死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第50話

 時は少し遡り、夜明け前のこと。

 集落に突入したリラたちは、集落の地下に存在した広い空間で敵を撃滅、しかし魔界との通路が完全に開くことを許してしまった。

 

 一帯が急速に灰色の世界へと変化するなか、一行は宙を舞って集落から離脱。

 狙撃配置についていたおれとマイアを残し、高速で広がる魔界の汚染の外に一時撤退した。

 

 実に正しい判断だったといえる。

 リラとロッコだけならともかく、ロッコの部下である青ローブの魔術師も、騎士たちも、魔界へと書き換えられた後の世界で生きる術はなにひとつ持っていなかったのだから。

 

 無事、広がる汚染から距離をとった一行であるが……。

 リラは、足手まといとなる者たちをロッコに任せ、自分ひとりだけでもおれたちのもとへ戻ろうとしたのだという。

 

 汚染地帯を覆う強力無比な結界が彼女たちの眼前に展開されたのは、そのときだった。

 鮫と亀と熊の仕業だ。

 

 おかげで汚染は一定以上に広がらなかったものの、リラがおれのもとへ戻ることもできなくなってしまった。

 忸怩たる思いで、地平線の彼方が稲光で輝いたり爆発が起こったりするのを眺めているしかなかった。

 

 とり残されたおれとマイアの身になにが起こっているのか、さっぱりわからぬまま、事態の展開をただ遠くで見守るしかなかった彼女たちだが……。

 結界が解かれ、空の色が元に戻った後でおれたちのもとへ駆けつけてみれば。

 

 平然としている、おれとマイアの姿があった。

 身体中のちからが抜けるほど安心した、とのことである。

 

 なんとも心配をかけてしまった。

 もっと、「ししょーならだいじょーぶでしょ!」とか気楽に思ってくれていてよかったのだが。

 

 実際に、今回もなんとかなったのだし……。

 ………。

 

 いや、嘘だ。

 これほどの災厄は、さすがにあの上位存在たち、マイアがいうところの老いなき者たち(エターナル)どもの圧倒的な活躍がなければどうしようもなかった。

 

 最後の一撃を決めたのはおれだが、それはマイアを含めた全員が狙撃の障害を退け、サポートに徹してくれたからである。

 今回、姿を現した悪魔は、ヒトひとりのちからでは、とうてい手に余るものであった。

 

 少しでもなにかが噛み合わなかったら、この帝国すべてが、あの災禍に呑み込まれていたかもしれない。

 悪くすれば、大陸全体があの灰色の異界になっていた可能性すらある。

 

 集落に集った者たちの怨恨は、それほどのものであった。

 そして彼らが身を捨てて呼び出した悪魔の厄介さは、過去の降臨を見渡しても最悪クラスのものであったに違いなかった。

 

 無論、帝国が手遅れの状態になったとしても、老いなき者たち(エターナル)たちがぶつくさ呟きながら後始末をしたに違いない。

 ヒトの記録も残っていないような昔から、世界の災禍に対抗してきた存在こそ、彼らなのだから。

 

 結果的に、魔界の侵食は、発生後間もなく、最小限の被害で阻止できた。

 悪魔を召喚した者たちも全滅した。

 

 問題は、その手柄は誰がどう受けとるか、ということである。

 周囲が広く不毛の大地と化している以上、悪魔の召喚は隠しようもなく、帝国から関係者が派遣されることは決定されていて、事情聴取も念入りに行われるだろう。

 

 どうやって悪魔を退けたのか、と問われて……。

 上位存在の介入、マイアの正体、そしておれの使い魔ということになっているヤァータ。

 

 うん、説明できないことが多すぎる。

 というか空飛ぶ鮫と亀と熊のことなんて、説明したところで相手が信じてくれるかどうか……。

 

 

        ※※※

 

 

 急いでグクモの町に戻った後、どうするべきか相談した。

 相談相手は、この辺境の町の領主、すなわちキャスレイ家のウィスラロッコと、加えてなんどもお世話になっているご老人である。

 

「正直、このままおれたち、さっさとずらかっちゃ駄目ですかね」

 

 駄目でもともと、の気持ちでそう相談してみたところ……。

 

「構いませんよ」

 

 というご老人の言葉が返ってきた。

 え、いいの? 隣でロッコもびっくりしてるよ?

