なく申すがよろしい。異質な存在との相互理解のためには、いっそうの言葉を尽くす必要があるとわたくしも理解しているつもりです」
「まるで、ご自分が普段の相互理解を上手にこなしていると自負しているかのようですね」
「無論、自負しております」
また、えっへんと胸を張ってみせた。
カラスは、また硬直し、なんどか目をぱちくりした。
己のかわいらしさをアピールしているのだろうか。
わたくしは、負けじと笑顔をつくるため、口を端を吊り上げる。
「マイア、わたしを食べるのはおやめください」
「食べる? わたくしに、そのようなつもりはありません」
「もしや、いまの仕草は、親しみをこめた笑顔、ということなのでしょうか」
「無論」
「申し訳ございません。狂暴な獣が獲物をくらう寸前のごとき圧力を覚えました。次回から演算処理に修正を加えます」
「たいへんよろしい」
まったく、このカラスは時折、よくわからない反応を返す。
やはりこのわたくしが、コミュニケーションをリードする必要がありそうだ。
「あのとき、かの者たちにはわたくしの助けが必要でした。突然の崩落によって穴のなかで転倒し、脚の骨が折れた個体までいて、ひどく怯えておりました。その場で治療と慰撫を行いましたが……」
「そのあたり、手厚いのですね、あなたは」
「眷属とした者に対して充分な庇護ができぬようであれば、それは竜の一族の名折れと教えられました。弟のように、自ら庇護を離れるのであれば話は別です。しかしあのとき、あの者たちの声が聞こえました。眷属がわたくしに助けを求める声、それを無視しては、角に傷がつくというもの」※2
「わかりました。この点については、あなたの価値観を尊重いたしましょう。ですがその価値観は、こうして説明されなければヒトにとってひどく異質なものであると、よくご理解ください」
「異質、でしょうか」
「少なくとも、大陸の既知の文明圏においては」
驚きのあまり、わたくしはぽかんと口を開ける。
カラスは、なんどもうなずいてみせた。
「実際に、そうなのです」
「なんと、わたくしにはまだまだ知らないことがあるのですね。伸びしろの発見です。精進いたしましょう」
「あなたの向上心だけは、たいしたものだと考えます」
「そうでしょう、そうでしょう」
わたくしは、また胸を張った。
褒められれば、たとえそれがカラスが相手であっても嬉しいものだ。
父も、時折はわたくしを褒めてくれた。
そのたびに、胸が膨らむほど誇らしく思ったものである。
あいにくと、父とつき合った歳月に比して、その回数はさして多くなかったのだが……。
いまでも、目をつぶれば。
父の言葉のひとつひとつを思い出すことができる。
竜の誇りあれ、と幼いわたくしを祝福してくれた、父の言葉の数々を。
故にわたくしは、ここにいるのだ。
竜の末裔として。
「もうひとつ、お聞かせください。アライアンス、とはなにを示す言葉でしょうか」
「
カラスはうなずいた。
ふむ、この者が時にひどく無知を晒すことは理解している。
先導者として、この者をよく導いてやらねばなるまい。
これもまた竜の一族の義務である。
「
完璧な回答だ。
わたくしは、どうだ、と満面の笑みを浮かべてみせた。
カラスは困惑した様子で、かぁと鳴く。
瑕疵があっただろうか、とわたくしは首を横に傾ける。
「初めて聞く単語を認識いたしました。いくつか確認させていただいてよろしいでしょうか」
「承知」
「孵卵歴、とは」
「孵卵歴のそもそもの成り立ちは……」
「質問を変更いたします。現在は孵卵歴で何年でしょうか」
「今年は七千百十六年です」
「なるほど、およそ四千年前の出来事ということですね。ヒトの国における最古の記録は、およそ千五百年前と伺っております。記録されていない歴史が存在するようですね」
「で、ありましょう。大断絶により七盟主に列せられた最後の三国が失われ、知識の後継は
「口伝、ですか。ひどく頼りない手段に思えますが……いえ、あなたがたはそれだけ長命でありましたね」
「竜の寿命は、
カラスはしばし沈黙し、なんどか赤い目をぱちぱちさせた。
深い考えごとに沈んでいるようだったので、わたくしは黙ってその言葉を待った。
「質問に戻ります。
「星ではなく世界ですが、その認識でおおむね問題ありません」
「
