死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第44話 ひとつ目巨人と竜の姫君3

 丘からこっそりと見下ろす集落は、こじんまりとしていた。

 十軒ばかりの建物と、それらを囲む木組みの柵が、その集落を構成するすべてである。

 

 中央の建物は盛り土の上に建てられていてひときわおおきく、背の高い石の壁で覆われていて中がみえなかった。

 柵を越えて大型の魔物が襲ってくるような有事の際は、あのなかで籠城するのだろう。

 

 その建物を囲む残り九軒は、いずれも簡素なつくりの掘っ立て小屋である。

 壊されてもまた建てればいい、くらいの気持ちでつくられているようだった。

 

「一軒当たり五、六人として、人口は五十から六十人といったところか」

「ええ、そんなものでしょうね」

 

 青いローブの魔術師がおれに返事をする。

 丘の上の茂みに隠れ、しばらく観察してのことだ。

 

 中央に住む騎士一族の人数によっては、もう少し増えるかもしれない。

 たぶん、この地の主戦力は騎士一族だろうから。

 

 小型の魔物ならともかく、ある程度の魔力を持っていなければ、中型以上には太刀打ちできない。

 エドルの熟練した狩人には魔力を持たずにトロルを狩るような猛者もいたが、あれは罠も利用した例外だからなあ。

 

 そういった狩人であっても、トロルより更に大型の魔物からは逃げる他ない、といっていた。

 特に集団戦において、魔臓持ちの数こそが戦力である。

 

「具体的な数を把握していないのか?」

「税を納めさせているわけでもありませんしねえ。そのかわり、あれらの集落になにかあっても我々は関知いたしません」

 

 なるほど、勝手にやってくれ、ということか。

 無論、協力できるところは協力するのだろうが。

 

 エドルの場合は、周辺の村と城塞都市エドルとの間できっちりとした上下関係ができていた。

 あれは村々の主要産業が農業であり、エドルに税を納めることで庇護を得ることにお互いが利点を感じていたから可能な関係である。

 

 グクモとこの集落の場合は、また話が変わってくる。

 グクモは最前線で活動する狩人たちの稼ぎが主要産業であり、集落の方も畑はこじんまりとしていて、お互いに自活できているのだ。

 

 無論、多少の交易はあるだろう。

 だがそれは、おおむね対等な取引である。

 

 グクモの領主が強気に出て集落を支配下に置き搾取する、という構造をつくることも可能ではあろうが、現在のところ領主一族はその方法をとっていない。

 単純に、かかる労力に比例した成果を挙げることが困難であろう、と予測しているのだろう。

 

 同じ帝国の最前線といっても、さまざまな事情があり、それらの事情に即した統治の形態がある。

 帝国は、中央のやり方を細かく押しつけたりはしない。

 

 いや、歴史上は押しつけていた時期もあった。

 だがそれは上手くいかず、結果的に国力の減衰に繋がり、次の代で大幅な刷新が行われたようである。

 

 帝都の学院における基礎教養の講義で、このあたりは入学したてに学ぶ事柄なのだ。

 皇帝陛下も過ちを起こす、だが帝国には過ちを認め改めるちからがある、故に臣下の価値が問われるのであると。

 

 他の国ではこういう風には歴史を学ばないらしい、と知ったのは狙撃魔術師として各地を巡ってからのことである。 

 王は無謬であり、神聖にして不可侵であり、臣下は王に従っていればいい、と教える国が大半であるとのことだ。

 

「それは国に本当のちからがないからじゃないか」

 

 若きころ、他国でそういったら、「帝国出身者は傲慢だ」と怒られた覚えがある。

 いまとなっては、うん、傲慢でごめんね、帝国にも欠点はいっぱいあるから……と恐縮することしきりだ。

 

 それはさておき(だってじじつなんだもん)

 現領主たるロッコは遠見の魔道具で集落を観察し、「流れ者が多いね」と告げた。

 

