死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第49話 ひとつ目巨人と竜の姫君8 完

 鮫から記憶を流し込まれたとき、おれは多くの人々の人生を覗きみた。

 みたくて、みたわけではない。

 

 勝手に、無数の記憶がおれの頭のなかで暴れまわったのだ。

 最悪の体験だった。

 

 こんなもの、ただのヒトが浴びるべきものではない。

 ただひたすら、その圧倒的な濁流に流されないように、己という個を保ち続けられるように、祈るように、耐え続けた。

 

 だから、大半はみてすぐに忘れてしまったのだが……いくつかは、いまでも思い出せる。

 そのなかには、リラとマイアがみたという歌劇を演じた役者たちの人生もあった。

 

 彼らは東方のとある国に生まれ、平和に暮らし――。

 そして、ある日、唐突にすべてが奪われた。

 

 隣国から侵攻してきた軍隊は、またたく間に彼らの村と町を焼き払い、王都を包囲した。

 本来ならば、充分に防げたはずの侵攻である。

 

 それができなかったのは、帝国の援助により隣国の軍が優れた装備と戦術を取り入れていたからであった。

 王都を包囲する高い壁は、新型の儀式魔法によってつくられた巨大な火球によっていともたやすく崩壊した。

 

 敵軍はすぐさま王都に突入する。

 兵も民も、逃げ場のない状況で次々と命を刈りとられた。

 

 王城もたちまちのうちに陥落し、王は討ちとられ、秘密の出口から逃げ延びた少数の王族とその護衛だけが落ち延びることができた。

 彼らは隣国に落ちのび、再起を期すべく隣国の協力を仰ぐ。

 

 しかし帝国はこちらにも手をまわしていたため、止む無く、更に別の国へと逃げることとなった。

 逃走に次ぐ、逃走。

 

 移動に次ぐ、移動。

 次第に身なりは貧しくなり、弱い者から順番に倒れていき、集団はやせ細った。

 

 そうして、しばらく時が経つ。

 ようやく亡命先を得た王族のもとに、ぽつぽつと生き残りの騎士たちが集っていき……。

 

 しかし一行は、どの国でも頼る術を持たなかった。

 艱難辛苦の果てに、ひとり、またひとりと命を落としていく。

 

 故国の情報も、時折、耳にはさんだ。

 侵攻によって国土は荒廃し、その大半はもはや人が住めるような地ではなくなったという。

 

 商人も通らぬような、無人の土地。

 そこに繁殖力旺盛な森が侵食を開始し、大小無数の魔物が次第に闊歩するようになった。

 

 ひょっとしたら、不可思議なちからが働いたのかもしれない。

 帝国の手の者たちが、森の拡大を助けたという噂もあった。

 

 かつてひとつの国だった土地が広大な森によって分断された結果、相争っていたその周辺の国々の間で、めっきりと係争が減ることになる。

 多くの魔物が棲みつく土地は、攻めるコストが高くなり、成果に見合わなくなるからだ。

 

 東の大国と西の帝国、その綱引きの結果のひとつが、これであった。

 ひとつの国が完全に滅ぶことで、一帯に平和が訪れた。

 

 大国同士の代理戦争、無数の小国を駒にしたゲームの舞台は、別の地方に移ることとなる。

 めでたし、めでたし。

 

 滅びた国の民以外の周囲全ての者たちが、ようやく訪れた幸せを享受した。

 亡国の生き残りたちがみたのは、そんな歴史の、ありふれた一幕であった。

 

 ふざけるな、と。

 誰かが、叫んだ。

 

 では自分たちは、なんなのかと。

 もはや故国は失われ、誰もが国を蘇らせることは不可能であると知った。

 

 いらない国、そしていらない民。

 存在してはいけない者たち。

 

 自分たちの生とは、絶望に満ちた苦難の日々とは、なんだったのかと。

 

 報いを。

 誰かが叫んだ。

 

 我らのすべてを奪った者たちに、報いを。

 苦難に対する応報を。

 

 帝国に、滅びを。

 無慈悲な鉄槌を。

 

 すべてを失った者たちにとって、命を賭けることなどたやすいことだった。

 もはや、残っているのは命しかないのだから。

 

 復讐のために動くことなど、苦も無いことであった。

 怒りの炎は、己と家族の絶望をみれば、心の内から無限に涌きあがってきた。

 