「悪魔、とあなたがたが呼ぶ存在も含めた、異なる世界からの侵略存在の総称です。それらがたびたび
「一般には魔界、と呼ばれている世界の知性体ですね。あなたは、その知識をどこで?」
「父と、父の友人であった、
カラスはゆっくりと首を横に振る。
疲れているのだろうか。
「七盟主、というのは当時の大国と推察いたしますが、ヒトの国もそのなかに?」
「はい。ちょうど、現在のこのあたりの地に存在した国でありました。ナ・ガ同盟国という、
「
「文字通り、神の血を色濃く残したヒトの種族です。原初の魔術を扱う者。この国でも多少の
「その話は、後日、また詳しく。――マイア、あなたはそういった知識が、ヒトの間ではすでに忘れ去られて久しいとおっしゃるのですね」
「その可能性がある、とわたくしは判断いたしました。あなたであれば、調査することも可能なのではありませんか」
「あいにくと、この身では古い書庫で本を漁ることも困難なのです」
カラスは翼を持ち上げ、ぱたぱたさせた。
いっけん万能にみえるこのカラス、しかして自由になる無限の目こそ持ってあれど、自由になる手は持ちえないということか。
この者であれば、なんとでもしそうではあるが……。
ここは寛大に、本人の主張を受け入れるとしよう。
「しかも、おっしゃる通りであれば、その情報は書庫ではなく
「必ずしもそれのみではありますまい。
「七つの宣誓と義務について教えていただけますか」
「無論」
わたくしは、かつて
完全な記憶の保持は、我らにとって基礎の基礎、これができなくては魔法という高く険しい山の麓に立つことすらできぬもの。
故に、当時のことも鮮明に思い出せる。
かの者は空飛ぶ鮫の眷属で、おおきな口と鼻を鳴らし、魔法によって空気を鳴動させ、歌うように節をつけて古よりの言葉を語ってみせた。
それは見事な歌であり、悠久の時でも特に輝いたひとかけらであり、すなわち歴史そのものであった。
記憶であり記録であり、そして海と空と大地にあまねく広がる真理そのものであった。
当時、わたくしはその言葉をあますところなく目と耳に納めながら、そのあまりの美しさに涙を流した。
この時間がずっと続けばいい、とそう願ったことを強く覚えている。
しかし、旅人としての生き方を選んだ
いずれまた会うこともあろう、と告げて、嵐の晩、鮫はその尾びれを羽ばたかせて宙を舞い上がり、黒雲のなかに消えていった。
幼きころの、大切な記憶のひとつである。
「鮫」
なぜかカラスは、わたくしが告げた
外見など、
「なにか?」
「いえ、いいのです。今後もあなたの知識を披露していただければ幸いです」
「わたくしは語り部として未熟ながら、知識をしまい込むような狭量はいたしませぬ。いつでもお尋ねください。今夜のところは、そろそろ宿に戻る必要がありますが……」
散歩と告げて出てきたが、あまり長話をしていては怪しまれよう。
ふと、思い出す。
「鉄角馬車は、時折、ナ・ガの鋼戦兵と交戦しているのでしたか。貫界坑道計画の資源回収ルートと重なっているのでしょうね」
「お待ちを。その話、詳しく聞かせていただけませんか」
「ではまた、後日」
「ひどく気になる単語を残さないでいただきたい」
なぜかカラスは焦った様子である。
この者も長命種であるらしいが、ずいぶんとせっかちだ。
かくして。
その晩はほどほどのところで切り上げ、わたくしとカラスは別々に宿へ戻った。
さして長くはない逢瀬であったが、充実したひとときであったように思う。
わたくしにも、
少しだけ、それが誇らしかった。
もしかして、と考える。
百年後の竜のことだ。
過日、語り合った竜の未来の話だ。
竜は
何万年も生きる
しかしそれは、あくまでも
竜の寿命は、ヒトのそれと比べれば、国がいくつも滅び、歴史の継承すらもできぬほどの長い時なのだと理解した。
ヒトは気宇壮大な野望のもと、果てしない速度で駆け抜けていく種族だが、しかしそこに欠けるものはいくつもある。
それは、こうして少しの間、彼らの地を旅するだけでもみてとれる。
ならば。
もしヒトが、竜と手をとりあう未来があり得るならば。
考える。
そのとき、わたくしは……。
――――ヤァータの慣用句解説
※1 尻尾が高い 竜族の慣用句で、ヒトの言葉に直せば、鼻が高い、程度の意味であると推察される
※2 角に傷がつく 一族の誇りに傷がつく、程度の意味の模様