死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
グクモの町で、おれは弟子やマイアと別れて行動していた。
数日かけ、やるべきことをおおむね終えて、ようやく宿に戻る。
リラとマイアは、ふたりともいささか憔悴した様子で出迎えてくれた。
特にマイアはほとんど寝ていないようで、目の下に濃い隈をつくっている。
「なにがあった?」
「あー、ししょー、別に危険なことに首を突っ込んだとかじゃないからー」
えへらと笑って、ぱたぱた手を振る弟子。
こいつの「危険じゃない」はこれっぽっちも信用できない。
とはいえこいつとマイアがふたりで行動して、その身が危うくなるような出来事もまた、なかなか想像できないところである。
「マイアちゃんがね、ちょっと趣味にハマっちゃって」
「趣味? あったのか、あの子に」
「できたんだよ」
宿の一階の酒場の片隅のテーブルを三人で囲む。
マイアは「んっ」と胸を張って、羊皮紙の束を差し出してきた。
黙って受けとり、眺めてみる。
びっしりと文字が書き込まれていた。
きちんとした教育を受けた者特有の、綺麗な文章だ。
その内容は……なんだ、これ。
「なにかのお話、か?」
「ししょー、石の姫君と一つ目巨人、って知ってる?」
「そりゃ、まあ。そういえば、劇団が町に来ていたらしいな。観に行ったのか」
「んっ。その、続き!」
「続き?」
鼻息の荒いマイア。
その彼女に促され、おれは羊皮紙に書かれた文字を追う。
なぜかおれの頭の上に乗ったヤァータが、興味深そうに覗き込んできた。
こいつも最近はずっとおれにつきっきりで、リラとマイアのことは監視していない様子だったが……。
あ、なんかヤァータの震えが頭皮越しに伝わってくる。
こいつ、珍しく動揺が露になっているぞ。
「なるほど、終わった話の続きを書いたのか、マイア」
「んっ」
また、少女はちから強くうなずいてみせる。
「リラの入れ知恵か?」
「ししょー、わたしのことをなんだと思ってるの?」
返事はせず、我が弟子をジト目でみる。
リラは下唇を突き出して抗議してきた。
「マイアちゃんの創作意欲が爆発しちゃったんだよ」
「創作、意欲」
「そっ。だから適切に導いてあげないと、ってね。使命感ってやつだよ、ししょー!」
なんの使命感だ、なんの。
帝都じゃ、そういう文化もあるとは聞いたことがあるが……。
なるほど、全然わからん。
いいことなのか悪いことなのかも、さっぱり見当がつかない。
「おれ、こういうのに詳しくないぞ」
「大丈夫、わたしもだよ!」
軽く、ことの次第を聞いた。
なんでも生まれて初めての観劇にいたく感動したマイアが、その勢いのまま創作活動に目覚めてしまったから、とのこと。
素敵な物語が、ここで終わってしまう。
それが我慢ならなかった、とのことだ。
なる……ほど?
少しはわかったような、やっぱりわからないような。
「マイアちゃんね、そもそも創作物語、というものを知らなかったんだって。歴史とかは、旅の鮫とかにいっぱい講義してもらったらしいんだけど」
「鮫?」
「なんか、そういう人がいるんだって」
鮫、というふたつ名を持つ貴族がいるのだろうか。
有名な魔術師とかに詳しい人なら知っているのかもしれない。
マイアの話は、ときどきよくわからなくなる。
彼女が嘘をついているというより、おれたちに上手く説明する能力の不足、だろうか。
ちらりと彼女の方をみれば、いつものようにぼんやりした目でおれをみあげて……。
いや、なんでか知らないが、その赤い双眸が爛々と輝いている気がする。
もしかして、読者としてのおれになにかを期待しているのか?
