死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第46話 ひとつ目巨人と竜の姫君5

 おれとマイアは、丘の上で待機を続けている。

 マイアは魔法で前線の者たちを監視しているし、おれはおれでヤァータをリラたちの見張りにつけていた。

 

 左手の中指にはめた赤い宝石がちかちか光った。

 ヤァータからの連絡だ。

 

 リラたち十三人が移動を開始したという。

 夜陰に紛れて集落へ近づくためだ。

 

 巡回を捕まえてしまった以上、夜明けまで待っていてはこちらの存在を気づかれる。

 その前に勝負を決める、と判断したロッコは、おそらく正しい。

 

 問題は、相手側の戦力だが……。

 巡回の者を尋問した結果、おおむね手間取ることはなかろう、と推測されている。

 

 相手側もこの程度の集落としてはなかなかの戦力であるが、こちら側はなにせ貴族級の魔術師が三人と騎士十人、むしろ過剰といえるだろう、と。

 ヤァータも、それに同意している。

 

 鉄角馬車のとき悪魔召喚を許してしまったときのような、自爆覚悟の無謀な試みに走ることをこそ警戒せねばならない。

 そのための、即断と速攻だ。

 

「集落を囲む柵の罠を解除、集落内部に侵入しました」

 

 ヤァータが逐次、報告を入れてくれる。

 同時にマイアが「リラが柵に仕掛けられていた警戒の魔法を解除、帝国とは違う術式に感心しております」と補足を入れてくれる。

 

 なおマイアは最初、赤い宝石の指輪から聞こえてくるヤァータの声に驚いてしげしげ眺めたあと、「カイヤンの波動ですね」と呟き、なにやらひとりで納得していた。

 待ってなにそれ、と聞きたい気持ちをぐっとこらえる。

 

 実際のところ、この赤い宝石の指輪は、ヤァータから貰った、魔法ではない別の技術の産物なのだ。

 カイヤンさんとかいう知らないヒトは、たぶん関係がない、はずである。

 

「集落の内部、熱源探知の結果、いずれも無人。中央に集まっているものと思われます」

「ヤァータ殿、壁の内側を先行して偵察できますか?」

「可能です」

 

 おれの左手に顔を近づけ、勝手にヤァータと会話を始めるマイア。

 それに対して平然と返事をするヤァータ。

 

 おいこら、ヤァータはおれの使い魔ということになっているんだが?

 マイアは、やたらとヤァータを気にかけていてカラスの身体を撫でまわすのが好きだったから、いまさらの話ではあるのだが……。

 

「ご主人さま、いかがいたしますか?」

「ヤァータ、やってくれ」

「かしこまりました」

 

 ヤァータはおれの指示を仰いだ。

 形式上のもので、あいつは動くときには勝手に動くのだが、今回はマイアという部外者の目があるが故、ということだろう。

 

 月のない夜である。

 星空の明かりはあるとはいえ、真っ黒なカラスの姿を視認することはほぼ不可能。

 

 集落の中央、おおきな屋敷を囲む高い石壁の内側へ入り込むことは容易と思われた、が……。

 赤い宝石が、ちかちかと輝く。

 

子機(ドローン)で上空から侵入しようとしたところ、弾き返されました。壁の上方に不可視の力場が形成されている様子です」

「この情報は前線と共有してくれ」

「承りました」

 

 ヤァータの方で、リラたちに伝えてもらう。

 こういうとき、エドルのブラック・プティング戦で使われていたような伝声の魔法(メッセージ)があればいいのだが、あいにくとこの辺境では専用の魔道具が手に入らないとのことだ。

 

 ロッコによれば、そもそもそんなものが必要な軍事行動自体、もうだいぶ長いこと行われていないらしい。

 中型の魔物の討伐程度なら、後方と前線の情報共有とかもそこまで必要がないから、それも納得ではある。

 

 軍事作戦のなかで狙撃魔術師を効率的に活用するなら、必須に近いと思うんだが。

 帝国全体では、未だ狙撃魔術師を戦術的に運用するためのノウハウが貯まっていないのだろう。

 

