死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第48話 ひとつ目巨人と竜の姫君7

 魔界が現世に露出し、朝日が昇ったにも関わらず、いまや空は灰色に染まっている。

 その空に浮かぶ、三体の上位存在。

 

 鮫、亀、そして熊。

 これ以上の魔界の侵食を止めた後、彼らはつい先ほどまで集落だった場所の中心、魔界への通路が開いた地点に向けて攻撃を開始した。

 

 現在、その場所には霧のようなものが出現し、ぼんやりとしかみることができない。

 ヤァータが「著しい空間の歪みが霧のようにみえているだけです」と補足してくれたが……。

 

 ということは、これ、おれが狙撃しても中心まで届かないってことだな?

 どっちみち、おれひとりじゃどうしようもなかったということだ。

 

 いまは鮫たちに任せるしかない。

 ええと、こいつらはエターナル、とかいうんだっけか。

 

 というか、もう全部こいつらだけでいいんじゃないかな?

 おれなんていらないんじゃない?

 

 となるくらいの、圧倒的な攻撃が始まった。

 みたいだ。

 

 なにせおれには、こいつらがどうやって攻撃しているのかわからない。

 ただ、霧が一瞬で消し飛び、その内部にあった漆黒の球体のようなものが剥き出しになった。

 

 次の瞬間には、漆黒の球体が粉々に割れ――。

 そこから、禍々しく蠢く無数の赤黒い触手のようなものが天に伸びた。

 

 触手の群れが無限に伸長し、斜め上空に浮かぶ鮫たちを襲う。

 敵の反撃だ。

 

 亀が前進し、青白い結界を展開した。

 結界と長い触手たちが衝突する。

 

 耳を聾する轟音が響き、激しく火花が散った。

 結界と接触した触手の群れが溶け、次々と赤黒い粒子に分解されていく。

 

 その間にも、触手の始点となる部分がなんども破裂している。

 亀が防戦する間にも、鮫か熊の攻撃が続いているのだろう。

 

 しかし灰色の空に溶け消えているようにみえた触手群であったが、それはただ亀たちを油断させるための作戦だったようだ。

 おそらくは一度、粉々の霧になることで上空へまわりこんだソレがふたたび集結し、赤黒い触手を再度形成して、こんどは上空から鮫たちを襲う。

 

 鮫の全身が、上空から落下してきた無数の触手に貫かれ――。

 その瞬間、鮫の姿がかき消える。

 

「ふむ」

 

 亀のすぐそばに、鮫が出現した。

 いや、おそらくはもとからそこに、姿を消した状態で存在していたのだ。

 

「鮫ェ、そこにいたかァ」

「気づいていなかったか」

「興味ねェ」

 

 おれがいままでみていた鮫は、幻影の魔法かなにかでつくり出したものであったのだろう。

 その幻影を貫いた触手たちが、次々と破裂し、虹色の粒となってこんどこそ完全に消えていく。

 

 もはや霧となって周囲に浮遊することもない、完全な消滅であった。

 ここで仕留めるために、鮫たちはあえて触手がいちど霧となることを許容したようだ。

 

 エターナルたちの触手の拠点への攻撃は続いている。

 無から泡のようなものが現れ、しかしその端から虹色の粒となって消滅していく。

 

 なにもない、と思われたその周囲の様子が、次第におれにもみえてきた。

 まるでキャベツの皮を剥くように、ひとつずつ空間の歪みを引き剥がしていった結果として――。

 

 そこに現れたのは、いびつな造形ではあるがヒトの形を成した存在であった。

 全身が灰色の霧のようなものに包まれた、歪んだ四肢をもつ人型のなにか。

 

 その身の丈は、おそらくヒトより少し高い程度にすぎない。

 二本の腕と二本の脚、頭部のようなのっぺりとしたものを胴体の上に乗っけていて、その頭の先端には歪んだおおきな角が一本、伸びている。

 

 目や耳や鼻や口のようなものはみえなかった。

 いや、おそらくは存在しないのだろう。

 

 ヒトを模していながら、ヒトではありえないなにか。

 この世界のありようではないものから生まれた、この世界でありえてはいけないモノ。

 

