死ぬに死ねない中年狙撃魔術師(書籍版6月5日発売)   作:星野純三

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第52話

 時間は遡り、グクモ近郊の集落における悪魔召喚を巡る戦いの数日後。

 グクモに戻り、落ち着いたところで、おれは改めてマイアと対話の場を設けた。

 

「これからきみは、どうしたい?」

 

 彼女の正体を知ったうえで、おれは彼女の意思を確認する。

 いちおう、よくわからん熊に託されてもいるしな。

 

「わたくしは……」

 

 マイアはうつむいて、言葉を切った。

 一拍置いて、ふたたび口を開く。

 

「やはり、帝国にいるべきではないのでしょう」

「そういう話をしているんじゃない」

 

 おれは彼女の肩に手を置く。

 身体が浮き上がる感覚はなく、魔力が動く様子もなかった。

 

 マイアは顔をあげた。

 おれをみつめるルビーの双眸が、また、ひどく濁っているように思えた。

 

「しかし……」

「きみがこれから、どうしたいか。どう生きたいか。これは、そういう話だ」

「どう、したいか。生きたいか」

「そうだ。近視的な観点からいえば、おれやリラと共に来るか、あるいはどこか行きたいところがあるか……帝都で学院に行くのもいいだろうし、おれたちについてきて欲しい場所があってもいい、そういう部分も含めて、だ。ちなみにおれには、さしたる目的もない。存分に希望を語っていいぞ」

 

 そもそも、おれとリラがエドルを出たのも、黒竜の目から離れてほとぼりを冷ますためだしな……。

 その問題が解決してしまった以上、エドルに戻ってもいいのだ。

 

 ただその場合、目の前の少女の正体がバレてしまうと、いろいろ面倒なことになる。

 黒竜討伐に向かって殺された者たちの多くは、エドルの貴族なのだから。

 

 完全に自業自得とはいえ、マイアを仇と狙う者も出てくるかもしれない。

 ここでいったらややこしいことになるから、あえて口をつぐんでいるけど。

 

「わたくしは、各地をまわり見聞を広げたいと考えております。故に――」

 

 マイアは少し考えたすえ、そう返事をした。

 

「――引き続き、おふたりの旅に同行させていただきたい」

「よし、じゃあ決まりだ」

「あと、甘いお菓子をたくさん所望いたします」

「あまり食べ過ぎると身体に悪いぞ」

「そこは、竜ですので。ヒトほど脆弱な身体はしておりませぬ」

 

 マイアは真顔で返事をする。

 以前のように表情は変わらないものの、どこか嬉しそうなその様子をみて、おれは安堵の息を吐いた。

 

「しかし、よろしいのですか? わたくしは、いささか面倒な存在です」

 

 よろしいもなにも、別にそれでなにが困るということもないしなあ。

 おれもリラも黒竜に知り合いを殺されたわけじゃないし、帝国に忠誠を誓っているわけでもない。

 

 むしろ師弟揃って、貴族連中に対しては、どちらかというと反感を抱いているタイプである。

 彼女がどれほどちからを持つ人外の存在であったとしても、おれにとってはただの、ちょっと常識が足りないだけの子どもにすぎない。

 

 いや、待てよ。

 そもそも彼女が少女の姿をしているからといって……。

 

「つかぬことを聞くんだが、きみの年齢は?」

「ふむ」

 

 マイアは腕組みして、小首をかしげた。

 

「女性に歳を訊ねるとは、いささか紳士的ではありませんね」

「どこでそんないいまわしを覚えた」

「リラから、淑女はそう返事をするものであると教えていただきました」

 

 マイアは、どうだ、とばかりに胸を張る。

 まあ、そんなところだと思ったよ。

 

 元気が出てきたようでなによりだ。

 

「で、何歳なんだ」

「今年で八十七となります。まだまだ若年の竜ゆえ、至らぬことばかり。世には知らぬことばかりと日々、実感しております」

「ヒトなら立派に老人だ。長命種の時間感覚だな……。ちなみにきみの弟、トロルの血が入ったあいつは、いくつだったんだ」

「二十一で、あなた方に討ちとられました。トロルとしては成人、故にいささかばかりの分別がついたものと考えておりましたが、あのように無茶をしでかし……まことに残念なことでありました」

 