「うちの町の人間じゃない、明らかに外から来た人たちが中央の建物と外の建物を行き来してる」

「商人ではなく、ですか?」

「ものごしが騎士のそれだわ」

 

 騎士のひとりが訊ね、ロッコは首を横に振る。

 

「まあ、商人の護衛兼荷物持ち、とかかもしれないけど……それにしては腕が立つヤツが、複数」

「よくそこまでわかりますね」

「勝てる相手かどうか調べなきゃ、ちゃんと討ち入りできないでしょ。戦力把握は殴り込みの基本よ」

 

 なんでこの少女、討ち入りのノウハウに詳しいんですかね。

 ちらりと横に立つリラをみれば、うんうん、とうなずいている。

 

 どこかの王女といい、こいつらほんと、帝都の悪い部分に適応しすぎだ。

 それがこうして領主としての仕事の役に立っているのだから、難しいところだが……。

 

「マイア、ここから境魔結晶の放射はみえるか?」

「いえ、まったく」

「まあ、きっちり遮蔽されていたらわからんか……」

 

 ヤァータではみえない、境魔結晶の特殊な放射。

 それをマイアに確認させるのも、ここにおれたちが来た目的のひとつである。

 

「あ」

 

 とそのとき、リラがぽんと手を叩く。

 彼女は自分の魔法で視覚を拡大し、集落を観察していた。

 

「ひとつ目巨人だ」

「うん?」

「あ、えっと、ひとつ目巨人をやってたひと。役者さん。あそこ、荷物を中央の壁の内側に運んでるひと」

 

 ひょっとして、マイアが夢中になってた歌劇の?

 マイアが「たしかに、あの役者の方ですね」と肯定する。

 

「あの方にも、わたくしの書いた続きを読んでいただきたい」

「え、続きって? っていうかお芝居がどうしたのさ」

 

 話についていけないロッコがきょとんとしている。

 無理もない、聞けば彼女、最近は仕事漬けで、劇団のことは広場の許可を出した以外なにもしらなかったとのことである。

 

「それはいまいいからね、マイアちゃん。あのひともお仕事が忙しそうだし」

「道理」

「劇団……たしかに、疑われず帝国の各地を移動できるな」

 

 おれの呟きに、全員の視線が集まった。

 

「ですが、ひとつ目巨人は心根の優しい方です。無私の心でもって姫を助けたあの者が、悪魔の召喚に関わるなど……」

「マイアちゃん、マイアちゃん、役者とお芝居は別だよ」

 

 リラがマイアの手を引き、後ろの方でこんこんと諭しはじめた。

 うん、あっちは任せておこうか。

 

 で、こっちの方は、と……。

 騎士たちと話をしていたロッコが、おれと視線を絡めてくる。

 

「ひとまず、例の劇をみていた騎士に聞いたわ。劇団の者が何人か、あそこに混じってるって」

 

  うーん、これは……まさか、ね。

 

 

        ※※※

 

 

 そもそも、おれたちの一行がこの集落にやってきたのは、ヤァータの偵察によって微弱な空間の歪みが感知されたからである。

 そのうえで集落についての情報を集めたところ、怪しいところがいくつも出てきた。

 

 閉鎖的な集落らしい。

 なのに、外部の者……劇団の構成員が何人もここにいる。

 

「事前の情報と違いますね」

「うん、きな臭さアップだねぇ」

 

 青いローブの魔術師が呟き、ロッコが肯定する。

 都市の長がここにいる以上、正式な外交の一環として、集落を訪問するという手も使えなくはない。

 

 だが、それをすれば、最悪の場合、相手が暴発する可能性もある。

 鉄角馬車の内部で悪魔を召喚しようとした馬鹿のように。

 

 普通はそんな可能性まで考慮しないんだけどね。

 こいつらがあの馬鹿のお友達なら、ってことでさ……。

 

 現在、集落はおれたちに気づいていないようだ。

 気づいていたら、劇団員を外に出すなんてことをして、おれたちに手がかりを与えたりしないだろう。

 

 ならば、このまま相手に気づかれぬよう、ことを進めるべきである。

 簡単な議論の結果、そういう結論になった。

 

「あとは、どこまでやるか、を決めておきたい。当初の予定通りに偵察だけで済ませるか、行けるところまで行くか」

「潰す方向でいこう!」

 

 おれの問いに対して、ロッコが元気に返事をした。

 え、いいの?