 魔界の住人。

 すなわち、悪魔である。

 

「これまでおれがみたなかでも特別だな」

 

 思わず、呟いた。

 黒竜がこちらを振り返り、ルビーに輝く双眸でみつめてくる。

 

「区別があるのですか」

「詳しくはないが、ね。どうやら奴ら、特にちからの強い奴を呼び出すために、いろいろ小細工していたみたいだ」

 

 黒竜が、ふむん、と鼻を鳴らす。

 首をもたげて上空の上位存在たちをみあげ、「しかし、あの方々なら」と呟く。

 

「ああ、まあさすがに、上位の悪魔とはいえ、こりゃあ相手が悪いだろう」

 

 そう思ったのだ、が。

 熊がひとこと、ぼそりと「まずいのである」と漏らす。

 

「あれなるは無限増殖型孵卵制圧機構と謳われたもの。すなわちタイプ:ベルゼブブである」

「根比べかァ、ちぃと疲れるぞォ」

 

 え、なにその反応。

 ひょっとして、あんたらじゃ相性が悪いってこと?

 

「おい、ヤァータ」

「彼らの悪魔に対する戦い方は、これまで観察している限りでは卓越したちからでもって一方的に押し潰すというものです。技巧も、駆け引きもありません」

「それは、みていればわかる」

「これまで確認した限りでは、タイプ:ベルゼブブと呼ばれたあの悪魔は、次々と己を増殖させることでその押し潰しを耐え忍び、どれだけ消滅しても同じだけ増殖し、いつか相手を呑み込むという戦い方を得意としている様子です」

「そりゃ……たしかに、相性が悪い、のか?」

 

 聞いたことがない単語が次々と出てくるが、おおむね無視してわかるところだけ拾っていくことにする。

 ヤァータとつきあう上で大切なことのひとつだ。

 

「こういうのは鯨が得意なんだがなァ」

「ないものねだりは止すのである」

 

 ちょっと待って、それっておれが鯨さんをふて寝させたのが悪いってこと?

 いや、向こうも別におれの方なんて気にかけちゃいないし、そこは考えないようにしよう。

 

「そもそも、なんであいつは無限に再生することができるんだ」

「空間の裂け目の存在を確認、ふたつの世界を繋いでいるようです。過去の観測とは比較にならないほど、おおきな道です。魔界と呼称される、こことは別の世界、そこから悪魔と呼ばれる存在に常時エネルギーが供給されているということです」

「それはどこにある」

「あの地の、地下に」

 

 集落の中央、壁に囲まれたその内側に掘られた穴、そこで彼らは魔界との通路をつくった。

 その道を通って、無限に兵士が湧いてくる軍隊ってわけだ。

 

 蟻の巣から延々と軍隊蟻が湧いて来る様子を頭のなかに思い浮かべた。

 あの悪魔は単一の個体にみえるけれど、実は蟻のように集団でひとつの個を形成するような生き物なのかもしれない。

 

 で、それをいまはあの穴のそばで押し止めているが、鮫たちの攻撃がなければたちまちのうちに周囲に広がっていく、と。

 集落の連中も、とんでもないものを呼び出してくれたものである。

 

「ヤァータ、上の奴らに任せる以外で、なんとかする方法はないのか」

「別個体が観測した情報を同期しました。魔界とこちら側を繋ぐ道が想定より不安定な様子です」

「不安定? そうか、リラたちの突入で、相手の予定が早まったんだな」

「集落の方々は、突入部隊に始末される直前、強引に魔界を展開いたしました。その際、なんらかの不手際があったものと考えられます」

 

 集落の奴らの準備は完璧で、帝国のみならずこの大陸中を必ずや飲み込めるはずだった。

 リラたちが巧緻より拙速を選んだことで、その完璧な作戦に穴が出来たということか。

 

 弟子たちがお膳立てしてくれたんだ。

 ここはひとつ、おれも気張っていかなきゃならんか。

 

「その不安定な道ってやつを狙撃して、破壊する。具体的な方策を示してくれ」

 

 とはいえ、おれひとりにできることなんてたかが知れている。

 精密な計画や計算なんかは、できる奴に任せるに限るというものだ。

 

