死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
わたしは、リラ。
狙撃魔術師である師匠の一番弟子でマイアちゃんの友人の、ただのリラだ。
わたしたち三人は、いまグクモという城塞都市にいる。
師匠はわたしたちを宿に放って、ひとりででかけてしまった。
だからわたしとマイアちゃんは、ふたりでデートすることにした。
ふんっ、師匠がいなくたって寂しくないんだからねっ!
ごめん、やっぱ寂しい。
このぽっかり開いた気持ちの空白は、マイアちゃんを後ろからぎゅっとすることで埋めることにする。
「リラ、そうも後ろから拘束されますと歩きにくいです」
「じゃあ抱きかかえてあげようか?」
「わたくしは子どもではありませぬ」
「子どもじゃなくても、抱きかかえていいんだよ」
「ならば、よろしい」
あ、いいんだ。
えいやっ、と後ろから持ち上げる。
うん、軽い軽い。
ついでにお姫さま抱っこしてみると、マイアちゃんは上手くわたしに体重を預けてくれた。
「リラ、わたくしはいささか世情に疎いという自覚がございます。しかしやはり、女性ふたりで共に行動することを、一般にデートとは呼ばないのではありませんか」
「わたしはマイアちゃんのことを愛してるから大丈夫!」
「では問題ありませんね」
「え、それでいいんだ」
しまった、師匠がいないとツッコミ役が不在になる。
ジニー先輩といっしょのときとも違う、新鮮な感覚だ。
癖になりそう。
まあいいや、いけいけごーごー!
というわけで、わたしたちふたりは宿に荷物を置いて町に出た。
もうすぐ夕方、とはいえこの地方ではまだまだ日が高い。
抱っこは満足したのでマイアちゃんを下ろして、おててを繋いで並んで歩く。
「ですが、どこへ?」
「んー、師匠に頼まれてるから、とりあえず狩猟ギルドかなあ。挨拶を任されたからには、完璧にやらないとね!」
「お任せを。礼節は得意分野です」
「え、うん? そう……なんだ?」
えっへんと胸を張るマイアちゃん。
もしかして、初手威圧とか身体に触れたひとを宙にぽんっと放り投げるのとかって貴族的な礼節に則ってるのかな?
えへへ、わたしもう貴族じゃないからよくわからないやー。
い、いちおう暴力的なことはしないよう、いい含めておく。
わたしひとりならともかく、師匠の代理だからね。
自慢の一番弟子として、瑕疵があってはいけないのです!
ってなわけで狩猟ギルドに赴いたわたしたち。
ここのギルドは大都市のそれくらいにおおきかった。
赤茶けた煉瓦でつくられた三階建ての立派な建物で、一階の酒場は五十人くらい座れる広さがある。
いま埋まっている座席は半分くらいか。
ギルドの受付は二階のようで、そっちにもけっこう人がいるっぽい気配があった。
人類の最前線だけあって、あちこちから腕自慢の狩人が集まってきているのだろう。
ざっと魔力の流れをみた感じ、うん、魔術師の割合が他よりずっと多いね。
たぶんギルド員の二割から三割が、魔臓持ちだ。
普通のギルドでは一割いればいい方だから、すごく高い数字。
いまここにいる人たちだけで数えてるわけだから、誤差はあるだろうけど。
でもたぶん、おおきなズレはないんじゃないかな。
向こうも、さりげなくこちらを観察しているのがわかる。
魔臓持ちじゃない狩人が、隣の魔臓持ちにささやきかけていて……。
おっ、魔臓持ちのひとりがこっちの魔力を読もうとしてるね。
