死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売) 作:星野純三
あの戦いのあと、ヤァータは以前からマイアの正体を知っていたと白状した。
知ったうえで放置していたが、彼女の迂闊な行動をみるたび、気が気ではなかった、とも。
具体的には、ブラック・プディングを退治した少し後くらいに山脈の向こう側を偵察したところマイアと出会い、穏便なかたちで会話することに成功したのだという。
最近のヤァータに感じていた違和感の正体はこれだったわけだ。
「ご主人さまに危害を加えることはないだろう、と判断いたしました」
「おまえの判断は合っていることもあるし、てんで間違いなこともある。おまえは、おまえが思っているほどヒトを理解していない。くれぐれも、自分ひとりで判断するのはやめてくれ。きちんと相談してくれれば、こちらも相応に対処できる」
「了解いたしました」
ヤァータは殊勝にうなずいていたが、なにせいくつも前科があるこいつのことだ、あまり信用できない。
こいつ、内心では「わたしの判断はいつも完璧ですが?」とか思ってそうだからな……。
正直、おまえのガバガバさはマイアといい勝負だよ。
それでも、おれがマイアを上手く教導した件に関しては「ご主人さまのデータを上方修正いたします」と認めてくれた。
いやこれ、認められたのか?
微妙に馬鹿にされてないか?
問い詰めたところで適当にはぐらかされるだけな気がする。
本当に腹が立つな、このクソカラス。
とはいえ、結果だけみれば。
マイアがいたおかげで、境魔結晶を巡る一連の事件をおれたちは生き延びることができたのだ。
彼女に関して、思うところはない。
むしろ、感謝することばかりだ。
そんな気持ちを、マイアに伝えた。
宿の部屋で、たまたまふたりきりになったときである。
「魔界への道が開く事態ともなれば、わたくしは
「その
「あなた方の間では、既に失伝して久しいようですね。ヤァータ殿にお聞きいたしました」
おれは窓辺に立ってそしらぬ顔をしているカラスを睨んだ。
ヤァータは平然とした様子で「ヒトと、
知識の断絶、なあ。
文書にして保管されるヒトの歴史より、
実際に
あんなの、ヒトの頭で処理できる情報量じゃない。
種としての格差がありすぎて、相互理解すら難しい。
それが実感として理解できてしまった。
どちらかというと、ヒトがその低い処理能力の割に、大陸で存在感を示し過ぎているというか……。
そのへん、本当のヒトの立ち位置ってどうなってるんだろうなあ。
「ご主人さまは、どうかヒトとヒトならざる者、両者の架け橋となられますよう」
「おれの手には余る」
「大丈夫です。ご主人さまは、誰に求められずとも、それをやってのける御仁です」
だから、勝手に妙な期待を持たないで欲しいといっているんだ。
このカラスは相変わらず自分勝手で、どうしようもなくヒトの話を聞かない。
マイアも、そこで腕組みして、うんうんとうなずいてるんじゃない。
「わかりますとも」
「いやきみ、それ全然わかってないときの顔だよな」
「なんと」
※※※
おれとリラ、マイアの三人は、グクモから慌ただしく旅立った。
後のことはロッコとご老人に託し、帝国の悪魔対策部門が来る前に、さっさとずらかるということだ。
ロッコが手配してくれた御者つきの二頭馬車に乗り込み、来たときとは別の道を通り、北へ向かう。
リラはマイアの隣に座り、ロッコからのおみやげだという蜂蜜がたっぷり入った焼き菓子をマイアの口に突っ込んでいる。
「んー、マイアちゃんはかわいいねえ」
と、たいそうご満悦であった。
マイアも自分の手で食べればいいのに、なぜわざわざリラに食べさせて貰っているのか。
そのことを訊ねてみれば……。
「こうすれば、リラが喜びます。女子会、というものだそうです」
との返事がきた。
なるほどな。
まったくわからない。
黙っておくことにする。
「それに、わたくしの両手は塞がれておりますので」
マイアの胸もとに視線を落とす。
ヤァータがマイアに抱かれ、喉やら頭やら背中やらを撫でられていた。
カラスに擬態した異形の存在は、おとなしく、されるがままである。
おれがそう命じたからだ。
こいつが嫌がっていると知っていての、せめてもの反撃である。
どうせ、たいして堪えちゃいないだろうが……。
「あっ、ししょーも食べますか? あーん、してください、あーん」
「甘いものは苦手なんだ」
「そういわずに、試してみてもいいんじゃないですか。おいしいですよー」
「胃がもたれるんだよ……」
若い子の胃袋にはついていけないんだ。
勘弁して欲しい。
※※※
普通の馬車のなかで数日揺られて、旅人と商人でにぎわった町にたどり着く。
おおきな交易路の、南東の終端である。
つまり、いままでおれたちがいた場所は、主要交易路からだいぶ外れていたということだ。
この終端の町ですら人口は五千人に満たないから……。
まあ、ここより南から南東側は、それだけの田舎ということである。
これでもここ三十年かそこらで、人口が倍くらいに増えているらしいが。
おかげでかつて町を囲んでいた壁はとり壊され、かつて壁があったあたりの外側に市街地が広がっている。
このあたりでも、蒸すような暑さは相当なものだ。
人々は薄着で通りを歩き、川べりでは子どもたちが裸で水浴びする姿がみえる。
春が過ぎ、間もなく夏が来る。
そういえば、リラがおれのもとに押しかけてきたのは、一年前のこの頃だったか。
あれから様々なことがあった。
彼女はいまや、一人前の狙撃魔術師となった。
どこに出しても恥ずかしくない狙撃技術をみにつけるに至っている。
「ところで、ししょー。これからどこへ向かうんですか? それによっては、ちょっとお話しておきたいことがあるんですけど」
町の入り口付近に建てられた馬小屋の前。
馬車を降りたところで、ふと思いついた、とでもいうようにリラが訊ねてくる。
マイアは「よくここまで、頑張ってくれました」と馬の頭を撫でるのに忙しい。
馬の方も、なぜかマイアによく懐いていて……これひょっとして、馬の言葉とかわかっていたりするのかなあ。
「おまえから、話? あー、そういえば以前、故郷は暖かいところだって……」
「ええ、はい。父が領主をしている土地、けっこう近くなんですよね……。もし通るなら、変装くらいはしておこうかな、と」
あれ、ご挨拶するって話じゃないの?