困る。
詳しくないどころか、実際のところ完全に素人だぞ、おれは。
とりあえず、羊皮紙に再度、目を落とす。
文字を読み進める。
そこに描かれた物語は、石の姫君と一つ目巨人の後日譚だった。
おそらくはちゃんとした小説の書き方を知らないのか、なにかの論文のような調子で語られている文章だ。
しかしそれには、異様なまでの熱意と勢いがあった。
たどたどしい文体にもかかわらず、なぜか読み手をのめり込ませるちから強いなにかがあった。
石からヒトに戻った姫と一つ目の巨人は、ふたりで山から町に下りようとする。
だが巨人をみた町の人々は、これを激しく攻撃して追い払う。
巨人がその拳を振るえば、町の人々などたやすく蹴散らせるだろう。
だが、姫はそれをよしとせず、巨人を止めた。
姫と巨人は、仕方がなく山に戻り、ふたりきりで暮らそうとする。
ところが、巨人をひどく恐れた人々は、山にまで乗り込んで襲ってくる。
姫と巨人は山を離れ、安住の地を求めて旅に出ることにした。
物語は、そこで途切れていた。
終わっているわけではなく、ぷつりと途中で筆が止まっているのだ。
「この続きが、書けないのです」
おれが羊皮紙の最後の一枚から顔をあげると、マイアがすがるような目でみつめてくる。
「それは時間的な問題か? それとも、思いつかないのか?」
「わたくしには、とんと思いつかないのです。これ以上、どうすればいいのか。どうすればふたりは幸せになれるのか……。いっそ、このようなもの書かなければいいと思ってしまいました」
マイアは、意気消沈した様子でうつむく。
ふうむ……。
そうか。
この子は、ふたりに幸せになって欲しかったのか。
「面白かったぞ」
マイアが、ぱっと顔をあげる。
濁った双眸で、じっとおれをみつめてくる。
いや、待て、待て。
おれはそんな、気の利いた感想なんていえないんだ、そんな物欲しげな顔をするなよ。
「この続きが読みたい、と心から思った。リラ、おまえはどうだ」
「わたしも、ししょーと同じ。でもマイアちゃん、現実主義者だから。どうすればハッピーエンドになれるのか、思いつかないんだって」
「でもハッピーエンドにしたい、と……。なるほどな、本人が納得できないなら、そうか……」
適当に幸せになりました、でいいじゃないか、とおれなんかは思ってしまうのだ。
姫と巨人を共に受け入れてくれる町を、適当に出してしまえばいい。
ふたりはその町で、いつまでも幸せに暮らしました。
しかしこの少女は、それでは我慢ならないらしい。
生真面目すぎる、と一笑に付すわけにもいかない。
なぜだか、マイアという人物のこの性質は、彼女の根本に関わってきているような気がしてならないのである。
「なんどもいうが、おれはこういうことに詳しくない。だが、なにごとにおいても、だ。思いつかないなら、しばらく寝かせておくのもいいんじゃないか」
「寝かせて、おく?」
「ずっと集中していたんだろう。いったんそこから離れるんだ。気分転換も兼ねて、別のことをする。いろいろなことに手を出してみる。日を置いて、考えてみる。参考に他の作品をみたり読んだりするのもいいだろう。そうしているうちに、名案が浮かぶことも多々あるものさ」
「道理」
納得したのか、マイアは深くうなずいてみせた。
おれは彼女に羊皮紙を返す。
「続きを楽しみにしている。書いたら、みせてくれよ」
「無論」
※※※
宿の部屋で、おれとヤァータだけになる。
やけに熱心にマイアの書いた物語を読んでいたとおぼしきヤァータに、あれをどう思ったのか訊ねてみた。
「たいへんに興味深いですね」
というのが、その返事である。
具体的にどう興味深いのかは、教えてくれなかった。
使い魔のくせに生意気である。
まあ、本来の意味での使い魔ではないし、こいつがおれのいうことを聞かないのはよくあることなのだが……。
いやしかし、こうも曖昧に口を濁すのは珍しい気がするな。
なにか悪だくみしているのか?
「他人の心を覗くような精神分析は、いささか品がない行為でしょう?」
「おまえに気にするような品性があったとはな。初耳だ。ヒトの真似事でも始めるのか?」
「わたしはヒトではありませんが、ヒトを理解するための労を惜しみません。それはおかしなことでしょうか」
おれはため息をついてみせた。
殊勝なフリをしたところで、このカラスが異質な存在であることは明白だ。
そもそもこいつの行動原理は、他者への奉仕である。
ただし奉仕される対象にとって幸福かどうかを決めるのは、こいつ自身なのだからタチが悪い。
いや、だからこそ……こいつは、その他者を理解したいと考えるのか?