わたし自身は、魔力を隠すこともできるけど……。
いまはこっちも喧嘩するつもりがないので、それなりだよー、とそこそこ魔力を流してあげる。
向こうはこちらの意図を理解してくれたようで、ちいさくうなずいてくれた。
うんうん、こうだよ、こう。
通りすがりの挨拶みたいな魔力の交感、やっぱりこうでなくっちゃね。
お互いの実力を量ったうえで静かにマウントをとりあう。
暴力よりはずっとマシな、帝都の学院で流行っていた初対面でのやりとりである。
もともとは、倫理観なんて欠片もない帝都の魔術師たちが、互いの損耗を厭って編み出した処世術のひとつらしい。
ちょっとした諍いで帝都の中心近くが大爆発したりしたら、そりゃ問題なのもわかるというものだ。
ちなみに貴族社会でコレやったらめちゃくちゃ怒られる。
ガチギレされて、武力衝突までいく可能性もあるとか。
あーあ、だからあいつら面倒なんだよね。
苦労して舌先三寸で丸め込むなんてことしなくても、暴力をひけらかした方が話はスムーズにいくことが多いんだ。
帝都の下町なんかは、特にそうだった。
たぶんマイアちゃんも賛同してくれると思う。
で、わたしは無事に、魔力の流れの繊細さでマウントをとれたみたいだ。
向こうの魔術師さんが軽く手を振ってくるので、笑って振り返す。
それで、終わり。
まわりで少し緊張した感じでわたしたちの様子をみていた客たちが、安堵したのか各々の歓談に戻る。
このギルドに認められた、ということだ。
これで万事こともなし……。
って。
「マイアちゃん、魔力出しちゃだめ」
「むっ、しかし先ほどリラは……」
「あれはそういう儀礼なの。ちゃんと段階があって……、うん、あとで教えてあげるから」
「そうおっしゃるのであれば」
マイアちゃんがわたしの真似をして魔力を出そうとしていたので、慌てて止める。
この子の場合、加減ができるかどうかも怪しい上、規格外に魔力量が多いから、上手くやらないと大惨事になるんだよ。
これまでのつきあいで、それくらいはわかった。
彼女にいっさいの悪気がないことも。
ほんっと、ひとかけらも悪気がないから困るんだよなあ。
これが悪い子なら、なにも考える必要がないんだけど。
※※※
狩猟ギルドの二階での登録は、すぐに終わった。
受付の初老の男性は、引退した狩人とのことだった。
「魔弾の射手がこの町に、ね。頼もしいことだ」
「ししょーのこと、知ってるんですね」
「こんな帝国の辺境でも、竜殺しは噂になるさ」
「長居はしないと思うよ」
「だとしても、だ。しばらくは南部にいるんだろう?」
わたしは曖昧に笑った。
実のところ、師匠の行動計画はよく知らない。
臨機応変。
というか、たぶんいまの師匠は、いまわたしの隣でぼんやりとしている少女のことを重視して、旅程を決めている。
別にいいけどね。
もっと弟子のわたしに構って欲しいって気持ちはあるけど、それはそれとしてマイアちゃんだって大切な友達なんだから。
危なっかしいこの子に世間を学ばせ、帝国に順応させる。
それはきっと、とても意味のあることだ。
それができる人はきっと少ない。
わたしと師匠は、マイアちゃんとの出会い方が本当によかった。
だから、わたしたちがやる。
そう決めた師匠はとてもカッコイイし、その気高い精神にはなんどでも拍手したいのである。
ただ最近、なんか師匠の使い魔の動きがチョットだけ怪しいんだけど……。
うーん、あいつ、なんかヘンなこと企んでない? 本当に大丈夫?