 

老いなき者たち(エターナル)の出現による悪魔の撃滅、過去の文献でみたことがあります。無論、該当する文献を閲覧できる者は限られますが、幸いにしてここに、その資格を持つ者がいるのですから」

 

 そういって、ご老人は己を指さした。

 そういえば、この人って帝国でも数少ない、許可された境魔結晶関係の研究者だもんな……。

 

 すなわち、悪魔に関する事象についての過去の事例を調べる資格を持っている、ということでもある。

 彼の言葉は、帝国の悪魔対策部門に対して一定の影響力があるのだろう。

 

「魔弾の射手がその場にいて、老いなき者たち(エターナル)と連係し適切な対処を行った、という点に関しては隠しようがありません。出現した悪魔についての情報も、共有させていただきます。そこは、ご理解ください」

「ええ、まあ。悪魔の情報を帝国が握ることは大賛成ですし、おれの足取りなんて、とうに把握されているでしょうからね」

 

 行く先々の狩猟ギルドで足跡を残していることだし、鉄角馬車での一件もある。

 そこは仕方がない。

 

 なんか、おれの悪魔退治に関する功績がまた上乗せされてしまう気がするが……。

 たまたま老いなき者たち(エターナル)が来て全部やってくれた、でなんとか納得してくれないかなあ。

 

「ところで、さ。老いなき者たち(エターナル)ってなんなの?」

 

 変顔をしつつも黙って話を聞いていたロッコが、おれとご老人に訊ねてくる。

 おれは、返答に窮してご老人の方を向いた。

 

 ご老人は、苦虫を噛み潰したような顔をしておれの方を向いた。

 中年男と老年男がじっとみつめ合う。

 

「あー、ひょっとして、ふたりともよくわかってない感じ?」

「うん、まあ、そうなる」

「己の浅学を恥じるばかりでございますな」

 

 ご老人が、ほっほっほ、と笑う。

 

「この帝国が興る以前から存在する、神々の僕にしてこの大陸の火消し屋、といったところでしょうか。必ずしもヒトに味方する存在というわけではなく、ときにはヒトに災いを振りまくこともある、と聞きます。わたしが知る老いなき者たち(エターナル)に関しての情報は、その程度にすぎません」

 

 おれよりよっぽど色々知ってるじゃないか。

 悪魔関係の文献を読める立場なだけはある。

 

 まあ、あいつらは「この大陸の火消し屋」じゃなくて、ほかの大陸の火消しもやってるみたいなんだけどね。

 おれたちが未発見の大陸についても、よく知っているっぽいし。

 

 そのへんは主にマイアから聞いたものだから、迂闊に口に出せないんだよな……。

 それも、空飛ぶ鮫がマイアの家庭教師かつ情報圧縮叩きつけ型教育であいつを頭でっかちにした張本人、なんていうどうでもいい情報とかだし。

 

 あとは鯨か。

 ずっと前に退治したことがある、というか退治したつもりになっていた、なんか千年くらいふて寝しているらしい存在。

 

 あとで、マイアにもう少し詳しい話を聞いておくか。

 熊からあの子のことを頼まれた、というのもあるけど……。

 

 いや、頼まれても困るんだが……。

 あの熊、マジでなんなんだろう。

 

 

        ※※※

 

 

 その後、ロッコと、ふたりきりで話をした。

 領主の邸宅に呼ばれてのことである。

 

 応接室にて、従者すら退室させ、樫の木のテーブルを挟んで向かい合い、葡萄酒を呑みながらの会話だ。

 議題は、リラのこと。

 

 出された葡萄酒は上等なもので、匂いを嗅ぐと気持ちが落ち着く。

 相手がリラと同い歳の少女であっても、ガチの貴族で、おれなんか一撃で殺せるような魔術師だから、精神の安定は大切だ。

 

「リラがのびのびと生きていて、わたしは嬉しいよー。わたしも、魔弾の射手という名前は聞いたことがあった。厳めしい感じの人物だと思っていたんだけど、思ったより普通だね」

「ただのおじさんにみえるって、よくいわれるよ」

 

