死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第5話 あるいはエピローグ

 狩猟ギルドの一階にある酒場の片隅で、おれはリラに土下座されていた。

 周囲の目がひどく冷たい。

 

「おい、やめろ、リラ」

「ごめんなさい、師匠」

「いいから、そういうのはやめろって」

「本当にごめんなさい。わたしが浅はかでした。師匠を騙すような真似までして参加したのに、狩りの足を引っ張りました」

「待て、そもそもおれは師匠じゃない」

「おい、狙撃の。そのへんにしておけよ」

 

 中年のギルド員のひとりが、呆れた様子で声をかけてくる。

 今回の特異種狩りで、中心となった人物のひとりだ。

 

「この子は、おれの注意をよく守って、おれの指示した木の上で狙撃の機会を待っていた。待ち伏せが見破られてブレスでまとめて薙ぎ払われたのは、おれたち誘導組のミスといえる。そこに、この子の落ち度はねえよ。トドメを刺してくれたのも、この子だ。幸いにして、死者もなかった」

「そういうことをいってるんじゃない。そもそもおれは、土下座しろなんていってない」

「師匠! どうか、わたしにもういちど、チャンスを下さい! なんでもしますから!」

「ほら、この子もそういってるじゃねえか。あれだけの実戦を経験して生き延びたんだ。きっと伸びるさ」

「だから、そういう話じゃ……」

「師匠!」

「リラ、おまえも既成事実化しようとするんじゃねえ!」

 

 周囲をみる。

 酒場の常連たちも、そしてウェイトレスのテリサまでもが、おれを白い目でみている。

 

 いたたまれない雰囲気だった。

 おれは両手を持ち上げ、降参のポーズをとる。

 

「わかった、もういいから。立て、リラ。――テリサ、この子に果実水を出してやってくれ」

「はいはーい」

「師匠! ありがとうございます!」

 

 なんとも現金なもので、リラはぱっと立ち上がると、テーブルを挟んでおれの対面の椅子にちょこんと座った。

 テリサが持ってきた果実水をぐいと飲んで、えへらと笑う。

 

「おいしーっ」

「まったく、姑息な手段を……」

「師匠の優しさが身に染みます!」

「あのなあ……」

 

 問題は片づいたと判断したのか、周囲の視線がおれたちから逸れる。

 リラはそのタイミングで、テーブルごしに顔を近づけて、おれにだけ聞こえる声で囁いた。

 

「あの狙撃、師匠のですよね。公式には領主の配下がやった、ってことになってますけど、わたしのピンチを助けてくれたんですよね」

 

 領主の配下の者が公式には一番手柄に、というのは、あらかじめすり合わせが行われていたことであった。

 なんどもいうが、貴族には面子というものがある。

 

 そして狙撃魔術師という存在は、表舞台に立たぬものだ。

 そういう扱いは慣れていた。

 

 そのぶん、報酬はたんまりと頂いている。

 もっとも、そのあたりの事情は、狩猟ギルドの古株たちも承知の上だろうが……。

 

 だからといって、それをこの場で表沙汰にするわけにもいかない。

 おれは首を横に振った。

 

「知らん」

「あのときと同じだったんです」

「あのとき? おまえ、なにをいって……」

「師匠は忘れてるかもしれませんが。一年前も、わたし、師匠に助けてもらったことがあるんですよ。ジラク砦で、悪魔サブナックが出現したときです」

 

 悪魔サブナック。

 たしかに、倒した覚えはある。

 

 帝国学院の生徒のひとりが間違えて悪魔を降臨させてしまい、その後始末のためにおれが呼ばれた。

 悪魔は生徒を人質として砦に立てこもり、周囲の地形を少しずつ魔界に侵食させつつあった。

 

 なるほど、あのとき人質となっていた生徒のひとりが、彼女だったというわけか。

 そりゃ、おれの狙撃をみたことがある、というのも嘘じゃないのだろう。

 

 いや、みたといっても、それは悪魔に撃ち込まれた攻撃魔法だけだろう。

 しかも今回の狙撃はひどく劣化した間に合わせで、とうていあのときと同じとは思えないような一撃だったはず。

 

 なのに、どうして同じ魔法だと……。

 

「わたし、そういうの魔力の色でわかるんですよ」

「え、こわっ」

 

 それが嘘なのか、それとも本当なのか。

 学院を若くして卒業した天才少女は、口の端をわずかにつり上げてみせた。

 

「あのときいた二十人のうち、まず悪魔を呼び出した六人が喰われて、そのあとも一日にひとりずつ喰われるはずでした。わたしを含めて十二人も生き残ることができました。……わたし以外は、心が折れて、学院を辞めちゃったんですけど」

