死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第42話 ひとつ目巨人と竜の姫君1

 おれの使い魔ということになっている三つ足のカラス、ヤァータ。

 こいつは姿消しの魔法(こうがくめいさい)を用いて、誰からもみつからずに偵察を行うことができる。

 

 現場の情報は、狙撃魔術師にとって生死を分けるほど重要だ。

 それを安全に行えるだけでも、ヤァータの価値は高い。

 

 実際のところ、普段ぶつくさいってるおれだが、ヤァータの有用性は認めているのだ。

 それ以上に問題のある部分がこいつに存在するだけの話であって。

 

 今回、ヤァータはグクモの町の西方、ジャングルのはずれに点在する集落を上空から偵察する。

 分身体(ドローン)は使わず、ヤァータ本人が赴く。

 

 その方が情報の精度を上げることができるという。

 おれは遠く離れたヤァータと視覚を共有することができない。

 

 しかし、音声伝達の魔法が込められた赤い宝石の指輪を通じて会話をすることは可能だ。

 

「この集落では、不審な点を発見できませんでした。降下して、現地の人々の会話を調査しますか?」

「そこまではしなくていい。まずは他の場所の状況も把握したい」

「了解しました。次の集落に向かいます」

 

 日が昇ってから中天に至るまでに、三つの集落の調査が終わった。

 おれはこの間に宿の一室を新たに借り、老人の使いの者が届けてくれた資料を読み込んでいる。

 

 各集落の代表について、町の貴族が蒐集した資料である。

 当然のことながら、グクモ側としても自分たちの勢力圏内で活動する武力集団に無関心ではいられないのだ。

 

「代表は、帝国の外から入ってきた来た騎士が多いな。ここが帝国の南東のはずれだからか、だいたい東方で、あと少しだけ南方から来たやつもいる。……東方の動乱で仕える貴族を失ったからって、こんな地の果てのジャングルに来るかね」

「どこから暗殺者が送られてくるかもわからないような身の上でしたら、そのようなこともあると聞きます」

 

 老人の使者となっておれとのやりとりをこなしてくれている若者が、礼儀正しくおれの言葉に答えてくれる。

 地方の学院を卒業したばかりの、ものごしの柔らかな青年だ。

 

 おそらくは町の有力者の子息だろう。

 にもかかわらず、おれのような野良の狙撃魔術師に対しても腰が低い。

 

 老人から、なにかいい含められているのかもしれない。

 そのあたりを詮索するつもりはないが。

 

 どこの藪をつついたら蛇が飛び出てくるか、わかったものではないのが貴族というものだ。

 迂闊な言動は、己の身を危うくする。

 

 それはそれとして、彼の知見は有用だった。

 資料を読みつつ、青年からも情報を引き出していく。

 

「この資料には騎士の息子が四人とあるが、こっちの資料と年齢が合わないな。養子の可能性もあるが……」

「主家の子を養子として迎え入れ、その事実を隠蔽していると思われます。主家を滅ぼした家から追っ手がかかっているのでしょう」

「そこまでわかっているなら、記載しておいて欲しいんだが」

「確実な情報ではありませんし、町としては、そうした()()な騎士家である、ということの方が重要ですので」

 

 ここでいう()()とは、町に敵対する理由がない、という程度の意味だろう。

 脛に瑕を持つ身であれば、余計な騒動を起こし、いたずらに追っ手に把握されるような危険は冒さないものである。

 

 無論、騎士がもといた国の貴族からすれば、本来は根絶やしにしたはずの貴族の生き残りがいるのだから……。

 暗殺者が送られてきて、場合によっては争いが集落の近辺だけでは収まらず、そういう方向から町に迷惑がかかる可能性は残っている。

 

 だがそれは、もはや政治の部類だ。

 おれが読めるような資料には記載されていない、という青年のいい分は間違っていない。

 

 で、そんな騎士家が境魔結晶などという危険なものに手を出すか、という話であれば……。

 出さないんじゃないかな、と思う。

 

 連中も、余計なことをして、帝国の中央や祖国の貴族に目をつけられたくはあるまい。

 といって、それが必ず、とも限らない。

 

 境魔結晶を用いてなんらかの実験を行い、その成果でもって権力闘争に再度、その身を投じるという可能性。

 あるいはなんらかの強いちからを得て、逆襲に移るという可能性。

 