 つくづく、運用の難しい職分だとは思う。

 だからこそ、腕のいい狙撃魔術師ほど役割を特化させた複数名で行動する。

 

 そういった組織のなかでだけ通用するノウハウを貯め込み、外部には情報を提供しないとか……。

 そういう問題も起きているとは、ときどき聞くのである。

 

「強硬手段に出るようです」

 

 マイアがいう。

 

「ロッコ殿が中央を囲む壁に手を突いて……ふむ」

 

 次の瞬間。

 轟音が、遠く離れたおれたちがいる丘にも届いた。

 

「壁の一部が粉々に粉砕されました。素晴らしい破壊力ですね」

 

 指輪の赤い宝石がちかちかと輝く。

 あの石壁、それなりの魔物の襲撃に備えたものだから、トロルの突進くらいじゃ破壊できないはずのシロモノだと思うんだけどなあ。

 

 あの歳で、領主となってから部下をちからで抑え込んだというだけはある。

 リラの友人だけあって、暴力に関しては文句なしだ。

 

 ともあれ、これで侵入は相手側にバレた。

 ここから先は時間との勝負だろう。

 

 ヤァータはリラたちと共に、壁の裂け目から内部に突入する、とのことだった。

 ところが。

 

 その報告を最後に、赤い宝石は沈黙してしまう。

 なんど呼びかけても、宝石をトントン叩いても駄目だ。

 

「ヤァータと連絡がつかなくなった」

「わたくしの魔法でも内部を見通すことができなくなりました」

「結界かなにかか」

「おそらくは」

 

 マイアでも駄目となると、完全にお手上げだ。

 もとよりおれとしては、ここで魔力タンクに魔力を込めながら、ただ突入部隊の無事を祈るしかないのだが……。

 

 ほどなくして。

 何度か、地面がぐらぐらと揺れた。

 

 マイアが顔をしかめ、「時折、強い波が壁の内側から溢れ出てきております」と告げる。

 はたして壁の内側では、なにが行われているのか。

 

 おそらく、リラたちが激しく戦っているのだろうが……。

 こういうとき、己のちからのなさが恨めしい。

 

 無駄に帝都で修羅場をくぐっていたらしいリラのことだ、心配はしていない、が……。

 特異種のトロルが相手のときのように、不測の事態というのはいつだってありえるものだ。

 

 そのときおれが目の届く場所にいたとして、なにかできるとも限らない。

 だからといって、なにもわからない、というのはもどかしい。

 

「最悪の場合を想定して、待機を続けよう」

「最悪の想定、とは?」

「突入部隊が集落のたくらみを阻止できず、その試みが成功してしまうこと、だな」

「ロッコ殿たちが全滅するという想定は?」

「その場合、おれたちがバックアップに残っていても無駄だ」

「――道理」

「あいつらが罠にはまったなりなんなりで撤退するなら、それを援護する。それも不可能なら、おれを抱えて全力で逃げてくれ」

 

 その場合、おれたちがやるべきことは、即時の帝国中央への連絡である。

 おれを囮としてマイアに都市部まで駆けてもらい、帝国軍にことの次第を報告してもらう、という選択もいちおうは考えられる、が……。

 

 囮というのは、それにより時間を稼げなければ意味がない。

 敵に発見されたおれなんて、ぷちっと一瞬で潰されて、なんの足止めにもならないのだ。

 

 とはいえ、そうなる可能性は薄いとおれは考えていた。

 向こうにはヤァータもいる。

 

 と――そのヤァータが、闇夜から舞い降りてマイアの頭の上に着地する。

 あー、こいつは……。

 

「別の個体、ですね」

 

 頭の上のヤァータを掴み、胸に抱いて撫でながら、マイアが告げる。

 この子にはわかるんだな、そのへん。

 

 ヤァータは肯定するように、ひとつ、かぁと鳴いた。

 迷惑そうにマイアの腕のなかでもがいているが、少女はカラスの身体を撫でることに熱心で、いっこうに辞める様子がない。

 