「悪魔の瘴気を何日も浴びて、おまえはよく平気だったな」

「結界魔法は得意なんです」

「なんで、それで狙撃魔術師になりたいんだよ……」

「あのときわたしを救ってくれたのが、師匠の狙撃だったからですよ」

 

 そういう経緯か。

 おれは天井を仰いだ。

 

 狙撃魔術師は人気がない。

 何時間も、何日もじっと待機する地味な工程が大半だ。

 

 いちどの狙撃を失敗すればたいていの場合、己の命が危うい。

 あげくのはてに、手柄と名声は組織や国に持っていかれることが多い。

 

 学院を卒業した立派な魔術師が、わざわざそんなものを目指すなんて、とんでもないことだった。

 

 それでも、彼女の志の源がわかったのは……。

 まあ、いいことかもしれない。

 

「おれの狙撃は少し特殊なんだ。ひとに教えられるようなもんじゃない」

「じゃあ、そばで技術を盗みます」

「明かせない秘密がある」

「絶対に秘密は守ります。宣誓と制約の魔法を使っても構いません」

 

 彼女の堅い意志を目の当たりにして、おれはおおきなため息をついた。

 なんにせよ、彼女を守るため性急に撃ってしまったという事実は変わらない。

 

 ここで彼女を邪険にして、あのときの二の舞になっては目も当てられない。

 

「少し考えさせてくれ」

「はい! 待ってます!」

 

 ヤァータと相談する必要があった。

 

 

        ※※※

 

 

「あなたが弟子をとる、ということは喜ばしい」

 

 宿に戻って、ヤァータにリラの話をした。

 カラスに擬態した異星の存在は、まばたきひとつしたあと、話し始める。

 

「あなたが自ら命を絶ってしまうことを懸念しておりました」

「いまのところ、そんな気はない」

「さようでございますか」

 

 全然信じていないという態度である。

 腹が立つが、自業自得だという自覚はあった。

 

「おれが生きている限り、おまえは無茶をしないんだろう?」

「いかなるときでも、わたしは無茶などいたしません。ですが奉仕する対象があなたである限り、あなたの意見に従います」

「なら、安心しろ。おまえがそうしている限り、おれは生きて、おまえの手からこの世界を守ってやる」

 

 さて、早々に結論は出てしまった。

 問題は、おれがリラが求めているような師匠の資格をまったく持っていないことくらいである。

 

「果たして、本当にそうでしょうか。あなたは該当の幼体が求める情報について、情報を共有していますか?」

「そういえば、具体的な話はなにひとつしていなかった」

「この星の知性体は相互に情報が遮断され、それが当然と認識しているようです。わたしが彼らすべてにご奉仕するときが来れば、まずはこの障壁を排除することを優先いたします」

「善意で地獄の釜の蓋を開けるな」

 

 はからずも、ますます死ねない理由ができてしまった気がする。

 

「わかったよ。おまえのいう情報の共有、ってやつをやってみよう」

 

 実際のところ、それでなにが変わるかもわからない。

 おれではリラになにも教えられないという事実がわかるだけかもしれない。

 

 それでも、試してみる価値はあると思った。

 それが彼女との決定的な断絶に繋がったとしても、世界が滅ぶよりはいくぶんかマシだ。

 

「ヤァータ」

「はい、ご主人さま」

「前におまえは、いっていたな。おれが望む限り、おまえはおれを生かすと」

「申し上げました。ご主人さまの体内に存在する遺伝子異常の治療はご主人さまとお会いした日から、抗老化措置は五年前より行われております」

「若返ることはできるのか?」

「ある程度であれば。措置いたしますか?」

「いや、いい。聞いてみただけだ。脂たっぷりのステーキを食べたくなったら、考えてみる」

「たいへん喜ばしいことです」

「何故だ?」

「欲求は、知性体の活動の根源です。ご主人さまが強い欲求を抱くことは、わたしの目的にも合致いたします」

「それはつまり、奉仕のし甲斐があるってことか?」

「かみ砕いて申し上げれば、その通りです」

 

 おれはため息をついた。

 だったら、もっと若いやつ、それこそリラあたりを奉仕対象に選べばいいのにと思う。

 

 だが、それでは駄目なのだそうだ。

 この星で最初にみた知性体、すなわちおれとの接触が()()したため、まずはおれへの奉仕が最優先になるのだそうだ。

 

 そして。

 おれ個人で駄目な場合、規則に従い世界中の知性体に対象を拡大し、かつ強引な奉仕も厭わないのだという。

 

「そういうプロトコルですから」

「理不尽な話だ」

「申し訳ございません」

 

 これっぽっちも悪いと思ってない調子で、カラスは頭をさげた。

 おれはその様子をみて、鼻で笑った。

 

 

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