 それからも、彼らは数多の困難に襲われた。

 裏切り者の手引きで国を滅ぼした者たちの追っ手がかかり、数少ない王族の大半が殺されたこともある。

 

 その襲撃をも生き延びた者たちは、いっそうの怒りと憎悪の念を胸に秘めて各地を放浪した。

 身を隠す術を学び、その一部は劇団をつくって帝国のあちこちをまわった。

 

 来たるべきときのために、情報を集めていく。

 演技で人々を欺きながら、復讐の刃を研いでいく。

 

 劇団員たちは、いくら人々の賞賛と尊敬を集めても、その身に宿した燃えるような情念を消し去っていなかった。

 まだ十代の若き歌姫は、祖国で王女として生まれ落ち、赤子のころにいかにして陥落する王城から脱出したかを子守歌のように聞いて育った。

 

 ひとつ目巨人を演じた男は、王都に雪崩込んだ兵によって母と姉を嬲り殺しにされる様子を床下に隠れて震えながらみていた。

 父はその前日、民兵として壁の守りにつく、と槍を手に出ていって、二度と戻らなかった。

 

 知人も、親戚もすべて殺され、まだ子どもだった男はひとり生き延びた。

 彼が王族の生き残りと合流できたのは偶然で、しかしそれが幸運だったかというと難しいところであった。

 

 生き残りたちは、彼のような子どもや王女のような幼子たちに、怨恨と復讐だけを説いたからだ。

 いまは泥水を啜ってでも生き延び、必ずや復讐を果たすようにと教育を施したからである。

 

 それが輝かしい未来に続くものであれば、まだしも。

 故国に戻り、栄光ある新たな歴史が紡がれる可能性があるならまだしも。

 

 彼らがどれほど努力したとしても、その果てにあるのは無残な破滅だけであった。

 最初からその前提で、計画は進んでいった。

 

 それは狂気が伝染していくかのように。

 古い世代から若い世代へ、連綿と、破滅へ向けた計画が受け継がれていったのである。

 

 そして、国が失われてから十五年。

 いよいよ悲願が成就しようというそのとき――。

 

 おれたちの横槍があった。

 地下で、細い糸で繋がれていた魔界との通路が、完全に解き放たれる。

 

 彼らが人生の最期に抱いたのは。

 これで終われる、という安堵であった。

 

 石の姫君を演じた元王女は、嘆息するのだ。

 

「最期に演じたのがこの芝居だったことだけが、心残りだ。この芝居は嫌いだから」

 

 だって、と彼女は思う。

 

「王女はきっと、蘇らなかった方が幸せだもの」

 

 彼女は嘆く。

 

「彼女が生まれた国はもはやなく、王も臣下もとうに死に絶え、頼る者はひとつ目巨人だけ。そんな王女に、幸せなんて訪れないわ」

 

 

        ※※※

 

 

 竜からヒトの姿に戻ったマイアが、ちぎれた服を魔法で修復しながら、じっとおれをみあげてくる。

 ルビーの双眸が、少し濁った輝きを放つ。

 

「わたくしは、竜です」

 

 自身の口から、彼女ははっきりとそう告げた。

 黒い布切れが彼女の周囲を舞いながら、次第にもとのドレスのかたちに戻っていく。

 

「わたくしは、あなたがた近隣の町の者たちが、かの山脈に棲む黒竜と呼び恐れた者、その正体です。実際のところ、父の強大なちからをもって正体を偽装し、無数の罠を張り巡らせ、この非力な身を隠してきただけの存在にすぎません。ですが、それでも多くの挑戦者を打ち倒したのは、まぎれもなくこのわたくしです」

「なぜ山を下りた?」

「興味を持ちました」

「何に?」

「ヒトとコミュニケーションをとるなかで、ヒトに興味を持ちました」

 

 彼女のいうコミュニケーション、とはなんなのか。

 刺客の勇者やブラック・プティングをやりとりすることなのか。

 

 それはヒトの基準からすれば、ひどくいびつな感覚である。

 とはいえ、出会った当初の彼女の様子から逆算すると、ありえなくもない、と思えてくる。

 

 幼い頃から上空の鮫たちと特殊な形式で対話していたのだろう彼女にとって、コミュニケーションという言葉の意味は、おれたちヒトとはおおきく異なるのだろう。

 