わたしは、あいつのことを全然まったくこれっぽっちも信用してない。
師匠はお人好しだから、そのぶんわたしが目を光らせておかないといけないんだ。
みてろ、いつか絶対に尻尾を掴んでやるからな。
――って。
「この壁に張っている紙は、なんでしょうか」
そんなことを考えながら、わたしが受付の人と話をしていると。
ぼーっと周囲をみまわしていたマイアちゃんが、壁に貼ってある依頼の束の方に興味を惹かれ、てこてこと寄っていった。
「お嬢ちゃん、そいつは依頼だ。一番左なら、三つ目獅子の毛皮が欲しい奴がいて、それを持ってきた奴に金を出す。最大で三枚、毛皮が痛んでいたら金額は割引」
「誰が狩っても、よろしいのですか」
「ギルド員なら誰でも大丈夫だ。あんたたちの移籍手続きも終わったから、お嬢ちゃんが三つ目獅子を狩ってくれば金が出るぜ。いくらお嬢ちゃんが貴族のご子息だからって、さすがにあれを倒すのは難しいだろうが……」
「その魔物について、リラ、ご存じですか?」
「マイアちゃん、やってみたいの? 明日なら、つきあってあげるよ」
「では、是非にも」
マイアちゃんの赤い双眸を覗きみると、いつも濁った感じのその瞳が、心なしか浮きたっているような気がした。
ひょっとしなくても、わくわくしているのかな。
いい傾向、なんだろうか。
彼女をヒトに溶け込ませる、という意味では、狩りをして報酬を貰うという経験もアリかもしれない。
めちゃくちゃ高価な宝石をいっぱい持ってる子だから、お金に困ることはないと思うけど。
そもそもわたしも師匠も、マイアちゃんのためならいくらでもお金を出すし。
でもたぶん、この子がひとりでやっていくためには、これは必要なことなんだろうね。
この子が、いつまでもわたしたちといっしょにやっていくとも限らないのだから。
帝都の学院に、本当に行くかもしれないし。
いや、でもマイアちゃん大丈夫かな……騙されてアレな教授の実験体にされないかな……。
ぴょんぴょんジャンプして上の方を依頼を確認するマイアちゃんを、受付の人が心配そうに眺めている。
まあ、心配するよね……外見詐欺がひどいもんね……。
とりあえず、マイアちゃんはあれで腕のいい魔術師だし、野生動物並にカンが鋭いから、と彼に説明しておく。
なにせ山のなかで育った子だからね、わたしもそのへんは心配していない。
三つ目獅子程度じゃ、どう考えてもこちら側の戦力が過剰だよ。
たぶん帝都の学院でも、この子に勝てる魔術師が何人いるか……。
正面からのちから押し限定なら、誰も勝てないんじゃないかな。
彼女の戦力はそれほどで、だからわたしも師匠も、彼女を放っておけないんだ。
「もうすぐ日が暮れるから、その前にどこかに入ってご飯を食べようか。師匠はどうせ、行った先で呑んで来るだろうし」
「そうなのですか」
「昔馴染みなんだって。だからわたしたちは気兼ねなくデートを続けよう! マイアちゃん、なにか食べたいものある?」
「では、先日の港町で食べた、赤い果実の蜂蜜漬けを……」
「それはデザートだね! 晩御飯はお肉とかお魚とか。その後でデザートを食べるんだよ!」
「デザートの後にデザート、では駄目でしょうか」
うるうるした目でわたしをみあげてくる。
んもーっ、そんなのずるいよ!
「わかったよ、わたしも覚悟を決めよう! デザートの後にデザートだ! 甘味処を探すよ!」
「承知!」
わたしとマイアちゃんは、拳をつきあげて決意を示すと、ギルドを出て大通りをずんずん歩く。
道行く人たちが、なんだこいつらという目をして道を譲ってくれるけど、まあ気にしない気にしない。
そういえば、師匠は甘いものとか苦手だしね。
甘味をいっしょに味わってくれる人って貴重だ。
マイアちゃんの場合は、どうも山のなかであんまり甘いものを食べたことなかったみたいで、そのせいもあって余計に甘いものに興味を示しているけど。
放っておくとえんえんお菓子ばっかり食べてそうで、そのあたり不安ではある。
でもまあ、今日くらいはいいだろう。
女子会で、デートなのだから。
それに、と思うのだ。
彼女がこうして人のなかで好きなものをみつけ、それに夢中になることは、きっと彼女の今後にとっておおきな意味を持つに違いないのだと。
ひょっとしたら。
百年後、わたしは歴史書に、こんな風に書かれているかもしれない。
黒竜を甘味で調伏した魔術師、と――。
※※※
うん、わたしさ。
以前、師匠にいったんだけど。
魔力の色で、魔術師の区別がつくんだよね。
あ、リラとマイアの狩りの話は全部カットです。
マイアが依頼掲示板の前でぴょんぴょんしてるシーンが書きたかっただけなので。