死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
キャスレイ家のウィスラロッコ、十六歳。
リラと同い年で元同級生。
栗色の髪に茶色いおおきな瞳、長い髪をポニーテールにしている少女である。
帝都の学院に通っていたが、中途で休学し、故郷のこの町に戻った。
リラがスキップしているせいで勘違いしそうになるが、ロッコは悪魔関連の事件当時の同級生ではない。
具体的には、ロッコとリラは同時に学院に入学し、その半年後にリラひとりがスキップして上の学年に行ってしまった。
その後も、ふたりはなんのかんのと学院のなかで交流し、ときに協力していたものの……。
ロッコは実家の都合により休学し、帰郷せざるを得なかったことで、その関係も途絶えた。
リラの最終学年、悪魔召喚事件の影響で彼女以外の全員がリタイアしてしまった件は遠いこの地にも届いていたようで、ひどく心配していたとのことである。
ちなみにロッコの語った「家庭の事情」は金銭的なものではない。
家族の問題であった。
具体的には、流行り病による両親の死去に伴う代替わりだ。
彼女の両親は、この町の領主だったのである。
町には新たな領主が必要だった。
その座に、彼女が収まる必要があった。
さもなくば町は割れ、ひどいことになっていただろうとのこと。
つまり、現在この町を取り仕切るキャスレイ家の代表こそ、目の前の人物なのだ。
若きキャスレイ家の現当主にしてグクモの領主、ウィスラロッコというわけである。
帝都の学院を退学したのではなく休学状態なのは、家のあれこれが片づいたら学院に戻りたいと彼女が願っているからだ。
当主が赤ローブなら貴族社会でも箔がつくし、そういう形で休学し、後に復学する貴族というのは割と多い。
「でね。実務の方は、だいたい夫がやってくれるから。わたしは実働の方に専念してるってわけ」
「夫」
リラが真顔だ。
ロッコはけらけら笑っているが。
「うん。こっち戻ってすぐ、ね」
「や、そりゃ貴族さまはそうか。でもそのときって、ロッコ十四歳……」
「貴族はね、そんなもんだって。で、領主っていってもさ、いつも前線に出てるし、現場でなにがあるかわからないからねー」
「たしかに、ロッコは実戦じゃわたしくらいやれる子だったけど……」
「普段は狩人の真似事がほとんどだし、こういった作戦行動の機会は少ないからね。わたしもそっちの指揮下に入るよ。ご隠居も、そうするべきって判断」
ロッコはおれをみて、よろしくと笑いかけてくる。
おれも軽くうなずきを返した。
ご隠居、とはくだんの老人のことだろう。
まったく、どこでどんな縁が繋がっているかわからないものだ。
「あ、ちゃんと去年、子どもを産んだから、最悪わたしが潰されてもだいじょーぶ。安心してね」
「ロッコのそういう冗談、ぜんぜん面白くない!」
「あはは、リラは真面目だなあ」
リラの肩をばんばん叩くロッコ。
ポニーテールが馬の尻尾のように揺れている。
リラは痛がっているものの、あまり本気では嫌がっていない。
若い子同士の、たわいもないじゃれあいである。
周囲はぽかんとしていた。
まあ、うん、おれも初めてだよ……リラが真面目っていわれるの……。
「えーとね、ししょー。この子、本気で冗談の加減がわからない子だから。ヅラの教授のヅラを吹き飛ばすの、さすがにわたしでも自重するもん」
「メラートの王女といい、おまえの交友関係は濃いなあ」
「ジニー先輩は別格だよ、別格。わたし、さすがにアレほどじゃないから。安心してね!」
「安心材料なのか、それは?」
「わあっ、きみ、お人形さんみたいだ、ぎゅっとしていい?」
あっ、と思う間もなく、ロッコは、ぼうっと突っ立っていたマイアに突撃し、彼女を正面から抱きしめていた。
マイアは首をこてんと横に傾け、「はて、わたくしは人形ではなく、自立して行動しておりますが……」と困惑している。
「きみが可愛いってことだよ!」
「なるほど、道理」
「魔術師だよね、リラが信用してるってことは凄腕だよね!」
「凄腕かどうかはわたくしでは判断できませぬが、このなかではもっとも魔法の扱いに長けていると自負しております」
「すごい自負だ……。え、リラ、どこでこんな子みつけてきたの?」
「北の方で拾った」
「拾えるんだ!? 北の方すごい!!」
「わたくしは拾われたのですか……?」
とりあえず、とロッコをマイアから引き剥がし、改めて互いに挨拶をする。
そうこうするうちに、太陽は完全に大地から顔を出してしまっている。
「それじゃ、出発しよーっ! ごーごー!」
ロッコのテンションの高いかけ声のもと、おれたちは門をくぐり、町の壁の外に出る。
※※※
キャスレイ家はグクモの町を取り仕切る家だが、この町の貴族家はキャスレイ家だけではない。
辺境で挑戦したい、とこの町にやってきた貴族家を快く受け入れ、そのちからを借りることで発展してきたのがグクモという町なのである。
エドルから来た老人のように野心のない者ならばともかく、なかには野心家もいたに違いない。
さじ加減を間違えれば、たちまちに町を乗っ取られてしまっただろう。
そのあたりを上手く差配したのが、ロッコの両親である。
だが彼らは、熱帯特有の病に倒れ、相次いで亡くなってしまった。
親のあとを継いだロッコは、まず己の武力を誇示し、騎士たちの支持をとりつけたという。
ちからこそが正義という言葉は辺境においていまだ根強い信仰で、幸いにして彼女にはそれだけのちからがあった。
生粋の貴族と騎士の間には、残酷なほどの地力の差があるのだ。
加えてロッコは、なぜか実戦の手管に長けていた。
初見殺しの仕掛け武器に、関節技、暗器といった練習試合では普段使われないような手段に初見で対応しただけではない。
騙し討ちや急所攻撃といった、本気の戦いを想定した攻撃にも笑って反撃し、容赦なく相手を治療院送りにしてのけたとのことである。
なんでだろうね?