「有意義な旅でした。もともと卓越していたわたくしのコミュニケーション能力は、ますます磨かれました」

「そ、そうか」

「先の町では、物語、というものも知りました。歴史ではない、ありえたかもしれない想像上の出来事。ありえたかもしれない架空の選択。そして、ありえないが故に心地よい空想。わたくしはやはり、石の王女はひとつ目の巨人と幸せに暮らしたという結末でよいと思うのです。それがもっとも、座りがよろしい」

 

 少女の外見をした存在は、淡々と語る。

 

「ですがそれは、ありえないからこそ、なのでしょう」

「マイア、きみは……」

「知識を積み重ねることで、我らは多くの教訓を得ます。歴史の積み重ねは、なにが愚かな選択か教えてくれます。ですがそれだけでは駄目なのだと、この旅でわたくしは学びました。己の足で歩いて、目でみて、耳で聞いて、口で話してこそ得られるものもあるのであると。――感謝を。それは、あなた方と共に旅をしたことで得たおおきな知見です」

 

 彼女がひとつ、瞬きをした。

 双眸のなかの濁ったものが少し消えて、澄み渡ったように思えた。

 

「そのうえで、思うのです。ヒトとヒトですら、かような遺恨をもって大地に癒えぬ傷をつける」

 

 マイアがゆっくりと周囲を見渡す。

 丘の周囲のみに緑があり、その先は彼方までずっと、砂と泥濘を混ぜたような灰色の世界が続いている。

 

 ひとたび魔界に成り果てた大地は、そうたやすく元には戻らない。

 異なる世界の侵食とは、これほどに惨い爪痕を残すのだ。

 

 数十年、あるいは数百年、ひょっとしたら数千年。

 それは頭上の鮫や亀、熊といった者たちにとっては瞬きするような時間かもしれないが、地上を這うおれたちにとっては永遠とも思えるような時間なのである。

 

 そして、目の前の黒竜にとっては……。

 

「わたくしはやはり、竜。この帝国にとってひどく異物なのでしょう。いまのヒトの営みのなかに竜が混じるのは、未だ時期尚早なのでしょう」

 

 マイアはおれに背を向けた。

 丘の上を風が吹き抜ける。

 

 緑の草が宙を舞う。

 少女は、ぎゅっと両の拳を握っていた。

 

「故に、わたくしは――」

「待て、逃げるな」

 

 いましも、どこかへ飛んでいこうというかのような彼女に対して。

 おれは思わず、その肩を掴んでいた。

 

 おれの身体が宙に浮きあがり――。

 しかし、それは一瞬。

 

 おれの両の足が地につく。

 ほっと安堵の息を吐く。

 

 おれは少女の肩に置く手にちからを込めた。

 マイアは振り返り、驚いた顔でおれをみあげる。

 

「逃げる、ですか? わたくしが?」

「そうだ。マイア、きみは自分の正体を明かした。だが、それだけだ。勝手に決めるな。きみはまだ、おれの意見をなにも聞いていない」

「あなたの、意見」

「おれは、石の姫君とひとつ目巨人が幸せに暮らす物語が、ありえないことだとは思わない。前もいったが、帝国はヒトの定義をなんども曲げて、さまざまな者たちを受け入れてきた経緯がある。そこに竜が加わることに、なんの問題がある?」

「それは、都合の良すぎる展望にすぎません」

「おれたちは、知恵を絞ることができる。きみの考えた物語のなかで、姫とひとつ目巨人以外の者たちは充分に知恵を搾ったといえるだろうか」

 

 マイアは、目をぱちくりさせた。

 じっと黙っておれをみつめる。

 

「物語には続きがある。賢者が出てくるんだ。賢者は町の人々に問う。ただ少し背が高く、目がひとつしかないだけの巨人とおまえたちの違いはなにか。町の人々は互いに話し合う。結局のところ、巨人も少し変わったヒトにすぎないんじゃないか。人々は姫と巨人を受け入れて、皆はずっとずっと、幸せに暮らすんだ」

「それは、いまあなたが考えた、都合のいいお話でしょう?」

「そうだな。だが帝国には多くの思慮深い者たちがいる。リラみたいなやつが、たくさんだ。もちろん馬鹿なやつもいるし、短絡的なやつもいるが――それは、いまさらの話だろう? 何故、王女と巨人だけが頭を悩ませる必要がある? 皆で考えればいい。それがヒトのちからだ」