 ひょっとすると、そうして得たちからによって周辺を制圧する、といった愚かな挙に出る可能性すら。

 十中八九、ないとは思うんだけどな。

 

 可能性だけなら残っているし、そもそも鉄角馬車で防護措置を講じていない境魔結晶を運ぶ、などという無謀をやらかした相手だとするとなあ……。

 

 青年といくらか会話をしただけでも、グクモの諜報がしっかりしているのがわかる。

 本来は部外秘の事実を快くおれに伝えてくれているのは、この地で老人が築いた信頼があるからだろう。

 

 同時に、境魔結晶の一件について彼らが強い危機感を抱いているということでもある。

 老人がおれのことを彼らにどう紹介したかは知らないが……悪魔退治の専門家、とでも伝えたのだろうか。

 

 おれは別にそっち方面の専門家じゃないんだが?

 特に情報収集なんかは、あまり多くを期待されても困る。

 

「報告します。四番目の集落の上空で、わずかながら空間の歪みを感知いたしました。具体的なポイントを探りますか?」

「いや、それは他の者がやるさ。だいたいの位置を把握してから、五番目に行ってくれ」

「了解いたしました」

 

 青年は立ち上がり、足早に部屋を出ていった。

 町から、その集落に調査の者が向かう手筈となっている。

 

 専門のことは、専門家にやらせればいい。

 ヤァータに不審人物を探させたところで、どいつが不審かを見分ける目も持っていないのだから。

 

 いや、マイアのことはすぐみつけて、報告してきたけどね。

 あの少女くらい露骨にヘンなことをやっていれば、さすがにわかるんだろう。

 

 でも例えば、街中できょろきょろしている人物を複数人みかけたとして、そのうち誰が不審者か指摘するのはヤァータには難しい。

 ただ迷っているだけの者もいれば、周囲を警戒している者もいるだろうし、ただ好奇心で周囲を見渡している者もいる。

 

 だが、あのカラスにはそれらの区別がつかない。

 不審な者、といわれていってみれば地元の子どもが蟻の巣に水を流しこんで遊んでいるところだった、みたいなこともなんどかあった。

 

 いや、いたずらにしても蟻が可哀想だからやめさせたけども。

 それはそれとして、という話である。

 

 結局、その日はほかに、三つの集落でヤァータが空間の歪みを検知した。

 それぞれで、なにが起こっているのやら……。

 

 

        ※※※

 

 

 ヤァータによれば、空間の歪みというものは、さまざまな魔法によって、割と簡単に生じるらしい。

 そしてヤァータの装備では、どういう種類の魔法が行使されたのか判別できないのだと。

 

 ヤァータを造った者たちは、知識を体系的にまとめあげ、それをヤァータに叩きこんだ。

 そんなヤァータの世界の技術体系には、魔法という概念が存在しなかったという。

 

 故に、こいつは自身の知る技術体系については博識を誇る反面、魔法のようにそれ以外のものごとに対してひどく無力なのである。

 もっとも、それもこいつの自己申告を信用するなら、であるが……。

 

 そんなところでおれに嘘をつく理由も思い浮かばないので、ひとまずその言葉を信じることにする。

 こいつが思ったより頼りにならないのはいつものことだし、逆に思ってもみないところで頼りになるのも、たまにはある。

 

 おれはその都度、最適の運用をすればいい。

 さすがに十五年もつき合っていると、いろいろ慣れるものだ。

 

 で、ヤァータが空間の歪みを感知した三つの集落について、町が抱える魔術師たちは魔法的な手段を用いて調査した。

 結果、そのうちのひとつの集落は、汎用空間魔法を用いた魔道具によってそれを発生させていたことが判明する。

 

 具体的には冷凍保存用の特殊な倉庫だ。

 その集落では、騎士が大枚をはたいて大型の保存庫をつくり、付近の魔物を狩猟してはその素材を、血肉に至るまで貯め込んだうえで加工し、輸出していたのだ。

 

 その際にちょっとばかり帝国の商業税を回避するための脱法的なからくりが絡んでいたようなのだが……。

 それは、今回の事件とはなんの関係もないので省略する。

 

 ふたつめの集落では、学院を出ていない無認可魔術師が空間操作の魔道具をつくる魔道具を開発し、これの運転によって空間の歪みが発生していたことが判明した。

 魔道具をつくる魔道具というのは、つまり小規模とはいえ工場であり、将来的には大規模な魔道具の販売を目指していたようである。

 