リラの友人というだけで、納得してしまうものがあるんだけど。
そのかわり、彼女、魔法の理論面とかの座学はてんで駄目らしい。
リラのようにスキップできなかった原因は、そのあたりであるとのこと。
いや、そもそも帝都の学院でスキップというのが非常に稀なことなんだよ。
メラートの王女はスキップしていないが、それでも稀代の才人であると自他共に認める人物であるし。
ところでここに出てくる全員、なんか性格が破綻している奴ばっかりじゃないか?
いや、別におれ自身も、いささか偏屈な人間である自覚はあるんだが……。
「変人と変人は引き合うんだなあ」
日が西の空に傾きはじめた頃。
密林のなかの小道。
後方で、黄色い声で騒ぐ彼女たちの話を聞きながら、ぼそりとおれは呟く。
おれの隣で、青ローブの魔術師がうんうんうなずいていた。
「ひょっとして、ご苦労なされてます?」
「はっはっは、ご領主さまをお支えするのが、我ら家臣の務めですので……」
「無茶ぶりとかされてません? ちゃんと文句いった方がいいですよ?」
「はっはっはっは」
乾いた笑い声が森に響く。
でもまあ、別に彼女が嫌われているわけではなさそうなので、そこはひと安心……なんだろうか。
ここは、町から徒歩で二日ほどの距離にある森だ。
肉体強化の魔法で駆け続けて、半日もかからずやってきた。
馬車より、騎士や魔術師が走った方が速いのだから、仕方がないのだ。
そして、おれは肉体強化の魔法が使えない。
よっておれひとり、マイアに抱えられての行軍を実行したのだ。
残りは全員、自分の脚で街道を駆け抜けた。
ひどく情けない限りだ。
しかしいまは、外聞を気にしている余裕などないと割り切った。
ちなみにおれを抱えて走る係にはリラとマイアが立候補したのだが、「リラは器用なんだから、手を空けておいてよ」というロッコのひとことが決定的となり、マイアがお姫さま抱っこでおれを運ぶという絵面が生まれたわけである。
おれとリラの魔力タンクは、騎士たちに背負ってもらった。
かくして、子どもに抱きかかえられて街道を疾駆する中年魔術師という至極情けない姿が披露されることに。
弟子に抱えられるのと、どっちが情けないかは意見が分かれるだろうが、情けないことには変わりない。
本来なら、リラとマイア、騎士の半分くらいを先行させて、おれは後からゆっくりと赴けばいいのだが……。
そんな屈辱を味わってでも全員で急ぐのには、理由がある。
カンだ。
先日の鉄角馬車の一件も含めて三回も悪魔案件に関わったおれのカンは、おれ自身が急ぐべきだと警鐘を鳴らしていた。
「本当に悪魔主義者が関わっているのでしょうか」
「わからない。だから、おれのことは万一の事態、最悪の場合に備えての保険だと思ってくれ」
「重要なお役目ですな」
青ローブの魔術師は、真面目くさってうなずく。
こんな辺境で現場を握る人物だけあって、そこには微塵の油断もみられない。
あの狭い城塞都市で、悪魔退治に関する知識があるのは、おれの他にあとはせいぜい、ご老人が境魔結晶の取り扱いに付随して、程度である。
おれが現場に行く以外の選択は、実質的にないといっていい。
おれが屈辱的な運ばれ方をする程度で土地と人々の被害が減るなら、是非もなし。
幸いにして、騎士たちも青いローブの魔術師も、幼い娘に抱えられているおれを笑うことはいっさいなかった。
ロッコはけらけら笑っていたけど。
あとリラは、なぜか羨ましそうにみていた。
「狙撃魔術師が、皆、あなたほど博識であればよかったのですが」
「悪魔を狙撃した経験なんて得るもんじゃないさ」
「帝国がもっと悪魔に関する情報を開示してくれれば……いえ、頭ではわかっているのですがね」
彼のいう通り、適切な情報がなければ悪魔関連の事件に対処することは難しい。
だが必要以上の情報開示は、逆に悪魔崇拝者に利することとなってしまう。
帝国としても、この件に関しては難しい選択を迫られているのだろう。