 

 マイアは困ったように空をみあげた。

 鮫と亀と熊は未だ天に浮かび、なにやら魔力を操作して事態の後始末をしているようだった。

 

 実際に、魔界の穴が出現した付近の地上では土と砂が生き物のように渦巻き、穴が次第に埋め立てられていた。

 彼方の汚染された土砂が宙に浮かび、どこかへ運ばれていく様子もみえた。

 

 彼ら上位存在たちは、これまでも、こういった作業をしてきたのだろうか。

 おれや帝国の知らないところで、馬鹿なヒトのしでかした後始末をしてきたのだろうか。

 

 いや、ひょっとしたら帝国も彼らのことを知っていて、裏で手を握っているのかもしれない。

 それでも彼らの存在が表に出てこないのは、何故なのだろうか。

 

 というかおれ、こいつらの仲間らしい鯨を始末しちゃったんだよな。

 こいつら的には、ちょっと千年ばかり居眠りするだけだからたいした問題はない、ということらしいが……。

 

 熊が、おれたちのそばに下りてきた。

 四つの脚でゆっくりと着地する。

 

 熊はおれとマイアを交互にみたあと、ゆっくりとうなずいた。

 

「賢竜の子よ、汝の欠点のひとつは、自分の言葉に自信を持ちすぎることである」

「なんと」

「実は汝、あまりコミュニケーション能力が高くない」

「なんと!」

 

 マイアは、ぽかんと口を開けて熊をみつめる。

 え、まずそこから?

 

「知らぬを知るが、知るということ。かつて汝の父にもいったことばである」

「わたくしは、初めて聞きました」

「まだ汝は、とうていその段階にないと判断したのであろう。賢竜の子、汝は無知である」

「はい」

 

 マイアは肩を落とした。

 しょんぼりしたその様子をみて、熊は口の端を吊り上げてみせる。

 

「たかが太陽が大地を五十や百もまわっただけの見聞で、なにを悟った気になっている、といっているのである」

「それは、道理」

「知らぬを知るならば、せめて千年はかけるがよろしい」

「まったくもって、道理!」

 

 おいこら、そこで長命種の感覚を持ちだすな。

 とツッコミを入れたいが、懸命に我慢する。

 

 おれの沈黙からなにを読みとったのか、熊がこんどはおれの方をみた。

 赤い双眸が、悪戯っぽく笑っているようにくりくり動く。

 

「ヒトよ、異邦より来たるモノと共に歩みし者よ」

 

 あ、こりゃクソカラスのこともばれてーら。

 おれのそばを舞うヤァータが、すっと下りてきて、おれのそばの地面に着地した。

 

 カラスと熊が向かい合う。

 呼吸ひとつするだけの時間、ふたりはそうしていた。

 

 ヤァータが、ひとつ、かぁと鳴く。

 熊はそれきりカラスから興味を無くしたように視線をそらし、もういちどおれの方を向いた。

 

「安心するのである。ヒトよ、いまのお主は、お主の思う通りに生きればよろしい」

「そ、そうか。それは本当に、安心できる言葉だな」

「その上で、訊ねよう。ヒトよ、賢竜の子をどう思うのである?」

「そりゃあ……ちょこまか動いて、危なっかしくて放っておけない、とは思うが」

「わたくしは、いつも冷静沈着です」

 

 マイアが不満そうな声をあげる。

 そういうところだぞ。

 

「悪い奴じゃない、というのは知っている」

「ならば、ヒトの子よ、任せるのである」

「は?」

 

 瞬きひとつの間に、熊の姿は消えていた。

 天をみあげれば、いつの間にか鮫と亀の姿もかき消えている。

 

「え?」

 

 おれは首をかしげた。

 マイアと顔を合わせて――。

 

「はて」

 

 彼女もまた、不思議そうに首を横に傾けた。

 それきり、熊たちは帰って来ず……。

 

 おれとマイアは、やがておそるおそる戻ってきたリラたちによって回収された。

 さて、これ、どうやって辻褄を合わせればいいんだろうなあ……。

 




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感想、すべて読ませていただいております。
いつも本当にありがとうございます。

この後はエピローグになります。
少し考える時間を頂きたいので、来週の更新はありません。
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