 帝国において無認可の魔術師が魔道具の売買を行うことは違法であり、彼らもそれを知っていたからこそこんな辺境を選んだのだろう。

 詳細については、こちらも今回の事件となんら関係がないので割愛だ。

 

 問題は、三つ目の集落である。

 届け出もなく、外と商取引をする風でもなく、ついでにひどく閉鎖的な集落で、代表である騎士の身分についてもいささか怪しいところがある、とのこと。

 

 まあ、いささか怪しい、程度であれば平然と受け入れるのがこの辺境であるとのことで、そうでなければ人など集まらない。

 そのうえで、グクモ側も諜報は怠っていなかったのだろう、青年がとり寄せれば、さまざまな情報が出てきた。

 

「直接、近くの町と取り引きをしていますね。複数の商人を迂回しています。よほどやましいところがあるのでしょう」

「先日も馬車が集落に入って、空荷で出ていった、か。輸出するものもなく馬車を返すとは、ずいぶんと懐に余裕があるじゃないか」

 

 青年とふたりで羊皮紙の束をめくるたびに、出てくるわ出てくるわ、怪しさの塊のような報告が。

 今回の事件と関わりがないとしても、まあ、なにか盛大に後ろ暗いところがあるのは間違いない。

 

 なお、魔術師たちによる遠隔からの魔法による調査では、結界のようなものが展開されていてろくに情報が集められなかったとのこと。

 ますます怪しい。

 

「この集落の取引先を調査いたします。確実になにか出てくるでしょう」

「その方法だと、時間がかかるな」

「ええ、ですが集落を捜査する場合、町の常備兵では手が足りませんから、狩猟ギルドからも人手を集めることになります」

「ギルドを動かすだけの証拠が必要、か」

 

 狩猟ギルドは、本来、ヒトを相手にする組織ではない。

 森や山の草木やきのこ、生き物、魔物といったものを狩猟、採集する者たちの組織である。

 

 大型で特に脅威となる魔物を相手どる狙撃魔術師などという存在が例外なのだ。

 これは、狙撃魔術師がまだ誕生して三十年程度しか経っていない新参者で、専門の組織が存在しないこととも関係がある。

 

 将来的には、狙撃魔術師だけの組織が生まれるのだろう、ということだ。

 帝都ではすでにその動きがあるらしい、と知己からの手紙に記されていた。

 

 それにはもうしばらくかかるであろう、とも。

 なんなら、その際に組織の相談役になってくれないか、という話出てきていて……いや、いまそんなことはどうでもいいんだ。

 

「こちらで勝手に動く分には構わないな」

「ええ。あの方から、既に要請が出ています」

 

 あの方、というのはくだんの老人のことだ。

 彼とは既に、ある程度の話がついている。

 

 本来、おれたちが出張るような案件ではない。

 狩猟ギルドの仕事でもない。

 

 それでもこの一件に手を貸すと、リラもマイアも請け負ってくれた。

 いやむしろ、あのふたりの方が、おれなんかよりもこの一件に対して気負っている気がする。

 

 義憤で動けるのは若さの特権か。

 いや、おれだって悪魔崇拝者はあいつの仇だと思っているし、ここで動かなきゃ後で余計に厄介なことになって、面倒に巻き込まれる気がしてならないからなあ。

 

 悪魔関係は、対処が遅れれば遅れるほど、封じ込めに手間がかかる。

 ここでいう手間とは、人員の消耗も含む。

 

 つまりはかなりの確率で半強制的に駆り出されるおれが死ぬ可能性が増えるということだ。

 おれだけならまだしも、リラは絶対についてくるだろうし、マイアだって……。

 

 とも、なれば。

 いまここで動いた方が賢明だろう、というのが、おれがここで書類を読み込んでいた理由である。

 

 どうせ巻き込まれるなら、先手を打って有利な場所をとり、狙撃するべきだ。

 それが優秀な狙撃魔術師というものである。

 

「動ける人員に、動員をかけてくれ。明朝、出発しよう」

 

 おれの言葉に、青年は恭しく頭を下げた。

 

 

        ※※※

 

 

 翌日、朝日が昇る少し前。

 グクモの門の前に集まったのは、おれとリラとマイア、そして十人ほどの騎士と、青いローブの魔術師であった。

 