 マイアはおれをみあげ、淡々と語る。

 ルビーの瞳から、少し濁りが消えているような気がした。

 

 あえて感情を抑えているのか、それとも本当に割り切ってしまっているのか。

 竜の感覚というのはよくわからない。

 

「重ねて申しますが、弟についてはお気になさらぬよう。父から申し遣っていたにもかかわらず、あれをしっかりと躾けられなかったわたくしの責任です」

「あ、ああ。わかった、その点について話すのは、もうやめておこう」

 

 お互いにとって愉快な話ではない。

 だが最低限、確認しておかなければならない部分であった。

 

 そもそも、実際の彼女の年齢はおれの倍だったわけで……。

 

「子ども扱いして悪かったな。きみのことは一人前の大人として扱うべきなんだろう」

「いえ、わたくしは実際に、右も左もわからぬことばかりの子どもです。先日も、老いなき者たち(エターナル)の方々に、もっとよく学ぶよう申しつかりました」

「比較対象が悪すぎないか?」

 

 老いなき者たち(エターナル)

 空飛ぶ鮫、亀、そして熊。

 

 何万年という気が遠くなるような歳月を生きているという、ヒトよりはるかに上位の存在たち。

 聞けば鮫は、マイアに歴史を教えた、いわば師ともいうべき存在であるとのことである。

 

 おれも喰らった、あの他者の残留思念を頭のなかに押しつけてくるような魔法。

 いや、魔法なのかどうかもわからないあれを用いた、極度に圧縮された知識の押しつけのようなものを、マイアはなんども受け止めたとのこと。

 

 歴史、と彼女がときどき語るとき、それはあの魔法による記憶のおしつけのことだったのだという。

 あいつらとおれたちでは、用語ひとつとっても、その意味にだいぶ差異がある気がしてならない。

 

 うーん、教育方法が異質すぎる。

 つくづく、彼女がヒトとは異質な存在なのだと思わされてしまう。

 

 それでも彼女は、ヒトの社会に入り込むことを望んだ。

 引き続き、それを続けていきたいと声をあげている。

 

 ならばおれがするべきことは、ただひとつだ。

 

「わかった。じゃあこれからも、きみのことは外見通りの存在として扱うことにしよう」

「そう認識していただければ、幸いです。ヒトの社会においては、かわいい子どもとして振る舞うことで相応の利益を得ることが可能であると聞き及んでおりますし」

「聞き及んでって、リラからか」

「無論」

 

 あいつほんと、ロクなこと教えないな。

 

 

        ※※※

 

 

 マイアにはもうひとつ、聞いておきたいことがあった。

 

「きみの本来の姿は、あの黒竜なのか?」

「本来の姿、というのがなにを指すのか、それは難しい問題です。竜としてのちからをもっとも振るいやすいのが、あの姿であることは確かです。老いなき者たち(エターナル)を呼ぶに際し、このヒトに似た姿では、声帯にいささか問題を抱えていたのです」

「これまでおれがみた竜は、皆、あんな風におおきな蜥蜴のような姿だった」

「で、ありましょう。竜は傲慢、と呼ばれるのは己ひとりで完結しているが所以。あの姿であることに強い誇りを抱く者が多い。ですが父は、そう考えませんでした。わたくしにも、そう教え込みました。それは本来の竜のありかたとは異なっている、という竜の間における一般的な認識もまた、父から教わりました」

 

 なる、ほど。

 彼女の口ぶりから察するに、竜はいくつかの姿をとることができるが、巨大な蜥蜴の姿でいることが普通である、と。

 

 無論、竜が魔法で姿を変えることはよく知られている。

 そうして異種族と交わり、子を為すことも。

 

 竜混じり。

 彼女の弟であるトロルも、その一体だ。

 

「そんな父は、他の竜から、嘲笑も込めて賢竜、と呼ばれておりました。財宝ではなく、下等生物の知識を蒐集する卑しき竜、という程度の意味です。父はその言葉を気に入り、老いなき者たち(エターナル)との交流においては、その通り名を使っておりました」

 

 賢竜、というのは卑称なのか。

 文化が違いすぎる。

 

 というか、竜にとって財宝を集めるのは高貴な趣味なんだな……。

 このぶんだと、おれたちヒトが勘違いしている竜の知識はまだまだありそうだ。

 