それで、より奉仕の精度があがるのではないか、と。
怪しいところだ。
経験則だが、こいつはどうも、肝心なところで勘違いするような、しているような気がしてならないのである。
まあ、とにかく。
いまはマイアのことである。
「おまえはマイアの書いた物語から、あの子の考えていることを予測した、ということか。それがあの子の教育に必要なら、おれとしては知っておきたい」
「教育、ですか。たしかに、現在の状況はご主人さまが彼女の教師をしている、といっても差し支えがないですね」
彼女には適切な教師がいなかった。
だから、強大なちからに反して、ヒトのなかで生きていくための知識がなかった。
創作物語という概念すら知らなかった、というのもそのひとつだ。
ヒトであれば、子守歌のように刷り込まれる物語、おとぎ話。
そういったものをひとつも聞いたことがなかったというのは……。
さすがに、想像すらしていなかった。
魔術師として必要なあれこれや大陸の歴史などには詳しい彼女であるから、ただひたすらにそれらだけを詰め込まれたということか。
彼女の親は、いったいなにを考えていたのだろう。
考えれば考えるほど、わからなくなる。
人里から離れて暮らすならば必要がない、ということなのだろうが……。
とはいえ、マイアは結局、人里に下りてしまった。
ヒトの群れに紛れ込んでしまった。
であるならば、彼女は必要なことを知るべきなのだ。
おれが彼女の世話を焼く理由は、それだけで充分だろう。
本来はおれなんかがやるべきことじゃないんだろうが……。
マイアのやつはリラになついているようだし、リラほどの魔術師でなければマイアの暴走を抑えることは難しい。
マイアは、なぜかおれのいうことは素直に聞く。
どうしてか、尊敬されている様子がある。
いやほんと、なんでなんだろうな……。
「教育、ということでしたら、かの作品から読みとれる見解を披露いたしましょう」
「その偉そうな態度には心底腹が立つが、いまはありがたい」
「本当に心を読んだわけではなく、あくまで私見、ということはご承知ください。その上で申し上げるのは、マイアと名乗る人物が、ひどく不安を覚えているということです」
「不安? あの子が?」
「マイアと名乗る人物は、二次創作を試みるに際し、登場人物に幸せな結末を望んでいた様子です。しかし彼女の手によって描き出されたものは、登場人物のさらなる苦難でした」
二次創作?
いや、いっている意味はわかるが、そういう単語は初めて聞いたな。
「まあ、ヒトと巨人、種族も違うふたりだからな。あたりまえの展開だ」
「これが技法として、多くの蓄積を経ての経験則として出てきたものなら別です。しかし彼女の場合はまっさらな状態からかの物語を刷り込まれての、あの展開です。それはおそらく、彼女が当然のこととして、登場人物ふたりの未来を予見してしまったからでしょう」
ふたりの未来、か。
ふたりはヒトの間では暮らしていけない、かといって町から逃げても……。
「考えすぎじゃないか?」
「かも、しれません。ですが、一つ目の巨人に己を投影していたとしたら、どうでしょう」
「山育ちの貴族は、一つ目巨人のようなもの、か。ここまでの旅路でも、さんざんに自分とそれ以外の違いをみせつけられただろうから、そう解釈してもおかしくはないが」
おれたちと出会ったとき、マイアは集落から集落へ、転々としていた。
どこでもなじめず、おそらくは最初侮られ、それから暴力性によって恐れられたのであろう。
リラが卓越した魔術師でなければ、おれたちとの出会いも悲劇的な結末で終わった可能性が高い。
「マイアと名乗る人物は、自分がヒトのなかで生きることの困難さについて、彼女の書いた物語のように理解してしまっている、とわたしは分析いたします。であれば、続きを書けない理由もおのずと判明いたします」
「彼女には、ふたりが幸せになる結末が納得できない、と?」
「あくまでもわたしの見解です。わたしはあなたがたの心の機微を深く理解しているわけではありません。見当違いはご容赦のほどを」
「おまえはヒトの心がわからんやつだ。とはいえ、おまえの論理的な分析は信用できることもわかっている」
あくまでも可能性のひとつとして考慮しておこう、と思った。
マイアがなにを考えているにしても、おれが彼女にしてやれることはたいして多くない。
ただの中年狙撃魔術師には、知識は教え込めても、未来をくれてやることなどできはしない。
それは彼女が、自分の手で切り開くものである。
「ところで、例の話をふたりにするのではなかったのですか」
「夕飯のときにでも、改めてな」
「なるほど、実りのある話ができることを祈っております」
相変わらず、心にもないといった様子で、カラスはそういってのける。
カラスは、かぁ、とひとつ鳴いた。
どうにも馬鹿にされているような気がする。