「以前の個体との通信が途絶したため、別の個体を派遣いたしました」

「そのへんのこと、この子の前でしゃべっていいのか」

「緊急事態と判断いたします」

 

 まあ、それはそうなんだが。

 マイアの方をみれば、少女はきょとんとした様子でおれに視線を向けてくる。

 

「この使い魔が普通ではないことは、ひとめみてわかります。心配せずとも、口外はいたしません」

「理解が早くて助かるよ」

「誰しも、語れぬ秘密がありましょう。わたくしは、そこに踏み込まぬこともまたコミュニケーションであると理解いたします」

 

 そうなのかな?

 そうかも。

 

 新しいヤァータが、なぜか天を仰いでいる。

 普段、超然としているこいつにもいろいろ悩みがあるのだろう。

 

「ヤァータ、おまえのちからで集落の中心部を囲む結界を破れるか?」

 

 マイアから言質をとったなら、ここでヤァータのちからを出し惜しみする意味もない。

 高い高い空に浮かんでいるというこいつの分身体には、想像を絶するちからがある。

 

「本艦の主砲を起動した場合、ご主人さまの身の安全が保証できません。加えて、それであの結界を破れるかどうかも不明です。魔法についてはまだ未知の要素が多い故、ご了承ください」

 

 駄目でもともとの提案だったが、やはりそういう返答になるか。

 まあ、最初から期待はしていなかった。

 

 こいつなら秘密兵器のひとつやふたつは保持していそう、というカンだったのだが……。

 たとえそんなものが存在していたとしても、この場面で使う気はない、ということかもしれない。

 

 ヤァータの秘密主義はいつものことだ。

 口ではご主人さま、とおれのことを敬っているフリをしていたところで、こいつに本来の行動の指針、骨太のなにかがある、というのは常々感じていたことである。

 

「艦」

 

 だが、その言葉にマイアが別の反応を示した。

 

「船、ですか。しかも主砲。ヤァータ殿……なるほど、興味深い。いえ、失礼。いまそれを探るのは良いコミュニケーションとはいえませんね。反省いたします」

 

 考え込む少女だが、すぐ首を横に振って己の言葉を打ち消す。

 著しくコミュニケーションという言葉を勘違いしている気がしてならないが、いまはそれについても置いておくことにしよう。

 

「ご主人さま、撤退を進言いたします」

「駄目だ。リラたちが内部で戦っている。いや待て、そういうってことは、なにが起きた?」

「集落の内部から発生した異常な重力波を感知しました」

 

 おれは思わず舌打ちしていた。

 異常な重力波、すなわち空間の歪みの前兆だ、と以前にヤァータから聞かされていたからである。

 

 それはすなわち、境魔結晶を触媒としたなんらかの魔法の発現、その兆候に他ならない。

 今回の場合、想定される事態とは……。

 

 魔界との通路の開通。

 つまり、悪魔の召喚である。

 

 次の瞬間。

 集落の方角で、巨大な火柱があがった。

 

 紅蓮の炎が漆黒の空を焼き焦がす。

 いくつかの輝きが、宙を舞う。

 

 輝きは、十数名のヒトだった。

 おれの目は、そのなかにリラの姿があることをしっかりと捉えていた。

 

 表情まではわからない。

 だがその様子から、焦っていることは理解できる。

 

 リラが、ちらりとこちらをみた。

 口もとが動く。

 

 師匠、逃げて、と。

 そういっているような気がした。

 

 安堵する。

 ともあれ、生きて脱出できたなら最悪ではないのだ。

 

 いまリラたち三人の魔術師は、十人の騎士たちを白く輝く半透明の球に閉じ込めたまま宙に浮かせ、その球に張りついて飛んでいる。

 ロッコと彼女の部下の魔術師は着ているローブがぼろぼろ、満身創痍の様子で、いささかぐったりしていた。

 

 リラは特段の怪我もなさそうだが、親友たちと遠くのおれを交互にみている。

 おれは彼女がこちらをはっきりと視認していることを確信し、せいぜい自信満々にみえるよう、ちから強くうなずいてみせた。

 