「なんというか……竜の社会というのも面倒そうだな」

「故にわたくしは、父が亡きあと、他の竜に頼るという選択を最初から捨てておりました。彼らと交わることには害ありとも益なし、と考えていたのです」

 

 彼女にも、変わり者の子、という自覚はある、と。

 あくまでも竜として変わり者である、というだけで、ヒトの常識は充分にある、と思っていたっぽいけど。

 

 老いなき者たち(エターナル)に指摘されてめちゃくちゃ驚いてたもんな……。

 それとは別に、竜の一員としての誇り、みたいな意識もあるみたいだ。

 

 マイアと名乗る人物の価値観は、多くの異質な存在の間を行き来し、それらの()()()()()が少しずつ積み重なって形成されている。

 ひどく複雑で、そしてそれはおそらく、彼女にしか存在しない唯一無二なのだ。

 

「ヒトの基準で語るならば、竜というのは、個人主義なのです。群れることをよしとしない。それを誇り高いと信じる気質の持ち主が大多数です。故に、以前お話した通り。竜は、ヒトが群れてつくったこの帝国のような存在にはけっして敵わない。ありようの相性が悪すぎるのです。ヒトが群れ、大陸に溢れた時点で、竜という種族はいずれ滅びるものとなったのでしょう」

「きみは、それをよしとしない?」

「種族としての竜が滅びるならば、それもまた自然の摂理。よろしい、とは申しませんが、いたしかたないことです。ですがわたくし個人としては、その滅びに巻き込まれるなど御免被ります。わたくしもまた、個人主義な竜のひとり、ということなのです」

 

 なるほど、な。

 これまでの彼女の行動の理由が、おおむねみえてきた。

 

 山を下りてヒトと交わることで、孤高を尊ぶ他の竜とは別の道を模索する。

 しかし同時に、彼女自身はその道を信じ切ることができず……。

 

 故に、ひとつ目巨人と姫の物語に幸せな結末をつけることができない。

 あまり表情が変わらないからわかりにくいが、彼女は内心で数多の苦悩と模索を繰り返してきたのだろう。

 

「まだ、季節は春から夏に変わる程度だ。熊も言っていたが、きみが山を下りてから、時は幾許も経っていない。竜の時間感覚ならなおさらだろう」

「ええ、なにかを決めるには早計。それは理解しております。ですが同時に、わたくしが知らないことはあまりにも多いのだと気づかされる日々でもありました」

「それこそ、焦ることはなにもないんじゃないか」

「あなた方にご迷惑をおかけしてしまいます」

「それは問題ない、といったはずだ。熊にも頼まれた」

 

 マイアはルビーの双眸でおれをじっとみあげた。

 やがて、その口もとがわずかにほころぶ。

 

「律儀なのですね。あなたにはなんの益もないことであるというのに」

「そうとも限らないさ。生きてきた人生の時間はきみの半分以下だが、思わぬ物事が幸を呼ぶ、という経験はいくつもある。もちろん凶事を呼ぶこともあるが……そんなのは、やってみなければわからない」

 

 あいつの妹との出会いがきっかけで、おれはエドルという土地を知った。

 あいつを亡くしたあと、彷徨った結果、さまざまな土地で、いろいろな人々との出会いを得た。

 

 悪魔と戦い死にかけたことで、ヤァータと主従の契りを交わした。

 そのおかげで、ぱっとしなかったはぐれ者は、一流の狙撃魔術師となった。

 

「釈然としない話だが、ヤァータはきみを気にかけているしな」

「あの者は、真の賢者でありますからね」

「賢者……いや、そう、だな。うーん、いわんとしていることはわかるし一面でそれは正しいはずなんだが、しかしこう、それを認めたくない気持ちが……」

 

 マイアは、きょとんとして首を横に傾ける。

 おれの苦悩は伝わらないようだ。

 

「これはおれの感情的な問題なんだが、あいつに素直に従うのは腹が立つ」

「道理」

 

 少女の姿をした竜は、重々しくうなずいた。

 

「ヒトは正論では動かない、とヤァータから聞きました。特にあなたは、とも。納得です」

「そういう納得はやめて欲しい」

 

 それって、おれがひねくれてるってことだよな? あいつめ、主人の陰口をこんな子に吹き込みやがって。

 やっぱり信用がならん。

 




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