 青ローブは、帝国の地方の学院を卒業した証だ。

 魔術師はこの町の生まれであり、南部の学院を十年前に出たのだという。

 

「学院に通う前は、このあたりじゃたいへんな才能と持ち上げられたもんですがね。鼻っ柱を叩き折られて、学院での成績はさんざんで、二度ほど留年してなんとか卒業できたんです。正直、今回の一件の報告書を読んでも、よくわからないことばかりです。詳しいことはあなた方の指示に従えばよい、とあの方から聞いております」

 

 まだ三十そこそこだろう魔術師は、年の割に薄い頭を掻いて、おれとリラに頭を下げる。

 今日のリラは帝都の学院の卒業の証である赤いローブを身にまとっているから、ローブの時点で格付けが済んでしまっている。

 

 いやまあ、青ローブの時点で優秀なんだけどね。

 在学中の者は緑のローブ、中途退学のおれなんかは灰色のローブを着るのが通例だ。

 

「ししょー、このひと、口では卑屈だけどたぶん実戦は得意だよ」

「こら、失礼なことをいうな。……弟子が申し訳ありません」

「ははは、お気になさらず。いや、こちらに帰ってから、荒くれ者たちに混じっていろいろと……。だいぶ鍛えられましたから」

 

 それは頼もしいことだ。

 さてこれで出発、とはならず、魔術師が「ご領主さまの到着が遅れております」と引き留めた。

 

「ご領主さまが? 激励でもしてくれるんですかね」

「おや、連絡が入っておりませんか。申し訳ございません、此度の事態の重要性を鑑みて、ご領主さま自身が同行を決断なされたのです」

「初耳です」

 

 おれは顔をしかめた。

 そういう重要なことは、早くいって欲しい。

 

 こっちは、あんたみたいな下級貴族と会うのだって緊張するんだ。

 ご老人くらい寛容な相手だとわかっていれば、まあ別なんだけど。

 

 ああいう人は稀というのが、これまでの経験から得られた教訓である。

 

「ご心配なさらずとも、ご領主さまはざっくばらんな方です。狩人に混じって魔物狩りに赴くことも、頻繁にあります」

「ああ、そっちのタイプですか……」

 

 地方の町の領主には、大別してふたつの型がある。

 実務に長けた者と、戦闘に長けた者だ。

 

 エドルの伯爵は、お会いしたことはないが、話を聞くに実務に長けたタイプだな。

 戦闘の方は彼の姉であるメイテルに任せきりである。

 

 この地の領主は、戦闘に長けたタイプなのだろう。

 未開の密林に隣接しているという立地条件を考えると、案外、そういうタイプの方が上手くまわるのかもしれない。

 

 大規模な都市ならともかく、この規模の町なら、なんでもいいからとにかく皆を従えて周囲を平穏に保てればいいわけである。

 まあ、下に実務家がいるという前提ではあるが……。

 

 ここ数日、ご老人経由で紹介された青年や、彼が持ってきた資料をみる限り、そちら方面はきちんと人材がいるようで安心だ。

 というか、ご領主さまも同じ資料に目を通しているはずだから、その結果本人が出るっていうなら……おれとかいらなくないか?

 

 少し考える。

 いや、やっぱりおれ、いるわ。

 

 マイアの目は今回、必須の要素だが……。

 彼女とリラだけで領主の前に出すのはいろいろとその、な。

 

 はたして、曙光が南の山を照らすころ。

 ようやく緑のローブを着た女性が駆けてくる。

 

 栗色の長い髪を左右で縛っているのだが、それが馬の尻尾のように激しく揺れている。

 リラと同じくらいの年齢であろう、まだ少女といっていい人物だ。

 

 右手でぶんぶん振っている何重にもねじ曲がった木の杖は、そこそこの魔導具だろう。

 うん? 緑のローブということは学院の在学生か、あるいは中途退学者か……。

 

「遅れてごめんなさーい! うちの子がぐずっちゃって……って、あれ、リラ?」

「ロッコ?」

「うわあ、久しぶり。うえっ、赤ローブ……リラは学院、もう卒業したんだ」

 

 ロッコと呼ばれた少女が、驚きの声をあげる。

 青ローブの魔術師が、「ご領主さま」と頭を下げる。

 

 なる、ほど?

 

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