 敬語はやめて欲しいと最初にいわれたので、なるべくざっくばらんに話をすることにする。

 

「おれがリラの師にふさわしくない人物だってことは、自分がよくわかっている」

「それ、リラが怒るタイプのものいいだね」

「よくわかったな」

「あの子、めちゃくちゃ自分勝手だから。自分が認めた人には、それだけの価値があるって自覚して欲しいって望むの。それが相手に対するプレッシャーになったとしても、お構いなし。そうでしょう?」

「まあ、そういうところがあるかもな」

「でもそこがいい。わたしは、あの子のそういう傍若無人さを快く思う。だから、そのあの子が師として認めたあなたを、きちんと肯定したいな」

 

 おれは、少し意外そうな顔をしていたのだろう。

 ロッコは葡萄酒の杯をぐいっと傾けたあと、けらけら笑う。

 

「もしかして、リラに狙撃魔術師なんてふさわしくない、とかいうと思った? ジニー先輩ならいいそうだけど」

「近いことをいわれたな。だがまあ、ジルコニーラ王女も最終的には、リラの道を祝福してくれたよ」

「なるほどねえ。まーあのひと、だいぶこじらせてるからー」

 

 この少女とジルコニーラ王女は、共にリラの友人として面識はあったものの、あまり深いつき合いではなかったとのことである。

 そもそもこの子は、両親の死去に伴う領主就任により、さっさと学園から去らなきゃいけなかったわけで、あまり長い間、帝都の学院にいたわけでもない。

 

 彼女がずっと学院にいたなら、あるいはリラとジルコニーラ王女と共に、三人の迷惑集団として暴れまわったかもしれないが……。

 ジルコニーラ王女以上に、彼女は実家の事情に縛られてしまった。

 

 そのことを後悔しているわけではないようだ。

 彼女は納得してでこの町に戻り、領主となり、あてがわれた相手と婚姻し、子も為した。

 

 家のため、町のため、領地のため。

 帝都の学院で学ぶロッコという立場を捨て、キャスレイ家のウィスラロッコとして、貴族の義務を果たす。

 

 その生き方について、おれがどうこういうわけにはいかない。

 貴族嫌いを公言しているリラも、あえてそのあたりについては触れない。

 

 ウィスラロッコという人物には、彼女なりの芯があり、それに従って人生を生きているのだ。

 それを否定する権利は、誰にもないとおれもリラもよく知っている。

 

 同様に、ロッコもまた、リラの生き方を否定する気はないのだろう。

 たとえ内心でどう思っていたとしても、それをおくびにも出したりはしないのである。

 

 いや、あるいは本当にリラが狙撃魔術師を志すことを祝福している可能性もあるが。

 そのあたりはわからないし、おれがわかる必要もない。

 

「わたしはこの町が好きなんだ。老いなき者たち(エターナル)の助けがあったとはいえ、あなたはこの町を守ってくれた。本当に感謝しているよー」

「その言葉は素直に受けとらせて貰う。ただ、戦ったのはおれだけじゃない。きみも含めた、あの場にいた全員が最善を尽くしたから、上手くいったんだ」

「それはもちろん、そう。でも領主としていわせてもらえば、あの場でいちばん替えがきかない人材は、あなただった。わたしもリラも、別に他の腕の立つ魔術師がいれば同じことはできた。でもあなたのポジションだけは、無理。知り合いの狙撃魔術師から話を聞いたわ。いくら魔界との道が……その特異点が剥き出しだからって、それを正確に一撃で撃ち抜くのは自分にはとうてい無理だ、といわれた。うちの町じゃけっこう名のある人なんだけどねー」

 

 それは、そうかもしれない。

 ヤァータから流れてくる情報によって脆弱なポイントが一瞬でわかるからこそ、おれの狙撃は正確さと威力を両立できているのだから。

 

「それと、マイアちゃんか。老いなき者たち(エターナル)はあの子が呼んだんでしょう?」

「そのあたりは、わからん」

 

 悪いが、ここはとぼけさせてもらう。

 ロッコは、うんうんとうなずいてみせた。

 