リラの同級生みたいに、無知であるが故に悪魔を召喚してしまったような奴もいるわけだしな……。
結局、彼は己の命で過ちを償うこととなった。
もっともリラにいわせれば「彼も天才のひとりだったんだよ。普通、無知で悪魔なんて召喚できない」とのこと。
これはロッコも同意していて、「少なくとも、わたしじゃそういうのは絶対に無理」とのことである。
そのレベルでなければ過ちは起こらない、ということなら、たしかに情報の統制にも意味はあるのだろう。
頭がおかしい奴が頭のおかしいことをするのは、どうしたって防げない。
だから、そいつらになるべく情報が渡らないようにする、というのが帝国の方針なのだ。
だから頭がおかしい奴らは、限られた情報から自分たちで考察し、実験し、頭がおかしいことを為そうとする。
その過程で、帝国は頭がおかしい奴らが奇妙なことをやっているという情報を手に入れることができる。
これは、そういう政策である。
今回、おれたちが情報を入手できたのも、情報統制の結果なのだ。
とはいえ現場の者からすれば「自分たちをもっと信用して欲しい」といいたくなるのもわかる。
問題は、現場のどこに頭のおかしい奴の目や耳があるかわかったものではない、ということなのだ。
裏切り者がいる、という可能性だけではない。
頭のおかしい奴であっても魔術師であれば使い魔を持っていて、それを利用している可能性は常にある。
一流の魔術師であれば、盗聴や遠見の魔法を駆使した情報収集を行うことも考えに入れなければならない。
いまおれたちがいる周囲は、リラが結界を張ってそういうものを防いでいるのだが……。
それだって、「監視の魔法ではみえない、不可視のなにかが近づいて来る」という情報を与えてしまっている可能性がある。
情報戦とは、そういうものだ。
本気の相手からまったく隠匿するなら、相手が思いもつかない手段をもってするしかない。
そして、情報戦に長けた相手が思いつかない手段、というのはことのほか難しい。
故にリラもおれも、ロッコも青いローブの魔術師も、そして騎士たちも周囲の警戒は怠っていない。
ちなみにおれは、左手の中指にはめた赤い宝石の指輪を耳もとに持ってきて、ヤァータの声に耳を澄ませている。
その指輪が、ちかちかと輝いた。
「前方右手に三十度、五十歩ほどの樹上に熱量の多い鳥が三羽」
ヤァータの声に、先頭を歩くおれは右手を上げて立ち止まる。
全員がぴたりとおしゃべりをやめた。
おれは指を三本、ゆっくりと折ったあと、ヤァータの示した方角を指さす。
無数の枝葉に隠れ、使い魔とおぼしき鳥の姿をここから直接、視認することができないが……。
「なにかいるのは、わかるね」
リラが声を落として呟く。
彼女が展開している対探知の結界によって声は外に漏れないのだが、いちおうは念を入れて、ということだろう。
「ししょー、強行突破する?」
「迂回だ」
「もう気づかれてるかもしれないよ」
「気づかれていたら、あんなところに歩哨を配置しない。それにもし気づかれていたとしても、手の内を晒す必要はない」
敵の戦力がわからない。
そもそも、あの集落が本当になにかを企んでいるとも限らない。
これも、通常の監視網の内かもしれない。
森のなかに存在する集落、それを狙う魔物など、枚挙にいとまがないのだから。
集落を狙うのは、魔物だけではない。
野盗のようにヒトの蓄えた財産を狙う者はいつだって辺境にやってくるものだ。
「もしおれたちを野盗だと誤認してくれるなら、それでもいい。ご領主さま、それでいいか」
「あ、わたしのことはロッコでいいよ。了解、ししょーさんの指示に従う」
きみはおれの弟子じゃないだろうに。
リラが「ししょーはわたしのだからねっ」とむくれているぞ。
いやまて、おれはおまえのものでもない。
というか勝手に師を所有物扱いするな。
おれたちは茂みを割って、別の獣道を探した。
ほどなくして、それ以上の遭遇もなく。
一行は、集落を見下ろせる丘にたどり着く。