 我が弟子は、少しためらったあと首を横に振り……。

 そのまま、空中の彼女たちが集落から遠ざかる。

 

 みるみるうちに、その姿は空の彼方に消えていく。

 おれの回収より後退を優先してくれた。

 

 戦術的に正しい。

 こちらにはマイアがいるのだから、その方がおれも助かる。

 

 こうなったら、鉄角馬車のときと同じように、ヤァータのサポートのもと、開いたばかりの魔界との通路を狙撃するしかないだろう。

 観測データを頭のなかに叩きこんでもらい、ヤァータの演算能力を頼りにすれば、多少おれの身体に負荷がかかるだろうが――そんな皮算用をしていたところ。

 

「子機との通信が回復」

 

 ヤァータが告げる。

 

「ご主人さま、改めて撤退を進言いたします」

「何故だ」

「魔界との通路は、とっくに開いていたそうです。それを隠蔽するため、集落の中央に張った結界の内部に、魔界となった世界を閉じ込めていたのです」

「は?」

 

 思わず、呆けたような声が出た。

 一拍置いて。

 

 魔界が、外に溢れだす。

 世界から、色が消える。

 

 集落があった場所は瞬時に灰色のそれに染め上げられた。

 その影響は森にも及び、またたく間におれたちの丘まで灰色の世界が迫ってくる。

 

 深夜だというのに、紅蓮の炎に照らされて、それはとてもよくみえた。

 限界まで圧縮されていたそれが、自由を得て、この世界を灰に染め上げていく致命的な様子を。

 

 拡大の速度が尋常ではない。

 通常であれば走って逃げる程度の時間はあるはずなのだが、この展開の速さではそれも無理だ。

 

 不意に、気づく。

 集落の者たちの狙いに。

 

 ただ魔界を呼び出したところで、せいぜい徒歩数日の範囲を染め上げた後、帝国が誇る秘密部隊に退治されるのがオチである。

 鉄角馬車のときでも、そうだっただろう。

 

 しかし、あらかじめ呼び出した魔界を閉じ込め、圧縮しておけば、どうだ?

 展開の速度は、ただその場で呼び出した場合の比ではなくなる。

 

 圧倒的な速度でこの世界を上書きし、対処の方法を無くす。

 帝国全体に対する復讐なら、このうえもなく完璧だ。

 

 逃げられない。

 そう気づいたおれは、せめてもの抵抗にと長筒を構え――。

 

 そんなおれの前に、マイアが進み出る。

 右手を前に突き出す。

 

 おれたちの丘の手前で、異界の侵食が止まった。

 いや、丘を迂回してその周囲を灰色に侵食しているものの、丘のまわりだけは緑が残ったままだった。

 

「実に強固な結界です。この結界がなければ、ご主人さまの身体には致命的な被害が出たことでしょう」

 

 マイアを中心に展開されたそれをみて、ヤァータが告げた。

 こいつめ、その致命的な被害をいちどは治療してみたくせに。

 

 マイアはおれを振り向き、口を開く。

 そのルビーの瞳には、強い意志が宿っていた。

 

「上級悪魔の顕現の兆候を確認いたしました。魔界の侵食速度が加速いたします」

「これ以上に、か!?」

「過去の事例では、千五百年前に西大陸の半分を呑み込んだタイプ:マモン、二千八百年前に南大陸の更に南方、現在は現地民に氷河島と呼ばれる島で発生したタイプ:アスモデウスと同様の規模です」

 

 待て待て待て。

 知らないぞ、そんなことがあったなんて。

 

 西大陸の半分!?

 南大陸の更に南?

 

 だがマイアは、おれをみあげて告げる。

 強い確信をもって、まっすぐに。

 

 いま、その紅蓮の瞳は、なぜか蛇のように瞳孔が縦になっていた。

 

「もはや人類単独での即時侵食阻止は困難と判断いたします。対界協定(アライアンス)の発動要件を満たしました。老いなき者たち(エターナル)に協力を要請いたしましょう」

 

 

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