「いいよ、あなたがマイアちゃんを守ろうとしているのはわかるし、あの子にはきっと秘密がある。でも、まあ。あの子はあなたとリラに懐いてるし、リラの方もあの子を好いている。なら、いいや。聞かないことにする。帝国からの聴取にも、上手く答えておいてあげるから」

 

 本当に助かることだ。

 こちらに都合がよすぎて、裏があるのかと疑いたくなるほどである。

 

「裏は、あるよ」

 

 はたして、少女はまた葡萄酒をかぱかぱ呑みながら告げる。

 

「その方が、リラが喜ぶからね」

「友人だから、か? 領主である前に?」

 

 目の前の人物は、家と町の為に生きている。

 己より家を大切にする、貴族の価値観を突き詰めているように思えたからこそ、疑問が出てくるというものだった。

 

 ロッコは、微笑んで天井をみあげる。

 やさしい笑みだった。

 

「帝都でわたしを最初に認めてくれたのは、リラだった。わたし、腕っぷしには自信があったけど、学科の成績が壊滅的でね。帝都の学院では、腕っぷしがあるだけじゃ、そこらのごろつきと変わらないといわれた。魔術師はあくまで知識の求道者であれ、ってね。リラは違った。屁理屈を黙らせるには腕っぷしがいちばんだ、っていいだして……まあ、あの子は学科も抜群だったんだけど」

 

 腕っぷし、といっても魔術師としての技量の話だ。

 おれにはなかったちからである。

 

 帝都の学院が知識を貴ぶのは、あそこが陛下のお膝元で、成績優秀者が官吏としてとり立てられ、立身出世できるというルートがあるからだ。

 ジルコニーラ王女も、目の前の少女も、最初からそのルートには乗らないことを決めているタイプで、一般的な帝都の学院の生徒とは毛色が違う。

 

 帰る家がある者と、己のため立身出世を望む者。

 両者の対立には、おそらくそういう背景があったのだろう。

 

 だが、本来は立身出世タイプの生徒であったはずのリラが、そんなことは関係ない、とばかりに振る舞った。

 それは、いまのリラから逆算すればまあ納得できるところはあるのだが……。

 

 当時の彼女を外からみれば、多くの者が目を丸くし、あるいは怒り出したとしても不思議ではない。

 暴れまわったら就職に不利になるって話がそもそも凡人の発想であって、あいつみたいな規格外の天才には関係ないのだし。

 

 とはいえ、それで救われた者もいたのだろう。

 たとえば目の前の少女のように。

 

「わたしも、けっこう頑張ったつもりなんだけどね。貴族としての教養や領地経営論、次世代の会計システムとか、そういうのはそこそこイケた」

「領主として重要なことは、しっかり学べたわけか」

「リラは、そういうのまるきり無視だったよ。魔法の理論とかの講義をとりまくって、教授に片っ端から議論をふっかけてた」

 

 あいつらしいな、と思う。

 そんな人物が魔術師としては異端も異端の狙撃魔術師になったのだから、そりゃ、まわりも驚くというものである。

 

 上手くできているのか、と友人として不安なのも当然だろう。

 ロッコは、けっきょくリラの狙撃をいちどもみていない。

 

「あの子の狙撃の腕、みたかったな」

「そこは、おれが保証する。現時点でも並の狙撃魔術師を凌駕しているよ。まだまだ伸びるだろう」

「そっか。じゃあ、安心だ」

 

 葡萄酒がおれの杯に注がれた。

 呑め、というのだろう。

 

 ぐい、と杯を呷る。

 独特の渋みが口のなかに広がり、次いで意外なほどの清涼感が喉もとから広がっていく。

 

「うまい酒だ」

「そりゃ、せっかくだし、いいのを開けたからね」

 

 金額を聞いて、目を剥いた。

 おいおい、そんな酒を気楽に呑ませようとするんじゃないよ。

 

「いいの、いいの。いまのわたしは気分がいいのだ」

「そうか」

「リラのこと、よろしく頼むね」

 

 最近、いろいろなことを頼まれている気がする。

 まあ、我が弟子については、もとより乗りかかった船だとうなずいてみた。

 

 ロッコは満足そうに笑って、またなみなみと酒を注ぐ。

 その日はたっぷりと酔った。

 




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