 

「潰した後に調査すればいいでしょ。だってこれ、絶対、ヤバいことが出てくるって」

「うわー、短絡思考」

 

 リラがちゃかすものの、ロッコはわりと本気の目で「それが、町を守るためのいちばんの安全策だもの」と告げる。

 

「わたしは、町を守るためならなんでもするよ。当主になるっていうのは、そういうこと」

「そっかー、お貴族さんだねぇ」

「リラは嫌いだよね、貴族」

「嫌いなのは責任とか義務とかがわたしに降りかかることだけだよ。ロッコが勝手にやるなら、わたしはそれを応援する。責任でも義務でもなく、自分の意思で、ね」

 

 と、背の高い木に登っていたマイアが、ぴょんと飛び下りると小走りに駆けてきた。

 彼女には、狙撃用の魔力タンクを置けるような場所、それでいて集落全体を見下ろせ、相手からは発見されにくいような場所がないか調べて貰っていたのである。

 

「少々、距離は離れてしまいますが、あちら側の森に小高い丘がひとつ。ですが、狙撃の際は何本か木を切り倒す必要があるでしょう」

「それは問題ない。事前に仕込んでおいて、直前に狙撃ルートをつくるのは常套手段だ」

 

 この丘は、いささか集落から近すぎた。

 警戒心の強い集落であれば、数日にいちどくらいは巡回の者が来てもおかしくはない。

 

 いまは偵察として来ているが、見張りの騎士を残してすぐにこの場を離れるつもりである。

 ここに魔力タンクを置くのは、リスクが高い。

 

 幸いにして、マイアがみつけてくれた丘は集落の北側で、巡回の者もそうそう入ってこないような場所にある。

 ここなら、安全に魔力をタンクに貯めることができるだろう。

 

 魔物に襲われるという危険はあるが、そこはまあ……今回、マイアがおれのそばで待機することになっている。

 そもそも、おれが魔力を貯めるのも、万が一を想定してのことだしな。

 

 出番がなければ、それでいい。

 リラには今回、ロッコと共に実働部隊にまわってもらうし。

 

 騎士が十人に、魔術師が三人。

 ひとりの騎士が代表を務める集落ひとつを潰すにしては、だいぶ豪勢な戦力といえる。

 

 まあ、あそこが本当に、ただの集落なら、の話であるが……。

 リラに、彼女が戦力としては自分と同格というロッコまで揃っているなら、おおむね問題ないだろう。

 

 ロッコは最初、リラをおれの護衛として配置しようとしたのだが……。

 リラは少し考えたすえ、ロッコに同行することを希望した。

 

「師匠は、マイアちゃんひとりで充分。それより、ロッコちゃんの方が心配だよ」

 

 夜の間にもう少しいろいろ調査して、突入は明日の朝方、ということになった。

 おれは狙撃ポイントで、夜通し魔力タンクに魔力を注ぎ込む。

 

 竜を退治するわけではないのだから、たいした魔力は必要ない、はずだ。

 今回はそもそも、おれの出番なんてないはず、すべては念のため、だからな……。

 

「マイアちゃん」

 

 マイアと共に狙撃ポイントに向かう直前。

 リラが呼び止めた。

 

「師匠のこと、頼んだよ」

「承知」

 

 いつものことだけど、おれは守られる側だなあ。

 

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