 果たして、瞬きひとつする間にヤァータは演算を終えていた。

 

「別個体から転送されたデータをもとに解析が終了いたしました。魔界とこちら側を繋ぐ道の、もっとも不安定な一点を狙い撃ちすることで、全体を崩壊に導きます。ですが、いくつか解決しなければならない問題があります」

「その問題は、おれとマイア、それに上の奴らで解決できるものか?」

「上空の方々との、充分な意思疎通ができる前提であれば」

「それについては、わたくしが間に入りましょう」

 

 結界を維持する黒竜が、話に入ってくる。

 おれはためらわず、「頼む」と返事をした。

 

「マイア。おれたちとあいつらの橋渡しは、任せた」

「承知」

 

 ヤァータが作戦を告げる。

 おれとマイアはいくつか打ち合わせをした。

 

 そして、黒竜は灰色の空をみあげ、口をおおきく開く。

 歌を、歌った。

 

 朗々と歌い上げられる歌声の半分は、きっとおれの耳には届いてない。

 それでもその歌が、言葉が、彼女の強い意志が、伝わってくる。

 

 鮫と亀と熊が、悪魔への攻撃を続けながら、その歌に耳を傾けているのがわかった。

 複雑な作戦であったが、マイアは彼らに短時間でその全貌を伝えることができたようだ。

 

「わかったァ」

 

 亀が、太い声で空気を震わせる。

 

「いささか、無謀に思えるが? ヒトの技量に信頼を置きすぎているのである」

「賢竜の子が信じるヒトだ」

 

 熊が疑念を呈し、鮫の瞳がおれとマイアを見下ろす。

 なぜだか、優しく労わるようなまなざしにみえた。

 

「試す価値はあるさァ」

 

 亀のひとことが、始まりだった。

 集落の周辺の地面が、深く抉れる。

 

 大量の土砂が宙に浮き、彼方へ放り投げられた。

 上空の者たちは、悪魔の本体への攻撃を続けながら、マイアの指示に従って集落の周辺を掘り進める。

 

 ほどなくして、地中に埋められていたモノがおれたちの前に露出した。

 

 どす黒い、全長がヒトの身の丈の三倍以上はある、つるりとした球体。

 それが悪魔の下部に繋がっているありさまが、いまやはっきりと、この丘の上からでもみてとれた。

 

 おれとヤァータの視覚が同期する。

 膨大なデータが、おれの頭のなかに洪水のように流れ込んでくる。

 

 低く、呻いた。

 鼻から流れ出た血が口に入ってくる。

 

 呑み込むと、鉄の味がした。

 にやりと笑ってみせる。

 

「マイア、おれが引き金を引くのと同時に結界を切ってくれ」

「承知」

「そうなれば、魔界の瘴気を防げなくなる。これは、きみの命も危うくする一手だ。不安じゃないのか」

「無論――」

 

 マイアは、おれを振り返り、蜥蜴のような口の、その片端を吊り上げる。

 竜となっても変わらぬルビーの双眸が、おれをまっすぐに射すくめる。

 

「その腕。誰よりも信じておりますとも」

 

 おれは長筒を構え、引き金を引いた。

 タイミングを合わせて、マイアが結界を解除する。

 

 これまで結界が押し止めていた灰色が、緑の世界を覆い尽くすべく全方位から迫ってくる。

 

 ほぼ同時に、長筒の先端から白い光が迸った。

 光はまっすぐに伸びて悪魔の下部に繋がった漆黒の球体の端、狙いすましたただ一点に衝突し――。

 

 光が、弾ける。

 巨大な爆発が起こる。

 

 視界が白に包まれる。

 ほぼ同時に、おれと黒竜に迫っていた灰色の世界が、その動きを止め……。

 

 ぼろぼろと、まるでキャンパスから灰色の絵具が剥がれ落ちるように、空間そのものが崩れ落ちていく。

 

「裂け目の消滅を確認。直後、上空の存在の攻撃により悪魔が消滅いたしました」

 

 ヤァータが事務的に告げる。

 自身の視力が戻ってすぐ、おれは天を仰いだ。

 

 青空が広がっていた。

 

 




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