そうか、二度と帰って来るなっていわれてるんだっけか。
万が一にも、次期当主争いの火種にならないように、と。
難儀だな、貴族ってやつも。
「それで、いいのか?」
「いいんです。わたしは父のことが嫌いじゃないですけど、いま会いたいとは思いません。定期的に手紙は出してますしね。もちろん、いろいろ迂回して、ですけど」
聞けば、彼女の父が知己とする貴族の家に手紙を送るのだという。
彼女の父は、その貴族の家でのみ、リラの手紙を閲覧することができる。
しかるのち、すべては燃やされる。
証拠はなにひとつ残らない。
本妻はそのあたりに気づいているのかもしれないが、いまのところ父にはなにもいってこないという。
子どもたちは、おそらくなにも知らない、とも。
「そこまで厳重にするのか……」
「父がわたしと連絡をとり合ってた、なんて情報、義兄たちが聞いたら……。錯乱して、父を暗殺するかもしれません」
「なんでだよ」
思わずツッコミを入れてしまった。
リラが暗殺される、とかじゃないのか。
いやまあ、こいつ暗殺するのはちょっとどころじゃなく難しそうだが。
だからって、どうして父親を殺すなんて話になる?
「父がわたしを後継者に指名する前に、とか考えるわけですね」
「なる気なんて、微塵もないんだろう?」
「ええ。でもそれくらい、彼らはわたしを怖がっているんですよ。ろくに会ったこともない、帝都で名を馳せた才媛を。優秀すぎるライバルを。特にこの半年はそのへんが余計に」
半年、か。
いや、なんでだ? おれに弟子入りしたからか?
「違いますって、そっちじゃなくて……。ジニー先輩が、結果を残しちゃったんですよね」
「ああ……」
北方の小国メラートのジルコニーラ王女の姿を思い出す。
帝都の学院に留学していた彼女は、帰国後、またたく間に国の改革を始め、短い間に数々の成果を挙げている。
「ジニー先輩とコンビを組んでたわたしも、じゃあ領主として優れているかもって……。そんなわけないのに」
そりゃ、そうだ。
友人だから同じことができるなんて、そんな話があるはずもない。
リラは下を向き、淡々と語る。
「あのひとは最初から王女として立つことを考えて在学していたんです。そっち方面でも勉学を怠らなかったんでしょう。わたしには隠してましたけど。わたしはジニー先輩とは違います。のほほんと、魔術師として必要な知識ばかりを詰め込んでいました」
なんか最近、似たような話を聞いたな。
思い出した、ロッコだ。
こいつら、似た者同士というか、なんというか……。
こいつとロッコは、一日だけ、時間をとって話をしたのだが……。
本当は、もっと時間をかけさせてやりたかった。
数年ぶりの再会で、いろいろ話したいこと、いっしょにやりたいことがあっただろう。
だがそれは、いろいろな事情があって無理だった。
おれたちは逃げるようにグクモを後にした。
「もしいま、仮に血縁者がみんな死んじゃって、わたしに領主の地位が転がり込んできても、困るよ。なにも準備ができてない。そういうのは、一朝一夕にできるものじゃない。それくらい、わたしにだってわかる」
どうなんだろうな。
こいつは学習能力が高く、一を聞いて十を知る、というタイプだ。
領主の仕事も、必要とあらばすぐに覚え、そこそこ以上はこなしてしまう気がする。
本人は絶対にやりたくない仕事だろうし、他にも多くの適性があるなかでわざわざ嫌われてまでそんなことをする必要も理由もない、というだけである。
とはいえそれは、おれがいうべきことではないのだろう。
彼女が、彼女なりに納得するということが必要なのだ。
生きる、ということはさまざまな道のなかから一本を選んで歩くことである。
他の道の先にどのような未来が広がっていたとしても、既にひとつの道を選んで歩き出した者にとって、それ以外のすべては存在しないも同然のものなのだ。
それでも、別の道を歩けという者がいる。
他人の人生を勝手に規定しようとする者が。
加えて、他人の気持ちを勝手に推測し、こうであると決めつける者が。
彼女がいま語っているのは、そういった者がいる場所に立ち入るなら、という用心の話だ。
「わかった、リラ。おまえのことを知っている者がいる土地には立ち入らないようにしよう。これは決定だ」
「ししょー……」
「これからも、なにか思うところがあったらすぐに相談しろ。いいな」
リラは素直にうなずき、並んで歩くおれの腕に頭をくっつけた。
おいこら、歩きにくいだろう。
ひとつ、おおきなため息をつく。
普段なら振り払うところだが、いまだけは許してやることにした。
マイアが馬から下りて、ヤァータを両腕で抱きかかえたままこちらにやってくる。
相変わらずあまり表情は変化しないが、なんとなく幸せそうであった。
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